太一がようやく泣き止み、謝りながら自己紹介をしては照れたように小さくはにかんだのを見た二人が少しだけ驚いた表情をしたあと、こんな可愛らしい子をよくゲットしたなという目で亮を見つつそれから四人はようやく席に付いた。

 四人で使うには部屋は余りにも広く、太一にとってはやはり場違い過ぎる場所だとは思ったが、もう怖くはなかった。


 亮の両親はあまり口数が多い方ではなく、ぽつりぽつりと小さく太一にニ、三話しかけては相槌を打つだけで、初めのあれがなければきっとやっぱり受け入れてくれていないのだろうかと思うほど、言ってしまえば素っ気ないような態度にも見えたが、太一を見つめる瞳にはどこか優しさが滲んでいるような気がして、太一は嬉しかった。

 そうして賑やかとは言い難く、だが和やかさが漂っていた食事会だったのだが、三十分を過ぎた頃申し訳なさそうに扉をノックし入ってきた秘書に、「大変申し訳ありませんがこれ以上はもう時間が……」という言葉を掛けられ、二人は少しだけ溜め息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。

「突然呼び立てたのに、申し訳ない」
「……本当に慌ただしくてごめんなさいね。また、今度はゆっくり時間を取らせて欲しいわ」

 そう無機質にも見える顔で言う二人に、分かったから早く行って。と強めな事を言う亮。
 その言葉に肘で亮を小突きつつ、太一は立ち上がって深々とお辞儀をした。


「こちらこそ、本当にお見苦しい所をお見せしてすみませんでした……。また、会いたい、です……」

 耳を赤くしながら、本当に情けない……。と項垂れているような太一をじっと見た亮の母親は何を言えばいいのだろうかと一瞬言い淀んだようだったが、だがそれからゆるりと美しい唇を開いては、とても綺麗な顔で微笑んだ。

「……もう家族になるのだから敬語は変よ、太一くん。……これからもどうぞ宜しく」

 そう言っては、何かあれば全力で守るわ。その為に近衛という名前があるのだから。と太一の頭を綺麗な指で優しく撫でて行ったあと颯爽と部屋を出て行った亮の母親に、太一は久しく感じていなかった母親という人の優しさに触れた気がして、ぱちくりと目を瞬かせたあと、ふにゃりと小さく微笑んだ。

 そんな二人のやり取りを見たあと、「……母さんが頭を撫でるなんて」と呟いた亮が、……どっちに嫉妬していいのか分からないな。なんて冗談めいた言葉を吐いては、突っ立ったままだった太一の腕を引いた。

「わっ、」

 ぐいっと腕を取られ、先程まで座っていた席ではなく膝の上を跨ぐよう催促してくる亮に太一はだだっ広い部屋を一度きょろきょろと意味もなく見回しては、促されるまま亮の膝の上へと腰を下ろした。


「……」
「……」

 無言で太一の腰をぎゅっと抱き、ぽすんと顔を肩に埋めてくる亮。
 そんな亮に太一も何を言うでもなく広い背を抱き、亮の旋毛に頬を乗せた。

 しん、と静まり返る室内。
 二人の小さな息づかいだけが、心地好く響いている。


「……ありがとね、太一」

 不意に僅かな沈黙を破ったのは亮で、労るよう太一の背を撫でてくる亮の優しい指先に太一は深い安堵の息を吐きながら、うりうりと頬を亮の旋毛に押し付けた。

「……俺の方こそありがとう。……やっぱお前の両親なんだなぁって思ったよ」
「えっ、なにそれ。俺って実はあの二人みたいに無愛想で言葉足らずって事?」
「ばか、違うよ。……凝り固まった目を持たない、本当は凄く優しい人って事」

 心外なんだけど! と喚くような声をあげた亮にくすっと笑った太一が、ちゅっと亮の旋毛にキスをする。
 それからぎゅううぅ、と亮を抱き締めては、目を伏せた。

「……生まれてきてくれて、俺と出会ってくれて、ありがとな、亮……」

 そうぽつりと呟いた太一が、美しい睫毛の先を震わせる。

 ……こんな俺を好きになってくれて、この世界がこんなにも美しいと気付かせてくれて、ありがとう。

 そう瞳を潤ませながら、この胸を締める幸福さ全て余すことなく亮に伝えられたら良いのに。なんて思いつつ心からの安心しきった声で太一が呟き、その紡がれた声が亮の鼓膜を揺らした瞬間亮は一度ヒュッと息を飲んだあと、思いきり太一の体を抱き締めた。

「……俺の方こそ、生まれてきてくれて、俺と出会ってくれてありがとう太一。愛してる……、愛してる」

 小さくまたしてもずびっと鼻を啜る亮に、お前も泣き虫だな。だなんて心のなかで一人ごちた太一は、……これからきっと沢山、この男と一緒に自分は泣くのだろう。と、同じようずびっと鼻を啜っては穏やかな笑みを浮かべた。




 ◇◆◇◆◇◆



「太一君!」

 ブゥン、と鈍く響く自動ドアの音に顔を上げた店長が嬉しげに珍しく声をあげ、太一を見た。


 二人がだだっ広い部屋の小さな椅子の上で重なり情けなくえへへと顔を見合せ笑い合ったあと、とりあえずご飯食べなきゃ勿体ないよ。と未だ目の前にずらりと並ぶ料理を平らげてからレストランを後にしたのが数十分前で、その後向かった先はろくにきちんと挨拶すら出来ずに別れていた店長の所だった。



 もう慣れ親しんだ本屋の匂いが肺に広がり、自分を見てはカウンターから出てくる店長に、太一が頬を弛ませる。

「……店長」
「新しい家に着いたら連絡してって言ったのに連絡もくれなくて、やっと連絡が来たと思ったらこんな展開になってたなんて、本当にびっくりしたんだよ」
「……すみません」

 近寄ってきた店長が太一の肩を優しく撫で、見つめてくる。
 その心配さが滲んだ眼差しと、それでも朗報で良かったけどね。と安堵の表情をした店長に太一はもう一度決まり悪そうに小さく笑いながら、ぺこりと頭を下げた。

 亮と生きるという選択をした後、とりあえず店長に連絡しなくては。と事のあらましを電話でだが伝えていた太一は、一度とりあえず顔を見せに来なさい。と電話口でも言ってくれ、そしてこうして快く迎え入れてくれた店長に至極嬉しそうな笑顔を浮かべていて、それを横目でじっと見つめていた亮だったが、亮君、よくやってくれた。なんてバシバシと亮の肩を叩いて笑いかけてくる店長にハッとしたよう、先程の太一と同じようぺこりと頭を下げた。


「太一君、亮君と幸せになるんだね」

 ふわりと、優しい声で店長が言う。
 その、幸せになってね。ではなく、なるんだね。という言葉に太一は一度瞬きをし、それから亮をちらりと一瞥しては、はい。と笑った。

 それから顔を見合せ照れ臭そうに笑う若い二人を眩しげに眺め、とても嬉しそうな表情をした店長がうんうんと頷いては、良かった良かった。と呟き、その言葉に太一はまたしてもにへらとだらしない笑みを浮かべた。


「……あの、それで、店長……、物凄く厚かましい事を重々承知でお願いしたいんですが、またここで、働かせ欲しいんです。勿論なんでもします。だから、」

 安堵から一変、緊張した面持ちで太一がごくりと唾を飲み店長へと相談という名の頼み事をすれば、今度は店長が一度瞬きをし、それからふっと穏やかに笑っては口を開いた。

「……うーん、うちはこんな小さな店だしバイト募集はしてないんだけど、もし雇えても最低賃金しか払えないよ?」
「っ、それでも、全然いいです! 雇ってもえるなら、なんでもします!」

 少しだけ意地悪く笑った店長に太一は一瞬呆け、それから吹き出しては勢い良く返事をする。
 それは正に、初めて店長に働かせてくださいと直談判した時とまるきり同じやり取りで。
 それからぶふふっと顔を合わせて笑い合う二人を、勿論そんなやり取りが昔あったなんて知らぬ亮はじっと見つめては何も言わず、それでもどこか面白くなさそうな顔をしていた。


「うちは意外と力仕事だからね。頑張ってよ〜」

 なんて言いながら、すみません。と店内に居たお客様に呼ばれ、はい。と踵を返した店長に未だくすくすと笑っていた太一だったが、それから暫くし隣から注がれる熱視線に堪らず、小さく肘で亮を突ついた。

「なんだよ」
「何が」
「……何がって……」
「……良かったとは心から思ってるよ。店長さんともまた話せるようになって、ここでアルバイトも続けられて、本当に良かったと思ってる。店長さんなら理解あるし、俺だって安心して太一を預けられるし」

 じっと見つめてくるだけだった亮になんだよと訊ねれば突然饒舌に捲し立ててくるその圧に、お、おう……。と若干引いてしまった太一。
 だがそんな太一を見ても知るかと言わんばかりに、でもね。と言っては亮は顔に笑顔を貼り付けた。

「なんでもしますは駄目だよね、太一」

 にっこり。と効果音が付きそうな程の胡散臭い顔で見下ろしてくる亮の、目の奥が笑っていない笑顔。
 それから全く不愉快さを隠さないその声色に太一が思わず一歩後ろへ後ずさろうとしたが、そうはさせるかとがっちり太一の腕を掴んだまま、返事は? と亮が問い掛けてくる。

「……あ、あれは、なんていうか、言葉のあやだろ……。それに、店長が俺に金出せとか何かとんでもない要求する事なんてないだろうし……」
「それはそうだけど、口は災いの元だから」
「うっ……わ、分かったよ、気を付けるよ。ごめん……」
「うん。もう俺以外に、なんでもするから。なんて言わないでね、太一」

 何をそんなに、とは思ったが確かに亮の言うことも最もだと太一がなぜかごめんと亮に謝れば、俺以外には。などと付け足してくる亮。
 その言葉になんだそれと返したかったが、ね? と更に圧を掛けてくる亮によって、その言葉が音になる事はなかった。



 あるべき場所にきちんと収納され、所狭しと並べられた本。
 相変わらず眩しい蛍光灯が、リノリウムの床を輝かせている。
 小さく流れている有線の流行りであろう曲が身に落ち、ぺたぺたとポスターが貼られた窓の外側ではもう夕刻になったからか商店街全体に灯りが点いていた。

 その灯りのせいで夜の陰りは未だ鳴りを潜めよと強いられているようで、そんな店内の変わらなさや流れ行く日々を噛み締めるように目を細めた太一は、……俺なんかがこんな平凡な幸せを手に入れられる日が来るなんて。とまたしても泣きたくなるのを堪え、なんだか今日も目まぐるしく、だがそれでいてとても幸せで希望に満ち溢れた日だったな。と小さく微笑んでは、亮の手をそっと、しかし強く握ったのだった。



【 君と共に歩むこの日々は、 】






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