花売りの少女

短編集より





 少女は花を売っていた。どの花もちっぽけで陳腐だったけれども、でも、それでも少女はその花を売るのを決して止めはしなかった。嫌、言い方を変えよう。少女の様に、まだ小さな子供は、きちんとした所で働かせてもらえないのだ。学校にもろくに行っていない少女が出来る事と言えば、ちょっとしたお金の計算とすぐそこの道端に生えている花を摘み取る事位だった。だから止められなかった。少女のお金を稼ぐ手段は、これしか持ちあわせていないのだから。


 冬が来た。温かくて布地の厚い服はとても高価なのだ。少女の家はとても貧乏だった。服もまともに買えない程、貧乏だった。手足が凍える様に寒い。花を買ってくれる人は誰もいない。こんなんだったらマッチでも売った方がお金のなるのではないかと、どこかで聞いた童話を思い出しながら頭の隅でそんな事を考えた。


 男が、少女のすぐ傍を通った。その男は、軍人だった。ぴっちりとした軍服に身を包んだ、男。少女はその威圧感から小さく身を抱き寄せて、キュッと目を瞑った。男は、少女の前で立ち止まった。男は乱暴に少女の手から花の入った籠を奪い、そのかわりに一枚の紙を少女に渡した。


 お金だった。


 その紙はあんな量の花とは比べ物にならない位の、金額だった。少女はその紙がお金だという事を理解するまでに暫く時間がかかってしまった。―――しばらくと言っても数秒ほどだが、少女にとってその時間はとても長く感じてしまった―――。少女の視線は勢いよく目の前の男に移る。男は無表情のまま、その花の入った籠を手に持ちながらそのままどこかへ行ってしまった。


 強面で図体のいい男が、花の入った小さな籠を持っているその姿はとても微笑ましいものでもあり、とても奇妙なものでもあり、少女は不謹慎だと思いながらも小さく笑ってしまった。少女はそのお金を握りしめると、すぐに家へと帰っていって今さっきあった出来事を両親と小さな兄弟達に話してやった。


 次の日、真新しくて温かい服を着た少女は同じ場所に、花を持って立っていた。その男は、またもや少女の前で立ち止まると、今度は言葉を紡いだ。


「まだ居たのか」
「はい、昨日はどうもありがとうございました」
「気にするな。昨日のはただの気紛れだ」


無表情のまま、淡々と言葉を発する男。少女はそんな男に綺麗に整えられた花を手に握らせた。


「また買えって言うのか」
「違います。これはお礼です」


ふわりと笑顔を見せる少女。その純粋な笑顔に、小さくたじろく男。男はその見た目と地位の高さと軍人であるという事から、そんなに綺麗で純粋な笑みを全くと言っていいほど見た事がなかった。


「本当にありがとうございます」


そう少女は言い、男に背中を向けてしまった。


 何を思ったのか。男は少女に手を伸ばすものの、歩き始めてしまった少女にその手は届かなかった。これでいいんだ。男は心の中で呟く。これ以上深入りをさせてはいけない。男なりの気遣いと優しさだった。男はその手を大人しく引っ込め、昨日と同じ様に、その手に可愛らしい花を持ってその場から去っていった。










 




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