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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -



(3)

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翌朝、ウイユヴェールが起きると居間のソファーには寛ぐVの姿があった。
優雅に脚を組み私物らしい本に目を落とす光景は、まるでここがVの部屋であるような錯覚を覚える…。
が、ここは間違いなくウイユヴェールの部屋だ。
「早起きなのね。起こしてくれても良かったのに」
寝起きの姿にパーカーを重ねたウイユヴェールはバスルームへ向かう。
こんな時ばかりは洗顔一つで支度の整う男子を羨ましいと思いつつ。
「女の寝室を訪ねるのなら夜の内と決めている」
「…。女にも招待状を確認する権利ってものがあるのよ」
聞き捨てならないイケメンの発言にバスルームから顔を覗かせて睨みを利かせると、本で顔の下半分を隠したVがくつくつと笑った。
「朝食の相伴にあずかりたいのならポットにお湯を沸かしてちょうだい。あと食器の用意もお願い。あなたのセンスに任せるから」
「善処しよう」
ウイユヴェールの頭に美しく年若いシンデレラを扱き使う継母というシチュエーションが浮かぶ。
いや、これは互いが手際よく朝食にありつくための必要なコンビネーションであり、ギブ・アンド・テイクなのだ。
自分に言い聞かせて鏡の前に立ちヘアバンドで髪を纏めた。
居間からはキッチンへ向かうVの足音が届く。
朝方の、まだ目覚めきれない静かな空気。
静かで爽やかで…ついでに何か忘れているような…?
「そういえばグリフォンの声がしないけど」
賑やかな彼はどこに?
ウイユヴェールが訊ねると「そのうち現れる」と不思議な答えが返ってきた。
その疑問は朝食時になって解決した。
三人分の朝食をテーブルに並べたウイユヴェールがフライパンをシンクに下ろす。
振り返ると、席に着いたVが指先でトントンとテーブルを叩いた。
それを切っ掛けに、痩せぎすな白い腕を覆う刺青の一部が音もなく流動しはじめる。皮膚を滑り、するりと抜け落ちた。
驚いて目を見張るウイユヴェールの鼻先を黒い模様がからかうように過ぎ去ったと思ったら、瞬く間に猛禽類の形を成して声をあげた。
「ヒューッ!ご指名ドーモ。嬉しいねェ、姿が見えなくて寂しかったって?ウイユヴェールのお嬢ちゃん」
オレが居ないとダメねェとグリフォンの高笑いがキッチンに響く。
羽ばたきに合わせて妖しげに煌めく青の体躯。
無言のウイユヴェール。
「ォッ?ンン?どしたのよ、そのアツい眼差し。そんなにオレと会いたかった──グェッ!? 」
微動だにしなかったウイユヴェールが突如手を伸ばし、グリフォンの逞しい胴体を両手でがしっと掴んだ。
「ねぇV!今のは何!?手品みたい…!その刺青がグリフォンだったの──!?」
「…そんなところだ」
「不思議だわ…ちゃんとグリフォンだし、羽毛感ももふもふ……」
「オイコラ放せ!放せッつの!脇腹はヤメて!くすぐった…キャッ、アーーーーッ!」
猛禽類の体躯などそうそう触る機会などない。
しかも先程まで刺青の一部だった悪魔となればなおさらだ。
ウイユヴェールはしばらくもみもみしていたが、Vに視線で咎められて仕方なくグリフォンを解放した。
「刺青がまだ残ってるっていうことは…、もしかして他にも悪魔を出せるとか?」
「そういうことになる」
「ゼェッ、ハーッ…!ウイユヴェールが…他のヤツらに腰抜かしてチビってもオレは拭いてやらねェからな!」
「他の悪魔もこんなにお喋り?」
「これに限っての習性だ」
「テメ、無視すんな!」
「びっくりしたらお腹空いちゃったわ。朝ごはんにしましょ」
「クソ!メシ!」
朝食の内容は昨日とほぼ変わらず、パンとスープ、ベーコンにフルーツだ。
ウイユヴェールは冷蔵庫の残りを確認しながら二人に訊ねる。
「私は仕事で出ちゃうけど、二人はこの後どうするの?」
「…レッドグレイブに行くつもりだ」
適当な足を探したいとVは言い、林檎を手にしたウイユヴェールは声を明るくした。
「レッドグレイブ!それなら車に乗せてってあげるわ。私もそこに行く予定なの」
朝食後にはVとグリフォンを見送って自分も家を出ようと思っていたことを話し、ウイユヴェールは「もう足が見つかるなんて幸運じゃない」と笑う。
この街からレッドグレイブ市まで車で小一時間ほどだ。
Vの目的が何であるにせよ、道端で倒れていた前科のあるVだ。またどこかで倒れるのではと、知り合いになった身として心配もある。
しかしVからの返事はない。
代わりに「…レッドグレイブには何の用で行く?」と固い声で訊ねられた。
「だから、仕事で」
「今日だけか」
「え?4、5日か…もっと延びるか──まだわからないけど…」
Vの瞳が答えに迷うウイユヴェールを真っ直ぐに捉える。
互いに口を閉ざし、居心地の悪くなったウイユヴェールが「何かあるの?」と訊ねるとVはやっと答えた。
「宿の恩だ。忠告だけしておく。…あの街には行かない方がいい」
「……私個人でなら従いたいところだけど。相手もいることだからそれは無理だわ。…それに、忠告をしてくれるあなた自身は行くんでしょう?」
「ああ」
「どうして行かない方がいいのか理由を訊いても?」
「………」
「仕事をキャンセルはできない……けど、できるだけ早く済ませて帰るわ。それじゃだめ?」
「…これはただの忠告だ。判断は…ウイユヴェール、お前の自由だ」
「…」
Vの伝えたことは霧のように要領を得ない。
少なくとも冗談や嘘を言っているわけではないようだが、訊ねてもこれ以上教えるつもりはないのだろう。
冷蔵庫に残しても悪くしてしまうからと取り出した林檎を手に、ウイユヴェールはふぅと息を吐いた。
「じゃあ、もうひとつだけ質問」
小さく微笑んで訊ねる。
「悪魔が実在してたっていうことと、行くなっていうのは、関係があったりする?」
瞳を向ける先にはグリフォンがいる。
今は二人のやり取りに気でも遣っているのか、口を挟まずに話を聞いている。
グリフォン用にグラスの代わりに用意したボウルに、ウイユヴェールが水差しから水を注ぐ。
ほどよく満たされるとVが静かに口を開いた。
「"あらゆる現実はかつては空想でしかなかった──"
お前と同じように、どれほどの人間がそれを受け止められるだろうな…」
「……」
水差しをテーブルに置けば、やけに重たく音が響いた。
ウイユヴェールは弾みをつけてその沈黙を破った。
「悪魔なんて、ほとんどの人は自分の目で見るまで信じないでしょうね」
スプーンでスープを掬って口に運ぶ。
「でも私は見たし、触ったし、温度だって感じたわ。だからVの忠告も信じることにする。それで用事を済ませてすぐにここへ帰ってくる。ん、決めた」
あっさりと判断を下して軽やかに次へ進もうとする姿はいっそのこと清々しい。
がつがつとベーコンを喰らうグリフォンがチラリと物言いたげな視線を寄越す。
Vはふっと表情を緩めた。
「この街もあまりお勧めはできないが」
皿に乗ったパンに手を伸ばす。
「えっ、ここもダメなのっ?」


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("22 加筆修正)
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