女と軍人と
短編集より
あれから数年たった今、相変わらず男は軍人であった。軍服にはいくつものきらびやかな装飾がされる様になり、自らの部下も、数年前とは比べものにならない位に増えた。
軍人は仕事の息抜きに、部下が淹れてくれたコーヒーを啜る。時々、思い出してしまうのだ。
あの時の出来事を。
何故だか、自分でも分からない。自分はただ、花売りの少女と二言三言言葉を交わし、少女の売っていた花を買った。ただそれだけの話。それでもどこか頭の中には少女が自分に向けたあの純粋な笑みが色濃く写っていて、数年たった今でもそれは到底消えそうになかった。
軍人は久しぶりに、その街へと足を運んだ。護衛をすると自ら進んできたいくつもの部下達に「大丈夫だ」と断り、軍人はたった一人でその街に行く事にした。その日は大層寒かった。ぶるりと小さく身を震わせ、そう言えばあの時あの少女に会った日もこんな季節だったとどこか小さく呟いた。
悲鳴が、聞こえた。それはか細い悲鳴。男は職業柄―――見知らぬ人でも助けてしまうという癖があり、今日も男はその悲鳴の元へと足を進めて行った。
女だった。ふと、どこかで見た事のある様な顔つきをしていたが、そんな事はどうでもいい。今はこの女を助けるのが最優先事項だと己に言い聞かせて、男は女を絡む男達をたったの一振りで大通りへと放り投げた。
「ありがとうございます……助かりました」
ふと、女と目が合った。その瞬間、
―――二人の時が止まった。
「……あれ?昔花を買ってくれた……」
「……お前……」
困惑する女と軍人。こんな出会い方はいいのだろうか。なんとも言えない気持ちが二人の中にぐるぐると廻る。―――それは、綺麗な月の出ているある晩の出来事だった。―――