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(6)

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フォルトゥナ。
その名が出た瞬間に妙な予感がしたことを覚えている。
嫌な予感…とまでは言わないが、何かしら厄介なことが起こりそうな、もやもやとした感覚だ。
城塞都市フォルトゥナは悪魔スパーダを信奉する魔剣教団の総本山だったが、現在は教団が瓦解し、厳しい教義によって閉鎖的であった街も徐々に開かれつつあるらしい。
しかし教団が無くなったからといって、教団が存在していた痕跡が街から消えるわけではない。
教団が管理していたフォルトゥナ城の、その地下に作られた研究施設も、扱っていた"もの"の危険性から壊すこともできず手付かずのまま残っている。
「──その地下施設で閻魔刀が弄られていたわけか」
「ネロの話を聞いた限りでは。ネロ自身も折れた閻魔刀を研究施設で目にしたことと、後から教団の資料をざっと読んだ程度のことしか知らないらしいが」
ベッドと椅子とテーブル、人が寝泊まりするために必要なものしかない殺風景な部屋で唯一の椅子に座るバージルにVは答える。
窓から射し込む夕日が褪せた床を四角く切り取り、隣接する建物の壁に張り付くネオンが不規則に明滅しながら疎らに点灯しはじめた。
この街が目を覚ますのは日が落ちた後だ。
ウイユヴェールの部屋からの眺めよりも猥雑な人種の流れを目で追っていたVは、それで、と先を促す。
「こちらの目的はただの観光だ。閻魔刀の記録を消したいというのなら一人でやってくれ」
テーブルに立て掛けられた刀に視線を遣る。
今でこそバージルの元に戻った閻魔刀だが、ここに至るまでには持ち主と居場所を転々と変えてきた。
バージルが魔界に渡った後にその手を離れ、破損し、バージルよりも先に閻魔刀は人間の世界に漂着した。
幸か不幸か破損した部位の殆どはフォルトゥナの海岸に流れ着き、魔剣教団の研究者であるアグナスが所持し研究を行っていた。しかし復元には至らず、施設にやって来たネロの覚醒に呼応し元の形を取り戻した。
結果的に閻魔刀はバージルの手に戻ったが、アグナスの研究により書き留められた資料は未だフォルトゥナに残っているはずだ。
「研究施設を潰す程度、お前の手など必要ない」
Vの言葉にバージルは鼻で笑う。
レッドグレイブの悪魔騒ぎも人々の記憶から遠ざかり、ダンテやバージルも人間の世界での生活に戻りはじめたこの矢先。
ウイユヴェールの唇から"フォルトゥナ"という地名が呼び起こされ、もやりとした思いを抱えたVが彼の地へ行く旨をバージルへ伝えに戻ったところ予感は的中した。
普段であれば、Vがウイユヴェールとどこで何をしようと関心を持たないバージルが反応を示した。
「あんな胡散臭い街を選んでの観光とは物好きな女だな」
「元々の目的は仕事だ。持ち主が死んで読み手のない本を引き取りに行くそうだ」
「都合の良い悪魔の解釈でまとめた教典以外、あの街にまともな読み物があるとも思えんが」
過去に一度、バージルもスパーダの痕跡を求めてフォルトゥナを訪れたことがあった。
しかし求めていた情報は何一つ得られず、代わりに自身がフォルトゥナに繋がりを残すこととなった。
そのネロに関してもバージルがどこまで気をかけているのか疑わしい限りだが…それより、
「閻魔刀の価値は言葉で伝えられるものでもなければ、理屈を捏ねて容易く扱える代物でもない」
破損していたとはいえ、力を持たない科学者風情に閻魔刀が触れられたことに対する不快感をバージルは示す。
「力を引き出せん者に推測で語られることも、狭い見識と浅い知識で勝手に評価を下されることも不愉快だ」
それらを記した資料が放置されていることもバージルにとっては言葉の通りらしく、速やかに抹消したいものとして認識されたらしい。
放っておけば今日明日にでも出立して研究施設の一つや二つを瓦礫の山にしかねない。
「…潰すのは資料が保管されている場所だけで十分だろう。城が崩れて街が混乱するような事態になればウイユヴェールの仕事も潰れる」
「お前が困ることでもあるまい」
「バージル、馬鹿なことを──」
言うなと返そうとしてVの言葉が止まる。
もしウイユヴェールの仕事が本当に潰れたら?
彼女は酷くがっかりするだろう…が、そうなればフォルトゥナを諦めて別の場所を探すかもしれない。悪魔とは縁のない普通の観光地を。
例えばそこは、街を歩いても教団の騎士を模した紋章などは見当たらず、適度に手入れをされた古城も人間たちの歴史的な遺物であり悪魔の形跡なんか当然ない…そんな場所を二人で過ごす休暇はさぞ平穏だろう──。
「馬鹿なことは言わないでくれ…」
人の悪い言葉につられて浮かんだ悪い考えにVが語気を弱くするとバージルはそれ見たことかとしたり顔になる。
「心配しなくとも干渉なぞせん」
「そうして貰えると助かるな…。バージル、お前やダンテは人間で言うところの加減が下手すぎるんだ」
「ほぉ?貴様こそ余計な手出しをして自滅しそうだが?V」
「…余裕のある身ではないことは自分が一番知っているさ。力を使うのもウイユヴェールといる為だけだ」
──この時こそ話半分にバージルの揶揄を流したが、現状を鑑みれば舌打ちと溜め息に満ちている。
「──待つことしかできないというのも、以前と変わらないか」
せめて地面に膝を付くような失態は免れたものの、力を使い果たしてバージルへ戻ったVは暗闇の中で漂いながら再び外へと呼ばれる時を待っていた。
時間の流れを殆ど感じないために待つことを苦とは思わない。
ただ一つ。懸念があるとすれば、ウイユヴェールを安全な場所まで連れて行ってくれと伝えたが、バージルにとっての安全の基準がVとかけ離れてはいないかという点だ。
「森の外では…不十分だな。フォルトゥナ城内でも悪魔に襲われたと言っていたぐらいだ」
ウイユヴェールはネロと悪魔の出現する城を巡ってからVとニコと合流したが、その時すでにネロは悪魔の多さにキレおり、ウイユヴェールは…
「楽しめたのか、碌に話せてもいない」
ウイユヴェールの仕事で来ることになったフォルトゥナだが、バージルの記憶にもこの場所があったことをVが漏らすと休暇の気分を高まらせたウイユヴェールは「街のことを聞かせて」とせがんだ。
バージルの遠い記憶の中の、見るともなしに通り抜けた街並みを、静粛に日々を過ごす人々の暮らしを、集められる欠片を追憶してVは目蓋の裏に思い起こした。
がっかりさせまいと思って話してしまった。
なのに油断をしてこの有り様だ。
「……」
それ見たことかというバージルの言葉がまざまざと蘇り、くしゃりと髪を掻き上げたVは縦か横かもわからない空間で四肢を投げ出す。
目を閉じてむすっと不貞腐れるその表情は誰に見られることもなく闇に沈んだ。


「(だいぶ拗ねているな)」
Vを迎えたバージルは、その意識が見えない波のように身体の奥へとぶつかって染み込んでゆくのを感じた。
此処、フォルトゥナを訪れることに関して用心すると断言し、バージルにも節制を求めた同じ口で助けを求めるのはVにとって非常に口惜しかったようだ。
守りたいものを優先させた挙げ句の八つ当たりだと知ればこそ、バージルもVの嫌味を黙って受けることにした。…可愛げのない意地の張り方もよくよく考えれば自分自身が持つ性質なのだと諦めもつけた。
「(しかし他人の面倒を見るとは。我ながら似合わないことだ)」
厳密には他人ではないが、バージルが助けを求めるVに応えてやろうという気持ちになったのは、自身が過去に抱くことを諦めた期待や、または願いが、正しく叶えられる結果を見てみたいという願望が心の底にあったからかもしれない。
「(感傷が過ぎる)」
すっかり考えに浸っていたバージルは通過する森の木々に意識を戻した。
代わり映えのない緑の景色が延々と続き、悪魔も見かけないため緊張の糸も途切れた。
特に、Vを戻した直後はVの記憶と感情がまだらに流れ込むために思考も落ち着かなくなる。
自分でありながら違う人格なのだから、ものの捉え方も違って当然だが、それ故に突然波のように訪れる異なる感情の帰還はバージルの集中を乱す。
今でいうと下手を踏んだVの悔しさと分かりやすい拗ねっぷり、そして残してきたウイユヴェールへの心配が大半「ねぇ、ちょっと…!」を占めて──…
「──…ん?」
「だからっ、どこに行くつもりなのって訊いてるの」
「何処へだと…?」
「それから、私ももう一人で歩けるからっ…!そろそろ…地面に下ろしてほしいんだけど」
バージルの腕の中でウイユヴェールがばつが悪そうに訴える。
空中から下降した際にしがみついていた手も、再び掴み所に迷って触れるか触れないかという力具合で青いコートに添えられている。
「……」
Vの気持ちに引き摺られて悪魔のいない場所を目指すことを頭の隅に、しばらく歩いていたようだ。
バージルは無意識のうちにフォルトゥナ城へ向かっていたことに気がつき、顔に不機嫌を被せてウイユヴェールを見下ろした。
「どこまで運ぼうと俺の勝手だ。それにこうして抱えていた方が勝手にうろちょろされて迷子になる心配もあるまい」
「なっ…失礼な人ねっ、私は迷子になんて──…、…」
「どうした。俺の目を見て答えたらどうだ?」
何かしら思い当たる節でもあるのか、ウイユヴェールは途端に言葉の勢いを失うと、つんと上を向いていた顔をそろりと下へ向ける。
バージルもウイユヴェールの存在が腕に馴染んで下ろすのを忘れていただけなのだが、指摘されて行動に移すのも癪でそのまま歩き続ける。
ただ、ほぼ無意識に向かっていたフォルトゥナ城だったがバージルにとっても都合が良かった。
研究者が溜め込んだという閻魔刀の資料を消すつもりで、フォルトゥナを訪れたバージルが最初に向かったのは魔剣教団本部だった。
しかしそこは既に建物としての形を失っていた。
海中に半分沈んだ瓦礫から内部に入れるのではと隙間を探したが見つからず、大穴を開けて侵入を試みようかとも思ったが、手荒な真似は止めてくれというVの態度を思い出して踏みとどまった。
仕方なくそちらを諦めてフォルトゥナ城地下にあるという研究施設に向かおうとした矢先、Vの声が届いた。
「フォルトゥナ城へ向かっているところだ。用事があるのでな」
「用事?」
「城を抜けて門までは送ってやる。着いたら案内は終わりだ。大人しく街へ戻れ」
これはバージルなりに考えての提案だった。
Vの感情が影響したとはいえ、ウイユヴェールを置き去りにせず城の外まで送る結論に至れたことは、過去のバージルの性格を思えばだいぶ進歩したといえるだろう。
そして用事を済ませた後に回復したVがウイユヴェールに顔を見せれば話はすべて解決だ。
しかしウイユヴェールは慌てたように首を振る。
「ネロとニコがまだ森にいるはずなの。この辺りの悪魔が突然増えて…Vと私が崖下から抜け出せなかったのもそのせい。理由を調べないと」
調べないと、と口にするがウイユヴェール一人でそれを行うのは不可能だ。分かっているために言葉の歯切れは悪く、葛藤を隠しきれずに唇を噛む。しかし、
「そうか。だが俺には関係の無い話だな」
言葉の流れから面倒事を予感したバージルも答えは決まっていた。
「確かに関係ないけれど…、悪魔が増えた原因を調べるのを手伝ってもらえないかしら」
「そこまで世話をしてやる義理は無い」
「でも…っ、二人を置いて帰ることはできないわ」
それまでバージルに抱えられるままになっていたウイユヴェールが途端に下に降ろしてと身体を捩る。
「お前に何ができる」
「何もできないわ。だからこうして頼んでるの。あなたは戦えるのに。手を貸してくれないの?」
「今はっきり言ったはずだが聞いていなかったようだな。俺がお前に手を貸してやる義理も、理由も無いと言っている」
地面に足をつけたウイユヴェールは顔を上げると、バージルと暫し睨み合う。
彫刻のように整ったバージルの冷淡な瞳と実直な芯を感じさせるウイユヴェールの眼差し。
譲らない視線の戦いが続くかと思われたが、先に力を弛めたのはウイユヴェールだった。
「──…ふぅん。そういうこというの」
喧嘩腰で熱の籠った様子から一変して身を引くと、そういえば、と指を顎に添える。
「ダンテって、デビルハンターっていう仕事をしているのよね」
「…何故ここであれの名前が出てくる」
「なんとなく?ちょっと思い出しただけだけよ」
これまでの話の流れで必要性を1mmの欠片も見出だせないはずの名前の登場にバージルはぴくりと反応する。
「ダンテはデビルハンターだから依頼を受けて悪魔を倒してくれるんですって。最近はネロもそういう仕事をしてるって聞いたのだけど。でも…バージルにはできないのよね。残念」
「何?」
「別に?ただのお仕事のお話。仕事であれば好きとか嫌いとかじゃなくて依頼主の提示する内容と報酬で決めてくれるわ。ダンテやネロならね。でもバージルはデビルハンターを生業にしてるわけでもないし。できなくても仕方がないわ」
所々を強調した喋り方でウイユヴェールは流れるように言葉を撒いていく。
わかりやすい挑発だ。
が、しかしこうも"できない"と言われ続けて「その通りだ悪かったな」と大人しく受け流せるほど──何よりダンテと比較されて黙っていられるほど、バージルも大人ではなかった。
利益を得るか不利益を被るかの損得以上に、ダンテにできて自分に不可能であることを認めたくないという謎動力が発動する。
「……悪魔の極端な出没が止まればいいんだな」
「ええ」
本来のミティスの森をウイユヴェールは知らないが、以前から悪魔が寄りつきやすい場所だったと聞いていた。
殲滅とはならずともバージルの言葉通り極端に悪魔が現れる現象が収まれば問題ないはずと頷く。
「そこまで言われてはな。良いだろうウイユヴェール、お前の依頼を受けてやる」
「本当?」
期待で表情を明るくしたウイユヴェールとは反対に、一段ばかり声色の低くなったバージルは渋い顔ではしゃぐなと釘を刺した。
「ただし俺には俺のやり方がある。余計な口出しはするな。迷子にもなるな。俺を頼り依頼をしたのだから最後まで見届けてもらうぞ」
「ありがとうバージル!」
「それから俺の傍から離れるな。変わった悪魔を見つけたからといって見に行くのも駄目だ。手近なものにも不用意に触るな」
「えっ…?あ、はい…、うん…わかったわ」
安心したと思ったら今度はやけに細かい注意事項が捲し立てられ、ウイユヴェールは戸惑いつつもしっかりと了承した。
バージルもその様子を見届けると、むっとした表情で唇を結んで黙り込んだ。
自身の柄でもない行動と喋りすぎに調子の狂いを感じる。
ダンテを引き合いに出された影響もあるのだろうが、一番の要因、これは…いつ頃のVの記憶か…?
好奇心に駆られて、本人は楽しそうだが、危なっかしくふらふらと歩くウイユヴェールの姿が視界に重なって見え、バージルは眉間を押さえた。
「バージル?どうかしたの?」
「……。」
振り払うように顔を上げると大股で歩き出す。
慌ててついてくる軽やかなその足音を、無意識に確認している自分に気づくと、バージルは今一度フンと鼻を鳴らした。


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