×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



(2)

.
しんと静まり返った図書室で、ウイユヴェールは古風な装飾の施されたテーブルからそっと顔を覗かせた。
物音が聞こえたような気がしたが…部屋を見回しても何もいない。
きっと気のせいだったのだろう。
「ネロ、どこまで行ったのかしら。大声で呼ぶのは…やっぱりダメよね」
数分前まで隣を歩いていた青年の眉間のしわを思い出す。
──いいか?絶対にこの部屋から動くなよ?あんたに何かあったら俺がVにねちっこく責められる──
回廊と図書室を隔てる格子越しに、ウイユヴェールはネロからここで大人しく待っていろと言いつけられた。
──万が一悪魔が出ないとも限らないからな…。音がしたらとにかく隠れろ。俺もできるだけ早く戻ってくるから──
ふぅ…と、ひとり息を吐けばやはり静寂に吸い込まれ。
「──良い子にしててくれよ、だなんて。他の言い方はなかったのかしら」
ネロが立ち去った鉄格子の向こうをウイユヴェールは代わりとばかりにじとりと見つめた。
薄暗い灯りの中でテーブルや床に散乱した書物が浮かびあがる。
数年前の教団を揺るがす騒ぎの中、片付ける者もないままに打ち捨てられたのだろう。
フォルトゥナ城と呼ばれるこの古城は以前、魔剣教団の信者たちが使用していた。険しい山の中腹にあり、現在は危険区域として関係者を除いて立ち入りが制限されている。
もっとも、関係者である街の住民──信者であった者たちも騒ぎが元で教団を思い起こさせるものから距離を置いているという。
立ちあがったウイユヴェールはテーブルに散らかった書物を手に取り、戻すべき書架を探したが、埃を払うに留めた。古びた表紙は何度も手に取り読み返された証だ。
必要とされて集められたものが朽ちてゆく姿を侘しく感じ、装飾の剥がれた角を指でなぞる。
「"異界との交わりと魔術の本質"、"幻想生物入門"、"古代における門の歴史思想"──。とんだオカルト趣味…って昔の私だったら気にもしなかったでしょうね」
悪魔の存在を知った今ならば、ここに集められた書物の中の幾らかは真実を伝えているのかもしれないと、信じることもできそうだ。しかし、
「だからといって侵入者避けに鉄格子が降りてくるのはちょっとやり過ぎだと思うわ」

遡ること数十分前にネロ、ニコ、V、そしてウイユヴェールの四人はフォルトゥナ城へとやって来た。
それよりも更に数日前。
ビーチで顔を合わせた際の四人の感想はバラバラも良いところではあったが、レッドグレイブでの悪魔騒ぎという点で繋がった。
魔王を倒すという名目でVがネロを呼び、装備を整え改めて現地へ向かう途中のマーケットで食料を買い込むネロとニコに話しかけたのが、街から逃げてきたウイユヴェールだった。
「ダンテや…Vと同じ髪の色だったから、つい話しかけちゃったのよね」
「悪魔由来の証ってか?私もネロに初めて会った時には田舎の青年にしちゃ仕上がってるとは思ったな。でもまさか本当にむす──」
「ただの親戚、な。俺だって詳しく知ったのはあの事件の最中だったんだ」
「……」
海に放り込まれて水浸しになったTシャツを絞りながらネロはVを睨む。
ボトムスの方は脱いで絞るわけにもいかず、停めてあるバンに戻るまでこのまま過ごすしかないために、ネロの機嫌も戻りようがない。
「それで?再会を祝してお前らの観光を手伝ってほしいって?悪いがな、こっちにも予定ってもんがあんだよ。他を当たれ」
「と、コイツは渋っちゃいるが。私らは結構フリーに動ける」
「だそうだ、ウイユヴェール。遠慮せずに頼める」
「少しは俺の話聞けよ」
ふて腐れるネロを躱して、Vから「いつが良い?」とパスを回されたウイユヴェールは慌てて荷物を漁りスケジュールを確認する。
観光といっても約束のある仕事の時間以外は細かく決めてきたわけではなかった。
街の古い建物や雰囲気を感じられれば良いと考えたウイユヴェールだったが、それを伝えた途端ニコからストップがかかる。
「折角フォルトゥナに来たんだ。街の名前にもなってる城の見学は外せない。だろ?」
「外せないって…ニコお前、さっき城なんかつまんねーって──」
「都合が良いことに我らがネロ君は魔剣教団の元・騎士様だ。教団施設に関しても何でもござれさ。てワケで、私はそのついでに城の周りの森で探し物をしたいんだが…」
ネロを押し退けて目をキラリと輝かせたニコが提案する。
「ウイユヴェールがネロに城を案内させて、その間に私はVを借りて森へ行く。ってのはどうだ?」
「同行者が必要な探し物とは…悪魔か」
「まさにソレ」
強かに要望と要求を混ぜ合わせたニコはVに頷く。
ニコの仕事振りに関してはレッドグレイブで行動を共にしたVも知るところだ。大方、悪魔の素材が欲しいのだろうと納得する。
Vはしばし思案してウイユヴェールにどうする?と訊ねた。
「フォルトゥナは趣のある街ではあるが、観光客を相手にする場所は多くもないだろう。ネロがいれば一般人が立ち入れない所へも行ける」
「お互いに悪くはない話だと私は思うぞっ」
とんとん拍子に話はまとまり、いつの間にか最後の決定を下す段階まで来てしまった。
Vとニコ、そして何か物言いたげなネロの視線がウイユヴェールに注がれる。
「…私は──」

固く閉ざされたままの鉄格子にウイユヴェールは視線を向けた。
近づいて向こう側を覗こうとしたが、腕を通せる程度の隙間しかなく狭い範囲しか見えない。
諦めて室内を見回す。
実のところ部屋にはもう一つ入口があった。部屋の造りからすれば正面入口にあたる大きな木製の扉だ。
図書室への訪問は本来そちらからが正規ルートなのだろう。
「ネロは回り道をしてこっちから来るのかしら…?」
または鉄格子の解除方法を探しに行ったのか。
それだけでも聞いておけば良かったとウイユヴェールは少し後悔する。
ここへ至るまでに何ヵ所か部屋を見学して回ったが、ネロのガイドは独特だった。
みどころである要所を押さえながらも、近道だといって謎の隠し部屋を進んだり、謎の装置を動かしたり。
言われなければ気づかないような高い天井の鋭い鉄の棘を指しクイズを出したりするのだから、ウイユヴェールの気分も見学から探険モードに切り替わってしまった。
「大人しく待ってろって言われたけど…部屋の外を確認するくらいなら…」
大丈夫よね、たぶん。
自分を励ますように言い聞かせてドアノブに手をかけた。
ネロやニコと一緒に行動するようになってから、何事にも判断が早く積極的な彼らに気後れをして、勢いに流されてしまっている。
ウイユヴェールとて消極的な性格ではない。が、便利屋らしき仕事をしている彼らと、安穏と日がな一日古書店で店番をする自分とではスタミナが違うのだろう。
「…私も、言いたいことはちゃんと言わなきゃ」
今回の話に強引に巻き込んでしまったネロには申し訳ないが、折角フォルトゥナ城へ来たのだからウイユヴェールも楽しみたい。
好奇心に背を押されて、重たい木製の扉を軋ませて開く。
埃と古い紙の匂いから抜け出すと途端に爽やかな空気に包まれた。
扉の向こうは外へと繋がっていた。ここは中庭だろうか?
外へ歩み出て、眩しい陽射しが白い石畳に反射し思わず細めた目の端を、ヒュッ、と人間ほどの大きな影が横切って城壁にぐしゃりとぶつかった。
「ん?」
麻袋を縫い合わせたようなボディに仮面を着けた人形が転がる。
木材でできた足をぶるぶると震わせて、身体を起こしたいのだろうか、錆びた鎌をくくりつけた腕が石畳を狂ったようにガリガリと削った。
「ええと。困ったわ…万が一ってネロは言ってたのに。…その、あなたたちが"出る"可能性はね。だから……」
"それ"は鎌を支えに関節を無視した動きで身体を起こす。
カカシのように傾いて、割れた仮面の眼がウイユヴェールを捉えた。
「教団は魔剣士のご加護が…っていうのはやっぱりお伽話だわ」
「──信じて死んだヤツもいたな。教本を抱えて、目の前の悪魔どもから目を背けてよ」
悪魔から距離を取るウイユヴェールにネロの声が答える。
「悪魔が現れたら叩き潰す。お祈りなんかで命は助からないからな。…それより、だ。ウイユヴェール、俺はさっき何て言ったか覚えてるか?」
「えっと……万が一、悪魔が出ないとも限らない」
「オーケー。その前は?」
「この部屋から…動くなよ」
「つまり?」
「ごめんなさい」
両手の指を合わせて反省するウイユヴェールにネロは鷹揚に頷くと、悪魔に向かって挑発的に手招きをする。
「狩っても刈っても涌いてきやがる。次は駆除剤も必要だな」
言葉に反応して悪魔は狙いをウイユヴェールからネロへと変えた。刃を大きく振りかぶる。
しかしネロは素早く懐に踏み込むと、首元を掴んで背負い投げの要領でカカシを投げ飛ばした。
広々とした中庭へ落下する悪魔を魔力を籠めた銃弾で撃ち抜く。
発砲音に身を竦めたウイユヴェールだったが、四散した悪魔の向こうに二体、三体と似通った形状の悪魔たちが姿を現わすのを見て、うそ…、と呟いた。
ずた袋の身体に鎌や壊れた鋏などの廃材を寄せ集めて武装したカカシのような悪魔たち。植物の蔓を巻いて頭に毒々しい花を咲かせる個体もある。
「…あの花が咲いてるお洒落な悪魔、隣を威嚇してるみたいだけど仲間じゃないの?」
「…怖いとかキモいとかいう感想じゃないのな」
「怖さと好奇心でドキドキしているわ」
「第二のニコにはならないでくれよ…。あれは花だか種だかの悪魔が低級の袋野郎に寄生してああなってるんだと」
「宿主の悪魔は嫌じゃないのかしら…」
「悪魔の気持ちなんか考えたこともねぇ」
ネロはぎこちない動きでこちらへ近づいてくる悪魔を睨むようにして考え込む。
教団の引き起こした騒ぎ以来、無人になった城でも悪魔と遭遇することはあったし、見かけ次第掃除もしてきた。しかしあの悪魔の花なんかは城内に入り込むことはなかったはずだ。
「…雑草が増えてんのか、夏だから」
「?」
きょとんとした顔を向けるウイユヴェールへ、何でもない忘れてくれ、と手を振った。
「あいつらでラストだ。さっさと片付けてVとニコと合流しようぜ」
土地柄、悪魔が集まりやすい場所であることに変わりない。
気にせず城を出てしまおうと促せば「えっ?」と驚いた声があがる。
「城内の見学は終わりってこと?」
「あー…いや、ウイユヴェールがまだ見たいってんなら案内するけどよ…悪魔は出るし、俺が案内しても大して面白くないだろ。あの二人がいた方が──」
いいんじゃないかと訊ねようとしたネロだったがウイユヴェールは強く首を振った。
「私はもっと見て回りたいわっ!……その、ネロが大変じゃなければだけど。もう少し付き合ってくれないかしら」
「お、おぅ…」
勢いのある返答にネロは少々驚きながらも頷く。
ウイユヴェールのことを、どちらかといえば穏やかでついてくるタイプのように思っていたのだが…、考えてみれば一緒にいた二人の主張が強すぎたんだなと思い直す。
フォルトゥナ城は広く、確かにまだ半分も回っていない。
「また悪魔と出くわすホラーツアーになるかもしれないぜ?それでも続ける?」
「多少の…怖いものはレッドグレイブで慣れたつもり」
「上等だ」
こちらを窺う悪魔たちも、もう数歩で刃の射程に入る。
緊張と決意と好奇心の混じり合う瞳を向けるウイユヴェールに、あと一つ。
注意点があると告げる。
「ガイドの指示にはちゃんと従ってくれよ」
わかったわと首を縦に動かしたウイユヴェールの視線がネロからその背後へと向けられる。
タイミングを計ったように飛び掛かる悪魔へ、ネロは背に負ったレッドクイーンの柄を握り、そして引き抜いた。

220917
[ 213/227 ]
[もどる]