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bistro -DMC-

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ある日、モリソンさんから手紙を頂いた。
レッドグレイブの事件以来に思い出したその名前は、懐かしい、お世話になりました、などと私のプラスの感情の記憶を呼び起こした。
けれど続いて、なぜここの住所を知っているのかしら…という僅かばかりのモヤっとしたものが湧く。
自宅ではなく職場宛になっていたことが唯一のほっとするポイントかもしれないけれど。…ううん、やっぱり全然ほっとできないわ。
ともあれ手紙の内容は別段不審なものではなくて、退院後の調子を伺う言葉から始まり、騒ぎの後は悪魔の被害が少なくなってきたという話だったり。
最後の数行が本題で、"面白いものが見られるから今週中に訪ねると良い"と店の名前らしきものと住所、簡単な地図が描かれていた。
お店の名前から考えるとたぶん飲食店かしら?
ここからだと遠くはないけれど…仕事終わりに行けるほど近くはなさそう。泊まりで予定を決めて訪ねてみようかしら。手紙を送ってくれるくらいお勧めされているのだし。
週末に私はモリソンさんの手紙を手に店を訪ねた。
事前に検索をしたら予想の通りレストランで、落ち着いた雰囲気というよりは大衆食堂という感じ。一日を終えるディナーの時間帯、混み合った店内にちょうど空いた一席があり、案内してくれた店員さんが豪快にテーブルを引いてソファー席に座らせてくれる。
食器のぶつかり合う音、お酒の入った楽しげな会話、活気に満たされた空間に充てられて私もついエールを注文しながら店内を見回す。面白いもの、と手紙には書いてあったけれど変わったものなんてあるかしら。
隣の席のお客に、一人?この店のお勧めメニューはね、なんて話し掛けられながら待っていると、体格の良い店員さんがボトルとグラスを持ってやってきた。
「楽しんでるか?まずはこちらをどうぞ」
「ええ、ありが──…」
「ちなみに俺のオススメは苺を使ったデザートだな。メニューにゃ無いが、ストロベリーサンデーも頼めば出てくる」
銀髪に薄いブルーの瞳、無精髭、捲りあげた白いシャツに逞しい腕がぴったり包まれているのは何だかとても犯罪っぽい…
「何が犯罪だって?真面目に給仕してるだろ」
「ごめんなさい、つい……でも、だって、まさかダンテが出てくるなんて………。は?」
「良い顔しやがって、ったく。これは、アレだ、手伝いとか副業とか好きなヤツでいい」
「アレじゃないし全くわからないわ」
飲む前から眩暈に襲われた気分だけど、せっかくなので注がれたエールに口をつける。
私の正面では勧められてもいないのに椅子を引いて着席したダンテが自分の分のグラスにエールを注ぐ。水でも飲むように喉を鳴らして一気に煽り、2杯目を注ごうとしたところで「おい、サボってんじゃねーぞダンテ!」と怒りを滲ませた声が飛んできた。
「堅いこと言うなよ。お前も適当に休憩しとけ」
「休憩は取ってもそこじゃねーだろ。客の席に座んな」
「違うぞネロ、そこは"お客様"だ」
「て・め・え」
確実にネロのストレス値を爆上げしながらダンテは注文待ちのお客がいるぞとネロをせっついて追い払う。
「あなたたち、デビルハンターじゃなかったの?…ていうかネロまで働いてるの?」
「悪魔がいなけりゃ狩りもしようがない。ウイユヴェール、お前さんこそ偶然ここに来るなんて引きが良いな。ガチャガチャうるさい店だが飯は旨いぜ」
「偶然…じゃないんだけどね」
ややガタつく木製のテーブルに手紙を出す。宛名の筆跡を見たダンテが気づいたように眉をあげ、私は中身もどうぞと視線で応える。
長くはない書面を読み終えるとダンテは、モリソンの野郎、と毒づく。
「確かに面白いものだったわ。 あなたへのイメージも変わったかも」
「そいつはどーも。だがその手紙の話は俺のことじゃあないな。もちろんアッチで意外と真面目にバイトに励むネロのことでもない」
「違うの?」
てっきりダンテを冷やかすために呼ばれたものと思っていた私は聞き返す。けれどダンテは相変わらずのにやにや顔のままで正解を教えてくれない。
「今は…あー、残念ながら本当に休憩中だな。ウイユヴェールが酔い潰れたらすっ飛んでくると思うんだが」
「その予定はないわ」
「だろうな」
どちらかというとスローペースで嵩を減らす私のグラスを見おろしたダンテが気の抜けた返事をする。やる気のなさに重ねるようにダンテを呼ぶ濁声がカウンターから響いた。仕事しろ、とかそんな感じの言葉を五割増しにして悪口にすげ替えたコールだわ。
「うるさい店だろ?」
「たぶんあなた限定よ」
元々この店でサンデーは出ないんだよ、と野次も飛んできた。
「聞こえてやがったか」
「おっさんが我が儘すぎんだろ」
いつの間にやってきたのか盆を運んできたネロが「酒、退けろ」と顎でさしながら私の前に黒いプレート皿を置く。アイスクリームに真っ赤な苺のソースが添えられた温かいパイが甘い香りを放つ。
「苺はさっき切れたってよ。適当な仕事してんじゃねー」
「そうかい。俺はお前にホールの才能があって誇らしく思っているところだ」
「言ってろよ」
ネロは悪態とは裏腹に手際良くナイフとフォークをセットしていく。ただ私はデザートを注文をしていないのだけれど…。
私の戸惑いに気づいたネロはダンテの奢りになってるから気にしなくていいと言う。なんていうか、スマートね。まだ食前で、これはデザートだけど。
「なぁ、あんたもそろそろ胃とかその他諸々がムカついてくる頃だろ。このおっさんも下げて良いか?」
「ええ。ごちそうさま」
「……」
「なに?ネロ」
「…この後、店が閉まってから…時間あるか?」
「はぁ〜。ネロ、これ以上人間関係をややこしくするのは止めとけ。な?」
「…!?誰がだよバカ野郎ッ、俺じゃなくてぶ──」
「ああ、わかった。俺にはよ〜くわかった。そんじゃそろそろ仕事に戻ろうぜ」
「誰が言ってやがるクソオヤジ!」
「俺は叔父であって親父じゃなくてだな」
だいぶ喧しい二人ね…。でも、それすらもお店の活気に呑み込まれてしまったわ。
私は先にデザートを堪能し、パイで甘くなった口をタイミングぴったりに運ばれてきた料理で納めながら食事を終わらせた。その頃には手紙のことも忘れて満足な時間を過ごせたことで十分に幸せだったのだけど。
テーブルにお会計を呼んだところでモリソンさんが私に伝えたかったことを十二分に理解したわ。
「…もう、無理……」
「……。」
何がだ、と言いたげなV。
私の前に立った彼の表情は売上ピーク時の荒波に揉まれてお察しそのもの。
けれどそれを含めても、きっちりと襟元で絞められたネクタイも、動きやすいように捲られたシャツから伸びる腕も、シュッとした細腰を包むエプロンも…普段とは一味違った働くお兄さん然とするVの立ち姿は破壊力がありすぎて、弛む頬を押さえる指の隙間から思わず溜め息が漏れてしまう。
悪魔と戦うのだって仕事だったわけだけど、違う職種も有りなのねと変な嗜好に目覚めそう。
「ごめんなさい、少し…動揺しちゃって…」
「ああ。ダンテにも絡まれていたらしいな。落ち着いて食事もできなかったろう」
「え?ええ、うん……はじめだけ、ね?賑やかだったけど、デザートもお料理も美味しかったわ」
「そうか。ならいいが…?」
順番がおかしくはないかと不思議がるVにダンテからのオススメでね、と説明をしながら支払いを済ませる。
Vは慣れた様子で店の入り口までエスコートしてくれた。開け放たれたままの扉の前で足を止める。
私もすぐに店を出てしまうのが勿体なくて、何か話題はないかと探したり、なんとなく髪を梳いたりしながら視線を廻らせる。
するとちょうどカウンターに寄り掛かって注文を伝えるダンテの姿が目に入って…どうしても酔っ払ったお客に見えちゃうのよね。結局はぐらかされたままだし、なんでここで働いてたのかしら。やっぱり違和感が凄いわ。
そんなことを考えていると店から出る他のお客がやって来たため、Vに壁際へとやんわり引き寄せられる。エプロン姿のVが見納めなのは惜しいけど…二度言うわ、とっても惜しいけど、これ以上は邪魔になってしまうものね。
「ねえV、どうして私がここに来たか聞いた?」
「…モリソンにけしかけられたんじゃないのか」
Vは少し呆れたように素っ気なく頷く。あの二人から聞いたのかしら。確かに知らない間に見られているのって居心地悪いだろうし、ささやかな反省の気持ちが湧いてくる。
「あなたがいることは知らなかったわ。本当よ。でも今日は来て良かったって思ってて…Vの違う姿を見られたから。似合ってるなぁって見惚れちゃった」
さっきダンテが休憩中って言ってたのはVのことだったのね。もし時間をずらして来ていたらホールで注文を取るVの姿を見られたのかも。
今度こういうお仕事が入ったら早めに教えてという邪念を抑え込み、私は「それじゃ、またね。ごちそうさま」とお店を後にしようとした。
Vに手を掴まれたことに気がついたのは、薄暗い路地裏へと引っ張り込まれてからのこと。
私が疑問を口にするよりも先に「足元に気をつけろ」と言われる。え?ええと…?
どこに行くのと訊ねてもVは答えず、ぐいぐいと進んで店の裏口らしきドアを開けた。小さなランプがぶら下がり、狭い室内には積み上げられた段ボールやビニール袋が、天井まで届く棚には缶詰めやら調理器具やらが押し込まれている。奥に続くドアから音と光が漏れて…厨房?かしら?
「あと小一時間で終わるはずだ」
Vは部屋の隅に置かれた椅子に私を座らせると、正面に膝をついて屈む。
「少々狭いが、ここで待っていてくれ。ホテルまで送る」
「……。さっきね、ネロがこの後時間はあるか?って訊いてくれたの。こういう意味だったのね」
「……」
「待つのは構わないけれど…見送りは途中までで平気。Vも疲れてるでしょう?」
そこまでしてくれなくて良いわと伝えるとVは首を振った。
「この辺りは、ダンテが馴染んでいることから分かるだろうが治安が悪い」
「危険な動物みたいな言い方…」
「できるだけ早く終わらせる。片付けもダンテに押しつければいい。ここで働いているのもどうせ自業自得だ」
「あっ、そうなの。ねぇダンテはどうしてここで──」
「俺とネロが巻き込まれたのもあいつのせいだからな。泥を被れと言いたいところだ……ところで泥で思い出したが、コーヒーか何か飲み物でも持ってこよう。待つだけでは暇だろう」
「え、それって泥を飲ませようとしてない…?じゃなくてっ、気を遣ってくれるのは嬉しいけど…V大丈夫?やっぱり疲れてない?」
ここへ引っ張ってこられたのもそうだけど、Vにしては誘い方が強引というか必死な感じがする。いつもなら言葉にしてくれるのに。私の気持ちが伝わったのかVは考えるように視線を逸らした。
「そんな風に心配しなくても。子供じゃないわ。行きも一人で来たのよ?」
「来た時と今では時間帯が違う」
「……」
喉まで出かかった「過保護」という言葉を飲み込んで私は頭を抱えた。
目の前で膝をつくVは、まるで聞き分けのない幼児を相手にするような真面目な眼差しをしていて、けれどさっきからずーっと私の手を掴んだままなのは親から離れたくない子供みたいにも思えてくる。
これは…Vにしては珍しい接客という仕事の弊害か、またはストレスが溜まった結果なのかしら。だとしたら帰りの道すがらVの溜め込んだ愚痴を聞くのが私の今日の仕事なのかも。
なんて密かに考えているとVがそっと溜め息を吐いた。トーンの低い声でぼそりと零す。
「あいつらとは長々と話していたのに、俺は挨拶程度しか話せていない…」
……うん?
「──…いや、何でもない。 独り言だ」
口元を押さえて眉を顰める。続く言葉を待てど何も言わず、私が首を傾げてもVは視線も合わせてくれない。もしかしてこれは拗ねてる、の?
不機嫌が見え隠れする顔を見ていて、不謹慎だけど私は何だか…嬉しくなっちゃった。だってこんな風にもやもやして、むすっとしたVなんてとっても貴重。
…でもずっとこのままじゃだめよね。私だってあなたとお話ししたいのに、こっちを向いて貰えないんだもの。
「……。私もVに給仕して欲しかったなぁー…」
私はわざとらしく独り言を言ってみる。そして顔をあげてくれたVににっこりと笑う。
「もっと早くお店に来れば良かった。そしたら、私の前に座ったのはダンテじゃなくてVだったかもしれないもの。…こんなことを言ったら、ダンテに悪い?」
「…他の男の名前は出さなくていい」
あら、と思う間にVの手のひらが私の頬を包む。
斜めになった機嫌の角度を緩くして、細められた瞳が少しばかり悪そうに煌めく。やっぱりVはこうでなくちゃ。
「稀に会える時間くらいウイユヴェールを独占したい」
やっと聞き出せた本心はさっき頂いたデザートよりも甘い。
…こっちはちょっと照れてしまうわね。一見するとVは体温が低そうなのに、熱の籠ったことを惜し気もなく言えるんだから…うん、恐ろしい子。
ほくほくと私の体温まであげてくれたVは流れるように額や瞼に口づけを落とす。…流石にもうそろそろ仕事に戻った方が良いと思うんだけど…忘れてない?大丈夫??
次第に気持ちが昇まってしまう前にVの身体をぺしぺしと叩いてストップを促すと物足りないと言いたげな視線が刺さる。
「続きはまた今度ね」
「また後で、なら聞こう」
「もう…」
僅かな時間で上がってしまった体温を指先で冷やしていると不意に足音が近づいてきた。奥のドアが開いてダンテが顔を覗かせる。
「なんだ、お前らまだいたのか」
「帰っていいならすぐにでも帰るが」
「冗談だ。そこの箱、取ってくれよ」
「勝手に持っていけ」
「へーへー」
カリカリしてやがる、とダンテに同意を求められても私には困った顔しか向けられない。早くお店が終わるといいなと思いながら、ちくちくした視線を向けるVと刺さっても気にしないダンテを見比べる。
ダンテといえば、ここで働く理由を聞きそびれ続けてるわね。ただここまでくると今更感が大きいし、わざわざ聞き直す流れでもないし。
一生解らないまま過ぎていく謎もあるわと私が諦めかけたその時、チャンスがきた。
「慣れないバイトとも今日でおさらばだ。結局何日働いたんだ?」
「知るか。何ヵ月分溜めたんだ」
「仕方ないだろ。魔界に行ってた日数を引けば足りてたんだよ」
訊ねるまでもなくお金が必要だったのね。…あと"マカイ"って何かしら?
やり取りを聞いていても今一つピンと来なくて、私が訊ねたいオーラを出しながらじぃっと見つめていると、気づいたダンテが無精髭を触りながら遂に答えてくれた。
「またトイレの水が流れなくてな」
……。
「結局どういうこと?」
「ダンテが莫迦だという話だ」


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