「……っ、ちょ、ちょっと待って」

 そうひたりと額に手を当て、やばい、目眩してきた。と太一が呟く。
 その言葉に家具屋に来ては、どれがいい? なんて寝具コーナーに並ぶベッドを見ていた亮は焦ったように太一の腰に腕を回し、え、気分悪いの!? だなんて心配げな表情を見せた。


「いや、気分ていうか、ちょっと……」
「大丈夫? 救急車呼ぼうか?」
「そうじゃなくて、なにここ……」
「えっ?」

 何、と言われすっとんきょうな声を上げる亮に、ガバッと額にあてていた手を離しては、

「バカ高ぇんだけど!!」

 なんて流石に小声で、しかし亮の耳をむんずと掴んでは引っ張り耳元でそう言った太一に、亮はビクッと体を跳ねさせ、いって。と呟いた。


「なにこの金額……ゼロが……ゼロが……」

 そう目に飛び込んできた恐ろしい金額にふるふると震えながら、まじで目眩してきた。なんて言ってはぎゅっと自身の体を抱き怯える太一。
 そんな姿に亮は、なんだ。気分悪いわけじゃないんだ。なんてホッとした表情をし、

「大丈夫だよ。俺のカードで払うから」

 と安心させるよう笑いかけたが、キッと睨まれてしまった。


「そのカードだって親の金だろ!」
「え、うん」
「……いや、うんて……」

 あっけらかんと返事をする亮に、このボンボンが……。と脱力した太一を見下ろした亮はしかし、

「高すぎるって怒るだろうなと思ったけど、やっぱ怒られちゃった。でもずっと前に言ったと思うけど人間は体が資本だから、良い睡眠を得るにはそれなりの投資も必要だよ」

 なんて言ってきたかと思うと、

「もちろん値段で決めてる訳じゃないよ? 高くても良くないモノはあるからね。でもそういう所は絶対に衰退していくし、だからこそずっと高水準にある一流の物にはやっぱりそれなりに一流の理由があるからさ。それにここのブランドはうちが提携して手掛けてるし、巡りめぐってうちの利益にもなるから、許して?」

 と微笑んでは、それと、暮らしやすい環境作りだって資本に関わってくる。だから家具はおざなりにはしたくない。なんて言い切ってくる亮。

 その金持ち故の、しかし至極真っ当な意見に太一は目を瞬かせたあと一度唸り、

「……分かった……」

 なんて納得はしたが自身が育ってきた環境と違いすぎて理解が追いつかない。と頭を捻りながらも、一応は亮の言い分に今回は身を委ねる事にした。



 それから、

「じゃあ家具はお前が決めろ。俺にはさっぱりだから」

 なんて切り替えた太一に、他人の考えを真摯に受け止めて、そして自身も納得できたら素直に受け入れようとする太一のそういう所、大好きだなぁ。なんて亮はふわりと微笑んでは、じゃあ寝てみようよ。と一番近くにあったベッドに倒れ込み、太一の腕を引いた。


「わっ、」
「どう?」
「……ふわふわで気持ち良い……」
「ね。はい、じゃあ次」
「わ、だから引っ張んなって、……こっちはちょっと……固い?」
「そうだね。太一は柔らかいのが好き?」

 なんて言いながら、二人は立ち上がりまた寝転びを繰り返した。


 そうして亮にリードされながら、ああでもないこうでもないと言いながらもある程度の家具を選び終え、……金額は見ない。と太一がそれでも冷や汗を流していれば、

「今から運んでくれるって」

 と爽やかな笑顔で言う亮に、……普通こんな大きな物ってその日には無理なんじゃ。とは思ったが、また精神が削られそうで黙って頷くだけにした太一は気分を変えるよう、よーし! じゃあ次は雑貨用品だな! なんて意気込んだのだった。




 だがしかし食器類や雑貨類もまたしても太一には理解しがたい値段の店に連れて行かれ、亮にゴリゴリと押しきられ、なんだか意気消沈してしまっていた太一だったが、荷物も斎藤さんが運んでくれるらしいから、ちょっとゆっくりしようか。なんて気遣いで言ったのだろう亮の言葉に、とうとうブチッと血管が切れる音を聞いた。


「っ……お前なぁ!!」
「わっ、なに」
「斎藤さんに頼りっぱなしで申し訳なくねぇのか!! このばか!!」
「えっ、でも斎藤さんは俺のバトラーだから、」
「うるっせーー!! バトラーだかなんだか知らんが、事あるごとに斎藤さんに頼むな!! つかここは日本だっつうの!! 日本語で言えばか!!」

 そう雑貨屋から出てきた往来の真ん中でわしわしと髪の毛を掻き乱し叫んだ太一が、待っていてくれた斎藤さんに向かって、

「いつもありがとうございます! でも今日はもういいですから! 少し休んでください!!」

 なんて頭を下げ、とりあえず夕飯の買い物は俺の知ってるとこでするから! これはまじで絶対もう譲らないから!! と息巻き、亮の腕を引いて走り出す。
 そんな太一に引きずられ、驚いた顔をした亮に斎藤さんは呆気に取られたあと、かしこまりました。お預かりしているお荷物はご自宅に運んでおきますね。と恭しくお辞儀をしてから、微笑ましいですねぇ。なんて目尻を弛めた。



 それから太一に引きずられ、とりあえず家の近くまで戻るから電車乗るぞ! と切符を買ってもらった亮は、あれよあれよと言う間にごった返している電車のなかに押し込まれ、うっ、と顔を歪めた。

「た、たいち、どうせ家の近くに行くなら斎藤さんに送ってもらっても、」
「うるせーって言ってんだよ。てかお前電車あんま乗ったことねぇとかどうなってんだよ」
「だって昔から送迎してもらってたから、って待って、息苦しくなってきた……」
「はぁ? まだ休日にしちゃ空いてる方だぞこれ」
「えぇ? 嘘でしょ……。俺、電車苦手かも……」

 そう人の近さにげんなりし始めた亮を見て少しだけ気分が良くなったのか、にししっと太一が笑い、しょーがねーなー。なんて亮の腕を取っては自身の方へ引き寄せ、

「俺にくっついとけよ」

 だなんて笑う。
 そんな太一の笑顔とふわりと香る甘い匂い、それから密着する体に亮は目を見開き、……電車もいいかもなぁ。なんて直ぐさま掌を返すような事を考えながら、すりっと太一の肩に頭を寄せた。

「ちょ、それは近すぎだろ」
「えー、でも後ろから押されるし」
「いや、笑ってんじゃん。嘘だろぜってぇ」
「いいじゃん」

 そうボソボソと寄り添いながら話す二人。

 それを近くに居た高校生ぐらいの年の女の子がじっと見ては顔を赤らめていた事を、二人は気付きもしなかった。





 そうしていちゃつきながらも電車を降り、近所のスーパーで太一が何気なく、何食べたいんだ? と聞いた時も、亮がリクエストした和食という言葉に、ん〜、じゃあ肉じゃがでいいか。と言っては太一が食材を吟味している時も、そして二人してガサガサと買い物袋を鳴らしもう暗くなった道を歩いている時もだらしない笑みを見せている亮に、太一は何だよ。と言いたげに肘で亮を小突いた。


「お前さっきからなんでそんなへらへらしてんの?」
「え?」
「だから、なんでそんな笑ってんのって」
「え、笑ってた?」
「無意識かよ」
「あはは、だったみたい。楽しくて弛んじゃったのかな。……俺、こういうの初めてだからさ」
「こういうの?」
「誰かと一緒にスーパー行って買い物したり、こうして買い物したあと一緒に道を歩いたり、そういう、なんだろ、皆が当たり前にしてる事、したことなかったから」

 そう呟いた亮が、

「だから、凄く嬉しいし、楽しい。確かに何もかも斎藤さんに頼んでたらこういうの出来ないね。ありがとね太一」

 だなんて本当に嬉しそうに微笑んだので、太一は小さく目を見開いたあと、胸を締める愛おしさに、とん。と亮の肩に自分の肩をぶつけ、

「……そんなん、これから毎日すんだから礼とか言う事じゃねぇっての」

 とはにかんだ。


 穏やかな月に照らされた夜道に、二人の影が伸びている。
 ガサガサと響く買い物袋。

 隣には嬉しそうに笑う太一がいて、亮は、こんな平凡で、けれど自分にとっては初めてのとびきり特別な体験に、

「……ねぇ、家に着いたらさ、お帰りって言ってくれる?」

 と太一に聞き、その言葉にまたしても、

「当たり前だろ」

 だなんてとんと肩を優しくぶつけてくる太一。
 そんな太一に亮は本当に嬉しそうに、まるで生まれて初めて宝物を貰った子どものように純真な顔で、ふふっと幸せそうに笑った。






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