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(10)

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あの男と戦って勝つこと。
その執着が生きる糧だった。
今、力なき人間の身体になりこの世に存在しようとも、執着は消えることはなかった。
むしろ確かな目的として己の中に燻っていた。
──バージルが取った選択は間違っていた──
Vとして生まれた瞬間に頭に過った。
人間として生きた記憶こそが戦いを求める根源だった。
目的しか見えなくなった"あれ"は、手段も想いも投げ棄てて、ただひたすらに"力"を獲ることだけを考えている。
"力"さえあればあの男──双子の弟、ダンテを殺すことも容易いと。
そんな単純な技量の差でダンテを捩じ伏せられるなら、バージルが何度も負けるわけがないというのに。
「(…負ける、という言葉を使いたがらないだろうな。バージルは)」
完璧主義。
負けず嫌い。
こだわりの強固な男だが、興味の無いものに対してはとことん雑で適当にあしらう。
そんな大雑把な性質はやはりダンテの兄だと改めて感じる。
幼いうちに独りになったバージルは強くなければ生きてゆけず、また強くなることを自身が渇望した。
誰にも助けを求めず、自分の身ひとつで生き抜いてきた…と、本人は思っているのだろう。
「(間違いではないが、正しくもない)」
過去を辿れば関わった人間の顔が浮かぶ。
はっきりと思い出せる者もいれば、そうでない者。好意的であったり、利害の関係や金銭だけで繋がった者もあった。
そしてダンテに敗北し、自ら選んだ魔界の地では悪魔共の血にまみれて殺し続けた。
あげくの顛末は…プライドの高いバージルにとって消してしまいたい記憶となった。
バージルが胸に突き立てた閻魔刀は魔界での"悔恨の記憶"と、もう一つ、弱さの一因であると思い込んだ"人間としての半身"を見事に切り離した。
「(皮肉だが、この答えを知ったことが収穫か…)」
人間としての記憶がすべてのはじまり。
おぼろげに残る父の姿。
バージルを呼ぶ母の声。
生意気なダンテとの稚拙な喧嘩。
何度争っても決着は着かなかった。
バージルに棄てられた半身──"V"は、本来の身体と比べると遥かに細く頼りない腕に視線を遣る。
己と同様に放り出されたグリフォンやシャドウ、ナイトメアを表す刺青に守られる、脆弱な身体だ。
魔力の残滓によってかたちを保ててはいるが、長くは持たない。"悪魔となった自分"との統合を果たさなければ"V"は消える。
ダンテとの戦いに勝てないまま、終わってしまう。
「(だが、今の俺では"あれ"に近づくことすら不可能だ)」
現在は閻魔刀を使って魔界に向かった半身は、手勢を整え次第こちらへ戻ってくるだろう。
夥しい数の人間を犠牲にすることにより力を蓄える、禁忌の果実を実らせるために。
「(クリフォトがどのような樹か…規模も形状もわからない…。ただ顕れるとしたら、このレッドグレイブ以外にあり得ない)」
この地で生まれ育ち、そして独りになったバージルはこの地に戻り自身の"人"と"魔"を分けた。
そして今度はダンテを越えるという目的のためだけに、この地に住まう人間を犠牲にするはずだ。
怨みがあるわけではない。
ただ、はじまりがレッドグレイブだったから、丁度良く使える命を使うにすぎない。
"あれ"にとっての人間の価値とはそんなものだろう。
ゴトン──、
テーブルに置かれた追加のビールでVの意識が切り替わる。
空になった皿を店員に手渡しながらウイユヴェールが談笑している。
彼女は場の空気を楽しめる性格らしく、誰とでもにこやかに言葉を交わせる。グリフォンとのやり取りを見ていて納得した。
じっと眺めていると、気がついたウイユヴェールは会話を切り上げてビールに手を伸ばした。
飲まないのかと勧められ、しかしVは首を振った。
「苦手だった?」
「ウイユヴェールが潰れるのを眺めるだけで十分楽しめている」
飲めないこともないだろうが、自分の身体にどの程度、酒への耐性があるのか不安もある。
だが理由の半分は言葉の通りだ。
ウイユヴェールは仕事を終えた解放感に包まれ、ほろ酔いに染まった瞳でビールの泡を上機嫌に追いかける。
その合間に、ちらりちらりと猫のようにVを窺う。
不思議な女だと思う。
目的も素性も知れない男の言葉をまともに取り合って、もう何日も行動を共にしている。
Vを意識して多少ぎこちないこともあるようだが見返りを求める様子もない。
「(詩集と…バージルの繋がりを明かしたら、どのような顔をするだろうな)」
本を貰った男のことは記憶も古くおぼろげだ。ウイユヴェールの祖父といわれても、面影すら浮かばない。
それでもただ一つだけ思い出したことがある。
幼かったバージルは詩集を受け取ると大切に抱き締めた。
弟のダンテとは双子だったためにプレゼントは二人で揃って貰うのが当然だった。だから自分一人だけ貰ったこの詩集は特別だった。
ダンテには見せてやってもいいが、自分のものだと明確にしたかったのだ。
小さな頭で考えた、独占欲の"しるし"だった。
「ウイユヴェール…お前の祖父が本をやった子供は、その後どんな大人に成長したと思う?」
「どんな…?」
Vの質問に、ウイユヴェールはふわりふわりと思考を漂わせて言葉を零した。
「その子は……名前を書いたくらいだから…隠したり、自分だけで読むつもりはなかったのよね。兄弟ケンカもするけど…。仲は良かったのかしら」
頬杖から、くたりとテーブルへ乗っかるようにウイユヴェールの頭がずり落ちる。テーブルに点々と溜まったグラスの水滴を、繋げるように指でなぞった。
わたしは兄弟がいなかったから羨ましい、と唇が微笑む。
「ケンカもするし、活発な性格…?でも…本を読む男のひとの横顔は色っぽいと思うわ」
「後半は想像というより願望のようだな」
ほろ酔いでテーブルに頭を伏せたウイユヴェールの髪に指を絡める。
頬にかかった髪を耳にかけてやると、むず痒いような表情で目を逸らされてしまった。
Vはかまわず手遊びを続ける。
ウイユヴェールは明日にでも街を離れるという。
もともと独りで動くつもりだったVにとって、同行人ができることは予定外の出来事だった。
しかし決して悪い時間ではなかった。
「(…不思議と悪夢も見ていない…)」
背中合わせに眠り、心地好い体温を与えられ、眠りとは本来、穏やかなものだということを思い出した。
一時期の休息を得た。
また独りに戻るだけだ。
それだけのことなのにVは絡めた指を戻せずにいる。
「(なぜ…)」
髪を弄る指の背が誘われるようにやわらかな頬に触れた時、テーブルの下でウイユヴェールの携帯電話が低く振動した。
「──…ごめんなさい、少し外すわ」
「…ああ」
席を立ち、店から出ていくウイユヴェールを見届けたVもボトルを煽る。
酒を楽しむ客で溢れる賑やかしい店内で、アルコールの無い水を一気に飲み下した。
指の背に残る体温。
髪を避けてあらわになった首すじが目蓋の裏に残る。
自分は今、何をしようとしていたのか。
「……」
温くなったボトルをさらに一口、飲み終えてテーブルにゴトンと置く。
外から銃声が響くのと同時だった。
店内の談笑がざわめきに色を変えて、「今のって銃声?」「誰か通報しろよ」と声が飛び交う。
好奇心に駆られた客の何人かがドアの外を覗く。
なんだあれ──、と。
戸惑いの声に続けてもう一発の銃声。
Vは、席を立ちはじめた野次馬や酔っ払いの間を影のようにすり抜けた。邪魔者を杖で引っ掛け転ばせると、皆の注目を逸らせて店のドアから外へ出る。
石畳に飛び散った赤い体液。
垂れ流す二体の悪魔。
電話を手にしたウイユヴェールの姿は──ない。
「ウイユヴェール──…!」
一人で外へ行かせた迂闊さに舌打ちを堪える。
後悔よりもまず探せと、突き動かされるように周囲を観察した。
一体は、店の方へ向かってきたものを反対に撃ち抜かれ絶命。もう一体は上からの銃弾を受けたのか、死骸を中心に体液が広がる…。
「けほっ…、ブ、イ…!?」
声は頭上から振ってきた。
どこか息苦しそうなウイユヴェールの声と、
「ミス、あの優男と知り合いか?」
建物の屋上からVを見おろす赤いコートの男──
ダンテだ。
「──…、」
今度こそVは舌打ちをした。
仲介者を通して真っ先に助けを求めこそしたが、ダンテに対してVが抱く感情は複雑だ。
これから起こる混乱に対抗できるのは恐らくダンテしかいない。実力も、癪だが信用はしている。
しかし其れと此れとは話が別だ。
睨みつけるように屋上のダンテを杖のかしらで指し示し、「そこで待っていろ」と低く呟く。
ダンテは一瞬、驚いたような表情をすると、すぐにまたニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべた。
ウイユヴェールを担いだまま屋上に姿を引っ込める。
何故だかは解らないが、無性に、腹の底から沸々と、苛立ちと不愉快でならない気持ちがVの中で沸き上がってぐらぐら渦巻く。
「Vちゃーん、ご立腹ゥー?」
「働け」
「ウエエッ!?いきなりかよ──ッ…!」
近くのダストボックスを踏み台に、非常階段に手を掛けて上がったVは更に高さを求める。
梯子の降りていない階層はグリフォンに掴まって上昇させ、ついに屋上の広がりが見えるとシャドウを先行させた。
闇に紛れてちらつく悪魔の向こうに、赤いコートと、それに担がれたウイユヴェールが見えた。
「でヨ。悪魔を殺すのが先?それともウイユヴェールに追いつくのが先?」
「殺しながら追いつく」
「…アイサー」
行く手を塞ぐ無数の悪魔を、シャドウの尾が薙ぎ払い、吹き飛ばされる寸前にグリフォンが雷の雨を降らせてコンクリートに叩きつけた。
悪魔たちは身体を破損して動きを止める。
通り抜け様にVは何本もの幻影の"杖"を作り出し、それら全ての悪魔に向けて放った。
氷像が砕け壊れるように、"杖"に貫かれた悪魔たちは塵となり空気に融ける。
ダンテに担がれたウイユヴェールは、黒い影とグリフォン、そしてVの振る舞いに目を丸くしていた。
魔法のように現れる雷や光が悪魔たちを圧倒していく。
「黒づくめのワリにパフォーマンスは景気がいいな!派手なのは好きだぜ」
「ちょっ…あなたまで後ろ見ないでっ、前みてっ!」
「おっと」
ウイユヴェールはコートの背中を叩く。
Vが数を減らしているとはいえ、行く手にもまだ多数の悪魔がいる──。
襲撃をかいくぐってダンテはウイユヴェールを抱えたまま、大きくメインストリートを飛び越えた。
轟っ──
風の音が意識の表面を滑る。
およそ人間とは思えない動きの連続に、驚きも悲鳴もついに品切れだ。着地の衝撃に逆らわず、ウイユヴェールは赤いコートにぐったりと凭れる。
しかし、ふと移した視線の先へ、うそ…と零した。
着地した瞬間を狙って飛びかかってくる巨大なトカゲ。ウイユヴェールは反射的に、〜絶命的・捕食される未来の私〜を想像した。
そんな心境を知ってか知らずか、ダンテはウイユヴェールを抱えた半身を後退させる。
「タイミングバッチリだ──」
まさか生身の腕一本で。
どうにかできるなどと一体誰が思うだろう。
ギィン!と甲高い音が響き空気が震え、ダンテはトカゲの攻撃を弾いた。強く踏み込み、「返すぜ」と掌底を放つ。
巨体の中心に拳を受けたトカゲは飛びかかった速度よりも激しく吹っ飛ばされた。
「ふむ。調子は悪くない」
「素手とか…」
「徒手空拳だ。格好良いだろ?」
「もういや…頭おかしいんじゃないの…」
「なんだよヒデェな」
「心臓が…口から飛び出すわ…」
「心配すんなって。出たら戻してやるから、な?」
よくわからない励ましをして、抱える手が背中を叩く。
しかし限界という意思は伝わったのか、やっと腰を屈めてウイユヴェールを下ろした。
依然として悪魔は二人を狙っている。
好機と捉えた一体が動いたその時。
一筋の雷光が落ちた。
「アツくなるタイプには見えなかったが…案外執念深いな」
まるで雷に乗って移動したとでもいうように、現れたVは悪魔に杖を突き立てた。
「追いついたぞ──…ダンテ…」


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