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Underworld.

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「トリック・オア・トリート」
ウイユヴェールが顔をあげるとドアの前にはVが立っていた。
店の窓越しに見える通りには街灯が灯り、特別な夜の外出を楽しむ子供たちがランタンを手に練り歩く。
先ほど、ウイユヴェールも小さな悪霊や魔女たちにお菓子を手渡して退散させたところだ。
可愛らしいお礼の声とカランコロンと鳴らして出ていったドアベルの音がまだ耳に残っている。
「V、いらっしゃい。今日は遅いのね?いつもはもっと早い時間から入り浸ってくれるのに」
「お前を迎えに来た。そろそろ店を終う頃合いだろう?」
Vは杖のかしらでドアに掛かったプレートを視線で追わせるように添う。表には"open"、こちら側には"close"と。
甘いお菓子と子供らが漂わせる、夜らしからぬふわふわした空気は窓ガラスの向こうからも伝わって時間の感覚すらやわらかくした。
壁に掛かる古い時計に目を遣れば仕事に区切りをつけても良い時刻であることに気づく。
「もうこんな時間…。実を言うとね、手持ちのお菓子もなくなったところなの」
「やってくる"怖いもの"を追い払えない」
「ええ、がっかりさせたら可哀想。今日はもうお店を閉じることにするわ」
「それがいい」
ウイユヴェールは細かな数字が並ぶPCを閉じ、Vは店の入り口付近のテーブルに並べられたハロウィンに関係する本を手に取りゆったりと微笑む。
しばらくして店の奥の灯りも暗く落とされた。
二人が外へ出ると、仮装をした子供たちと彼らについてゆく大人たちで通りは賑わっていた。
黄色や緑、橙のランタンがあちらこちらでちらちらと揺れて街を暖かく染める中、ウイユヴェールとVは手を繋ぎ歩道を歩く。
「夕食も食べていくでしょう?明日までいられるのかしら?」
すぐ脇を駆け抜けてゆく子供たちは母親の手作りのマントを翻して歓声をあげる。
キャンディにクッキー、チョコレート。
跳び跳ねたお化けの籠の中からお菓子が転がり、ウイユヴェールが拾いあげて手渡すとお礼にチョコレートをくれた。
「私はもう大人なんだけど…。Vはチョコレートは好き?」
「受け取ったのはお前だ。仕事の疲れを癒すといい」
手のひらのチョコレート、V、走り去るお化けの背中。
迷うウイユヴェールの瞳がそれらを行き来をし、誘惑に敗れた。
捻って留められた透明のセロハンをそっと引っ張れば甘い香りが立ちのぼり、口へ運ぶと懐かしい味がとろける。
思わず綻んだ唇で伝えようとするとVの手がウイユヴェールの指を絡めて引きあげ、ペリドットの美しい瞳を細め見せつけるように指先に溶けたチョコレートを舐めた。
「俺は味見で結構」
「…!」
一瞬の動作はあまりにも自然に実行されたため、ハロウィンに浮かされた空気の中誰一人として気づかない。
動揺するのも自分だけという気まずさを抱えるウイユヴェールの手を引いてVは歩き出す。
「一晩だけとはもう言わない。望む限り傍にいる」
引かれる手の力強さと予想よりもずっと明確で期限を定めないその言葉に、ウイユヴェールは驚きながらも、嬉しい、と相好を崩した。
移ろう季節と共に赤や黄に色を移した木々の葉が闇夜に浮かび、カボチャの灯りに導かれて歩く街並みは、昼間の見馴れた光景とはまったく違う姿を見せる。
夜の空気に頬の熱を冷やしてウイユヴェールは「知らない場所に迷い込んだみたい」と呟いた。
「ウイユヴェールが知らないだけで、案外、手の届く場所にも違う世界への扉はあるものだ」
「悪魔のことを言っているの?」
「悪魔のみとも限らない」
人々の流れに乗ってウイユヴェールとVも商店の立ち並ぶ通りを、公園の脇を通り過ぎながら、Vは物語を謳うように言葉を紡ぐ。
たとえば其処は人間のみの世界とも悪魔のみの世界とも違う、しかし両者の歪んだ欲望が溶け合う迷宮の話。
ただの人間が辿り着くことは珍しいが、心から望めば招かれるという。
「…怖そうな場所。迷宮の奥には何があるの?」
「欲するものが」
「抽象的ね。私は宝箱に入った王冠を想像したわ」
「さぞかし似合うだろう」
歩きながらVはリズムを刻んで杖をさっと振る。するとキラキラと光る王冠が杖に引っ掛かって現れ、ウイユヴェールの頭へと載せた。
鮮やかな手並みに、どこからこれを?とウイユヴェールが訊ねると、Vは悪戯めいた笑みを浮かべ、通り過ぎた妖精らしき衣装の背中へ目配せをした。
「迷宮ではすべてを奪い合う」
「ここではダメよ」
「そして殺し合い、屍を積み上げ深層を目指す。最も深い場所へ辿り着ける者はごくごく僅かだが、迷宮を求める者は後を立たない。何故だと思う?」
「なぜって…そんな」
人間の欲望は尽きることがない。
悪魔は本能を疑わない。
いつの世も、求めるものが手に入るのならば無謀と呼ばれようが試す者は必ずおり、欲深い獲物の匂いを嗅ぎつけて悪魔は惹かれ集まってくる。
血塗れの迷宮は最奥に欲望を潜め、ただ静かに口を開いて待っている。
「試す価値はあると思わないか?」
「試すなんて。…ただのお話、でしょう?私は…Vに危険なことをしてほしくないわ」
「ああ…ウイユヴェールが心配するようなことはもうしないさ」
真意を掴みかねて顔を曇らせるウイユヴェールへ、安心させるようにVは頷くとその身体を抱き寄せた。

──迷宮の最奥で、Vはバージルの身体を抱き締める。
深く青い色のコートは血で黒く染まり、一人で立つことすら儘ならない身体を支えていた閻魔刀の鞘が地面を滑った。
荒く苦しげな呼吸の合間に、バージルはせり上がる血で声を濁らせながらVに問う。何故だ、と。
何故。
なぜお前が俺に勝てたのか。
なぜお前が俺を害するのか。
俺を殺せばお前は──…
「理解しているくせに今更知らない振りをするつもりか?バージル」
Vから離れていた魔獣たちが戻ってくる。
三体掛かりでもバージルを追い詰め疲弊させるのには時間を要した。一太刀でもまともに受ければ魔獣のコアにまで響き、僅かでも守り手を欠けばバージルは間違い無くVを狙いに来る。
Vはその隙を突いた。
「俺一人でも悪魔を殺せるようにと、お前はいつも力を分け与えてくれる。実は今日、少しだけ多く拝借した」
一体ずつ、身体に黒い紋様を浮かびあがらせてVは三体の魔獣を戻すと、これが一つ目の質問の答えだ、とバージルに語りかける。
「三つ目の質問の答えは──そうだな、"死ぬことはない"。バージル、お前もよく知っているだろう?」
うっとりと囁くとバージルの背に杖を突き立てる。
「"お前"も"俺"なのだから」
Vの思惑を知って抵抗するバージルをVは強く押さえつけると、背中から胸へ杖を捩じ込み、串刺しにして己の胸まで貫いた。
バージルから溢れ出たのは鮮血ではなく眩い魔力。
眼を焼くような青白い光の粒が瞬時に拡散し、Vを包み込み収束する。
光が収まった後に一人残ったVは声も無く嗤った。
怜悧な意思を宿した瞳が昏く恍惚と光る。

いつの間にか宴の行進はウイユヴェールとVを置いて通り過ぎていった。
沿道に点在するカボチャに仕込まれた蝋燭は音も無く燃え尽き、暗い夜道に煙が霞む。
「──バージルが作り出したVは所詮、影でしかない。どんなに乞い願おうと本物にはなれない。ならば本物を…器を奪うしかない」
Vはウイユヴェールの手を取り指を絡め、やわらかな感触を確かめるように頬擦りをする。身体の奥底に閉じ込めたもうひとつの魂の足掻きに薄く微笑みながら。
「ねぇ…V…、一体何の話をしているの……」
「俺はただ望んだだけだ。ウイユヴェール」
二つ目の質問の答えは単純だ。
"人間の心も欲望も尽きることはない"。
Vが迷宮の最深部に到達すると、先に辿り着いたバージルは閻魔刀を手にしてこう告げた。純粋な力としてVを完全に取り込む、と。ウイユヴェールへの心残りを酌んで時間を与えたがそれももう十分だと判断した。
「バージルは俺が何を想っていたかを知っていた」
Vも魔獣を解放した。"V"という自分を手放するつもりも、物言えぬ場所へ戻るつもりも更々無かった。
「だが、どれ程深くかは知らなかった」
バージルを倒し主導権を握る身となってVは真っ先にウイユヴェールの元へ向かった。
折しも街はハロウィンの夜。
人々は異なる者たちに扮し、街は彼らを迎えるために飾り付けられ、毒々しくも冷めない熱に浮かされる様は欲望にぬめる混沌の迷宮に良く似ていた。
昏く紅い葉を繁らせる並木がウイユヴェールとVを迎える。
街灯の灯は弱々しく滲み、無人の通りに横たわる闇は足を踏み入れれば呑み込まれてしまいそうに濃い。
「…こんなに暗かったかしら…、それに誰もいないなんて…」
「怖がる必要はない。ただの帰り道だ」
「ええ…でも、もっと明るい場所へ──」
「この道が最も早く家に帰れる」
進むことを拒むウイユヴェールの手をVは強く引いた。
重たく纏わりつく闇の中、枯れ葉が細かい音を立ててさざめき、風に乗って子供に似た何かの声が耳を掠める。
遠く、あるいは近くで響く音は不安定に緩急し、闇を行く足取りを更に覚束ないものにした。
不意にウイユヴェールは躓きVが身体を受け止める。
礼を伝えようと顔を向けると弧を描いた唇が暗闇に薄く浮かんだ。
どれ程歩いただろうか。
「さあ到着だ」と降ってきたVの声に視界が開ける。
音の無い夜に包まれる見慣れたアパートの前でVに支えられてウイユヴェールは立っていた。
振り返っても重く息苦しい闇は見当たらず、縁石に枯れ葉が吹き溜まり、道路の路肩には住人たちの車が並ぶ。
曇った街灯が照らす風景にウイユヴェールは胸を撫でおろして、ごめんなさい、と身体を離そうとした。
「…少し疲れたみたい。Vも、今日はもう帰って。バージルにお願いすれば…いつでもまた会えるから…」
しかしVはウイユヴェールを支えたまま動こうとせず、離れようと身動ぎをすれば掴む手に力が籠められる。
「バージルの許可はもう必要ない」
「なぜ…?」
「俺は俺の好きなように振る舞える」
「……私だってあなたとずっと一緒にいたい…けれど不可能よ。だって…」
「バージルがいるから」
「ええ」
「バージルはもういない」
「……え?」
Vは優しげな笑みを浮かべている。
言葉を詰まらせたウイユヴェールを気にした様子もなく「いないと表すのは適切ではないな」と呟いた。
「バージルは俺の中にいるだけで死んだわけじゃない」
何事もなかったかのようにウイユヴェールの髪を撫でる。
もし言葉の通りであるならば、Vは戻るべき者であるバージルをVが自身に取り込んだということになる。
それは、つまり──
「死んで…なくても…?V、あなたは何を言っているの…?バージルはあなたの中に……、中で…彼は──…」
「永い時間を過ごしている。俺が望まない限り外へ出ることはない」
「…そんな、どうして……」
「どうして?そうしなければ俺が閉じ込められていた」
「バージルがあなたを閉じ込めるなんて…。今までだってVは…こうして会いに来てくれて──」
「今まで当然だったことがこれからも続くとは限らない。バージルは俺の力を回収すると言った。…そうなれば俺はどうなる?」
優しく諭すような声でVはゆっくりとウイユヴェールに言い聞かせる。何も間違ったことはしていないと。
信じることを拒むウイユヴェールの手を取りバージルの居場所を示して胸へと宛てれば、戸惑いと哀しみに顔を歪ませた。
「…V、わからないわ……なぜ…」
「これは仕方のないことなんだ。それともお前はバージルに俺が取り込まれることを望むのか?」
「違う…!私だってあなたと離れたくない…」
「答えは出たな」
「…でも、でもそれで……、このまま…彼はどうなるの…。バージルの人生を……私たちは奪ってしまうことになるのよ…」
ウイユヴェールは視線から逃れるように顔を伏せて声を震わせる。
「…ウイユヴェール、やはりお前は優しい」
「……どうすればいいの……どうしたら、…戻れるの…」
答えを乞い求める問い掛けか、あるいは呆然とした思考の混乱からか小さな呟きが漏れる。
「ああ。俺も心から残念に思っている」
ウイユヴェールの髪を梳いてVは縮こまった身体を腕に閉じ込めた。
「バージルとV。俺たちが収まることのできる器は一つしかなく主となれるのも一人だけ。器から零れた片方は消滅するか、もう片方に取り込まれるか…どちらかを選ばなければならない」
昏く燃える魂の更に奥深い場所で、低く獰猛に唸り続ける存在を感じてVは口の端を吊り上げた。
今この瞬間もバージルは足掻いている。
付け入る隙を見せれば主導権は容易く奪われるだろう。この世にこの身体で産まれ落ちたのはバージルであり、Vは副産物に過ぎない。だから──、
「ウイユヴェール、お前が選んでくれ」
余り有る自責と迷いに押し潰されそうになるウイユヴェールの耳元でVは甘く囁く。
「バージルを解放するか、それとも俺の手を取るか」
どちらかを取れば選ばれなかった方の未来が閉ざされる。
目の前に提示された残酷な選択は艶やかな声色で耳朶を打ち、ウイユヴェールの胸を締めつけた。
「…選ぶなんて…できないわ……」
「それは困ったな。俺はお前といることを望み、バージルを退け手にかけてしまった」
「…っ……」
「解放すれば俺は殺される」
未来が黒く塗りたくられたような眩暈を覚えて立ち竦む。
なぜこんなことになってしまったのか。
何を行っていれば。
それとも何かを伝えていれば。
Vか、あるいはバージルの行動を止めることができたのだろうか。
記憶を遡り辿っても色を失ったウイユヴェールは予兆めいた変化の一つも思い出すことはできなかった。
"なぜ"ばかりが頭に浮かび、浅くなった呼吸がますます思考を追い詰める。
これまでのようにこの先もVと穏やかに過ごせたなら…ただそれだけで良かったのにと、声にならない声が掠れる。
崩れ落ちそうになるウイユヴェールの身体を囚えるようにVは支える。
「愛している、ウイユヴェール。お前が選ぶ答えなら俺は喜んで受け入れよう」
ウイユヴェールが力無く首を振ろうともVの力は緩まない。
「さあ、お前は何を望む?」
「…そんな……選べない……、私、……わたし、は………」



心の割れる音が聞こえたなら。
彼女のそれは、きっと細く高く、消え入りそうに澄んだ音を立てたに違いない。
「オーイ。お嬢ちゃん?ウイユヴェールちゃ〜ん?…ダメだなこりゃ、反応が無だぜ」
言葉をかけても、強い風で前髪を乱しても、ウイユヴェールは嫌がる素振りも見せずVに寄りかかり、ぼんやりとした様子で虚空を眺めている。
「よく見ろグリフォン。無ということはない」
Vは読書中の手元のから視線を離さずに言い、グリフォンが羽ばたきを続けていると風を受けたウイユヴェールが目蓋をゆっくりと瞬いて伏せた。
「お前が騒がしいせいで目が乾くそうだ」
「なんだそりゃ!?大体会話が無じゃねェか!これで健全なお付き合いって言えんのかよッ」
「今は話をしたくない気分なのだろう」
「テメェで壊しておいてよく言うぜ」
グリフォンの皮肉にVは低く笑うのみで答える。
Vを取るか、それともバージルを助けるのか、選ぶことができず心を欠失させてしまったウイユヴェールを部屋に連れて戻り、もう何日が過ぎただろう。
「…お前は聞いていたか?グリフォン」
「アァ?」
あの日の言葉を思い返してはVは幸福の心地に浸っている。
ウイユヴェールはVに向かって悲痛に震える唇で言葉を絞り出した。
──バージルの人生を私たちは奪うことになる──
あの一言が震えるほどの悦びをVにもたらした。
Vとバージルが争うことは必定だった。求めるものが違う二つの心に身体が一つでは上手くいくはずがないのだから。
主導権を巡って奪い合い殺し合うことになることも二人は予感していた。
ウイユヴェールはただ、バージルが勝てば悲しみ、Vが残れば喜べば良いだけのことだった。
しかしウイユヴェールはそう簡単に割り切らなかった。
バージルの一生が閉ざされる責をVのみのものとは考えず、自身も負うものだと迷わずに言えるほどVを想い、心を砕いて、そして壊した。
「こんなに愛おしい存在を他に知らない」
「…泥沼に首まで浸かって満足してるってんならオレがくちばしを挟むコトでもねェ」
Vは寄りかかるウイユヴェールの頭にキスを落とす。
やわらかな頬と艶やかな唇を指でなぞる様を、グリフォンはうんざりと見遣り微風も立てずに姿を消した。
黒い紋様が皮膚を滑り、Vは肉体の内側へと意識を澄ませる。
今はまだ篝火のように漏れ出る気配もいつかは大人しくなるだろう。たっぷりと時間をかけて。
「…バージル、お前はいつもそうだ。力を求めて選択を違える」
誰にともなく呟けば、寄りかかった身体がぴくりと震えた。
ぼんやりと虚空を眺めて呼び掛けにも反応しないウイユヴェールだが、言葉によっては感情を示す。
憔悴の色を灯した目尻に涙が浮かぶ。
「どちらを選んでも片方は潰えた。選ばないという沈黙もまた答えになる。…ウイユヴェール、俺は自分を幸せ者だと思っているんだ」
互いに寄りかかる身体は温かい。
「俺のすることを。したことを。お前は咎めなかった。俺が存在し続けることをお前自身も望んでくれたということだ。アイツの存在から目を逸らし、閉ざして」
ぱたぱたとウイユヴェールの頬を転がって落下する雫がスカートに落ち色を濃く染め、小刻みに震える指が微かにソファーを掻く。
あの時。
ウイユヴェールがVを選んでいたならそれで良い。
しかしバージルを選んでいたならVは迷わず「自分の願いを叶える」とウイユヴェールに告げていた。
バージルを解放する気など端からなかった。
ウイユヴェールを囚えるために来た。
多少、気分を落ち込ませてしまったのは誤算だったかもしれないが。
Vが覗き込み視線を合わせるとウイユヴェールは恐れるように濡れた睫毛を伏せてしまう。
「ウイユヴェール。ウイユヴェール、俺を見てくれ…」
俯くやわらかな頬を両手で包んで優しく呼び掛けると、ウイユヴェールは消え入りそうな声でごめんなさいと繰り返す。
Vは目蓋に口づけをした。
涙を零すのなら枯れるまで掬い慰めよう。
罪に怯え震えるのなら強く抱き締めよう。
「何にも謝らなくていい。俺たちは何も間違っていない」
恐れと哀しみが消えてなくなるまで、いつまでも。


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