全ての始まり














――その女の子は、周囲にとって特別≠ネ存在だった――









家族や町の人々からは

まるで我が子の様に愛されて、

女の子はすくすくと育っていく。


何不自由ない生活。優しい皆。

女の子は沢山の『愛情』の中で育てられ、

いつしかその女の子は

それはそれは町の中でも一番綺麗な少女へと

成長を遂げた。




やがて、その少女の美しさと優しさに

求婚する者が増え、

家族は嬉しい様な寂しい様なちょっとばかり妬ましい様な、

けれども

どれも優しい感情が少女を包み、

少女は本当に幸せな生活を送っていた。


そう………






あの事件が起きるまでは。








少女は走る。ただただ走る。

背後からはいくつもの悲鳴。

ごうごうと燃える建物。

少女を護る様にして一緒に逃げていた家族も、町の人も、

一人、また一人と魔の手に襲われ

数を少なくしていった。


少女は泣いた。泣きながら走った。

遂に『一人ぼっち』になってしまったのだ。


それでも魔の手は止まらない。少女を狙い続ける。

何日も寝ずに走り続けたその足はボロボロになり、

あんなにも綺麗だった服は薄汚れ、

髪を整える暇もなく、

少女はみすぼらしい格好をしながら

とにかく魔の手から逃れ続けた。









しかし、少女にも限界がある。

それは、雪の降るある日の事だった。



走り続けていたそれを、止める。

靴は脱げ、裸足になっているそれは

冷たい道路を走り続けていたせいで、

あちこちから血が出て軽い凍傷も引き起こしていた。



(もう、疲れた……)



皆、もう居ない。この世には居ないのだ。



(私は、卑怯者なんだ……)



皆に護られて生きてきた自分には、

もう走る気力さえ残っていなかった。



(こんな私なんて、死んじゃえばいいんだ……)



まさしく自暴自棄。

それほどまでに少女は精神的にも肉体的にも追いつめられており、

その瞳は焦点が定まる事なく

ぼうっと宙を見つめていた。




















「本当に死んでしまってもいいの?」


(―………え…?)


よく見ると、目の前には

少女を見下ろす一人の少年が居た。


「お前をここまで逃げさせ、

 過去に何度もお前の事を護り、愛してきた者達の意志を

 蔑ろにする気なのかい?」


その少年は冷たい道路に片膝をつく。

座り込んでいる少女と目線を通わし、

恐ろしい程に冷たいその手で

少女の頬を撫でた。


「僕の名前はJ。僕は君が欲しいんだ。

 だから僕と取引をしないかい?」


(……取引………)


少女は力なく心の中で呟く。

少年は、まるでそんな少女の様子を見透かしているかの様に

口角を上げてみせた。


「僕の元に来れば、

 君には今まで通りの何不自由ない生活を

 送れる様に手配しよう。

 今君を追いかけている連中も

 僕の力を使えば一網打尽にできる。

 それに君の大事な人達の弔いもしよう」


(…………)


「どうだい?少しは気持ちが揺らぐいだかい?」


(…………)



少女は焦点の合わない瞳で

少年の事を見つめる。

少年は冷めた目つきで、しかし

その奥にはゆらゆらと燃え盛る炎を携えていた。


「……け、て………」


少女はゆっくりと口を開く。

その声は、まるで蚊のなく様な小さな声。




「私を……、助け…て………」




「………!」


少女の思考は正常ではなかった。

だからこそ、

少女はこの時少年の取引を受けてしまったのだ。


「……交渉成立だな」


その笑みは、例えるならば『悪魔の笑み』。

少女はその笑みに身震いし、

少年は相変わらず少女の頬を

満足そうに撫で続けた。












――こうして『特別』な存在の少女は少年Jの手に堕ち、

少女は**を引き換えに

安全とこの先の未来と

今まで自らを護って来た多くの人達の意志を

護る事ができたのでした――









 





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