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(22)

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クリフォトは雲に届くほどまで成長した。
街を呑み込んで広がり続ける内部では捻れた枝が縦横に路を作る。
噎せ返る血の臭気に、先を歩くレディが「嫌なにおいね」と顔をしかめた。
空気が淀んで魔の気配が濃密に漂う空間。
魔界と繋がる色濃い空気は、今はまだクリフォトの内部に留まっているが、手を打たなければ外界へも侵食を進めるだろう。
いや…もうすでに悪魔は外へ溢れはじめている。
一歩進むごとに纏わりつく気配を意識から振り払おうとも、滲み出る焦燥に責め立てられる。
クリフォトの根に貫かれた者。
悪魔に切り裂かれた者。
数えきれない命を取り込んで樹は成長を続ける。
身体の裡からも蝕まれるような胸の苦しさを覚え、冷たい手で喉元を抑えた。
「これ程の力だとは──…」
Vが足を止めるとダンテが声をかけた。
「ビビったんなら止めときな。依頼人のお前はどっか離れた場所に隠れて報告を待ってりゃいい」
並んで歩いていたトリッシュが金髪を揺らして振り返り、レディは不満の表情を浮かべた。
「ちょっと、まさかここまで来ておいて帰るつもり?」
「私はどちらでも構わないけど?他人を庇いながら戦うのって力加減が難しいのよね」
意見の不一致で言い合いをはじめそうな女二人をダンテは気にせず、軽く笑って続けた。
お前の手に負える相手じゃあないしな、と。
ダンテにとっては街一つが壊れようとも悪魔で溢れ返ろうとも、やることは一つしかない。
元凶を潰す。
たとえそれが、素性も知れない"V"というあからさまな偽名を使う男の胡散臭い依頼であったとしても。
このような事態を前にして、ダンテに"何もしない"という選択はない。
これまで引き受けてきた依頼と同じように、群がる悪魔たちを蹴散らし屠り、親玉を潰すつもりでいるのだろう。
勝つ自信しかないという顔で。
「…ああ。あとはお前に任せよう」
Vはあっさり踵を返した。
慌てたのは傍らにいたグリフォンだ。
自分たちが目指してきたものを目前にして「マジで逃げんのかよ!」と羽ばたきを強める。
「…保険を用意しておく」
「保険んんー?なんだソレ、オレらにゃ頼れるオトモダチなんていないぜ。魔界にも人間界にも!」
頼る、という言葉にVは沈黙する。
頼ることをせずともダンテなら上手くやれるだろうという信用が、悔しいが心のどこかにはあった。
決して信頼などではない。ただダンテの強さを知っているのは自分だという自負から、それを思う。
しかしこれから対峙する相手はクリフォトに座して強大な力を得つつある魔王だ。
思い立つ手はすべて打つべきだと。
憂いの眼差しが微かな囁きとなってVを諌める。
"あなたが心配──…"
彼女は言った。
「……」
Vは脳裏に浮かんだ声の主を掻き消す。
代わりに銀髪の青年を思い起こした。
「…ネロとか呼ばれていたか、…あいつを連れてくる」
「あの小僧?バージルが腕を切り落としちまって、今頃はきっと病院でオネンネしてるぜ」
閻魔刀を奪った"あの時"のバージルは死の淵にあり、ネロという青年に考えを巡らせる余裕もなかった。
しかし人間には珍しい髪の色も、バージルを目にして即座に悪魔だと下した判断も、悪魔に深く縁がある者だということは想像に固い。
悪魔に、というべきか…あれは、おそらく…
「あんなガキが役に立つのかよ?」
「…閻魔刀を腕に飼っていたくらいだ。片方が無くとも、盾代わりには使える」
Vは血に濡れたような昏い光沢を放つ足元に杖をついて、来た道を引き返す。
Vの目的は初めから一つしかない。
"魔王"を名乗る"ユリゼン"、それを押さえつけて"バージル"に戻ること。
その単純で純粋な望みを叶えるために歩んできた。
ダンテの事務所に足を運び、トリッシュとレディを呼んだ。さらにネロを戦力として加えればVの目的は達せられるはずだ。そうすれば──
"あなたは…無茶をしても戦うっていうから──"
どこか叱りつけるような、または痛みを堪えるような、美しく歪んだウイユヴェールの表情。
「やっと魔王が現れて、ダンテが戦ってる隙にハイ合体!…とはいかねェのね」
「ヤツらの殺し合いに下手に手を出せば、こちらは巻き添えで死にかねない」
「人間の身体は…つーかお前の身体は特に貧弱だからなァ。巻き添えくらっても死ぬ、放っといても死ぬ。元の鞘ってのに納まるしかねェ。…ケドよ、バージルに戻ったら戻ったでそん時ゃ"お前"はどーなんの?」
「さあな。…ただ…」
「ただ?ナニよ?」
…もう心配されることもあるまい、と。
Vの呟きは地面を引きずる杖の音に紛れた。
ウイユヴェールの心配も同時に消えるだろう。どんな結果となろうと、"V"というこの姿でまみえることは二度と無くなるのだ──。
進もうとする足取りがふと鈍くなり、Vは重たくなった我が身を見下ろす。
自身の足は着実に目的に近づいているはずだというのに、胸に横たわる思いは晴れるどころか沈んでいる。
「どしたよ?」
「…いや。少し冷えると思っただけだ…」
「そうか?オレにとっちゃあ障気が濃くて生ぬるくてキモいくらいに懐かしいぜ」
グリフォンの答えにVは唇の端を歪めて微かに笑う。
熱を探るように胸元を掻けば、冷たく乾いた皮膚に赤い筋を作った。
ただ一つの目的のために歩んできた。
それ以外に、自分は何を求めるというのだ。


191120
("22 加筆修正)
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