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「#幼馴染」のBL小説を読む
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1/2 Apple Pie.

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とある休日。(といってもウイユヴェールの店が休みというだけで世間的にはウィークデーのはずだ)
Vがベッドで目を覚ますと隣はすでにもぬけの殻だった。
それもそのはず、時計の示す時刻は朝を過ぎて昼に近い。
午前中に用事があるならばとっくに活動を始めているであろう時間。
ウイユヴェールもどこかへ出掛けたのかもしれないと思いつつ、のそりとベッドから起き出したVは床に素足をつく。
普段、Vが身に付けている衣類は手近なチェストに纏めて置かれている。
その服では寝にくいだろうとウイユヴェールに指摘されて肌触りの良いゆったりしたものを着せられたのだか、それが効いてか今日はよく寝た…を通り越して寝過ぎたぐらいだ。
目覚めのすっきりした頭でVがリビングへ向かうと、しかし予想に反してウイユヴェールがいた。
こちらも部屋着姿でテレビの前に立っている。
ふむ…と何やら思案顔で。
「おはよう、と言うにはだいぶ遅いが、おはようウイユヴェール。悩み事でも?」
「あら、おはようV。今は…そうね、楽しいことを考えて悩み中よ」
「楽しいこと?」
「ウェザーニュースによると今日は一日快晴らしいわ」
ほっそりとした指を口許に当てて形の良い唇がにっこりする。
ウイユヴェールの視線が窓に向けられVもそちらを見ると、言葉の通り外は眩しいほどに明るく、窓枠と向かいの建物との隙間から見える空はまさに空色という表現がよく似合う。
仕事も学校も放り出したくなるような良い天気だ。
「だから朝食…というより、もうお昼に近いわね。公園でランチをして、午後はのんびり過ごすの。どうかしら?」
陽射しの明るさを浴びてウイユヴェールの瞳がわくわくと煌めき、つられてVも頬が緩むのを自覚した。
「悪くない考えだ。ではこれから支度を?」
「ええ。昨日貰ったアップルパイを包んで、あとは飲み物も用意して。足りないものは途中で買いましょ」
身体全身から"楽しみ!"を滲ませたウイユヴェールが、まずは着替えないとね、とクローゼットに向かう。
後ろ姿を眺めながらVは、そういえば昨日、客から貰ったといってパイの入った箱を持って帰ってきたウイユヴェールを思い出す。
昨晩は小さめにカットしたパイを夕食のデザートに食べて「残りは明日にとっておくわ…!」と甘い誘惑に打ち克ったのだ。
そして快晴の今日。アップルパイを堪能するにも相応しい日和になったといえよう。
ならばVも支度の手伝いをとキッチンに行く。
二人分の皿とフォークを布巾で包み、冷蔵庫からパイの入った箱を取り出した。
着替えもしたいところだが、そちらはウイユヴェールが部屋から出てきてからにするとして、読みかけの本もテーブルに置く。
そこでふと予めパイを切り分けておいた方が楽なのではと思い立ち、ウイユヴェールのいるベッドルームのドアをノックした。
「ウイユヴェール、相談がある。お前が待ち焦がれたアップルパイについてなんだが──」
「ぅぅ…V……私、今日も…少しだけパイを控えることにするわ…」
「…突然どうしたんだ」
開けるぞと声をかけて部屋に入ると、細身のジーンズにオーバーサイズのシャツを着たウイユヴェールがしなしな萎れた表情で立っており、Vを避けてゆらりと部屋を出ようとする。
「Vも着替えるのよね…。私の方は…大したことじゃないから…」
「大したことじゃない顔じゃないな。何があったんだ」
「うっ…本当になんでもなくて…」
「何でもない人間がこんな一瞬で天国から地獄には落ちないだろう。理由を話してくれないと、気になる余り俺も着替えが手につかない」
ウイユヴェールをVが両腕でキャッチするように捕まえると、膨らんだシャツが締めつけられて見た目よりもだいぶ細い本体の手応えがした。
観念したのかウイユヴェールは俯いたままでもごもごする。
「……たの、…」
「?」
「…ジーンズが、…きつかったの…」
耳を近づけてやっと聞き取った言葉はしかしVの脳内ですぐには結びつかず、喉から出かかった「理解不能」という返答をぎりぎり呑み込んだ。
「それは──…服がきつくなっていて、つまり太ったからで、今日はパイを沢山食べるのは遠慮しよう。ということか?」
「みなまで言わないでほしかったけど…そういうことです」
私ってばいつ食べ過ぎたのかしら、とウイユヴェールは一人反省会を始めてしまい、Vもまた腕にすっぽりと収まるその身体について考えてみた。
本人は体重の増加を気にしているようだが、こうして抱き締めた感じ、さして違いがあるようには思えなかった。
もちろん当人の実感を否定するつもりはないが、これによりウイユヴェールの笑顔が半減してしまうのはVにとっても楽しみの半減だ。
外は快晴でありながら、この突発的局地的な曇り空をどうしたら解消できるかと考える中、ヒントになりそうな言葉がVの記憶を掠める。
これは確か…数日前の話だ。土砂降りの大雨に遭い、着ていたものをすべて洗濯する羽目になったと悲しむウイユヴェールのしなしな顔…。
あれは二人で買い物に出た際に聞いたのか、それとも部屋での会話の流れか…いや、そんな細かいことは今は思い出さなくていい。
例えば、とVは切り出す。
「洗濯をして服が縮んだとか、そんな話じゃないのか?」
「…そうだったら嬉しいけれど…。頻繁に洗濯するものじゃないし、そんなことは──…」
推測から除外しかけたウイユヴェールの言葉が切れる。
数日前の大雨を悲劇をVに話したのは自分だ。
その日、身に付けていたものをすべて洗濯かクリーニング行きにした苦労の記憶も芋づる式に思い出す。
気を使ったつもりでも洗いたての生地のつっぱりやごわついてしまう手触りは仕方がなく、馴染むまで目を瞑ろうと覚悟した。
ジャケットも、このジーンズもだ。
はっ…とすべての謎が解けたウイユヴェールがばっ!とVを仰ぎ見る。
「増加していなくて何よりだ」
「みなまで言わないでほしいけどありがとう〜〜〜っ…!」
盛大な勘違いが正されただけのことなのだが、ウイユヴェールはぎゅぅっとVに抱きつき力一杯に喜びを伝える。
Vはこちらこそありがとうを感じながら、それで、と散々遠回りする羽目になった本題へ戻る。
「今日のランチにアップルパイを切り分けておこうと思うんだが、食べたい人間は速やかに名乗り出てくれ」
「はいっ!私、食べるのを止めるのを止めにするわ…!」
二等分でお願いします、と言ってVの胸に乗せるぴんと立ったピースが実にいさぎよい。
どこかダメさも感じるが、それもまた好しと思ってしまう自分も大概だと思いながらVはオーダーを了承した。


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