いくじなしの一生徒


※6話後if
ほんのりエラスレ←モブ視点


 俺は弱小企業の人間だが、学力は人並み以上にあった。出来ることはなんでもやってみろ、と背を押してくれた親の支援もあって名門校たるアスティカシア高等専門学園に通えている。
 決闘はこの学園の名物だ。少し前ならば前ホルダーであるグエル・ジェダークの決闘が一番見応えがあった。ふっかけられる喧嘩全てを買い、全てに勝っていた彼は自信に満ち溢れていた。
 そんな荒々しい学園に新しい風が吹き込んだ。
 スレッタ・マーキュリー。水星から未知の機体と共にやってきた少女。ミオリネ・レンブランに気に入られホルダーとなり、グエル・ジェダークを打ち負かし、あのエラン・ケレスとも戦ったと聞く。学園の誰もが不気味な彼女の噂話で持ちきりになった。
 彼女は二年生らしい。俺は同じパイロット科だったため彼女の姿は授業でよく見ることができた。珍しい赤い髪に、大きくまるい青い瞳、特徴的な眉、その性格からは想像もつかない大きな背。授業が難しいのか、ノートと黒板を交互に見ながら顔をしかめている。愛嬌のあるその見た目は女子と関わりの少ない男子たちに一際大きな衝撃を与えた。
 昼食の時間、食堂で生徒たちは各々ランチプレートを持ってテーブルに付く。俺の今日の昼はシンプルにハンバーグが乗ったミートソーススパゲティだ。騒がしい食堂で更に騒がしい一角がある。スレッタと地球寮の面々だ。名前は覚えていないが、今日彼女といるのは桃色ぼんぼん頭とおとなしめの青い髪の女生徒らしい。

「チュチュ先輩…!こ、こここれ!いいんですか!」
「あん?気にすんなって、たまたま余っただけだしやるよ」
「スレッタ気にしないでね。ほらチュチュ、ほっぺについてるよ」
「ありがと、ニカ姉」

 仲睦まじく食べ物を交換し合うかしましい少女たち。遠くから眺めるだけでなんとなく心が癒される。
 ハンバーグを少しずつフォークで割りながら、スパゲティと一緒にかき込む。甘めのミートソースともっちりした麺がとてもよく絡み、メニューにあればよく頼んでしまう。
 食レポもそこそこにもうすぐ午後の授業だ。スレッタたちはプレートを片付けて教室へと駆け出していく。次のコマがない俺はそんな彼女たちの後ろ姿をぼーっと見つめた。
 ぼんやりと夕焼けの光が満ちる廊下を歩く。オレンジの光がガラスを通して影を落とすこの時間がなんとなしに好きだった。人もまばらになりみな自分の寮へ帰ろうとしている。俺は特に何かすることもなく、ただふらついているだけだ。空が暗くなるまではこうしていようと思う。
 ふいに目の前にスレッタ・マーキュリーの後ろ姿が見えた。慌ただしく走る彼女から白いハンカチが落ちる。気づいていないのか足元も見ずに進む姿は少し心配になった。

「おーい!そこのあんた、これ落としたぞ」
「え?!え?あ、私の…!」
「大事なものなら気をつけろよ。この辺り人通りが多いから汚れるぞ」
「すすすすすすいません!!!あの、ありがとうござい、ます!」

 と花のような笑顔を浮かべてハンカチを抱きしめるスレッタは、俺が今まで見たどんな人より綺麗にみえた。ぺこりと一礼をしてスレッタは再び走り出し、廊下の角へ消えていく。
 …なんだか心臓がドキドキとして自分らしくない。今日は早く戻ろう。

 数日経ってもスレッタの笑顔は脳裏から離れなかった。何度も何度もリフレインしてどうしたらいいかわからない。
 同室の友に話すと「それは……恋では?!」なんて言われてしまった。そんなわけはない。ただ自分の脳裏からスレッタのあの柔らかな表情が離れないだけだ。
 相変わらずスレッタは人気者で、今日は花嫁のミオリネがスレッタとやかましくしている。情け無い声を上げながらミオリネに縋りつき、勉強の教えを乞うているらしい。

「ミ、ミオリネさん〜!!お願いします!」
「あ〜〜もう!しつこいったら!どこわかんないのよ!」

 満更でも無さそうな顔でミオリネはスレッタに勉強を教え始める。なんだか羨ましいと思った。
 …羨ましい?なぜそんなことを思ったのかはわからない。
 昼食の時間になった。今日はあまり食欲がなかったからコーンスープと素朴なパンにした。バターの香りがふんわりと漂いとても満足できる食事だった。
 スープを飲みながらスレッタの戦闘記録を見返す。
 まず対グエル。両者引けを取らぬ機体捌きで互いの攻撃を交わしている。グエルのMSの動きは流石のもの。自分の足りない頭では説明しきることはできないが、戦闘センスが抜群にある。スレッタに対しMS差がある中であれだけ善戦できたのは彼だからこそなのだろう。
 対するガンダムという機体らしいスレッタのエアリアルはしなやかな動きと、ビットたちの連携が凄まじい。彼女の美しさにひけを取らない正々堂々した立ち回り。
 ビットといえば対エランも凄まじかった。機体のスペックが釣り合っているからこそなのだろうか。エラン・ケレスの操るMSはその見た目の禍々しさはあれど的確な無駄のない動きだった。あれは相手がエアリアルだったからこそ見ることのできた光景なのだろう。その前のグエルの機体がむざむざと潰されていく姿は、パイロットの悲痛な叫びと共に痛ましいものだった。
 画面に映る戦闘記録に見入っていると、溌剌としたスレッタの声が聞こえた。

「エランさん!こ、これ!ありがとうございました!」
「ありがとう。でも返さなくてもいいのに」
「ええっ!も、もらっていいんですか」

 顔を上げて見えたのは氷の君と物怖じすることなく会話をするスレッタの姿だった。ペイル寮にいる知り合いからスレッタと積極的に関わるエランの姿がよく見られているらしいとは聞いていたが本当だったとは。スレッタの手にあるものをよく見ると白いハンカチだ。あれは彼女から落ちたハンカチ。…なるほど。だからあんなに大事そうに抱えていたのか。少しショックを受ける。

「いいよ。ただのハンカチだし、君が持っていてくれると嬉しい」
「ほ、ほんとですか!!…大事にします」

 へにゃりと幸せそうに笑うスレッタとエランの会話をこれ以上に聞いていられなくてその場を後にした。
 気落ちしたまま受ける午後の授業は散々だった。問題は間違えているし、先生の話も頭に入らない。ベッドにうつ伏せになり目を閉じる。いつものようにスレッタのことを考えようとしてもノイズが走る。
 …スレッタは、エランが好きなのだろうか。ペイル寮に彼女が飛び込み大騒ぎした話を聞いたことがある。あの時は破天荒なやつがいるもんだと笑っていたが、今はそんなことですらもやもやとする。
 考えていても仕方ないので気晴らしのために外を歩くことにした。空が紫まじりのオレンジ色でなぜか懐かしくなる。とぼとぼと進んでいると話し声が聞こえて、咄嗟に植え込みに隠れてしまった。後ろめたいことなんて何もなかったけれど、気落ちした自分を誰にも見られたくなかった。話し声はだんだんと大きくなり、それは昼間も聞いた好きな音だった。

「あ、ありがとうございます!エランさん、送ってくれて…」
「たまたま会っただけだから、気にしないで」
「ハンカチも、嬉しいです。大切にします」
「いらなくなったら捨てていいよ」
「そんなことしないです!大事にします」

 仲睦まじく話す2人が通り過ぎるまでずっと息を潜めた。途中エランと目が合ったような気がしたが気のせいだろう。なんだかもっと苦しくなってしばらくそこから動けなかった。

 今日は休みだ。相変わらずただスレッタのことを考える日々は続いていた。けれど暗い気持ちが常に付き纏い胸の中は重苦しい。
 なんとなしに外を歩き青空を眺めていると時間を忘れられそうだった。
 ふと前を見ると、スレッタ・マーキュリーがいた。ベンチに座りぼんやりと空を見ている。…そういえばまともに話しかけたこともないかもしれない。話してみればもやを晴らすことができるだろうか。

「よお、そこで何してるんだ?」
「あ!この間の…!ちょっと待ち合わせをしてて」
「そっか。いやよく見かけるなあと」
「そ、そうですかね…?」

 口元に手をやり悩む姿すら愛らしく、気持ちがすぅっと透くような気がした。

「その…、」
「おまたせ、遅くなってごめん」

 後ろからやってきたのはエランだった。スレッタの表情はぱあっと明るくなり、嬉しそうになる。

「いいいえいえぜんぜん!私も今来たばかりです!!」
「君は…?」
「ああ!すまん、たまたま見かけてな。じゃあな」

 その場を思わず離れた。
 彼らに見えない場所に行ってからは走って走って走った。
 …終わってしまった、と思った。始まりもしていないから終わるも何もないけれど。
 勝手に焦がれて、勝手に弾けた。
 たぶん好きだった。いや、とても好きだった。
 でも勝てない、と思ってしまった。彼に対してあんな笑顔をするスレッタを見て自分の気持ちをぶつけてやろうとは思えなかった。胸の中の暗いものは何処かへ行って後に残ったのは言いようもない寂しさだけだった。
 目の前がじんわりとぼやける。
 もうすぐ昼時、今日は腹一杯のハンバーグスパゲティが食べたい。

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