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(5)

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柔らかな黒髪に頬を撫でられ、ウイユヴェールはゆっくりと瞳を瞬かせて現実に戻った。
自分たちを囲むように迫っていた大量の悪魔は姿を消し、ネロが疲労困憊という様子で地面に座り込んでいる。
肩に頭を乗せるVへ、「お疲れさま」と声をかけた。
「ありがとう、V。座った方がいい?」
「…大丈夫だ。それよりはもう少しこのままがいい…」
戦いの緊張を解いた声が肩口でごもごと籠ってくすぐったく感じる。
こちらもネロと同様に疲れた様子を隠さずに凭れかかっており、のっしりとした重さを受け止めるようにウイユヴェールはVの身体に手を添えた。
現在のVはバージルとの問題を解決して、魔力を切らして倒れることもなくなった。そのために、こんな風に身体の心配をするのも久し振りで懐かしさを覚える。
──私の〜〜──…
ウイユヴェールもまた、ぎこちなくなってしまったVへの気持ちを収めることができて安堵の息をほぅと吐いた。
同じタイミングでネロの溜め息が耳に届く。
「V、お前もああいうことできるんなら早くやれよな。無駄にすげぇ体力使った」
「…体力だのガッツだのを見せるのはそちらの担当だろう。底無しのお前と違ってこちらの力には下限が決まっている。…しばらくは戦えないぞ」
「その格好でドヤられてもな」
──悪魔をぉぉ──
「悪いが事実だ。幻影のこの身体で、実体である悪魔を弱らせずに破壊したからな。消耗が激しい」
「…。あ〜、成る程な。だから今まで魔獣に悪魔をボコらせてたのか」
「…何だと思っていたんだ」
「とどめは俺が刺したいナルシズム的なやつ、とか?」
「……」
物言いたげな視線をネロに向けたVだったが、短く息を吐くと再びのっそりとウイユヴェールの肩に額を乗せて沈黙した。
──素材をぉぉ〜──
戦力である二人が大量の悪魔のせいでグロッキー状態になってしまったのは、この場にいる誰にとっても喜ばしくない事態だ。
しばらくネロとVには休んでもらうとして、ウイユヴェールもVの背中を撫でながら気が紛れる話題はないかと探す。
…その時、地面にキラリと青い光が煌めいた。
「あら…?」
「どうかしたのか…」
「そこで何か光った気がして」
「…私の大切な悪魔をぉぉ──」
「悪魔は全て倒したはずだが……動けるか、ネロ」
「しばらく見たくねぇ」
「見なくて構わないから現れたら倒せ」
「んだよ、その無理ゲー。心眼か?心眼の使い手か何かか俺は?」
「……ふっ」
「笑ってんじゃねーぞ」
「コラぁそこぉっ!いい加減私を無視するなっ、悪魔素材をすっからかんにされて嘆いている私が!ここにいるんだぞっ!」
幽鬼のような念を纏って身体をふらふら揺らしていたニコが遂に我慢の限界とばかりに拳を天に突き上げた。
ネロとVとウイユヴェールは敢えて触れないようにしていたのだが…。
「聞こえてるって。仕方ないだろ、あの状況でバラしてる余裕なんて無かったんだからよ」
「にしてもだな、私が弄ってた悪魔くらい取っておいてくれてもバチは当たらないだろうがっ!」
「いつもは見向きもしないザコをか?」
「日照りも続けばザコもそこそこの可愛いこちゃんに見えてくるんだよ」
「…餓えたくはないもんだな。だいたい殲滅したのは俺じゃない、文句ならあっち、Vに言え」
「Vー!」
ネロからVに矛先を変えたニコが大股で近づいてくる。
ニコの無茶苦茶なセリフにウイユヴェールも思わず苦笑を浮かべたが、地面に見た違和感を再び目にして「あっ」と声を洩らした。
「ニコ待って、そこに何か──」
いる──と伝えようとした声が不自然に詰まる。
大きく踏み込んだニコの足元、地面が薄らと青く光るとニコを中心に開花した花のような輪郭が浮かび上がる。
花びらは大きく、多肉植物のような厚みを持つが、ウイユヴェールが息を飲んだのは浮かび上がった花の下に真っ赤な目を持つ巨大な顔を見つけたからだ。
「うわあっ、何か出てきたぞっ!?」
「フォルトだ──…くそっ、もう次が涌いたのかよっ!」
驚いて足を止めたニコの元へネロが立ち上がり駆け出す。
フォルトと呼ばれた悪魔は、出現こそ地面から染み出るようなゆっくりとした動きだったが、獲物を射程に納めた今、広げた花弁で性急にニコを閉じ込めようとする。
「ニコ!そっから動け!」
「動けって何だ!?横とか縦とか具体的に言え!」
「だぁぁッくそっ!」
ネロはパニックになるニコに向かって腕を伸ばすが、花弁は素早く閉じ、ニコの声が聞こえなくなる。
継ぎ目に腕を捩じ込んだネロも蕾の中へと吸い込まれ、フォルトは現れた時と同じように音もなく地面へと沈み姿を消した。
「ニコ、ネロっ!」
「待てウイユヴェール、俺たちも動けば──」
目の前で呑み込まれた二人に追い縋ろうとしたウイユヴェールがよろめきVの身体も傾いた。
靴底が地面を強く擦り、土と砂利が音を立てる。
「…この悪魔は群れで動く習性がある」
「〜〜〜っ…ごめんなさい、私のせいだわ」
二人の足元には鮮やかな青い光が滲み出し、突起を生やした花弁がキチキチキチと粘着質な音を鳴らして立ち上がる。
「既に囲まれていたようだな。この一帯、どこを踏もうと遅かれ早かれこうなっていただろう」
青い光に頭上までを覆われた直後、闇が訪れた。
目蓋を閉じても開いても視界は同様に黒く、目の前にいるはずのVの顔すら見えない。
踏みしめていた地面は消えて上下の感覚もあやふやになり、ウイユヴェールは唯一の頼りであるVの身体をしっかりと掴む。
幾度かの呼吸の後、唐突に全身に重さを取り戻してたたらを踏んだ。
「放り出されたか」
Vの声で顔を上げたウイユヴェールは辺りの光景に目を見張る。
森の中にいたはずの二人は今、岩壁に囲まれた薄暗い空間に立っていた。
岩壁は見上げるほどに高くそびえ立ち、その先に木々が垣間見え、淡い色の空が覗く。
「私たち、移動したの?ネロとニコは近くにいるのかしら…」
「にしては静かすぎる。二人とは別の狩り場に飛ばされたんだろう」
「狩り場?」
「フォルトが繋ぐのは悪魔の溜まり場だ」
ゆっくりと周囲を観察していたVはぎょっとするウイユヴェールを安心させるように優しく背中を叩いて身体を離す。
光の届かない暗がりに影が揺らめいた。
ひやりと冷たい空気に混ざって、二人の存在を嗅ぎつけた悪魔の気配が肌に絡みつく。
「うぅ…じゃあ急いで逃げられる道を探しましょう」
「見たところ、それも難しいだろう。…だが手が無いわけじゃない」
「ならそれでっ!大人しく悪魔の食事になるのはご遠慮だもの…」
「ああ、そうだな。俺も、俺以外の悪魔にウイユヴェールを渡すつもりはない。……しかし今はそうも言っていられないか」
背後にウイユヴェールを庇いながら杖を構えたVはぶつぶつと呟く。
「戻ってしまえば口を挟むことはできないからな。全て任せることに不安もある。…せめて魔獣の一体でも残せれば良いんだが、…そもそも、それができるくらいなら自分で戦う」
前方、そして背後から。暗がりから悪魔が姿を現しはじめ、牽制するためにVはシャドウを喚び出す。
逃げる訳でもなく、かといって自身が相手をするには先程の戦いで魔力を使い過ぎている。
シャドウの低い唸り声に守られながらじりじりと悪魔から距離を取り、ウイユヴェールを挟んでVは反対側に立つ。
はぁ、と深く息を吐くと唐突に「癪だが俺にも油断があったことを認める」と、何かに宣言をするように言い放った。
「ネロがいれば短時間の無力化も差程問題は無いと思っていた。だが、その最悪のタイミングで戦力を分断されることも考えておくべきだったと今は後悔している。…おい、聞こえているだろう、何か答えろ」
「えっ?急にどうしたの?」
どこか自棄を起こしたように、または吹っ切れたように虚空に怒りをぶつけはじめたVにウイユヴェールはまたもぎょっとする。
私、怒られてるのかしら…と表情をおろおろ曇らせるも、シャドウは悪魔を追い払うのに集中しており、Vも構わず更に声を上げる。
「小言も嫌味もお前の気が済むまでたっぷりと聞く。だから、頼む。手を貸してくれ」
「ええと、V…?」
「あまり取りたい手段じゃないが、俺も二度同じ轍を踏みたくはない。喪失の恐怖は、お前だって知っているだろう」
この場に居ない誰かへのVの問い掛けが、崖下に停滞する冷たい空気に溶ける。悪魔が放つ存在感がより一層増して息苦しさと焦りが胸に広がる。
一秒が何倍もの長さに感じ、じりじりと過ぎる時間の流れの中、ピッ、と悪魔の胴体に直線が走った。
上と下に両断された体躯が僅かに傾いたかと思うと、赤黒い体液を吹き出して倒れ、刀を提げ持つ銀髪の男が現れる。
「──わざわざ口に出さなくともお前の声は聞こえている」
「この方が必死さが伝わると思ったんだ」
Vの呼びかけに応えた銀髪の男──バージルの背後に蒼い焔が揺らいで消えると、新たな獲物の出現に悪魔たちが沸き立った。
しかし当の本人は一瞥をくれただけで興味を失い、代わりに、呼び出されたこの場所が過去に自身も訪れたことのあるミティスの森であることを確認する。
「そもそもだが、V。俺の一部でありながらこんな雑魚を相手に窮するなど、質の悪い冗談か何かか?」
三人と一匹を囲む悪魔はこちらを喰らう気満々の様子だが、バージルにとっては蹴散らすことなど簡単だ。
寧ろ片手でも事足りる程度の事態に自分を呼びつけるなどどういう了見かと問おうとしてVを見遣り、そして眉間に皺を刻む。
「び、びっくりしたわ…だっていきなり、影からぬーって出てくるんだもの。…でもバージルはどうしてここに?まさかフォルトに連れてこられたの?」
「バージルがぬーっと現れたのは、神出鬼没を可能にする便利な刀を持っているからだ。本人の気が向きさえすれば離れた場所にも移動できる」
「便利を素通りして理解が難しいわ…。どこにでも行けるドア、みたいな感じかしら?」
ウイユヴェールは「そんなこともできるなんて」と感心と困惑の混ざった表情をし、Vは「深く考えなくて大丈夫だ」と張っていた気を緩めて杖に寄り掛かる。
「おい、雑な説明をするな、V」
「不満があるなら分かりやすく伝え直してくれ」
「チッ…。閻魔刀は──」
バージルは舌打ちをすると、飛び掛かってきた悪魔を閻魔刀の鞘で殴り潰し、続けて向かって来た悪魔を鋭く抜いた刃で斬り捨てた。
「人と魔を、別つ力があり──…」
一刀、二刀、と刃が閃く度に悪魔の数は減ってゆき、シャドウが取り零したものは幻影の剣を作り出して逃さず射抜く。
瞬く間に最後の一体の首も高く飛ばし、返り血すら許さない鏡刃に陽光をキラリと反射させ、戦いを見守っていた未だに"魔"というものの存在に不馴れなウイユヴェールがおずおずと訊ねた。
「人と、魔?っていうものを…分ける、の??」
「…互いの世界を裂き、空間を渡って……移動をする、こともだな…」
「ええと…?う〜ん…それはつまり?」
「くっ──…つまり、離れた場所へ行けるということだ……」
悪魔を一掃してバージルが絞り出した言葉は結局、Vの言葉の焼き直しにしかならずバージルは悔しそうに閻魔刀を鞘に納めた。
「と、とにかくすごい力がある刀…っていうことね?」
「……そうだな」
多種多様な技と可能性を持ち、その筋の研究者や悪魔たちが喉から手が出る程に欲しがる閻魔刀なのだが、素人に分かりやすくイメージを伝えようとすればこんな説明しか出てこない。
バージルは言葉の敗北を喫し、おたおたと助け船を出そうとしたウイユヴェールもフワっとした感想しか出せず何ともいえない表情になる。
無傷で悪魔を退けたのに見えないダメージを負ったバージルは、「…もう良いだろう」とVとウイユヴェールに背中を向けた。
「敵は片付けてやったぞ。俺は戻るからな」
「待て。…俺たち二人ではここを出られない」
「何を阿呆なことを──」
「殆どの人間はお前たちのように跳躍して崖を登れない」
「…」
「魔力を切らした今の俺にも。だから安全な場所までウイユヴェールを連れて行ってほしい」
「これしきの事で…。もう少し丈夫にお前を作っておくべきだったな」
「次からはそうしてくれ」
僅かな抵抗の嫌味すらフラットに受け流され、靴に入り込んだ砂利の如く細かなストレスを浴び続けたバージルはVを口でどうにかすることをついに諦めた。
盛大な溜め息で了承を示す。
余りにも渋々とする己の大元であるバージルへVは静かな微笑みで応えた。
「護りきれない後悔よりも、無力を認めて頼る方が余程良い」
「…頼れる存在があったことを有り難く思え」
「ああ」
危機が去り姿を溶かしたシャドウを迎えると、湿り気を帯びた岩場にコツリと杖をつく。
「そういうことだ。ウイユヴェール」
Vとて口喧嘩で負かすためにバージルを呼んだわけではない。戦えなくなった自分の代わりにと頼ったのだ。
使い切ってしまった魔力を満たすためにも、"V"としてこの場に存在することを今は諦めて、戻らなければならない。
「バージルの強さは見ての通りだ。道中の話し相手としては難があるかもしれないが」
「私のことは大丈夫。Vはゆっくり休んで…。でも……また戻ってこられる?」
「時間は掛かるだろうが…そうだな」
Vから、じ…という視線を向けられたバージルが面倒くさそうな顔をする。
「…おい。なんだ、その目は」
「俺を生かすも殺すもお前次第なのだから、それを込めた目つきをしている」
「言いたいことがあるならはっきりと言え」
「おや。口にせずとも分かるんじゃなかったのか?」
「チッ……何故お前はそうまどろっこしい性格をしているんだ」
「胸に手を当てて考えてみると良い。ウイユヴェール、俺は姿を消すが、すぐにまた会える。こう見えてもバージルは優しい悪魔なんだ」
後ろへはたっぷりの皮肉を見舞い、表では一時の別離を惜しんでウイユヴェールの髪を梳く。
あからさますぎる態度にウイユヴェールは困り顔で「あなたの言葉を信じるわ」と微笑み、バージルが「さっさと戻れ」と半ギレの顰め面を向けると、Vは全身に青い光を滲ませて煙が立ち消えるように姿を無くした。
立ち去る背中もなく、何かに遮られて姿を見失ったわけでもない。
はじめからそこには誰も居なかったというように、あまりにもあっさりとVの存在していた場所が空となり、ウイユヴェールは微かに残る足元の痕跡に視線を落とした。
バージルにどうしたと訊ねられ、なんでもないと首を振る。
「それじゃあ…これから宜しくお願いするわ、バージル。まずは上へ戻るのよね?何か特別な方法を使うの?」
「…。俺にとっては悩むような高さでもないが。確かに普通の人間が簡単に行き来できる場所ではないようだな」
「ええ」
「じっとしていろ 」
「えっと、…んっ?」
ずい、と前に踏み出したバージルは互いの胸が触れるかどうかの距離までウイユヴェールに近づくと、躊躇無く腰を掴む。
「ま、まって、待って…!な、何をするの…??」
「お前を持って上へ運ぶに決まっている。暴れたら落とす──…落ちるぞ」
「思ったより原始的だし本音…!じゃなくてっ…!さっき、どこでもドアの話をしたばっかりなのにっ…ヤマトが流通に便利だっていう話は前フリじゃなかったの…!?」
「何をワケの分からんことを言っている。閻魔刀を使っての輸送中にお前が次元の狭間ではぐれでもしたら、目的地到着はおろか死ぬことすらできない永遠の迷子になるぞ」
「!?」
ウイユヴェールが見上げたすぐ鼻先に振ってきた言葉は衝撃的で、見下ろす薄氷色の瞳は大真面目だ。
閻魔刀が斬り開く道は混沌であり、力のある者しか立ち入れない。
改めてバージルの凄さというものを素人ながらちょっとだけ理解して顔を青くするウイユヴェールに、バージルもちょっとだけフフンと気を良くした。
そのままウイユヴェールを横抱きにして軽々と持ち上げると岩壁を仰ぐ。
「距離があるな──…、しっかり掴まっていろ」
「……ど、どこに掴まったらいい…?」
「服でも首でも、どこでもいい。何だ、妙な顔をして」
「それは…こんな風に抱えられたら気になることなんて沢山あるでしょう。それに運ぶなんて言うからてっきり…、肩に担がれるのかと思って」
「荷物ではあるまいしそんな運び方をするか」
「そ、そう…?」
もやもやと口を閉ざすウイユヴェールに短く「行くぞ」と伝えてバージルは地面を蹴る。
岩壁の出っ張りに足を掛けては力強く跳躍し、一つ足場を蹴る度にみるみる高さを稼いでゆき、そして辺りに視線を走らせて舌打ちをした。
「…まだ残っていたか」
ウイユヴェールが顔を上げると、黒い霧を纏った悪魔がゆらりと二人を追って浮かび上がってくる。
緩慢な動作でこちらへと向けられた赤い爪が、恐ろしい速さで伸縮して岩壁に刺さる。バージルは串刺しになる寸前に躱すと爪を踏み台にして更に跳んだ。
落とされないことに必死のウイユヴェールには周りを窺うことはできなかったが、バージルは1体、2体…と敵の数を口の中でカウントする。
速度を少しも緩めずに断崖を跳び上がり、そろそろ周囲に明るい陽射しが戻ってくる。
しかし悪魔を引き連れたバージルは木々の枝を蹴り、或いは悪魔そのものを踏み台にして一層高きを目指した。
「…えっ……?ね、ねぇっ、地面っ、通りすぎてない…!?」
「ああ。後は下に戻るだけだ」
「した…って……?」
「脱出は果たしたんだ。これぐらいは耐えろ」
空中の、何も頼りのないお空の真ん中という、一瞬。
下方には一面の森林が広がる眩暈のしそうな高さにウイユヴェールの思考が空っぽになり、同時にバージルは流れるような動きで追い縋ってきた悪魔たちへ狙いを定めて体勢を整える。
何もない場所から一体どのような技と膂力を働かせてか。
空を蹴るように勢いをつけ、落下を上回る速度での急降下が始まる。
下へと引き寄せられる激しい動作にウイユヴェールは身体を強張らせ、バージルの腕が強く締まる。
分厚い風の音に揉まれる中、バージルの靴底が悪魔を捉えた。
一般の想定を越える高さからの単純な飛び蹴り。
それは器用にも全ての悪魔を巻き込んで地面へと衝突し、勢いは周囲の大地も抉り、立ち上る土埃と共に悪魔を塵芥にした。
悲鳴を上げる余裕もなく息を胸に詰まらせていたウイユヴェールが呼吸することを思い出して引き攣るようにむせる。
「吐きたいのなら降ろしてやるからその後に吐け」
「吐きませんし──!?……あなたたち兄弟は…どれだけ私を吐かせたいわけ…」
恐怖と衝撃でウイユヴェールがぐったり凭れながら睨むとバージルは小馬鹿にしたように、ふん、と笑った。
先程、Vはバージルのことを"優しい悪魔"だと評したが、身をもって知らされたウイユヴェールは"優しいけれど悪魔"だったと認識を改めた。


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