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(5)

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藍色の空の下、建物に沿って並ぶ街灯が通りを照らす。
僅かに尾を引く陽の名残りだろうか、漆黒になりきれない空に深い緑の葉を繁らせる街路樹が繁る。
凹凸のある石材を使って造られた乳白色の街並みが浮かぶ様は絵画のように統制がとれている。
けれどもウイユヴェールは窓枠に切り取られる美しい眺めよりも、丁寧に整えられた白いシーツ目掛けて倒れ込んだ。
「も〜ぅ〜……疲れた、体力よりも気持ちが疲れた…」
紹介された取引相手との商談と手続き。
話も纏まってやっとホテルに戻れるのかと思ったら、時刻も良い頃合いだからと夕食に誘われた。
「…メールでお礼…明日の予定…ルート案内ナビに指定?それはヤバいから公共にお願い…」
明日も予定が入っているが、慣れない街で動くならバスか電車に頼った方が無難というもの…。
疲労でぶつぶつ流れ出るライムに自分でも呆れながらウイユヴェールは身体を起こす。
言葉遊びなら、この数日を一緒に過ごした鳥の方がお似合いだ。
相方の黒いイケメンがYOされて涼しい瞳を向ける姿までもが続けて浮かぶ。
「………。えっと、うん…何で思い出すのかな」
きっと、帰宅をしてドアを開けると彼らがいた光景に慣れてしまったのだろう。
たった1日か2日なのに、そんなに自分は寂しかったのかと居心地が悪くなりながらテレビを点けた。
バラエティ・ショーの観客の笑い声──
広大な平原で獲物を狙うライオン──
子供向けのカラフルなアニメーション──
どれもピンと来ない中、続けてチャンネルを変えていると、ニュースキャスターの明瞭な声が聞き覚えのある単語を発した。
"先ほど入った情報です──レッドグレイブ市、旧市街地で身元不明の遺体が発見されました──"
リモコンを片手に、ブラウスのリボンをほどく手が止まる。
画面には現場を規制する警官が映し出される。
生憎、ウイユヴェールは数える程度しかこの街に来たことがなく、地名も番地も心当たりはない。
治安に関していうならば、このホテルは市の中心に近い場所にある。ただ、この街から早く離れろと忠告をした彼らと結びつけてしまうのは考えすぎだろうか。
今頃どうしてるだろう──…
「…も〜う〜…、まただわ…」
続報もなく切り替わったニュースを消して、ウイユヴェールは脱いだブラウスをベッドに放った。弾みで弛んだキャミソールの肩紐を掛け直す。
互いに優先することがあるからあの場で別れたのだ。
Vは気になる人物だったが、次の約束が欲しいと伝えるには、彼の纏う雰囲気が言葉を繋げることを躊躇わせた。
もやもやを断ち切るように着替えを行おうとしたウイユヴェールは、それよりも先にシャワーの仕度を整えようと思い立って、スカートのファスナーから手を離す。
コツン──と。
その時、何かが窓に当たる音が聞こえた。
生活で耳にする音とは異なるそれに、引かれるように窓に寄る。
「──ああ、ウイユヴェールか。…丁度良い」
「!?」
カーテンを開くと、そこにはベランダの手摺りに着地したような格好で屈む黒い青年が。
室内のウイユヴェールを見下ろした。
「ひっ……な、なにっ…!?なんでっ──!?」
Vは鍵を開けるように視線で伝える。
慌てて窓を開けると猫のようにするりと部屋に入り込んだ。
「女の寝室を訪ねるのは夜と決めている」
顔を赤くしてぱくぱくと唇を動かすウイユヴェールに「メモを書いてくれただろう?」と薄く笑う。
「適当に寝床を借りたい。椅子でも、床でも──」
室内をぐるりと見渡して、ベッドに脱ぎ捨てられたシャツを目に留める。
「きゃあっ!?わっ、たしはっ!これからシャワーでっ!…部屋を使いたいのなら好きにしていいからっ…」
「……ああ」
だらしない部屋の惨状を隠すように、ブラウスを抱えたウイユヴェールが開きっぱなしの鞄やら紙袋やらをクローゼットに移動させた。
「──確かに部屋は教えたけど!4階の窓から訪ねてくるなんて想定してなかったしっ…」
「ああ。5階だったら届かなかったところだ」
意味のわからない安心の仕方をするVを軽く睨む。
しかし室内灯に照らされるVの姿を改めて見たウイユヴェールはベッドから毛布を一枚抜き取った。
非常識な現れ方に驚いたせいで気がつくのが遅くなったが、Vの顔色はあまり良くない。
アパートの前で倒れていた時に近い。
「……ね。先にシャワー入る?それとも何か食べる?…といっても林檎くらいしかないけど」
「…昨日のか」
「そう」
「…頼む」
Vをベッドに座らせて毛布と林檎を手渡す。
真っ赤に熟した林檎は甘い香りを放つが、それで気持ちが楽になるほど疲労は軽くはないようだ。
何か適当な話題でもないかと考えながらシャワーの仕度をしていると、心を読んだようにVが口を開いた。
「…ウイユヴェール、仕事はどうだ。街からは離れられそうか」
「まだ1日目だもの。わからないわ…。でも忠告を忘れたわけじゃないから心配しなくていいわよ」
「…心配はしていない」
「あ、そ」
役に立っているのか、それとも都合良く使われているだけか。期待をしたところで一方通行なのはウイユヴェールにも何となくわかっている。
手助けも世話も自分が好んでしていることだ。見返りがほしいわけじゃない。
「Vこそ、人探しは上手くいってる?さっき市内で身元不明の遺体が見つかったなんてニュースが流れてたから…気になっちゃって」
「遺体…?場所はどこだ」
「旧市街よ」
「の、どのあたりに」
「そこまでは知らないわ」
ウイユヴェールが首を振るとVは続けて何かを尋ねようとした。
しかしすぐに視線を反らして口を閉ざす。
そうか、とだけ口許を押さえてぼそぼそと漏らす。
「…わかった、十分だ。だから……シャワーには行かないのか」
「行くわよ。でも、なに?突然元気なくない?」
話題に食いついたかと思ったら今度は追い払うようにVは顔を背ける。
そんな反応をされるとさすがにウイユヴェールも傷つきたい。
けれども、体調が優れない身体で階段も使わずに4階までやって来た身だ。雑談に花を咲かせる気にはならないのだろうと諦めた。(ていうかどうやって登ったのかしら?)
ウイユヴェールは嘆息してバスルームに入った。

コツ、コツと時計の針の音が響く。
闇の中でVは目を覚ました。
目が慣れるまで、しばらくじっと呼吸をする。
ふと、自身が横たわる場所が柔らかいことに思い至り、静かに身体を起こした。
スプリングの利いたマットレスだ。
林檎を齧って、うつらうつらとするうちにそのまま眠ってしまったらしい。
狭い部屋にベッドは一つしかなかった。
ならばウイユヴェールはどうしたのかと目を凝らすと、Vに背を向け丸くなって眠る姿が闇に浮かんだ。
細く白い腕が毛布から覗く。
「………」
訪ねたときも肌が見えていたことを思い出して落ち着かない気持ちが湧く。
子供でもあるまいし。
呆れつつも、今の"己"と本来の"自身"とではほとんど別人だとVは諦念を覚えた。
考え方も。感じ方も。
人間の側に起因すると此のような考え方も浮かぶようになるのかという新鮮さすらあった。
過去のトラウマと通じる精神状態を模した外見──それもVの性格に影響を与えているのかもしれないが。
「(…それにしても初心すぎるだろう……)」
僅かに肩を落として、Vはウイユヴェールに背中を向けて横になる。
背後から寝言と身動ぎが伝わってくるとVはぴくりと身体を強張らせたが、再び寝息が耳に届くと静かに目蓋を閉じた。
誰かの気配を感じながら眠るなど、いつ以来か。


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("22 加筆修正)
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