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(3)

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谷から吹きあがる風を受けながら外回廊をゆっくりと歩く。
霊峰と呼ばれる険しい山の中腹に立つ城は夏でも肌寒いくらいの気候だが、ウイユヴェールは風に髪を遊ばせながら気持ち良さそうに伸びをした。
「本当はVと一緒に回りたかったんだろ」
「え?」
ウイユヴェールの後ろを歩きながらネロが声をかける。
幸運というべきか、先ほどのあれ以来悪魔との遭遇はない。
城内の主要な部屋を巡って、そろそろ別行動する二人と合流することにした。
「Vのやつ、合理的だの何だのって理由でニコのお守りを引き受けたけどよ。あんたとしては行き先がどうこうってより、Vと一緒にいられた方が良かったんじゃないのか」
今頃ミティスの森で悪魔以上に爛々と眼を光らせて悪魔を探すニコとマイペースについていくVの姿を想像する。
「そういうとこ案外ニブいみたいだな。Vのヤツ」
ついでにニコもと着け足せば、ウイユヴェールは呼吸を弾ませて笑った。
「そう、なのかしら…?私がフォルトゥナを楽しみにしてた気持ちを優先してくれたっていうことだから」
「お優しいことで。大体あいつら自分勝手すぎんだよ。思いつきで振り回されるこっちの身にもなれっての」
「ニコとはよく悪魔を探しに来るの?」
「俺は狩りに来てるつもりなんだけどな。ニコの作る武器…いや、作品か?には欠かせないんだと。悪魔の、その、何だか色々がさ」
悪魔からへし折った角やら切り落とした色々な素材をじっくりと舐めるように観察するニコにネロは毎度辟易していたが、「お前の爪の垢なんかよりよっぽど役に立つ代物だぞ」とデビルブレイカーの指で指されて黙らされている。
それらの素材が一体どのような使い方をされるのか──インスピレーションの類いなのか、または本当に組み込まれているのか──はネロには分からない。
だが悪魔との戦いに役立っていることは明確だ。
「そういえばネロの義手もニコが作ったって聞いたけれど…?」
ウイユヴェールの視線を受け、つられて右腕を見おろす。
現在は何の問題も抱えていない右腕について、ネロは一瞬迷ったがそのまま答えた。
「今の右腕は生えてきたから、常には義手は着けてないな」
「うん、そう。生えてきたなら確かに着ける必要ないわね」
「おいおい、信じるのかよ」
「本人がそう言ったんじゃない」
「いいや、その顔は信じてないね。義手も補助器具程度のもんだと思ってる」
「信じてるってば。だって…ほら、前にお店で会った時にネロの腕は今よりも何か…ちょっと違ったような?」
「何だその半疑問は。観念しろよ、覚えてないって」
違和感のない右腕を見せびらかすようにからかうネロに対して、ウイユヴェールは悔しそうに笑うと白旗をあげた。
「確かに…覚えてはいないわ。その右腕も生まれた時からの腕みたいに自然に見えるし」
ウイユヴェールに見せてと促されたネロが右手を出すと、手相でも占われるように華奢な手に包まれる。
「血の通ってる本物のネロの身体、なのよね?」
「ニコにはトカゲ扱いされてる」
「血色の良いトカゲだわ。……。」
「どうかしたか?」
「…体温があって、柔らかくて。Vの身体も体温を感じられるのに、今のVは影みたいなものなんだって…。言われたのを思い出しちゃって。ごめんなさい、ホームシックかしら」
回廊の端にたどり着き、ネロとウイユヴェールは石造りの階段を降りる。
何気無く手で触れた古城の壁がさらさらと砂を落とした。
フォルトゥナで再会する前、ネロが最後にVと話をしたのはクリフォトの内部だった。
肩を貸して歩みを進めるVの身体は古びて風化するようにはらはらと崩れはじめ、Vと、その肉体が死を迎える寸前であったことを後から知った。
入れ替わるようにバージルが姿を現し、ダンテの投げ槍な説明やトリッシュから話を聞いて、照らし合わせてやっと事情を理解した。
そうしてVという男のことも道理で陰気な面をしたヤツだったと、ネロは全てが終わってから思ったのだ。
「ウイユヴェールは…バージルに会ったのか?」
ネロは、Vの詩集を「預ける」とだけ言い残し、以来顔も見せに来ない男の姿を頭に浮かべる。
「ええ」
「どう思った?」
「戸惑ったわ。見た感じ、怖そうな人だったし」
「…まぁそうだよな」
「それから少し…話をして、意外と怖くはないのかもって」
「兄弟ゲンカで殺し合いするような双子の片割れでも?」
「それは迷惑だからもうしないでほしいわね」
バージルへの理解を見せながらもきっぱりと言い放つウイユヴェールの隣に並んでネロも同感だと答えた。
レッドグレイブでの長く短い一日で、自身のルーツに無関心だったネロには降って湧いたの如く身内が増えた。
それもいわゆる感動の再会とは程遠く、どちらかと言えば派手な厄介事を起こしがちな叔父と父親という存在がネロに向かって飛んできたような心証だ。
ネロの腕に同化していた"閻魔刀"という繋がりを持っていて、ダンテの口から告げられた今も、ネロには未だバージルが父親であるというイメージが湧かない。
身内かどうかというよりも、ダンテがもう一人増えたと認識した方が余程分かりやすく受け止められるというものだ。
「ああなっちまったら二人を口で止めようとしても無駄だな。人間そんな簡単に変われるもんでもねーし」
「猛獣のじゃれあいみたい」
「全部を悪いとは言わねーけど、やっぱあのおっさんたちどっかキレてんだよな」
ダンテが関わった事件は話がデカくなりすぎるとぼやきながらネロには諦念の気持ちが湧いてくる。
そもそもダンテがそういう存在なのだから、そのダンテと同じスペックを持ち対抗意識を燃やすバージルが大人しい性格をしているわけがない。
「ふふ、そう。大雑把っていうか、細かいことは考えない性質なのね」
「俺からしたら息子の腕切り落とすなってとこからだな。閻魔刀がバージルのもんだったとしても…突然押し掛けて来てやり方が強盗と変わらねぇ──」
腕の感触を確めるようにネロはグーとパーを繰り返す。
石段を降りて、渓谷を渡る橋がそろそろ見えてくると言おうとし…段の途中で不自然に立ち止まったウイユヴェールを振り返ってネロは己の失言を覚った。
"余計なことは話さなくていい"というVの言葉が甦る。
どう誤魔化す?
…マジ無理。
ここに来るまでウイユヴェールと話をしていてもバージルの話題に触れることはなかったから、Vは彼女に自分たちの関係を伝えていないのだろう…とは思っていた。
そもそも"V"の素性はややこしい。"V"という一人の人格として存在しているが、バージルから別たれたために彼の記憶も持っている。
ならバージル=V=父親であるか?と問われれば、しかしネロは感情を籠めて思いきり「NOだ。ふざけんなよ、頭カチ割られたいのか?」と答えるだろう。
それと同様に、ウイユヴェールもバージルではなく"V"を"V"として扱ったうえで好意を寄せている(…で良いんだよな?)と思うので、もし今バージルを目の前に連れてきたとしても「ええ。それで?」だろう。
しかし、だ。
ここでVがバージルから別たれた存在であることがじわり効いてくる。
Vの中にはバージルの記憶もあり、バージルが過去に抱いた感情ももちろん共有されている。例えばフォルトゥナでバージルと親密な関係を持った女性の記憶だとか。
その延長線上に立つのがまさにネロであり、ウイユヴェールがその事実を知った今、何も感じないなどということはあり得るだろうか?いや、無ぇわ。
気の遠くなるような推測がネロの脳内を光速で飛び交う。
ウイユヴェールがゆっくりと口を開く。
「息子って…?」
怒っているわけでも戸惑っているわけでも責めているようでもない透明な感情を乗せた五音がネロを押し潰す圧となる。
このプレッシャーを回避するスキルは時空神像でも交換不可能だ。
「あー…何ていうか…」
「……」
「…Vの、本体やってるバージルの息子…らしいぜ。俺」


陽射しを遮る森林の天幕からは青空が時おり垣間見え、鳥の気配が枝を揺らす。
ミティスの森を我が庭とばかりに邁進するニコは悪魔を求めていた。耳をそばだて、過去に悪魔と遭遇した地点を見渡し、周囲に異変はないか確認する。
ニコの後を付かず離れずの距離でマイペースについて行くのはVとグリフォンだ。
ニコが唐突に立ち止まったり、小道を逸れて草むらへ分け入り「ここもスカ。次、行くぞ」と声をかける以外に変化のない長閑な散歩道に、グリフォンは少々飽きていた。
「オイ眼鏡!無遠慮にぐいぐい進んでっと悪魔にグサーッと殺されるぜ?俺はべつに構わねェケド」
「はっ。グサーッ!が怖くて素材集めができるか。そうならないためにお前たちがいるんだろ。近くにいる悪魔に気づけないほど無能なのか?」
一言言えば倍になって返ってくるニコの口撃にグリフォンは「ムキィーッ!」と悔しがりVの身体に引っ込んだ。
目当ての悪魔が見つからず苛立つニコの隣に並んだVは辺りに視線を巡らせながら口を開いた。
「そう苛めてやるな。この森に悪魔の気配が漂っているのは確かだ」
「そうなのか?…にしては、何もいなさすぎる。前に来た時はこれだけ歩き回れば"何かしら"には遭遇できてたのに」
遭遇できてた、と危険を待ちわびるニコの言葉にVは唇の端で小さく笑った。
自称武器アーティストにとっては醜悪な悪魔も珍しい素材のひとつでしかないらしい。
悪魔を武器の材料として使おうなどという発想は、まともな人間の頭に浮かぶものではない。あの教団に所属していた科学者を親に持つのなら当然といえば当然かもしれないが…。
しかし技術面までもクリアしてネロ好みのオモチャを造り出した実績は、発想の奇抜さだけでは納められない。
デビルブレイカーの改造も一通り楽しみ、次なる武器を産み出そうとするその当人はというと、今は好奇心果てなき双眸でVを間近でじっくりと観察していた。
「近くで見てもわからないな。ネロの話じゃV、お前はバージルに戻って、また出てきた…んだよな?」
「ああ」
「前に見た時には乾燥したもやしみたいだったのに、今はお肌のキメまで整ってるじゃないか。レッドグレイブで車に乗せてやったお前と今のお前とでは何か違いがあるのか?」
Vの肌に指を伸ばしかけ、しかし慌てて引っ込める。
「いや。止めておこう」
「なんだ」
「もしもこんな場面を見られてみろ、お前の愛しのウイユヴェールにヤキモチを焼かれる。三角関係はマズいからな、うん」
ニコは一人で何かを納得して一歩二歩と距離を取りVが嘆息した。
「今の俺に肉体はない。影のようなものだ。バージルの魔力で保っている」
「おいおい。お前、とんでもないことさらっと言ったぞ。人間と並んで遜色の無い影だなんて、バージルって奴めちゃくちゃ器用じゃないか」
「ダンテよりはそうだろうな」
同じ力を受け継いでいてもダンテとバージルが好むものには差違がある。
分かりやすい部分でいえば、ダンテは銃火器も使うがバージルはその手の物にあまり興味を示さない。自分以外の力を頼らないという矜持によるものだろう。
Vのかたちを作り保つ器用さもまた、その矜持で磨き鍛えられた技量といえる。
「あのダンテの双子の兄、ね。まぁ私が興味をそそられるのは骨があって、血が通っていて、筋肉と脂肪と魔力を纏った魔界の幸だからな。悪魔の種類によっちゃあ例外もあるが…」
ニコは横目でVをちらりと見て両手をあげた。
「安心しろ。クソ不景気で悪魔が日照りでも、さすがに味方に手を出すほど血迷っちゃいない」
「度々グリフォンは素材として選ばれそうになっているが?」
「あれば素材じゃない。食材だ」
「なるほど」
二人は再び歩きはじめる。
ニコは悪魔が日照りだと悪態をついているが、Vは辺りを窺う意識を緩めずについていく。
悪魔とて無条件に人間の世界に湧き出すものではない。
喚び出されるか、繋がりやすい場所なのか、何らかの理由があって出現する。
フォルトゥナは悪魔が集まりやすい土地だと聞いてはいたが、森に漂う気配にVは違和感を覚えた。
この森に教団の施設の有無をVが問おうとした時、ニコが振り返って大きな溜め息を吐く。
「ここまで来たが収穫のゼロを認めるしかなさそうだ。心から残念だが、上手くいかない日もある」
「引き返すのか」
「いや。この先の廃墟で合流するって話になってる。私たちは大回りをしてここへ来たが、すぐ城に戻れる距離だから安心していいぞ」
「そうか」
「なんだなんだ、分かりやすくほっとした顔だな」
「今日は何も無くとも、一般の観光客には不向きな森のようだからな」
「ったく、ああそうだよっ。とんでもなく幸運なことにマジでなんっっっにも無しだ!」
こんなハズじゃなかったとニコは悔しそうに鼻を鳴らす。普通の感覚でいえば何も出なくて然るべきだろうに。
しかしこの様子であれば別行動をしているウイユヴェールも楽しめているだろうと思いVは安心した。
ネロと一緒とはいえ、ウイユヴェールに危険が及ばないに越したことはないのだ。…そもそも旅先がフォルトゥナという場所でなければ妙な杞憂も悪魔の心配もせずにも済んだのだが。
考えても仕方のないことは忘れようと切り替えようとしたVの意識を、前触れ無くピリッとひきつった感覚が掠めた。
足元にシャドウを喚び、ニコも気がついて足を止める。
「どうしたV?」
ニコの問いにVは答えず、耳を澄ませるように森の奥へ視線を向けた。
風に揺れる…というよりも明らかに荒々しく木々を分ける音が聴こえ、続いて罵声がVとニコの耳に届く。
「この声、ネロが暴れてんのか?」
「…恐らく」
「あいつはまだ何もない場所で暴れるようなヤバい奴じゃあない…となると、悪魔か?もしかして、やっと悪魔が出たのかっ?」
途端に瞳に力を漲らせるニコを遮ってVは足早に先へと進む。
小道を急ぎ開けた場所に出ると、合流地点であろう廃れた聖堂が目に飛び込んでくる。門扉を抜けてすぐ、襤褸の端切れとなった悪魔が黒い煙を吹き出して消えた。
枯れた噴水を背にウイユヴェールを庇いながら悪魔を牽制するネロがこちらに気づき、Vの後ろから顔を出したニコが地団駄のような奇妙なステップで地面を踏んだ。
「念願の悪魔ぁ〜だけど雑魚ばっかか!クッソ!ネロ、お前の髪毟るぞ!?」
「いきなり何でキレてんだよ!?キレたいのはこっちだ!」
「ウイユヴェール、怪我はないか?」
「私もネロも平気よ。でも今日は森の悪魔が多いみたいで…」
Vに答えるウイユヴェールはネロから少し離れた場所に立つ。守られることしかできず申し訳なさそうに顔を曇らせた。
「悪魔が多い?こちらは一度も遭遇していないが」
「はぁっ?こっちは森に入ってからずっとこの調子だぜ」
「ネロお前、悪魔を引き寄せるフェロモンでも出してるんじゃないか?」
何でソレを先に言わないんだ、とニコのふざけた言い掛かりにネロは悪魔に斬りかかる合間に「アホか!」と怒鳴り返す。
聖堂前の広場には、ずだ袋でできたカカシのような悪魔が新たに湧き出し、空中には黒い霧を纏う羽帽子の悪魔が新顔であるVとニコの様子を窺う。
壁か何かを背にして戦いたいところだが、空中にいる霧状の悪魔には障害物も意味を成さないだろうと考えつつVはニコへ声をかけた。
「ウイユヴェールの傍へ移動するぞ。対象は纏まっていた方が守りやすい」
「オーケー、速やかに移動するから代わりにあの浮いてる悪魔の爪を頼む」
「…努力しよう」
悪魔を前に怯えて動けないよりはマシだが、この反応はこれで調子が狂う。
シャドウを先行させて噴水の近くまで行くとウイユヴェールがほっとしたように表情を明るくしてVを迎える。が、
「V、ニコも無事で──」
良かったと言葉をかけるウイユヴェールとの間にニコが割り込みVから遠ざける。
「おっと、ご褒美は報酬と引き換えだぞ」
「…爪は移動する代わりじゃないのか」
「ウイユヴェールとのハグの対価は速やかな事態の終息だ」
ハグってなに?と小首を傾げるウイユヴェールを見せないように隠したまま、ニコは回れ右のジェスチャーをすると反論もさせない素早さで"さっさと倒せ"と顎で示す。
悪魔を片付けるということに異論は無いのだが…。
何となく煮えきらない気持ちを抱えてVはネロの隣に並ぶ。
「上手く使われてるな。俺にも身に覚えがあるぜ」
「悪魔を見るまでは賑やかなりに大人しかったんだが」
「レディとも渡り合うような商売人だからがめついんだよ」
「ほらそこっ、聞こえてるぞーっ」
ネロは発破と声援が半々のニコの声を五月蝿そうに振り払い、Vは「覚えておこう」と頷いて杖を握り直した。


220917
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