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(4)

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「家に招いたときにはどうなるかと思ったけど、お別れとなると寂しいものね」
「賑やかなのが引っ込んでいるからだろう」
レッドグレイブ市までの車での短い旅路。
ウイユヴェールが滞在するホテルより少し手前でVは車を降りた。
グリフォンはVの刺青へと姿を戻し、細い腕が石畳に杖をつく。
コツリと鳴るそれにウイユヴェールの視線が向けられる。
「少しは元気、戻った?」
「だいぶマシにはなった…目的を果たすまでは、もう倒れていられない」
「探し人がこの街にいることはわかってるんでしょ?」
「正確には"現れることを知っている"だ」
「…待ち合わせみたいに上手くはいかないのね」
市の中心部には国立劇場や美術館もあり、車も人々の流れも多い。
鉄道網も整っており、見送りのために車から出たウイユヴェールは地下鉄の階段を目に留めて「大変そう」と呟いた。
横目で見下ろしたVが息を漏らすように笑う。
「お前が探すわけじゃない」
「そうなんだけど……」
何を口にするでもなく、しかし車に戻るのをウイユヴェールは躊躇う。
「…行かないのか」
「……Vこそ、行かないの?」
Vもまた同調するように動かない。
どちらも立ち去ることを先伸ばしにしているだけ…そんな時間が無言のままに過ぎてゆく。
先に口を開いたのはVだった。
「俺の道行きは…容易くはない──切羽詰まったものになると思っていた」
独白にも似た言葉は街に満ちる雑多な音に溶ける。
「人間らしい時間を過ごしているのかもしれないな」
杖に添えた手を眺める。
グリフォンや、他にも悪魔が眠るという刺青がVの痩身を護るように覆っている。
「Vはどうだったかわからないけど。私はあなたたちと話をするの、楽しかったわ」
「素性も知れない男と悪魔でも?」
「関係を築くのに、必ずしも素性は必要じゃないもの。グリフォンのほうは…お喋りすぎて気にする隙間もなかった感じね」
ウイユヴェールはふと何かを思いつき、「手を貸して」と唐突にVの左手を取る。
バッグから取り出したペンで手のひらにメモを書きはじめた。
「…これは?」
「私が泊まるホテル。何か……ううん、気が向いたら連絡して」
運転席にまわり、「幸運を祈ってる」と告げて車に乗り込んだ。
ゆっくりとアクセルを踏んで行き交う車の流れに乗ってしまうと、佇むVの姿は鏡の中で小さくなった。

ウイユヴェールの車が見えなくなると、Vは頭の中の記憶を頼りに脇道へ入り、さらに奥の路地へと足を進める。
しばらく歩くと辺りには人影がなくなり、足元を舗装するコンクリートも旧市街の面影を残す石畳に変わった。
鉄柵や整えられた植え込みも、金網のフェンスと欠けた石壁に。平らでさえあればキャンバスと見なされるのだろう、稚拙も巧みも入り雑じって極彩色を咲かせるグラフィティアートが続く、広く閑散とした街並みに囲まれる。
「…やはり、ここまで来ると気配も濃くなる」
「"アッチ"を開いた残り香に吸い寄せられちまうのさ」
Vの腕から抜け落ちた模様が空を滑りグリフォンとなる。
昼間でも人の気配が無い路地に。
陽の射さない暗がりの奥に。
袋小路の淀んだ吹き溜まりに。
「雑魚をヤったってどうせ焼け石に水だ。"アイツら"の到着と"アレ"の出現を待とうぜ、なぁV?」
消耗するよかマシじゃねえ?
諭しながらVの腕に留まる。
「それとも大暴れしてトロい住民を叩き出してやんのか?そりゃあ骨…どころか不可能ってヤツだぜ」
「…テロリストにでもならない限り、住民は追い出せない。しかもそれで俺が捕まっては話にもならない」
「だったらよォ──」
「だからといって目障りな塵を放っておくほど、俺は無頓着にはなれなくてな」
Vの瞳が細まる。
建物の影、石畳の隙間から、襤褸布に似た"何か"がゆらりと立ち上がった。
皮切りに、薄闇が空を覆うように周囲一帯が暗くなり、背後の影も波打つように蠢き"それら"が姿を現す。
「来い……出番だ」
Vが低く嗤うと身体からまた一つ刺青が滑り落ち、足元に大きな闇溜まりをつくる。
「ネコちゃんはアッチ、オレはコッチ。テメーら怨むなよ?オレらに遭っちまったテメーらの運が悪ィんだからなァッ!」
Vの腕から飛び立ったグリフォンが背後の悪魔を牽制するように紫の雷を放つ。
正面に現れた二体へ向かうのは、闇溜まりから生まれた黒豹だ。
近づいた一体を鋭い爪に変形させた前脚で凪ぎ払う。
ひと跳びに間を詰めると、巨大な"顎"の如く開かせた上半身でもう一体も巻き込んで丸呑みにした。
ぐちゃりと潰して二体だった塊を吐き出す。
境目も判らなくなった悪魔へVが近づき、無造作に杖で串刺しにする。
風の音に似た断末魔が塵と共に空気に溶けた。
「こっちも頼むぜェ、V」
Vが振り返ると、雷撃に身体を裂かれて蜃気楼のように弱った悪魔が地面に伏している。
弱ってはいるが放っておけば微弱にも魔力を取り戻して再び人間を襲うだろう。
「…宴を待たず散るがいい」
霞む頭蓋に杖を刺し込む。
割れるような手応えののちに悪魔は霧散し、杖の先が石畳にぶつかった。
「弱ェ弱ェ。みーんなこんくらいだと平和なんだけど?」
「……」
戦いとすら呼べない簡単な始末をつけてVの胸にはざらついた思いが去来する。
小蝿のように沸いて出る小物をいくら排除したところで意味など無いのかもしれない。
これから起こる厄災は、今仕留めた悪魔などとは比べ物にならない凶悪なものを地上に解き放つことになるのだから。
「……次へ行くぞ」
「マメねェVちゃん。ま、オレとお前の仲だから?付き合ってやるけどよォ。とにかく無茶だけは勘弁だぜ」
「ああ…」
刺青に戻る黒豹を迎えながら、Vは肌を染める黒に混じって書かれた手のひらの文字列に目を止めた。
悪魔をもてなすという非常識な女だった。
今のような言葉の通じない悪魔を前にすれば、さすがに逃げる選択を取るだろうが。
グリフォンに対するウイユヴェールの怖いもの知らずな言動が記憶に甦り、強張っていた何かがほぐれるように身体から力が抜ける。
足を止めていたVは、頭の近くでバッサバッサと羽ばたく音に気がついた。
「…何だ」
「いんやァ、別にィ?」
するりと空へ逃げていったグリフォンを追うようにVも歩き出す。


190423
("22 加筆修正)
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