少しずつ、











「こんにちは、アリスさん」

「……?」


ある日、

少女の部屋に連れてこられた一人の男。


「僕の名前は『ディア』です。

 今日からアリスさんの『先生』ですよ」


そう言って男は少女の元へと歩み寄り、

優しげな笑みを浮かべて見せる。


「…せ、せー…?」

「せ・ん・せ・い」

「…せ、んせー」

「……まあ今はそれでいいでしょう」


そう言うと、少女の手を握る男。


「これは『握手』と言うんですよ、アリスさん」

「…くしゅ?」

「あ・く・しゅ」

「…あ、くしゅ?」

「そうです、握手です」

「あ、くしゅ!」


少女はパァっと可愛らしい笑みを浮かべ、

男はその様子に目を見開いた。


「…とても可愛らしい笑みですね」

「…?」

「いえ、ただの独り言です」


男は少女の手を握りながら、

尚も言葉を紡ぐ。


「今日から貴女は『勉強』という物を

 しなければなりません」

「…きょー」

「べ・ん・きょ・う」


男と少女の言葉の投げ合いは、

止まる事を知らない。


「よろしくお願いしますね、アリスさん」

「…よろ…しく……お…しま………。

 う、え?」


男の長い言葉を真似しようとするが、

少女にはまだそれは難しかった様で。


「大丈夫ですよ、

 僕とゆっくり勉強していきましょう」


それから、

男と少女の『勉強』は始まった。













「―――非常に興味深いですね、アリスさんは」


目の前に居る少女の様子をじっと見つめる男、

もといディア。


「なにか言いました、か?せんせー」


そこにはつい二週間前の少女の姿とは大きく違っていて。

その様子にディアは益々

笑みを零した。


「いえ、ただアリスさんは

 とても勤勉家だと思いまして」


最初の一週間こそはディアも苦労したが、

少しずつ、少しずつと喋れる様になった少女は

次々と色々な事を覚えていき、


そして今では人とまともに会話が出来る様にまで

成長したのだった。


「これは何ですか?アリスさん」

「リンゴです、せんせー」

「ではこれは?」

「レモン、です」

「これは?」

「イチゴ、です」

「では最後にこれは?」

「メロン、ですせんせー」

「よくできました。

 百点満点ですよ、アリスさん」


そうディアが褒めれば、

少女はあの屈託のない可愛らしい笑みを浮かべて。

その笑みに勤務中だと言うのに癒されているなんて、

口が裂けても言えないなと

ディアは心の中で呟いた。


「アリス、今日も先生と勉強か?」

「!カイン!!」


少女は勢いよく椅子から立ち上がり、

今しがた入ってきた少年カインに

思いっきり抱きついた。


「また、今日もおしごと?」

「あぁ、これからこの国の南へ

 仕事で行かなくちゃならなくなった」

「…どうし、て?

 カインは、おしごといっぱいしてるよ!

 カイン居ないと、私…寂しい」


そう言ってシュンとする少女の

余りにも可愛らしい姿に、

カインは堪らずその細い体を持ち上げた。


「う、わぁ!」

「すまないな。

 オレはこの仕事をする事位しか、

 国民にやれる事がないからな」

「…こくみん?」

「あぁ、オレはこの国の皇子だからな」


そう言うと、

カインは少女を抱き上げたまま、

ディアの方を見た。


「先生、すまないが一階までアリスを

 連れていってもいいですか?」

「えぇ、別にいいですよ」


そう言うと、ディアはフッと笑みを浮かべて

カインにこう言い放った。


「…それにしても随分の変わり様ですね、

 カイン皇子。

 国民からは恐れの対象とされている、あの貴方が……」

「このオレがお前如きに

 敬語を使っているんだぞ。

 少しはオレの事を敬ったらどうだ?『反逆者のディア』」


「……?

 二人とも、どうした、の?」


この状況に全くそぐわない、少女の明るい声で

二人の黒い会話には終止符が打たれた。


「嫌、なんでもない。

 下まで見送ってくれるか?アリス」

「うん、いい、よ!

 先生、行ってきます!」

「行ってらっしゃいアリスさん」


にこやかな二人に再び笑みを零す少女。

しかし、少女は気付かない。


二人の体からは微量な殺気が放出されているのを。


そんな中、

カインは少女を軽々と抱き上げたまま

廊下を歩きだす。


そんな和やかな様子に

たまたまでくわしてしまったメイド達は

頬がゆるりと緩むのを感じ、

そしてこのお城に勤める使用人達の間で囁かれている噂は

本当だったのかと

内心合点が行くのだった。










『―――アリス姫は他の皇子や姫から、

 異常な位に%M愛されている―――』




確かにアリス姫はかなりの絶世の美女だ。

その可愛らしい笑みと行動に、

カイン皇子、アベル皇子、アカネ姫が

虜にされているとの事。


黒龍皇子に関してはなんとも言えないが、

でもアリス姫の事を

そんなには悪くは思っていないはずだと

使用人達の間では密かに噂されている。



実際にその噂は殆どが合っており、

最初は少女に消極的だったカインも、

段々と少女に魅せられていき、

最終的には少女を溺愛するアベルとアカネに並ぶ程の

溺愛ぶりになってしまったのだ。





『カイン皇子』。

その名を皆聞けば、

悪い噂ばかりが飛び交う恐ろしい皇子だと

皆は答える。


想像の神、レイラに養子として迎えられたカインは、

その直後からこの国を護るために、

レイラの反勢力と孤軍奮闘している所を

度々目撃され、

国民からは武神として、恐れの対象として

崇められている存在なのだ。


そんなカインも少女にだけはデレデレで。

その変わり様に、使用人達は

開いた口が塞がらないとか。







「この国の南ではな、

 とても美味しいお菓子がある事で有名なんだ」

「へぇ…!

 私も、行ってみたい!」


そう少女が言えば、

カインは急に口調を厳しくさせる。


「ダメだ、

 このお城の外はな、何処もとても危険なんだ。

 お菓子ならオレが帰りに買ってくるから

 二度と外に出たいなんて

 言うんじゃないぞ」


カインは少女を溺愛するが余り――

この城に、縛りつけようとする。


「じゃあ、カインの帰り、

 楽しみに、待ってる!」


そんな思惑を知らない少女は

無邪気な笑みでそう答えて。

その様子にカインは安心して

微笑を浮かべるのだった。









「歪んでますね……」


ディアはそんな二人の様子にポツリと言葉を一つ、零す。


「カイン皇子はアリス姫の事を異常に%M愛し、

 そしてアリス姫は……」


――脳裏には少女の可愛らしい笑みが思い浮かばれる。


「初対面の人間が捧げる小さな愛情も、

 カイン皇子や他の皇子、姫達が捧げる重い愛情も、



 異常な程に¢Sてを無条件に受け入れている」



まるで愛情にでも飢えていたのか――

全ての愛情を受け入れる少女を、

ディアは異常だと感じていた。


「…過去に…何かあったんでしょう、か?」


考えられる要因はただ一つ。

けれども、


「…アリスさんには

 過去という概念が存在しない」


それは、少女が記憶喪失になってしまったから。


「……謎ですねぇ………」


この国を治める王、

想像の神レイラの新たな養子として

先日むかえられた少女、アリス。


彼女が新たにこの国の姫となった形式的な事だけが

国民に発表され、

詳細は何一つ知られていない。


それは、

少女の家庭教師をしているディアも同じ事で。


ディアは自らの知識欲が疼くのが、

自分でも感じとれた。






『反逆者のディア』。

男は、世間からはそう呼ばれている。

何故なら

自らの知識欲を満たす為ならば、

どんな事でもやってのけるからだ。


そんなディアが持っている知識を危険視する輩が多い中、

今現在は、その大量の知識を見込んだ王族が、

新たに加わった姫の

専属の家庭教師としてディアを抜擢したのだ。



「…報酬はかなりの量を貰っていますし、

 あまり検索をしたら怒られそうですね」


先ほどのカインの様子を思い出し――

一人、苦笑するディア。


「さて、アリスさんが帰ってきたら、

 次は何をお教えしましょうか」


少女には、

まだまだ知らなければならない事が沢山ある。


そう心の中で呟くと、


ディアの耳に囁いてくる自らの大量の知識の声を、

聞きとる事に

専念するのだった。












 ▼後書きのコーナー

 新キャラ登場ー!←

 新キャラのディア。
 当初は全く出すつもりの無かった
 アリスの家庭教師役として、
 名もなきお伽話に参戦してもらいましたよー!笑

 知識欲を満たす為ならばどんな事でもする。
 そんなディアも
 アリスに関する知識には
 非常に興味がある様ですが、
 アリスには過去の記憶が無いので
 自分の事も何一つ分かっていない状態…。

 そしてそんな普通じゃない姿のアリスに
 益々ディアは興味を持っていく訳ですよ!
 良いのか悪いのか分かんないんですけども、
 こうして二人の仲は深まっていく訳です!

 そして新事実、
 まさかのカインの溺愛っぷりを
 今回は書かせて頂きました……。
 …実はこのシーン、
 ずっと書きたいなぁと思っていた
 念願のシーンなんですよ!(どどーん)

 次は是非アリスと黒龍の絡みが書きたいですねぇ。
 私の頭の中には
 沢山の念願のシーンが詰まってるんです!笑
 どうにかしないと、いつか管理人の頭が
 ぱーんって破裂しますよ!
 何故なら私の脳内の内容量が
 アナログ並に少ないからなんです!(ばばーん)





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