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「#エロ」のBL小説を読む
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(14)

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行ってくるわ、と彼女の声を聴いた気がした。
どこへ?
何をしに?
…行かないでくれ──…
どれもが一度に喉から出ようとして、しかし眠りの心地好さから抜け出せず声にならなかった。
いや、一番の功罪は声と共に降りてきた毛布を掛け直した彼女の優しい手だろう。
──心配しないで……V、またね──
毛布を肩から頬へ引き上げてやわらかな指が掠めるように頬に触れた。
その指にもっと触ってほしかった。
少し堅い枕に頬を押しつけてシーツの波を手探りに彼女の熱を探す。
「──…」
しかし何処にもいない。
狭いベッドでなぜ見つからない──?
頭で理解するよりも早く、ウイユヴェールがいないことが感覚的に伝わる。
落胆の気持ちでVは目蓋を開いた。
部屋のカーテンは彼女の性格を現すように潔く開け放たれ、整った室内がただそこにある。
「………グリフォン…ウイユヴェールはどうした…」
「…オマエらよォ。いちいちオレを通して話すのヤメてくんね?」
メンドクセーのよとぼやくグリフォンが姿を現す。
「ウイユヴェールなら用事ができたって出掛けたぜ」
「…」
「ついさっきな。たぶん、アー…一時間くらい前?」
「……」
「昼メシは一緒に食いたいっつってたから、そんくらいにゃ戻ってくンじゃねェか?」
「……」
「昨日、警察から呼び出しの電話があったんだと。最近殺人事件が多いから〜とかナンとか」
「それを先に言え」
「…ソレをまず訊けってオレの意見は?」
気だるくベッドから足をおろしたVは椅子に引っ掛かった服を掴みかけ…手を止めた。
昨日の晩まで部屋は雑然としていた。はっきり言ってしまえば散らかっていた。しかしそれがVが眠っている間にすっかり様変わりしている。
開きっぱなしのスーツケースも、テーブルを占領していた本とメモの山も。
椅子とクローゼットに掛かっていた衣類もすべて姿を消し、残された家具が次の客を迎えられるほど正しい有り様となって佇んでいる。
「寝てる間に片しちまったみてェだぜ」
ウイユヴェールの気配が希薄になった室内にグリフォンの羽ばたきが響く。
「極端なヤツだよなァ。片付けられるクセにとっ散らかすし、お別れが寂しいの〜みてェなコト言っておいてあっさり帰る支度しやがるし」
「……迎えに行くぞ」
「ヘ?ハァッ??ドコへ?まさかけ──」
「警察だ」
「オイオイ、マジで?行くの?待ってりゃ帰ってくるって言ってたゼ?わざわざオレらが行かなくてもよォ。だいたいVちゃん、お巡りサンと相性悪そうだし」
「…ウイユヴェールは俺にここで待てと?」
「言ッタネ」
「殺人事件の話で警察へ行くと」
「ソレも言ってた」
「……昨日、一昨日と続けてウイユヴェールは悪魔に襲われた、だが人間の死体は見ていない。…俺たちは目にしたがな」
「ハア?待てってV、オレらだって悪魔は殺したケド人間は殺してないゼ?昔ならともかく、今はお前が"殺しちゃダメよ"って顔をするからなァ。人間の死体なんて一つもこさえた覚えはねェって……ンンッ?」
さて、ドコかで死体を見たような?
グリフォンは首を捻る。
薄暗い地下室で見たソレを、誰かに見られても厄介だと白布で隠した記憶が甦る。
「アッ、お前が誤魔化したヤツ!」
起き抜けの頭に突き刺さる声にVは額を押さえる。
「ってことは警察でオレらのコトも訊かれんのかね?」
昨日の買い付けの参加者の中には、ウイユヴェールと一緒にVがいたことを覚えている者もいるはずだ。
「かもしれないな」
「吐くと思う?お嬢ちゃん。ポリ公によ」
「……」
ウイユヴェールはおそらく、訊かれたことには正しく答えるだろう。地下の死体の存在など知らなかったと。
Vについては最近知り合った男だと答えれば問題はない。
訊ねられたところで、そもそも素性も伝えず過ごしてきた。知っていることもお互いの性格ぐらいだ。だが、
「…グリフォン」
「ンァ?」
「ウイユヴェールは、お前たちを撫で回して喜ぶ女だぞ」
「ワーオ。ナルホド」
任意の協力を求められたからといって警察にすべてを説明するほどウイユヴェールは野暮ではない。
そして、Vとの非日常と面白がり、グリフォンやシャドウを好奇心で手懐ける非常識な性格をしている。
問題なのは、そんなウイユヴェールが街を離れる心を決めたというのに、それが出来ていないことだ。
方々で起こる事件のせいで街中を奔走するサイレンの音は日に何度も繰り返し耳にする。
バージルが以前開いた魔界との境界も含めて、この街は悪魔を呼び寄せやすい。スパーダが身を置いた影響か、あるいは因縁かもしれないが…。
何にせよ、遠くはない未来に必ず混乱に陥るレッドグレイブから離れろと、そう勧めたのはVなのだ。
「…警察署からウイユヴェールを連れ帰る。できるだけ穏便にな」
「穏便!似合わねェの極みだゼ。なんか方法あんの?」
「道すがら考える」
「思いつかなかったら?」
「…裏口でも窓でも。署の風通しが良くなるだろうな」
「空気の良い職場ですゥ、物理的に!ってヤツ?…本なんか持って物静かなフリしててもよォ、やっぱお前はお前だよな」
「……ありがとう」
「イヤ褒めてねェし!」

道を行く適当な人間から目的の場所を聞き出したVは近道になりそうなルートを選んだ。
メイン通りに沿って広大な敷地を占める公園へ足を踏み入れる。
横断すれば距離の短縮にもなるだろう。
遊歩道に並んだ露店の前に差しかかると甘い菓子の匂いが掠め、Vの肩に留まった"小鳥"が鳴いた。
「あーゆーの。ウイユヴェールが好きそうだよな」
「…人間界の"鳥"は喋らないものだ」
「ヘッ!その代わりにピヨピヨ鳴けって?」
くちばしを閉じたグリフォンが、小さな身体を揺する。
道中、ウイユヴェールを連れ出す案を一緒に考えるという口実で、グリフォンは普段よりも目立たない大きさに姿を変えていた。
その姿は可愛らしい…ほぼスズメだ。
「考えるオツムは一つよか二つってなァ。サイズはお前に気ィ遣ってやったけど性格まで小鳥ちゃんになったつもりはねェゼ!オレのカミナリはいつだって臨戦態勢のビンビンよォ──って、コラV、何にやけてんだ」
普段なら両翼を合わせて人間の身長ほどもある大きな翼を豪快に動かすグリフォンなのだが…。
今は小さな羽を精一杯にぱたぱたさせている有り様だ。
笑わずにいられるかとVは唇の端をあげた。
「…いや……、…これは称賛の笑みだ…」
「ウソつけ!」
「…グリフォン。お前がその姿で署に入り込めばウイユヴェールが出てくる隙もできると思わないか?」
「ったく、笑いすぎなんだよオメェは。今だって半笑いじゃねェかッ。…そーゆー考えがあんなら最初っから言えよな」
「…今思いついたんだ」
「ソォデスカ〜、ケッ!」
可愛らしく羽ばたいてグリフォンは先へ飛んでいく。
Vは急いで焦ったところで体力が減るばかりだと時折杖をつきながらマイペースに続いた。
しかし途中で歩みが止まる。
「オーイ?どーしたよV、早く行こうぜ」
「……」
通り過ぎる親子連れや、散歩を楽しむ人々。
広々とした芝生の向こうには長閑な空と街並みが霞む。
公園内のゆったりとした時間の流れの中に自分が存在していることに思いが巡る。
…もしも、ここにウイユヴェールがいたなら、どんな言葉をVにかけるだろう。
──ねぇ、V──
地図を片手に目的地をさす指先。
地図を見るのは得意じゃないとぼやきながらVを振り返る。
次に行く場所はね、と。
終わったらお昼ごはんかしら?と。
甘い匂いに誘われるように形の良い唇が期待の笑みをつくる。
くるくると移りゆく思考と同じく、表情もまた穏やかに変化をさせて、ウイユヴェールはいつも今を楽しんでいた。
そしてそんな横顔を眺めることもVは退屈とは思わなかった。
景色に重なった彼女の姿が白昼夢のように消失する。
陽射しに目を細めたVは、こちらを窺うグリフォンに何でもないと手で伝える。
遠くでまたサイレンが鳴っている。
眩暈のように頭の奥に響き、身体をくらりと揺らした。
まさか陽射し程度の刺激にも弱くなったのかと、己の身体の脆弱さにげんなりして顔をあげる。
薄い水色の変哲もない空に──。
黒々とした墨を垂らしたような歪な"線"が、空の真ん中から街へ降りていた。
細く。
また太く。
液溜りのように無造作な瘤を作りながら、"線"は異物として其処に存在していた。
Vの身体を巡る僅かな魔力がざわりと沸き立つ。
「…来たのか……」
釘付けになるVの視線を追って振り向いたグリフォンが悲鳴に近い声をあげ、羽を羽ばたかせる。
「マジかよマジでッ…!?アレってアレ!?アレであってる!?ついに魔界から生えて来やがったッ…!!」
空から伸び降りていた"線"は空間に染み出すように太さを増す。
はじまりの"線"を中心に、今度は付近の地上から幾本もの細い"線"が空へと伸びる。中心へと絡まり、捩れ、ゆっくりと合わさっていく。
「…あれが…クリフォト──…」
まるで一本の樹を造り上げていくように。


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