放課後、一人で教室に残って日直の仕事を片付ける。相方はごめん部活が!とか何とか言って全速力で去っていった。日誌も黒板も全部一任してくれやがって、運動部はそんなに偉いのかばかやろう。勢い任せに日誌を閉じたら大きな音が教室に響き渡り、余計に虚しさを覚えた。
芯から氷りそうなほど寒い廊下を早歩きでぬけ、暖かな教員室に駆け込む。担任と目が合うと、笑いながらお疲れ様と労ってくれた。
「帰宅部は仕事押し付けられて大変だなぁ」
「お陰様で二倍時間かかったんですよ、運動部ってなに、日誌書く五分も待ってられない訳?」
「そうだなぁ五分しかかかんないもんなぁ。ところで苗字、ちょっと五分でコレ、追分先生に渡してきて欲しいんだけど」
「えーっ」
「今日中に渡さないといけないんだけど他にも渡してない先生いるからさぁ、頼むよ〜」
「…あとでドトールのココア缶奢ってくださいね」
「ちょろいなぁお前さん。追分先生は今体育館に居るはずだから、ささっと行ってきてくれよ」
本人目の前にしてちょろいとか、めちゃくちゃナメられてるな、私。大好きなココアの為に軽々しく仕事を引き受けて、体育館へ歩き出す。そういえば追分先生って、何で体育館に居んの?

閉ざされた扉の奥からバシン、バシンとボールを弾く音がひっきりなしに聞こえてくる。何の音かな、と思って扉を少しだけ開けてみると、扉の近くにボールが転がっていた。これ、バレーボールだ。
「お前、何やってんの」
聞き覚えのある声がした。声のした方を見ると、呆気に取られた顔でこちらを見る二口がいた。二口の驚く顔、本人には絶対言えないけど結構可愛い。じっと驚いた顔を見つめていると、「おい、何やってんのっつってんの」と急かされた。
「二口お疲れ様ー」
「お疲れ様じゃねえよ今部活中。帰宅部はさっさと帰ってねんねしな」
「追分先生が体育館に居るからプリント渡してこいって言われて来たんだけど、何処にいるか知らない?」
「あぁ、監督ならあっちでレシーブ練の指導してる」
くいっと差した親指を先を追うと、ジャージ姿でボールを…ええと、スパイクっていうんだっけ?とりあえず部員を指導しながらボールも休まず出し続けるその姿に圧倒されてしまった。どう見たって邪魔にしかならない。
「うーん…ちょっとやめとく、部活の邪魔になっちゃうし」
「そろそろ休憩入ると思うけど?…あ、ほら笛が鳴った」
ピーッと笛が鳴り響いた。途端に部員の動きが緩んで、各々自由に休み始めている。二口もいつの間にかボトルを手にしている。ごくんと飲料を喉に通す度に動く喉仏、額から流れる汗、やけに様になっていて、女の子達がきゃあきゃあ騒ぐ気持ちが少し分かってしまった。
「くやしい、」
「あ?なんか言った?」
「何でもない!ねぇ、先生呼んできてよ。上履きのまま体育館入れないし」
「あー…じゃあ大人しく待ってろよ、他の奴らに絡むんじゃねーぞ」
「しません!」
くつくつと隠す気のない忍び笑いをしながら、二口はタオルをひらひら靡かせ奥へ行ってしまった。二口という大きな盾を失った私に刺さる大勢の視線。うーん、早く帰ってきてくれ、二口堅治。視線を感じながらも体育館の奥の方を覗いてみると、先輩らしき人から小突かれている二口がいた。何となくだけど違います、とかばか、とか聞こえる気がする。あ、青根くんが二人の間に入った。こっちに指を向けている…ん、先輩らしき人が近付いてくるんだけど。
「これが二口の彼女か!」
「ちげーって言ってるじゃないスか!女子と普段絡まないからって誰彼構わず突っかかるのやめたらどうなんですか〜」
「何だとコラ二口!」
「わーわー、二口も鎌ちもやめろ!コラ!」
二口が敬語を使っている…一応だけど。先輩を煽る二口は毒を吐きつつも表情に余裕はなく、何だかとても焦っている気がする。部活中の二口はいつもより少しかっこよくて、だいぶ子供っぽいのかもしれない。二人の諍いをのんびり見ていると、それを阻止しようとしていた癖っ毛の方が申し訳なさそうに眉を下げてごめんね、と話しかけてきた。
「監督に用があるんだってね?変なのに絡まれちゃって本当にごめんね」
「あ、いえいえ。二口の様子がクラスと違ってて、面白かったですし」
「へぇ、そうなんだ。二口は格好つけたがりだからな〜」
「ですよねぇ。あ、申し訳ないんですがコレ、追分先生に渡しておいて貰えませんか。先輩」
「いいよー」
大きな目を細めて微笑む先輩は気前良く引き受けてくれてた。人の良さが出てるなぁ、これで私の仕事も終わったし、さっさと先生にココア奢ってもらって帰っちゃおう。名前も分からない優しい先輩に一礼して、未だにぎゃあぎゃあ言い合っている二口を余所に、体育館を後にした。



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