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翅休めの長椅子

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2月の半ばのある日、Vはウイユヴェールのアパートを訪ねた。
カタン、カタンとゆったりした音を立てるエレベーターから降りてドア横の呼び鈴のボタンを押す。
待つほどもなくドアが開き、「いらっしゃい」と心地良く弾む声に迎えられる。
その部屋はVにとって懐かしさと安心を感じられた場所であり、レッドグレイブの悪魔騒ぎ以降も好んで顔を出す馴染みの場所だった。
はず、なのだが。
リビングに足を踏み入れたVは見慣れない"それ"を見つけた。
ウイユヴェールお気に入りの布地が張られたソファー。
その真ん中にちょこんと座る白い頭のぬいぐるみ。
虚無を内包するような真っ黒な目を持ち、くすんだ色のマントに身を包み、目と同じ色をした短い足がソファーに投げ出されている。
否…本当にぬいぐるみか?
動きを止めて眺めるVの視線に気づいたのか、ぬいぐるみもとい"それ"がこちらに顔を向けた。
「……。ウイユヴェール、そのぬいぐるみ…いや生き物は何だ」
「えっ?ああ、この子ね。この子は…あら、悪魔じゃないの?」
「俺の方が訊きたいんだが」
「私はV関連だと思っていたわ。グリフォンたちが部屋にいたお陰で、ファンシーな子が増えても違和感がなくって」
「あるだろう、違和感。いつからここに?」
「うーん…2、3日前?気がついたらソファーに座っていたわ」
Vも知らない子だったのね、などとウイユヴェールは極めて軽く受け止めてキッチンに行ってしまった。
確かにVが戻るまで三体の魔獣はここで過ごしていたらしいが、それにしても妙なものが部屋に居着いてこの反応。
警戒心がザル過ぎやしないか…。
そもそもVもウイユヴェールに拾われたような出会い方をしているためにあまり強くは言えないが、正体もわからないぬいぐるみ的な"それ"を、Vはどう受け止めたものかと見つめ返す。
生き物ではあるようだが、悪魔の気配ではない。
ただ、人間の世界の動物でもなさそうだ。
白い頭部は髑髏めいてつるりと滑らかでクワガタのように湾曲した二本のツノが生えている。枯葉に似た暗色のマントには古びた剣のようなものも背負っている。
無遠慮なほどにガン見をしてもぴくりとも動かない"それ"にVは近づき屈むと、おもむろにマントをぺろっと捲ってみた。
幼児体型のぷにっとした黒いボディだ。
「子供か大人かもわからないな」
「服に手を出すなんて大胆ね。私だって出会った日はツノをつついただけで我慢したのに」
「ウイユヴェール…」
キッチンからカップケーキの載った皿を持ってきたウイユヴェールは皿をソファーに置いて自身も座った。
「このソファーが気に入ったみたい。一日中じーっと座ってるんだけど、買い物の荷物を運ぶときなんかは手伝ってくれて。一緒にご飯を食べたりもするのよ」
「食事を…?口はあるのか?」
「もうVったら。そんな野暮なことを訊いたらだめ」
まるで訊ねたVの方がデリカシーに欠けると云わんばかりにウイユヴェールは人差し指を振った。
目以外、鼻も口も見当たらないぬいぐるみ(仮)は、ウイユヴェールに渡されたカップケーキを両手で掴んで静止している。
ウイユヴェールが大きく口を開けてカップケーキを頬張るのを見ると、ぬいぐるみ(仮)もそれが食べ物であると認識したらしくコクリと顔を下に向ける。
そしてVが注視する中、シュッ!という残像を残してカップケーキが消えた。
「!」
「もう一つ食べる?」
再びウイユヴェールに手渡されると両手で受け取る。
「消え……いや、見えなかっただけか…?それにしても……」
「ただ名前がわからないのが少し不便なのよね。剣?を背中にくっつけてるから、小さな騎士さん?それとも旅人さんとか…放浪者さんかしら」
どの呼び方がいい?とウイユヴェールが小首を傾げると、二つ目のカップケーキもシュッと平らげたぬいぐるみ(仮)が顔を向ける。
ウイユヴェールは単純に同居人が増えたことに喜んでいるようだが、Vとしては目的も素性もわからないものを部屋に置いておくことに賛成できない。
むすっと考え込んでいるとグリフォンが滑り出てきた。
「ウイユヴェールは新顔にご執心〜ってか?相変わらずねェその性癖!んでVは?八頭身のイケメンがちんちくりんの二頭身に惨敗だって?ギャハハハッ!」
ゲラゲラと声を上げながら三人の頭上で羽ばたく。
VもウイユヴェールもグリフォンがVの意思に関係なく勝手に出入りするのには慣れているので驚きはしない。
しかし突如現れた猛禽類を目にしたぬいぐるみ(仮)は、ソファーの上にすっくと立ち上がると背中から剣を抜いた。
「おっ、何だァ?ピンポン玉みてェなチビ助が一丁前にオレ様とヤろうってのか?」
「喧しくギャアギャア鳴くから敵だと思われたんじゃないか」
「へッ!ここはオレ様のテリトリーだぜ。新参者にゃ礼儀ってもんを教えてやらねェとな。アァン?」
「グリフォン、ケンカしないの。あとここは私の部屋でグリフォンのテリトリーじゃないから」
臨戦態勢のぬいぐるみ(仮)を庇ったウイユヴェールがヤる気満々のグリフォンをしっしっと下がらせると、ぬいぐるみ(仮)もようやく剣を納めた。
「どうやら剣も飾りではないらしいな」
「そうみたいね。でも……V、あなたは気づいたかしら」
「何だ」
「この子、立っても座っても身長がほとんど変わらないの」
「……」
ぬいぐるみ(仮)のビジュアルに「可愛いわ!」とヤられているウイユヴェールは置いておくとして…。
状況によっては即座に戦いの意思を示すぬいぐるみ(仮)の素性はとても胡散臭い。しかし、
「おい、ぬいぐるみ(仮)。お前が何の目的を持ってこに居るのかは知らないが、大人しくさえしていれば害は与えない。…この喧しいグリフォンも同じだ」
「はぁーッ?良いのかよォV!お前、アイドルの座を奪われちまってるじゃねェか」
「誰がアイドルだ。ウイユヴェールが気に入っているのなら仕方がないだろう」
二頭身のまるっこいぬいぐるみ(仮)の、手伝いをする、食べる、という行動に加えて新たに、剣を構える、という項目を確認したウイユヴェールは頬を緩めて癒されている。
この小さな身体と短い手足、そして体格に見合った古びた剣ではリーチも高が知れている。
Vすら若干健気さを感じてしまい溜め息で誤魔化した。
「このサイズで何ができるわけでもあるまい」
「悪魔の凶悪さは大きさじゃねェだろうがよ」
「やけに反発するな」
「ハハン、Vだって警戒してたじゃねェか。オレ様も簡単にゃ気を許さねェってだけよ──…、ンン?」
空中に留まるグリフォンがふと気づく。
グリフォンに向かって、ぬいぐるみ(仮)が今度は短い足を踏ん張るようにしてぐぐぐ…と身を屈めた。
ふわりとマントがはためいたかと思うと、小さな拳を握る手元からキラキラした光の粒が溢れ、花のような模様を描く。
キィン──と甲高い音が響くと同時に、目にも止まらぬ速さで白刃が抜かれた。
部屋中がまばゆい光に包まれる。
鮮烈な輝きはものの数秒で収まり、ゆっくりと明るさが戻る。
そうして目蓋を開いたVとウイユヴェールの目に飛び込んできたのは淡い朝焼け色の空と、遠い空に浮かぶ島々だった。
二人が立っているのも恐らく同じような島なのだろう。
中世の神殿を思わせる意匠の石柱がぽつりぽつりと立ち並び、足元に広く敷かれた石畳が唐突に途切れて空が見える。
「ここは一体──…?」
「少しふわふわするわ。それに…とっても綺麗な場所。見てV、光が集まって模様になるの」
ウイユヴェールが指す先に、先ほどぬいぐるみ(仮)が放った光の花と似たかたちが空に浮かんでは消えていく。
ウイユヴェールはにっこりと頷くと、足元に立つぬいぐるみ(仮)にしゃがみ込んで訊ねた。
「放浪者ちゃんはいつも、こういう場所を旅しているの?」
「放浪者ちゃんとは?」
「名前がわからないから勝手に呼ぶことにしたわ」
「…そうだな。名前の次はこの場所がわからないという問題が発生したが、どうせその放浪者が関係する場所なのだろうな」
「Vも慣れた?」
「ウイユヴェールとは違ってこれは諦めという感情だ」
Vは細かいことを考えるのを止め、ウイユヴェールが楽しげに笑う。
淡い雲の漂う静かな空間にVとウイユヴェール、放浪者が顔をつき合わせて、しかし一人ばかり足りないことに気がついた。
「ところでグリフォンは何処へ──」
行ったんだ、というVの言葉を遮るように、三人を押し潰しそうな巨大な風圧が島を揺らす。
「──オイオイここは何なんだァ?悪魔が作るエセ空間に似てっケド、それしちゃあ殺意みてェなひりひり感はちっとも無ェ!」
頭上から濁った声が響き、周囲がふっと暗くなったかと思うと、Vとウイユヴェールの目の前に小山ほどの大きさの怪鳥が降り立ち石畳が割れた。
「まさかあなた…グリフォンなの?」
「その姿はどうした。懐古主義にでも走ったか」
翼を畳んだその巨体を、普段そうするように揺すっただけでも島が揺れる。ぱかっと開いたくちばしも人間を丸呑みにできるほど大きい。
「懐かしんでるワケじゃねェさ。ただ、たま〜によ、昔のオレを想像するとこはあったってゆーか?ケドまさかマジでこの姿に戻れるたァ思ってなかったぜ。こりゃぁ夢か?それともマサユメ?」
「ただの夢だろう。無意識の願望かは知らないが、現実でその姿になられては邪魔だ」
「グリフォンの想像が叶ったのなら、じゃあここはグリフォンの夢の中っていうこと?」
「かもしれないな。先ほど放浪者が放った光はグリフォンに向けられていた」
一度は剣を納めたというのに、やはり喧しい鳥に対して恨みがあるのかもしれない。
「でも驚いたわ。青くてキラキラしたグリフォンは最近の姿だったのね。昔の大きさに戻って、グリフォンは何かしたいことでもあるの?」
「チカラを使いてェ、暴れてェ、ってのは悪魔の魂に刻まれた本能だ。ダンテの野郎とは何度もヤり合ったがよォ…そういやV、お前とはまだ戦ったことはねェよなァ?」
Vを見下ろすグリフォンの瞳がギラリと輝く。
挑発的な言葉にVもぴくりと反応すると冷ややかな笑みを浮かべた。
「育ちすぎたスズメが大口を叩く。かつての姿で俺程度にならば勝てると?」
杖を軽く持ち直して、くちばしの先へと歩み出る。
「さぁねェ?けどまァ最近、オレをペットのお喋りインコと勘違いしてるヤツがどうやらいるみたいでなァ」
「俺たちは主従ではない。だが、今後の関係を明るくする為にもこれは良い機会か」
「ケチョンケチョンに負けたからってあんまショボくれんなよ?オレはひ弱なVちゃんでも、今後もちゃあんと右腕でいてやるからよォ!」
会話が怪しげな雲行きになり眉根を寄せたウイユヴェールが口を挟もうとするが、時既に遅く、翼を広げて翔び立つグリフォンが巨体に見合った声量で豪快に言い放った。
「今日は確かバレンンナントカってェ日なんだろ? 御前試合といこうじゃねェか。ウイユヴェールには特別にオレ様のダイナミックな戦いっぷりをお見せしてやらァ!」
「グリフォンは単に暴れたいだけでしょ」
「期待せずに見ていると良い。余興にもならないだろうが」
「V…あなたも断ったら?せっかくこんな不思議な場所に来られたのに、することはケンカなの?」
「昔の姿になってグリフォンもはしゃいでいるんだろう。折角の売られたケンカだ、買ってやろう」
風圧に乱れる髪を押さえたウイユヴェールが頬を膨らませるように口を結ぶと、Vはふっと気を緩めて笑う。
「それから…ここは夢の中らしいが万一に戦いで破損してしまっても目覚めが悪い」
ウイユヴェールの手を取ると、懐から取り出した小さな箱を手のひらに乗せた。
深い色の布地が張られた箱にはウイユヴェールが贔屓にしているブランドの意匠が施されている。
「この馬鹿みたいな悪夢から覚めたら、もう一度受け取ってくれ」
急かすグリフォンの声が空から響く。
赤い雷がバチッと弾け、Vは砕けた石畳が浮遊して作られた足場に跳ぶと、更に高くグリフォンに近づける足場を探して渡っていってしまった。
「…なんだか変な流れになっちゃったわ」
戦いの巻き添えになる心配は無いだろうが、放浪者は早速始まった戦いの余波で跳んでくる小石を剣で弾いている。
ウイユヴェールは観戦にちょうど良さそうな倒れた石柱を見つけると、放浪者を誘ってベンチの代わりに腰掛けた。
少し斜めに傾きながら並んで座り、大空でのびのびと暴れるグリフォンを眺める。
相手をするVも稲妻と突進を上手く引きつけては足場を移動し、その無駄の無い動きにウイユヴェールが感心していると、隣に座る放浪者が戦いではなくこちらを見上げていることに気がついた。
こちらと、手の中の小箱を見ているようだ。
「今日はね。バレンタインっていう、大切な人にプレゼントを渡す日なのよ」
瞬きもせず、目蓋もない大きな黒い目にじっと見守られ、促されたような気がしてウイユヴェールは言葉を続ける。
「グリフォンがさっき華麗な戦いを見せてくれるって言ったのもそれね。Vもグリフォンも結構ノリが良くて。季節のイベントにも参加してくれて」
ずしん──…と島が揺れる。
軽やかに逃げるVを追いかけグリフォンが着地したようだ。
「今日も、一緒に食事しましょって誘ってたんだけど…。ふふ、プレゼント、貰っちゃった。会いに来てくれるだけで私は十分嬉しかったのに」
大きな目でウイユヴェールを見上げていた放浪者は、マントの中でもぞもぞと動く。
一輪の純白の花を差し出した。
「私にくれるの?」
それは空に漂う光と同じように花びらを淡く輝かせる。
硝子細工のように繊細な花の茎を、持つというより添えるように指で支えたウイユヴェールは溜め息を吐くように微笑んだ。
「もしかして、うちのソファーの使用料?」
放浪者は言葉を発しない。
「私の部屋にはね、短い間だけどグリフォンとかシャドウとか、ナイトメアが居候をしてたことがあったの。今はVも戻って、会いに来てくれるけど、ずっとは居られないから。だからあなたがいつの間にか居座ってくれて楽しかったわ」
ただ何かを伝えようとしてか、或いは伝わると信じてか、ぴくりとも動かずウイユヴェールを見ている。
「これからも居てくれて良いし、またソファーに座りに来てくれるのでも嬉しいわ。可愛い放浪者さん」
繊細な花の花弁を空の光に透かせるように掲げ持つ。
そこにグリフォンの断末魔が響き渡った。
「やーらーれーたァーーー!」
ギブアップの声と共にグリフォンの巨体が目映い光の粒を溢れさせ、みるみる小さく萎んでいく。
最後に一層強く光ったかと思うと見慣れたサイズのグリフォンが青い翼を広げた。
「イテテッ、遠慮なくブッ刺しやがって」
「これで気は済んだか。ダンテと俺と合わせて何敗になる?」
「ケッ!うるせェ〜」
休める場所を求めてヨロヨロと飛んでくるとウイユヴェールの肩に無理やり留まり「あーやっぱ楽だわ」と息を吐いた。
「今のオレにゃコッチのが合ってんなァ」
「私も今のグリフォンが好きよ。さっきのグリフォンも良いけれど、街で暮らすには大きすぎるもの。だだ…ちょっと、爪が刺さってるわ」
「ヘンッ、敗者を労りやがれ」
戻ってきたVも、腹を押しつけるグリフォンと顔半分が埋もれるウイユヴェールを見て呆れ顔になる。しかしその視線が下へ流れた。
石柱に座る放浪者がどこからか取り出した本を広げて眺めており、Vが覗き込んだページには羽を持つ生き物の絵が描かれている。青色とオレンジ色で塗られたそれは…何かに似ている気がした。
放浪者は上を向き、そして下を向き。
本に描かれた生き物とグリフォンを見比べると石柱から飛び降りて剣を抜く。グリフォンに向けてシュッシュッシュッと振りはじめた。
もちろん身長が足りず届かない。
「やはりグリフォンを敵だと思っているようだ」
「大きな鳥に対して嫌な思い出でもあるのかしら」
「オチビは元気だねェ。オレは見ての通りお疲れなワケ。ケンカはまたな」
放浪者の大きすぎる目は黒々と深く輝き、そこに一体どんな思いが籠っているのか窺うことはできないが、とにかく剣を振りまくっている。
先制を取らねばやられるとでも云わんばかりの気迫だ。
見かねたウイユヴェールが放浪者を落ち着かせようと身を屈める。
その時、辺りが明るく光りはじめた。
この空間にやって来た時と同じように視界の明るさが増す。
この場に居る三者が戸惑い目を開いていられないほどの光に照らされる中、放浪者が飛んだ──。


月が変わって3月の半ば。
カタン、カタン、と音を立てるエレベーターから降りたVは部屋の呼び鈴のボタンに手を伸ばす。
部屋主の声を待つ間、狭い廊下に姿を現したグリフォンがからかってやろうとくちばしを開く。
「Vもマメだねェ。ちまちま通ってねェでいっそ居着いちまえば?」
「可能ならそうしている」
ドアの向こうからウイユヴェールの声が聞こえて、意地の悪い言葉を軽く流したVは部屋に入った。
グリフォンが揶揄する通り、今ではここを訪れた回数も忘れるぐらいに重ねられた。もはや馴染みともいえるウイユヴェールの部屋はいつもVをあたたかく迎えてくれる。
今日とてそんな時間になる、…はずだった。
「デジャヴか…」
Vは軽く目頭を押さえる。
「──ウゲッ、なんじゃこりゃ!ハロウィーンとかいう祭りの時期はとっくに過ぎたよなァ?」
グリフォンが騒ぐのも無理はない。
忘れもしない一ヶ月前、ウイユヴェールの部屋にいつの間にか居着いた放浪者。
あれによく似たかたちをした黒いカゲがふよふよと浮かび漂っている。
部屋のあちらこちらに、何体も。
「ウイユヴェール、その放浪者…たちは何だ」
「たぶんあの子のお友達?かしら。最初の放浪者ちゃんもどこかにはいるとは思うんだけど…みんな真っ黒だから、すぐに見分けがつかなくて」
困っちゃうわね、などと返事をしながらも、買い物袋から出した雑貨を黒いカゲに手渡して「これは奥の棚にお願いするわ」と仕舞ってもらっている。
「てか最後にオレを殴って消えたの忘れてねェぞコラァ」
「もう。一ヶ月も経ったんだから時効でしょ」
黒いカゲたちは何をするでもなくマントの裾を靡かせて漂っている。
しかしよくよく見るとツノの本数やかたち、向きが違っていたり、先の割れ方がまちまちであったりと特徴があるようだ。
間違い探しをする気持ちになりながらVが元々の放浪者を探していると、じ…と強い視線を感じた。
ソファーの上に浮く黒いカゲが白く大きな目でVを見上げている。
髑髏のような質感の白い頭も、枯れ草色のマントも、剣も背負ってはいないが、恐らくこれが、
「…ウイユヴェールは拒まないだろうが、仲間を増やしすぎるのは止めておけ。狭い部屋でこれでは家主が寛げない」
一言余計よとウイユヴェールのむくれた声が飛んでくる。
一方、部屋を漂っていたカゲたちにはVの言葉が効いたのか、くるりと身を丸めるようにして、一体、また一体と音もなく消えていく。
最後に残った放浪者も姿を消そうと浮かんだところ、Vは両手で抱えソファーに座らせると、自身も隣に腰を下ろした。
「ホストに甘えすぎないことも招かれる者のマナーというものだ」
そう。いつだったかウイユヴェールは言っていた。
昔から拾い物は得意なのだと。
ウイユヴェールには自分が選んだものに悪いものはないはずと楽しむ気風があり、かく云うVもその一例なのだから強くは言い出せない。
特に、飾り棚に置かれた小箱と並んで儚く光る繊細な花が大切に生けられているのを見てしまえば。
「お前のセリフ、一見まともっぽいケドよォ。ゲストが多すぎると構ってもらえねェからだろ?」
「否定はしない」
Vは諦めの微苦笑と共に溜め息を吐いた。


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