第一印象は背高いな、それだけだった。教室の窓から風が入ってきたときさらさらと靡いた黒髪が綺麗だなぁとか、いつも眠そうな目が時々開かれて輝いているのを見たりだとか、あ、その時は大体塩キャラメルを見つめている。きっと好物なのだろう。あとは体育でバレーボールをしている時、スパイクを何本も決めて味方も相手も呆然としていたっけ。クラスの女の子達は皆、国見君を見てきゃあきゃあ騒いでいた。私は何故だかそれが面白くなくて、確かに体育の時の国見君は格好いいけれど、授業中に頬杖を突きながら板書を写す国見君の横顔はとっても綺麗で見ていられないくらいなんだから。
機会があれば話してみたいな、なんてささやかな想いを隠していた初夏、席替えで国見君の隣になった。「よろしくね」と声を掛けたら「あぁ、うん。」とだけかえってきた。素っ気なくとも今の国見君の言葉は私に対してのもの。たった一言がたまらなく嬉しくて、机の下で小さくガッツポーズをした。

小さな事件が起きたのはその翌日のこと、国見君が休み時間中に寝ていると、クラスの女の子二人が机に近寄って行った。「国見君、ねぇ、国見君ちょっと起きて」そう言って起こすと、間が悪かったのか国見君は不機嫌そうに顔を上げた。
「ね、国見君。ちょっと話したいことがあるんだけど、廊下に着いてきてくれないかな?」
「…は?やだけど。ていうか眠いんだからさ、邪魔しないでくんない」
「ご、ごめんなさい…」
「ちょっと、ユミちゃんがせっかく言ってるんだよ!?ちょっとくらい来てくれてもいいんじゃないの!」
怯えて消え入りそうな声で謝る女の子と、その女の子をユミちゃんと呼び国見君に詰め寄る女の子。察するに告白したい子とその連れということなんだろうけど、その目的は国見君の一言で粉々に散った。
「急に起こしてちょっと面貸せって言われてハイ行きますなんて返すと思った?好きな奴ならまだしも、どうでもいい奴の為に動くなんて面倒にも程があるんだけど」
女の子達は言葉を失ってすごすごと去っていった。国見君は何事も無かったかのように昼寝の続きを始めていて、クラス内も少しざわめいたけれど、すぐに元の落ち着きを取り戻した。ただ私だけがいつまでも頭の中で警鐘が鳴り響いていた。どうでもいい奴。私は国見君の中で隣の席のどうでもいい奴だ。そんな私が機会を見て話しかけたところで、きっと国見君はまたあの不機嫌な顔をするんじゃないかと思うと、話し掛けたい気持ちはどんどん消えていった。


数日後、偶々少し寝坊をして慌てて学校に向かうことになった。ぼさぼさの頭を手櫛で何とか繕って、少し緊張しながら席に着いた。国見君は相変わらず眠そうに、一限の準備をしている。私も準備しないと、と思って鞄の中を漁ってハッとした。……やばい、慌てて来たから教科書、家においてきた。
ウチのクラスの数学の先生は怖い、めちゃくちゃ怖い。前に誰かが教科書を忘れた時、先生はこめかみに筋が入りそうな勢いでその子を叱って「教科書がないなら他のクラスから借りるなり隣に見せて貰うよう頼んでおくなりすべきだろう、自分のやれるべきことをやってもいないのにのんびり忘れた報告をするんじゃない!」とか何とか言っていた。忘れかけていた恐怖を思い起こすものの入学して数ヶ月、他のクラスで気軽に教科書を借りに行ける友達はいない。となると隣の国見君にお願いするしかないんだけれど、あの綺麗な顔が突如不機嫌になって「は?やだけど。」って返されたら暫く立ち直れる気がしない。でも先生に怒られなくもなくて、ゆっくりと国見君に顔を向けると、視線を感じ取ったらしい国見君と目が合った。
「あ、あの国見君、ご無礼を承知でお願いがありましてですね」
「何その言い方」
ふ、と小さく笑った。狙った訳じゃないけど掴みはオーケーな気がする、緊張して何言いたかったか忘れちゃった。あ、そうだった教科書。
「一限の教科書、忘れちゃって」
「ああなるほど。そっちも机動かして」
ガタガタと机を寄せる国見君。慌ててこちらも机を動かし、真ん中に教科書が置かれた。
「こないだあの先生かなりキレてたよね」
「ね。他のクラスに友達いなくて、だから本当に助かったよ〜ありがとう国見君」
「別に、大したことない。それより三限の宿題やってる?やってたら見せてほしい」
「いいよー」
自然と話せていることに気付いて、国見君にバレないようにほくそ笑む。国見君も前怖かったよね、って言おうと思ったけれど、それはまたもう少し後にしよう。クラスにもまだ馴染めていないし他のクラスは以ての外だけれど、国見君と話している内に不安はどこかへ消えてしまった。
授業の最中に、飽きたらしい国見君がノートに猫の落書きをしているのを目撃して笑うのはもう少し後の話。



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