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Beautiful dreamer.

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庭を駆けまわり、キャッチボールをすることと同じくらい、本を読むことが好きだった。
父が各地を巡って蒐集した本が屋敷の其処此処の壁を埋め尽くしていたのも、本が好きになった要因の一つだろう。
父に憧れ、父の真似をした。
重たい美術書や分厚い哲学書を眺めては、たどたどしく指でなぞった。
そんな時分に限って邪魔をしに来るのは双子の弟だ。
ヒーローごっこをしようだとか、悪魔と人間のバトルだなどと木剣を持ち出し、本との間に割って入ってやかましくされた。

(ダンテと仲がよかったのね)
(冗談じゃない。俺は散々邪魔をされた)
(でも、付き合ってあげたんでしょう?ヒーローごっこ)
(そうしなければ更に煩くされるからな)
(どっちがヒーロー役を?)

ごっこ遊びではどちらもが悪魔をやりたがって譲らなかった。俺たちにとっては父が一番だった。
魔剣士スパーダは人間を苦しめる魔王を倒し、魔界へと追い払い、その後は人間の世界で暮らした。永く、永く、多くの国を旅をして多くのものを見たのだと。

(スパーダは、故郷を捨てて寂しくはなかったのかしら)
(……旅の途中で、母に出逢った)
(大切なひとができたのね)
(…ああ)

母エヴァは…美しく濶達で、物怖じをしない性格だった。だからこそ父と一緒になったのだろうが。
叱る時はいつも正面から。切々と一から理由をじっくり聞かせて、俺たちであろうと父であろうと相手を納得させるまできっちり話す。
…あれこそ正に"悪魔も泣き出す"ということなのだと俺は思っている──。

(…話が逸れたな)
(そんなことないわ。あなたのことも、あなたの家族のことももっと聞きたい)
(大した思い出は持っていない)
(幸せな思い出よ)
(…多くもない)

思い出されるのはすべて、子供の頭で考えて、子供の目線で見聞きした幼稚で未熟な記憶ばかりだ。
どちらが強いかでダンテとはよくケンカになった。仲裁に入った父までもが何故か自分が一番だなどと張り合った。結局、最後は部屋が滅茶苦茶になって母にひどく怒られた。
三人で片付けをさせられて、終わるまで夕食もおあずけになって──…。

(これは…当時の俺も父に呆れた記憶があるな)
(今も呆れてる?)
(呆れる以外の感想があるか?)
(楽しい思い出だと思うわ。だって、知らないでしょ?一生懸命思い出して話してくれるあなたも、楽しそうな顔をしてるもの)
(……からかうのなら話は終わりだ)
(こっちを向いてくれないの?寂しいわ)
(横顔が相手でも会話はできる)
(もう拗ねないで。…じゃあ、最後にひとつだけ)
(何だ)
(あなたの眼差しも、私を呼んでくれる声も、この手のひらも私は好き。私は…あなたをなんて呼んだらいい?)
(…お前の好きなように呼んだらいい)
(そう?…ふふ、そうね…じゃあ──…)


木目の床に静かに陽が射している。
背を丸めるようにして寄り掛かっていた身体を起こせば、ウイユヴェールの白い首筋が目に入った。
そこに頭を乗せていたのだと…眠りの余韻の残る思考でぼんやりと知る。食事を終えて、いつの間にかうたた寝をしていたようだ。
枕と毛布のような役目を果たしていたウイユヴェールに短く、起きろ…と呼び掛けてみるが、しかし今まで話をしていたというのに中々目を覚ます気配がない。…いや、違うな──…
「……俺は…夢を見ていたのか…」
「ん…ん…、…うん……?」
「……」
誰のせいでも何が悪いということもない。
しかし釈然としないものが込み上げてきた俺は、むにゃむにゃするばかりで答えないウイユヴェールの唇を塞ぐことにした。


190821
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