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(1)

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「(…イケメンが落ちてる………)」
常夜灯が照らす、古めかしいアパートメントが並ぶ本通り。
玄関階段にもたれて石畳に足を投げ出す青年を前にウイユヴェールは足を止めた。
ゆるくウェーブした黒髪の青年だ。夜風で冷えてしまったのか顔色は青白い。
しかし、やや大きくはっきりと通った鼻梁と太い眉は、目蓋を閉じていながらも意志の強さを窺わせ、引き結ばれた唇が凛々しい。
ただこんな場所では寝心地も悪いだろう。寝顔が僅かに苦悩に歪んでいる。
そう、こんな場所で眠られては困る。
ウイユヴェールはすうっと息を吸った。
「おにーさん。…こんなところで寝ないでくださーい」
深夜という時間もあり、ひそひそ声で話しかけてみる。
けれどやはりというべきか、青年が目を覚ます気配はない。
この階段を上らなければ部屋にも帰れない。
「…おにーさん、風邪ひいちゃいますよー…」
それとも怖いものなしの酔払い?
ウイユヴェールはため息を吐く。
もう一度、青年を見下ろした。
青年は袖のないロングコートのようなトップスに同色のボトムス。足元は素足で動きやすそうなサンダルを履いている。
鞄などの持ち物は見当たらず、代わりに、細やかな意匠を施した杖を握りしめている。
若者に杖という組み合わせも珍しいものだが、しかし最も目を引いたのは衣服から覗く腕や首、胸元を覆う黒い刺青だ。
何かのモチーフというよりは模様に近い。
複雑な絵柄が体に沿って流れるようにびっしりと描かれている。
じっと見つめていると、青年の肌を滑って動いたような錯覚を覚えてウイユヴェールは息を呑んだ。
「…、あれ──…?」
「おっとォ、お嬢ちゃん!それ以上聞きたきゃお代を頂くことになるぜェ!」
ガラガラと響く不明瞭な声が頭上から降ってくる。
続いてばさばさという重たい羽ばたきの音。
ウイユヴェールが声のした方へ振り向くと、一羽の猛禽類が街灯に留まってこちらを見おろしている。
周囲を見回しても他に人の姿はない…。
「オレだよ、オレ!お嬢ちゃん、まさかって思ってる?信じらんねェ?鳥が人間の言葉を喋るなんて──!怖くて声も出なくなっちまった?」
ギャハハハと高らかな哄笑混じりの声をあげて、大きな翼を広げてみせる。
はじめは鷲か何かのように思ったが、街灯の光を受けて体躯を包む羽毛は青く不思議な光沢を放ち、広い胸には血を彷彿とさせる毒々しい赤色の線が走る。
「オレは忠告したんだぜ?休めってなァ。でもそいつ意固地ンなってヒトの言うコト聞きゃしねェ!あげくフラフラ行き倒れてよ!昔のコイツからしたら考えられねェ無様っぷりだぜ!」
あーメンドクセェの。
バサッ!と大きく羽ばたくと、優雅に空を滑るように飛翔して玄関階段の手摺りに留まる。
「お嬢ちゃんはコイツを退かしたい。オレはコイツを起こしたい。オレらの意見、一致じゃね?だったらホラよ、さっさとコイツ起こしてくれよ」
「鳥が…」
「鳥じゃねェ。グリフォンだ」
「さっき鳥って自分で言ったじゃない」
「細かいトコ気にしやがるお嬢ちゃんだな」
「人の言葉を話してるし、くちばしの開き方がグロくて尋常じゃないわ…」
「ギャハハ!そりゃオレ様は魔界でも名の知れた悪魔だからなァ。お嬢ちゃんが怯えちまうのも無理はねェ」
パカッと開いたくちばしの上部は鉤状をしているが、下部は横方向に大きく割れて獲物を呑み込む口腔を晒す。
これは本当に鳥だろうか…。(本人?はグリフォンとか言い直していたが)
「………酔っぱらってるのは私かも」
「あン?」
猛禽類の力強い羽ばたきにより目が乾燥してしまったウイユヴェールは、そっと目頭を押さえる。
今日は友人に誘われて夕食を共にした。
会うのが久しぶりで会話も弾んで、食事もアルコールもそれなりに時間をかけて楽しんだ…。
大きく瞳を開けるとまだしぱしぱするので、細目の、やや悪い目つきで顔を近づけると、グリフォンが疑問の声をあげる。
手摺りに留まった体躯は大きく、それに伴い、丸く立派な鳥胸がつやつやと動く。
その羽毛。
ウイユヴェールは人差し指をぷすっと差し込んだ。
グリフォンが「プヒャッ!」と声を出して身をよじる。
「いつもは飲まない類いのアルコールを飲んだせいね…。幻覚も幻聴も楽しめてお腹一杯」
「テメェ!エッチ!なにしてくれんだ!」
「このお兄さんがどいてくれれば済むことなのよ…。ねぇ、あなたの筋力なら退かせられるんじゃないの」
「オレが?コイツを?簡単だね。朝メシ前」
「じゃあやって」
「退かしてサヨナラ?お嬢ちゃんだけがぐっすり安眠?それじゃ意味ねェっつーの!コイツを外に転がしとくワケにゃいかねェ」
「…部屋があれば良いの?」
「大正解!あと旨いメシと熱いシャワーとオレの留まり木があればサイコー」
「どこの王子様かしら…」
グリフォンに青年を退かすように指で示したウイユヴェールは鍵を取り出す。
じゃらりとキーホルダーが鳴る音に、羽ばたきの音と風圧が混じる。
遠慮してやるからよォ、と背後からグリフォンの声が聞こえると同時に、背中が押されるような風が弛くなった。
髪を押さえていたウイユヴェールが振り返ると、青年の腰元を掴んで羽ばたくグリフォンが目に映った。
猛禽の体躯が煌めきを強くし、ゆったりと羽根を動かすその姿は、見えない力によって宙に浮いているようにも見える。
ほろ酔いの仕事帰り、妙なものに出くわした。
「…綺麗ね」
「ォッ?惚れちまいそう?」
「ええ。あなた、鳥類図鑑のスターになれそう」
「だから、鳥じゃねェって!」


190419
("22 加筆修正)
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