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(20)

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緊迫と高揚。
どちらが優位かもわからないほどに大きく膨れあがり、鼓動を高く打ち鳴らす。
見たこともない悪魔たち。
ひとの想像を越えた異形の姿は、狩るに適した形なのか、それとも恐怖を煽るためだろうか。
血とも泥ともつかない、べったりと汚れた大鉈を両手に引き摺る悪魔が体躯をゆらして近づいてくる。
空を羽ばたく燃える蝙蝠たちから火の粉が舞った。
「お触りがお望みって?そりゃ安くはねェぜ──、テメェの命より高ェ!」
Vとウイユヴェールの頭上に舞い戻ったグリフォンが空を背景に翼を広げ、雷で広範囲を包み込み悪魔を弾き飛ばす。
雷を逃れた悪魔へ素早く迫ったシャドウは、尾で作りあげた刃で斬り捨てた。太い四肢でコンクリートを蹴って次の獲物に向かう。
レディを行かせた後も彼らはつつがなく役割をこなす。
痛めつけられ、はらはらと形を崩す瀕死の悪魔の傍らへ、歩み寄ったVが杖でその身体を貫く。
悪魔は色彩を失い塵となって空気に溶けた。
恐ろしげだった形も凶器も、後には何も残らない。
「…悪魔の身体はすべて消えてしまうのね」
ハイヒールの爪先に触れそうになり、けれど叶わず風に流された悪魔の欠片をウイユヴェールは最後まで目で追った。
「仲間がやられて、彼らは悲しんだりしないのかしら…」
「悲しみの感情など持ってはいまい。涙も。あるのは憎しみや殺意…──ああ、それと畏れだ」
飛びかかろうとした悪魔の目玉を貫くという寸前。
Vは杖の先端を寸分の狂いも無くぴたりと向ける。
ペリドットの冷やかな眼光に射抜かれた悪魔は動きを止め、グリフォンの生み出した雷に焼かれた。
「……グリフォン」
「悪かったって!近づけんなって言いてェんだろ?」
「分かっているならやってくれ」
Vが腕を掲げると幾本もの杖の幻影がVの周囲に現れ、離れた場所で動きを鈍くした悪魔たちを瞬時に射て殺した。
「オレもシャドウもフル回転だぜ!それよか敵の数が多すぎんだよッ…と!」
言葉の通り、グリフォンもシャドウも広範囲を巻き込む攻撃を多用してVとウイユヴェールから敵を引き離す。
しかし一体を屠ればまた一体、三体が消滅すれば数体が、クリフォトの根の瘤から流れた液体より現れる。
激しい戦いの音の最中に、虚を抜ける風のような悪魔の呻きが混ざり、跳ね散る黒い血飛沫がウイユヴェールの瞳に映る。
「これだけやられても逃げる悪魔がいないなんて…」
「クリフォトは人間を感知して悪魔を放り出している。呼び出された悪魔も目の前の獲物に衝動的に喰いついているに過ぎない」
「…」
「言っただろう。ヤツらに知性はない」
ふと視線を動かした先で髑髏の落ち窪んだ漆黒の眼窩とかち合い、ウイユヴェールの身体がびくりと竦んだ。
狙われると確信した直後に、変形したシャドウの頭部が髑髏を叩き割る。
「悪魔の本性は破壊と支配だ」
「でも、そうじゃない悪魔だっているでしょう?」
「どうした。ムキになっているな」
「別にそんなわけじゃ……あるのかしら?」
「なら聞こう」
足元に転がってきた一抱えもある大きな眼球に、Vは杖を突き刺すと、目玉の持ち主らしき悪魔へ投げつけた。
背中から太い腕を生やした恐ろしげな悪魔が猿のような奇声をあげて塵となる。
「知っての通り、私はこの数日で悪魔をはじめて見たわ」
次の悪魔へと向かうVにウイユヴェールも小走りでついていく。
「聖書や物語で描かれていた悪魔はどれもぜんぶ怖いものだった。でも、なんていうか……第一印象って良くも悪くも大きく響くものだって思う」
「その第一印象とやらが」
巨大な虫の悪魔の、血の色を溜め込んだ臀部をVは杖で何度も打ち据える。
「この、悪魔たちを見て、やはり正しかったと?」
強く打つたびにパキパキと真紅の結晶が飛び散った。
「違うわ。私がはじめて、この目で、ちゃんと見た悪魔はグリフォンだもの──」
虫が砕け果てると、今度は膝をついた瀕死の悪魔の頭部を掴んで上を向かせ、腹部に杖を深く刺し込み何度も抉る。
ウイユヴェールは「あぁ…」と痛そうに目を背けた。
「苦手なら見なくていい。手を引いて移動する」
「平気よ、へいき……ちょっと近くて驚いただけだから」
「ウイユヴェール。同情も憐憫も悪魔には意味がない」
「私がいいたいのはそれよ、V」
「それ?」
Vが涼しい顔で手のひらを宙に滑らせると、また別の悪魔の頭蓋を、杖が手品のように貫通した。
次の瞬間には手の中に戻ってきた杖を優雅な動作で石畳にコツリと着く。
「残念ながら"それ"を殺してしまったが」
「その悪魔の話じゃなくて…いえ、悪魔の話なんだけど」
「ややこしいな?」
「もうっ茶々を入れて、からかわないでちょうだいV。そんな風に魅力的に微笑んだってだめ」
混乱するウイユヴェールの様子が可笑しいのか、Vは睨まれてもさして気にせず、マイペースに悪魔たちを塵へ還してゆく。
「…同情や憐れみが無駄だなんて言わないで。お喋りなグリフォンとか、触り心地の良いシャドウとか、私は知ってしまったんだもの」
また一体。空に溶ける。
「憎しみや殺意に満ちた悪魔が多いのは事実かもしれないけど。感情がある悪魔だって…、人間に害意を持たない悪魔だっているでしょう?」
突き刺し引き抜いたVは、杖に体を預けて言葉に耳を傾ける。
「彼らのことも一緒に語ってしまうみたいで、なんかヤなのよ」
"悪魔を使役しているなんて──"
レディの言葉がどこかに引っ掛かっていた。
それはただの感想であり、特別な深い意味はない。けれどそこには忌避の感情が含まれていた。
レディにはレディの経験があって考え方がある。
レディも、そしてVも、悪魔と対峙する者なのだから同情や憐憫などという甘さは余計なものに違いない。
何の足しにもならない青くさい主張だがウイユヴェールは誰かに吐き出したかった。
今、口にしなければ、この先で伝えようとしても受け止めてくれる者はいないだろう。
惨状に巻き込まれた街の人々もまた、悲しみや憎しみに満ちた心で悪魔という存在を記憶に刻む。
「…人間を殺さないなど。そんな悪魔は数えるほどもいない稀な存在だ。…同族から裏切り者とすら呼ばれるような」
燃える蝙蝠たちの攻撃をすり抜けたグリフォンが反撃の雷を放った。
「そんな稀な悪魔のために、お前はいちいちこだわるのか」
いびつな悪魔が振り回す大鉈をシャドウがギリギリで避ける。
避けながらも、距離を詰める別の悪魔たちを尻尾で一気に凪ぎ払った。
「──親しみを、感じちゃったんだもの」
空と地上で繰り広げられる攻防から目を離したウイユヴェールは、緊張と不安をおさめてVに笑ってみせる。
「友だち……みたいに思ってる。グリフォンのこと。あとシャドウのことも。でも、ただの人間の私がこんなこと言ったら馴れ馴れしいって嫌がるかしら──…?」
「…」
Vは幻影で無数の杖を作り出すと、動けなくなった悪魔たちへ放った。
辺りを囲む敵は、じわじわとその輪を狭めてきている。
濃くなる魔の空気が呼吸を重たく、苦しくさせ、滲み出る敵意がウイユヴェールの皮膚にぴりぴりと伝わる。
人間の住むこの世界にも、澄んだ空にも、決して馴染まない悪魔という存在。
…いや…、幼い頃に読んだ本になかっただろうか──?
人間の味方となって戦った悪魔が。
タイトルも読めないほどに褪せた革表紙の本には、人ならざる存在…悪魔の姿が描かれてはいなかっただろうか……?
記憶の底に埋もれた何かがきらりと掠めて隠れたような感覚に見舞われる。
そんなものがどうして唐突に浮かんだのか、ウイユヴェールは眉をひそめる。
Vが「いや…」と呟いた。
「──悪くない…」
「…?」
記憶の交錯に瞬きをするウイユヴェールへVは微かに唇の端を持ちあげると、グリフォンを呼んだ。
「…片をつけるぞ」
「やっとかよ!燃料満タン!?そのセリフを待ってたぜッ!」
グリフォンが色めき立ち歓声をあげる。
シャドウが耳をぴくりと動かし、敵を窺いながら後退する。
「──最後の一体を見たがっていたな」
Vは、一人だけ理解が追いつかないでいるウイユヴェールの腰を抱くと、「掴まっていろ」とペリドットの瞳を細めた。
何を──…
唇が言葉を紡ぐよりも先にVは パチッ と指を弾く。
乾いた音が鮮明に響く。
Vの身体に絡みついた最後の刺青が消え、同時に"それ"が目の前に現れた。
中空に留まる、黒く流動する大きな塊だ。
収縮し、鮮烈な光と共に一気に膨張した。
閃光に思わず目を閉じたウイユヴェールの耳を轟音が満たして大気が震える。付近の悪魔を巻き込む衝撃。しかしなぜかウイユヴェールには届かなかった。
おそるおそる目を開く。
見あげるほどの巨躯が視界をいっぱいに塞いでいた。
泥で作った人形のように少々いびつで、四肢が太い。でこぼこした表面は黒く、岩のような、あるいはタールのような不思議な質感が流れるように蠢く。
「上がるぞ」
「へっ?」
呆気にとられるウイユヴェールを、Vは意外な力強さで引っ張りあげると登った泥人形の背中に杖を突き立てた。
意外な出来事はそれだけに留まらない。
「ショウタイムだ!途中退場は赦されねェ!大人しく塵に還るか、足掻いて塵に還るか、さっさと選びなァッ!」
ぐらりと泥人形が傾き、持ちあげた拳で辺りを凪ぎ払う。巻き込まれた悪魔がぐしゃりと潰れて吹き飛んだ。
隙をついて飛びかかろうとした悪魔をグリフォンが甲高く嗤いながら撃ち落とし、それも踏み砕いて泥人形は進む。
「──落ちるなよ、ウイユヴェール。踏み潰すなと制止をかけても、"これ"に子細な動きは難しい」


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("22 加筆修正)
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