魔法の森のふたり


ーー深く暗い森の奥、赤毛の魔女とお供の鴉がいるらしい

 ぴいぴいと小鳥が鳴く声で毛布に包まれた塊がもぞもぞとうごめきます。どうやら赤毛の魔女さんは眠たそう。むにむにと何か言いながら夢の延長をお願いしてるみたい。
 そこへとことこ黒い鴉さんがやってきて

「おはよう、朝だよ。今日はジャムを作るんだよね」

と毛布をぐいぐい引っ張った。
 あたたかな季節とは言っても朝はやっぱり寒いので、魔女さんの延長戦は成功ならず。鴉さんに手を引かれて身支度へ。
 眠たげな魔女さんをドレッサーの前に座らせて櫛を使って綺麗に髪をまとめます。

 ーーるんた、らんた、るんら。
   氷ガラスの心が溶けたよ溶けた溶かされた!
   どこの誰にさ?決まってる!
   深ーい森のろうそくみたいに燃える魔女にさ!

 どこかの気ぶりやな妖精たちが魔女さんには聞こえない言葉でからかいに来ました。鴉さんは魔女さんにヘアバンドをつけながらじろりと外を睨みます。
 きゃあきゃあとふざけながら妖精たちは逃げ出しました。魔女さんがいる限り鴉さんは自分たちを追いかけてこないのを知っているからです。

「あれ…?エランさんどうかしましたか?」

 魔女さんが動きが止まった鴉さんを振り返ります。

「…なんでもないよ。そろそろ朝ごはんを食べよう」

 早起きな鴉さん手作りの朝ごはん!魔女さんも嬉しそうにテーブルにつきました。ハムとチーズを挟んだシンプルなパンと、気付いたら近くに住み着いていた白山羊さんの牛乳です。
 本当は魔女さんも鴉さんもご飯は必要ありません。人間の真似っこをしているだけです。

「このパンおいしいです!このチーズも!白山羊さんからもらった牛乳で作れるなんて…!」
「おいしいならよかった。初めてやってみたけれどまた何か作るよ」

 お腹も膨れて満足いっぱい。今日はジャムを作る為に森へ木の実を集めに行きます。
 たくさん木の実を入れられるように大きなバスケットを用意して、鴉さんとお揃いのローブを身にまといます。

「木苺たくさんあるかなぁ」
「あると思う。この間、上を通り過ぎた時には一面赤色だったから」
「ほんとですか!それなら競争しましょう!わたしとエランさんどっちが多く取れるのか!」

 くすくすと楽しそうに魔女さんは笑います。出会った最初の頃はどもることも多かったのに、気づけばどもりも取れるほど長い時間が過ぎていました。
 鴉さんも楽しそうに相槌を打ちます。感情のわかりにくい鴉さんですが、「魔女さんといる時の鴉さんはどんな妖精だって応援したくなる!」と噂です。
 そんなこんなで楽しく進み、やっと木苺たちのパーティーに辿り着きました。真っ赤に熟れた木苺たちは己が1番と言わんばかりにきらめいています。
 二手に分かれてジャムを作れるくらいの量を収穫すると案外早く終わってしまいました。このまま帰ってしまってもいいのですが、どうせならもう少し一緒にお出かけしたい魔女さん。うんうん悩んで悩んで理由が見つかりません。

「うぅ、もっとお出かけしたいのに行く場所が思いつきません…」
「…じゃあジャムを作ってから夜ごはんを外で食べよう。今日は雲がかからないから月が綺麗に見えるはずだよ」
「…!すごい!エランさんは頭がいいですね!そうしましょう!」

 鴉さんは魔女さんを笑顔にするのがとってもうまい!鴉さんの手をとって、魔女さんはるんるん気分で帰り道を歩きます。

 お家に着いてすぐ魔女さんはジャム作りの準備を始めました。鴉さんはその間お家の周りを見回りに行きます。魔女さんを傷つける人間が来ることなんて滅多にないけれど、そこに住まう妖精たちがいます。魔女さんとの緩やかな生活のためにも彼らを手伝って魔法の素材を貰うのです。

 一方そのころ魔女さんは木苺を鍋に入れてぐるぐるとかき混ぜています。

 ーー木苺ことこと、鍋の中。
   魔女のお鍋はヒミツでいっぱい。
   覗いてご覧、覗いちゃダメさ
   君がお鍋の中身になるぞ

 遊びにきた小人さんたちが楽しそうに歌います。彼らは森で育った魔女さんの小さな頃からの遊び相手たちなのです。ジャムや魔法の秘薬を分けてもらうため鴉さんがお手伝いに行くように、彼らも魔女さんのお手伝いするのです。
 完成したジャムを小さな小瓶に入れると魔女さんは暖かいままであるように魔法をかけます。小人さんたちは嬉しそうにお礼を言うと窓からそっと家へ帰っていきました。
 入れ替わりに薬草を抱えた鴉さんが帰ってきました。パセリ、セージ、ローズマリー、タイムにそれからたくさん!倉庫にしまうとほっと一息椅子に座ります。部屋には魔女さんが作ったジャムの匂いが漂い、落ち着くような甘い匂いがしました。

 そうやって気づけばもう夜、ごはんの時間!
 魔女さんと鴉さんはお気に入りの花畑へバスケットと小瓶を持って行きました。バスケットの中には手作りのジャムを挟んだサンドイッチと紅茶が入っています。
 月明かりが花畑の真ん中に座る2人を照らします。さながらスポットライト、魔法の花々はそっとラベンダー色に変わりました。
 花冠を作ったり、サンドイッチを食べたり、2人の楽しそうな話し声がします。

「今日はなんだか木苺の味がします!」
「お昼にたくさん食べたからかもね」

 そう、垣根の向こうの仲間たちは月のひかりや太陽のひかりを食べるのです。人間みたいにご飯を食べるのは浴びる光に味をつけるためなのです。
 魔女さんと鴉さんは月のひかりがご飯になるので、こうやってときどきピクニックに行くのです。
 花畑に2人で横になりながら星座を数えたり、お互いのいないところで起きたことを話しながらたっぷりとひかりを浴びました。
 そろそろ帰る時間です。少しだけ眠たそうな魔女さんをそっと抱き上げて鴉さんは空に浮かびます。

 魔女さんは鴉さんの命の恩人でした。
 魔女さんにそんなつもりはなくとも。
 魔女さんは何もなかった鴉さんに暖かな火をくれました。
 だからこの何気ない日々を守るために鴉さんは今度こそ、今度こそ生きるのです。
 誰のためでもなく、自分の意思で。
 明日もいい日であればいい、と鴉さんは願いながら2人の家へと帰って行きました。

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