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(19)

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クリフォトの根にも規模がある。
根付くための太いものと、攻撃的な細いもの。
細い根は人間の気配に敏感に反応して襲いかかり、そして悪魔を呼び寄せる。
「コソコソしてた雑魚が急に出てくるようになったわね──…!」
振り下ろされる巨大な刃をロケットランチャーで弾いたレディは、襤褸布と蠢く無数の蛇を纏った悪魔──ヘルジュデッカから距離を取る。
しかし反撃の狙いをつけて引き金を引くと同時に、空間に融けるように逃げられ舌打ちをした。
「──クリフォトの根を通じて街に魔界が滲み出る。逃げ遅れた人間はクリフォトの養分に、そして魔の気配が濃くなった場所へ悪魔が侵攻する。…解りやすい悪循環だ」
空を飛び回る蝙蝠の悪魔をグリフォンが打ち落とし、答えながらVは、赤々と燃えるその体躯に近づいて杖を突き立てた。
「あの樹、人間を養分にしてるワケ?」
悪魔の次なる出現場所を探すレディは眉をしかめた。
蔓延るクリフォトの根は有刺鉄線のような棘を帯び、場所によっては建物の瓦礫のみならず、根を迂回しなければ進めない道もあった。
クリフォトの破壊の爪痕が無機物のみであれば徒労の一つだと我慢もできる。
しかし滴る血や、悪魔に襲われたであろう遺体も混ざる惨状を通過するとなると、やはり気持ちが滅入った。
「見た目通りに悪趣味ね……でも、待って。じゃあ、そこらじゅうで見かける根に絡まってるあれって──」
「──シャドウ、そのまま押さえておけ」
レディの言葉を遮ってVが指示を出す。
離れた場所でウイユヴェールを守っていたシャドウは、姿を現したヘルジュデッカを素早く察知して攻撃を仕掛けていた。
長く太い錐状に変化させた頭で悪魔を貫く。
その状態で答えようもないが、シャドウは了解の意を示すように四つ足に力を込めて動きを封じる。
歩いて近づいたVはもがく悪魔の巨大な刃を杖で絡めて取ると、悪魔自身へと刃を振りおろした。
人間を見おろすほどの大きな身体が袈裟斬りに分断され、不気味な呻きを残して煙のように立ち消える。
「そういうコト、できるんなら先に言ってよね。ムダ弾撃って損したじゃない」
「自分の獲物は自分で仕留めたいかと思ってな。それに俺のような新参者が、名高いデビルハンターの仕事を奪ってしまっては悪い」
不満顔のレディへ、Vは先に行けと言わんばかりに杖に寄りかかった。
何度か悪魔とも遭遇して、互いに戦いのスタイルも把握してきた。素早く動けるレディに対して、Vは魔獣が足止めをしなければ悪魔を殺すことができない。
どうしても後手に回る感の否めないVだが、しかし代わりに動く魔獣たちの感覚は人間の持つそれよりも格段に鋭い。
「ハイハイわかったわよ。ったく、とどめを刺すのだって、ネコとそっちのオウムがやれば早いのに。悪魔同士で遠慮でもしてるの?」
「ヘッ!こんな雑魚にくれてやる遠慮なんざ一つもねェ!」
「だったらご自慢のカミナリで真っ黒焦げどころか消し炭にしちゃってよ。その方が簡単でしょ」
「オレらにゃオレらのヤり方があんのさ。余計な詮索も口出しも、ついでに手抜きも査定に響くぜ、ネーチャン!」
欲しいものは仕事への成果であり、答えるつもりは毛頭ない。
グリフォンが青い体躯の軌跡を散らして翔び、その言葉の他にVも付け足すことはないらしい。
グリフォンに反論されるのは癪だが、これ以上の問答は無駄と諦めたレディは、少し離れて待つウイユヴェールへすすすと肩を寄せた。
「アイツ、ぐだぐだ言って面倒を押しつけるタイプだわ。ウイユヴェール、あんなのと付き合ったら絶対疲れるわよ」
「レディの腕を信用してるんじゃないかしら」
「自分も戦えるクセに。手間を押しつけてるようにしか見えないわ」
「そうでもない、と思うけど…」
「どうだか。悪魔とコトを構えようなんて考えるヤツに碌な人間いないから」
「レディ、何かあったの?」
「まぁ色々よ。そもそも魔術と黒づくめって組み合わせも、私的にちょっとねぇ」
つい話が弾みそうになってくると、二人を眺めるVの気圧もいよいよ下がってくる。
視線に気がついたレディが「わかってるってば」と追い払うように手を振った。
「こんな事態を予見してたなんて胡散臭さしかない依頼主だけど。ウイユヴェールを見てると、アイツのこと100%悪人とも言いにくいしね」
Vの素性を改めない代わりに自身も深くは話さない。
愚痴を連ねた割りにレディの答えはあっさりとしたものだ。
「…魔獣にきっちり守らせて。他人を楯にするくらいの甲斐性はあるみたいだし」
「甲斐性?」
「まぁいいわ。一度受けた仕事よ。ああでも、ウイユヴェールからもボーナスを貰えるんなら大歓迎」
「えっ?…ええとじゃあ、…カードでも平気?」
「冗談よ。追加料金はきっちりVからふんだくるから安心して」
「そっちは冗談じゃないのね…」
ころころと笑ってレディは肩に食い込むロケットランチャーのベルトを掛け直して先に進む。
同意してはVに悪いと思いつつも、ウイユヴェールもつられて表情をむずむずと弛ませた。
悪魔にも、それに関わる人間にも碌なのはいるわ、と。
つい答えてしまいそうになる。
「レディと気が合うらしいな」
苦笑混じりの言葉を呼吸にのせて、Vがコツリ、コツリと杖をついて隣に並ぶ。
「ええ。それに、あんな風に戦えるなんて、って尊敬しちゃう。…もちろんそうなる必要や理由が彼女にはあったんだろうけど」
「感化されているな」
「感化っていうか…ちょっとした羨望?」
前方では「偵察してきてよ」とお願いするレディと、「面倒くせェからヤだね!」と拒否をするグリフォンが言い合いをしている。
羨望…と呟いたVは呆れを零すように鼻でふっと笑った。
「憧れるのは自由だ。だが、ヒールを地面の割れ目にうっかり嵌める人間に、この手の仕事は向いていない」
「ヒールを、割れ目に……?…えっ、ちょっと、V!さっきの気づいてたの…!?」
「神妙な顔をして誤魔化していただろう。気づかないと思うか」
「…そういうのは黙ってないで言って。…恥ずかしいわ…」
無駄話で待たされた仕返しとばかりにVはくつくつと低く声を漏らす。
レディとグリフォンを追って一歩ずつ、砂埃に汚れた石畳を歩く。
「…だって……力になりたいって思うじゃない」
自然に差し出されるVの手に、「平気よ?」と苦笑しながら手を添えて、ウイユヴェールは横倒しの道路標識をまたいだ。
「気を失って、目が覚めたら街が壊れてて。どうやってあの場所から逃げればいいのか私にはわからなかったもの。グリフォンの声を聞いて、ほっとして泣きそうになったし」
「グリフォンの声で安心を?」
「もう、違う。グリフォンもだけど…グリフォンがいるっていうことはVも近くにいるってことでしょう?…あんな危険な場所にVは探しに来てくれた」
足を止めてVの白い頬に手を伸ばしかけ、ウイユヴェールは触れることを迷い空気を撫ぜる。
「本当はあなたを助けたかったのに…。大失敗よ」
「力を持つ者が戦えばいい。俺は……ウイユヴェール、お前に助力を求めたいわけじゃない」
「じゃあ他の何なら…?Vは私を求めてくれる?」
何かをしたい。
けれど、何もできない、何もするべきではない場合もあるのだと、頭の片隅に座り込む冷静な自分に呼び戻される。
「十分に。俺はもう、お前から与えられている」
「心当たりがないわ」
「知らずに、ということもある」
「どういうこと?」
「納得していない顔だな」
「だってそれ……、私の台詞を取らないでちょうだい。じゃあ、あとで質問攻めにしてもいいのかしら」
「……。手を」
「手?」
「こういうことだ」
Vの睫毛が伏せられると、ウイユヴェールの指にするりと体温が絡まった。
長く細い指に引きあげられて、頬を寄せるようにして手首へ、唇が触れる様を見せつける。
柔らかな感触も掠めた吐息も一瞬の幻のように過ぎ去り、偵察を押しつけられたグリフォンの愚痴がのどかに聞こえてくる。
ペリドットの瞳の密やかな微笑み。
「行こう…」と静かな声に誘われたウイユヴェールは火照った顔で唇を噛んだ。
身体を巡る体温、これをすべてVに譲り渡したいと思った。
Vの横顔は血の色が薄く、時折杖に頼りながら歩みを進める。
原因を訪ねたことはないが、体調が芳しくないことは普段の様子を見ていてわかる。
それでもVはウイユヴェールを見捨てることをしない。
嫌な表情のひとつもしないのだから。
「…」
互いの歩調をどちらともなく合わせてゆっくりと足を運ぶ。
追突した車の山に上ったレディが振り返った。
あの呆れた表情はきっと、もう少し速く歩くようにとか、そんな顔だろう。
グリフォンが気持ち良さそうに空をすいーっと滑り、どこからかぱらぱらと小石が崩れる音がした時。建物の壁が爆ぜた。
クリフォトの根だ。
陽射しを遮って覆い隠すほどの巨大な根が行き場を求めて空へとうねり、高く高くへと逃げたグリフォンの悲鳴「人間はこっちじゃねェ!あっちだバカ!!」が落ちてくる。
「お前を追っているわけでもあるまいが」
「グリフォン、よこっ、横に逃げるのっ!」
「オウム邪魔ッ!根っこ風情がコンクリート突き破ってんじゃないわよ──!」
ガチャッと重々しい音が破壊音に混じったと同時に、レディの構えたロケットランチャーが火煙を吹いた。
「アッチィ下手クソ!焼き鳥になっちまうッ!!」
「もう一発──!」
「待って、レディ──、道が…!」
「チッ……、こっち側は平気よ。でもウイユヴェールは下がって、危ないから近づいちゃダメよ」
「道が塞がれたな…」
空へ向かった根は途中からぐにゃりと捻くれると、Vとウイユヴェール、そしてレディとの間に横たわった。
黒灰とも銀ともつかない色味の表皮が鋭く伸びて硬質な黒い棘となり、棘の奥で膨れた暗褐色の巨大な瘤が赤い液体を吹き出す。
溜まりから何体もの悪魔が這い出す。
「呼び寄せるどころか、この瘤が悪魔の発生源てわけ。厄介だけど潰さなきゃ通れそうにないわね…」
「仕方がないな…レディ」
「なによ」
「先に行け」
「は?」
「悪魔はこちらで請け負う。ダンテを見つけて襟首を掴まえておいてくれ」
「あんた一人で…あとオウムとネコで、コイツら全部の相手をするつもり?ウイユヴェールだっていんのよ」
「……」
廃車を足場にして見おろすレディの視界の端に、人間の気配を察知した悪魔たちが陽炎のように姿を現す。
ウイユヴェールに狙いをつけた悪魔へ、グリフォンが「お話し中だぜ!すっこんでな!」と電撃を放つ。
「…ウイユヴェールは守る」
シャドウの身体の一部が地面に溶けて近づく敵を足元から貫く。
「だが、それ以外を巻き込まない保証はない」
「……私がいない方が都合が良いってワケ。随分と自信たっぷりじゃない」
あからさまなVの物言いに、レディの視線には揶揄と疑念が混じる。
「やっぱり魔術がらみのヤツはいけ好かないわ。腹の内を見せないのも使用条件に入ってるのかしら」
「脱したら仲介屋に連絡する」
「…モリソンね。……OK、わかったわ」
先ほどまで必要最低限しか動こうとしなかったのに、今になってこの場をすべて引き受けるとはどんな風の吹き回しか。
レディはしわを作った眉間をため息でほぐした。
二人を見守っていたウイユヴェールにとっても、別行動という決定は意外らしい。大きな瞳を瞬かせて二人を見守る。
しかし口を挟まずに落ち着いていられるのは、ひとえにVを信頼しているからだろう。
「自分で言ったからにはしっかり守りなさいよ」
「…無論だ」
「ウイユヴェールも、そいつがフラついたらひっぱたいてでも起こすのよ。じゃないと本当に死ぬからね」
「そう…ね、穏便に起こすわ。私が言うのも変だけど、レディも気をつけて」
デビルハンターとして指名を受けたレディにとって、依頼人に庇われるなど複雑な気持ちだ。だが先の予定を思えば仕方がない。
ウイユヴェールの言葉にレディは「当たり前よ」と顎を上げた。
「ちゃんと追いつきなさいよ。依頼人に死なれたら報酬が入らないんだから」


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