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(13)

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もぞもぞと身動ぎをして、少し硬い枕カバーに頬を埋める。
アパートの部屋の自分のベッドではないことに段々と気がつきながら、眠りから覚めてゆく。
ホテルで朝を迎えるのは何日目?
今日の予定は?
朝ごはん、なに食べよう?
ひとつ一つがぼんやりと頭を通り過ぎて。
昨日の夜はシャワーを浴び忘れたことも思い出す。
「(…Vにシャワーを譲って…シャドウをなでさせてもらって…。あとグリフォンにも笑われて──…?)」
そういえば浴室から出てきたVを覚えていないことに思い至り、ウイユヴェールは目蓋を擦った。
いつも通りならVは同じベッドの反対側で眠っているはずなのだが…。(といっても二人の間は10センチ程度だけれど)
今はなぜか──心地好い体温で背中がぴったりと包まれていて。お腹に巻きついた腕がウイユヴェールの身体を掴まえている。
「(…そもそも私、どうやってベッドに上がったの……?)」
想像を巡らせる間も、すぅすぅと静かに繰り返される寝息に首筋をくすぐられる。
想像が正しければベッドに安置してくれたのはVで。
そのVは現在、ウイユヴェールを抱き枕にして穏やかに眠っているらしい。
「(……だれかお願い…うそっていって…)」
体重やら…寝顔やら…。
様々な羞恥と戦って、ウイユヴェールはVを起こさないように慎重にベッドから抜け出した。

「…こんな無防備で。このVは。…いつか美味しく食べられちゃうわよ」
眠りは余程深いらしい。
ウイユヴェールがシャワーを浴び、部屋に散らばった荷物を纏めて部屋に戻ってきても、Vはさっき見た格好と同じ状態で眠っている。
「(眠りには貪欲…)」
カーテンをシャッと開いて窓を開け放つ。
身体を伸ばして朝の空気を吸い込むウイユヴェールの背後でもそりと身動ぎの気配がする。
しかしすぐにまた寝息をたてはじめる。
困ったわね…とウイユヴェールはため息を漏らした。
「…グリフォン?…ねぇ、あなたなら聞こえる?」
もしかしたらという気持ちで呼び掛けてみるも、Vにも刺青にも動きはない。
ウイユヴェールは諦めかけたが、その時、刺青がするりと滑って抜け出した。
「オレ様をお呼び?…ってナンだよ、ウイユヴェール。V寝てんじゃねーか」
「Vを起こすのは可哀想かなと思って」
「ナルホドねェ、だから代わりにオレを叩き起こして…ってオイッ!」
小気味良く答えるグリフォンに笑いを零す。
グリフォンは「ケッ」と悪態をつくと、この数日で定位置となった椅子の背凭れに体躯を納めた。
「ったく朝っぱらからオレに何の用?夜が楽しかったから帰んの延長したいってェお知らせ?追加料金のご相談?」
「違うわグリフォン。確かに、昨日の夜はシャドウに触れて楽しかったけど」
「ソッチの意味じゃねェよ。バカ」
「そっち?」
「だからよォ。…楽しかったってェのは、アレだ、Vがお前をベッドに運んで、ギシギシさせちゃった的な?」
「………………」
「プヒャアァアッ!?」
羽毛に覆われた鳥胸をウイユヴェールの指にプスッとつつかれ、更にぐりぐりとほじられて、グリフォンは身を捩った。
「だアァもォッ!ウイユヴェール!テメェ!胸はヤメロっつってんだろ!?ヘンな声出ちまうじゃねェかっ!」
「朝からヘンなことをヘンな声で言うからよっバカ!あなたはともかくVは、その…、そういうこと考えたりしてないわ!失礼でしょっ」
「お前のセリフだってスゲー失礼だからな、オレに!」
二人は睨み合う。しかしVが身動ぎをしたために声を小さくした。
「もう…わかったから。この話はおしまいね」
「同感。…そンで?本題はナニよ?」
「私、行くところができちゃって。チェックアウトする前に用事を済ませてくるから。待っててって、Vに伝えてほしいの」
「用事?ドコで?」
「警察署」
「警察ゥー?お前なんかしたの?」
「してない。私じゃなくて…最近、ニュース番組でも殺人事件の話題が多いでしょ?聞きたいことがあるって、昨日電話が来たの」
レッドグレイブ市内では最近になって傷害事件が頻発している。ほとんどの場合が殺人を含み、目撃者の証言を聞いても要領を得ない。
それもそのはずだ。
「ぜーんぶ悪魔の仕業だゼ?ウイユヴェールが行ったって何の役にも立たねェだろ」
「警察は悪魔の存在を知らないわ。だけど捜査するのが彼らの仕事」
昨日の途切れた電話でも"地下"という言葉が聞き取れたが、心当たりのある"地下"に悪魔がいたことを知る以外、ウイユヴェールの関与はない。
「いっそポリ公も襲われりゃ信じる?」
「かもね。…そうならないことを望んでるけど」
昨晩、ダンテとVが蹴散らした悪魔をウイユヴェールは思い浮かべる。
その姿にも、動きにも、常識にとらわれた普通の人間では対処できないだろう。
「Vとかダンテみたいに慣れてる人たちじゃないと…あんなホラー映画を相手に戦えないわ」
「チッ…ダンテなァ。相変わらずムカつくヤローだけど腕だけは認めてやらァ」
「グリフォンもダンテのことを知ってたの?」
「オレもVも色々あんのよ」
グリフォンはペッペッと何かの厄でも追い払うように言い捨てる。ウイユヴェールが瞳に好奇心を浮かべたが、説明は終わりとくちばしを反らした。
「…仲良くしてね」
「アァ?」
「これでも心配してるの。Vは…思ってること、あんまり口に出さないでしょう?でも悪魔と戦うのが一人では無理だから…ダンテを呼んだんでしょ?」
目的はあるが届かない。
眺め、見据え、けれど自分の力だけではどうにもならない。ダンテに向けた苛立ちの熱も、それが出来ないもどかしさの現れのような気がする。
本来の性格による相性も…もちろんあるだろうが。
「ハッキリ言いやがる」
「人に助けを求めるのは悪いことじゃないわ」
「だからダンテとオトモダチしろって?そりゃゴメンだね」
「もう、ヘソ曲げないで。険悪な協力関係よりは仲良くした方がきっと上手くいくわ。これは普通の人間からの、せめてものアドバイスよ」
「シオらしいこと言ッチャッテー。なんやかんや言ってても?お前がVから離れたくないのはお見通しダネ──…っておいおいおい…、マジかよ」
「いつもとは違う私にお気づき?」
途切れない話に夢中になっていたグリフォンが違和感を覚えて室内を見回す。
部屋中に散っていたウイユヴェールの荷物が無くなっている。買い付けた本の詰まった紙袋も、予定を書き込んだ地図やメモも、脱いだまま放られた衣類もすべて。
雑然としていた部屋はもう、すっきり片付けられている。
驚くグリフォンに「さっき全部車に運んできたの」とウイユヴェールが小さく笑う。
「…すぐに戻ってくるわ。お昼くらいなら最後に一緒に食べられるかしら」


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