カランカラン。と扉に付けられた鐘が鳴る音と共に、ありがとうございました。という店員の声が二人の背に届き、太一はぺこっとお辞儀をしてから亮に続いてカフェから出た。


 燦々と陽が降り注ぐ、穏やかな休日の昼下がり。

 準備をし家を出て、マンションのすぐ側にあった今しがた出てきたカフェで朝食兼昼食を取ったあと、

「買い物する前に龍之介の家寄ろっか」

 と、とりあえず龍之介に今から行くって言っていい? だなんて携帯片手に聞いてくる亮。
 その言葉に、お腹一杯だなぁ。なんて腹をさすっていた太一も、そうだな。と頷き、ていうかそういえば龍之介の家に行くの初めてだな。なんて考えていれば目の前に見慣れた高級車が停まり、太一は亮を見た。


「お前、わざわざ斎藤さん呼んだのかよ」
「え、うん。駄目だった?」
「……いや、駄目っていうか……」

 そう呟きながら腕を組み、何か引っ掛かる事があるのか唸っている太一の姿に、変なの。だなんて亮は笑いながら後部座席に乗り込み、ほら太一も早く。だなんて急かす。
 その声に押されるよう太一も気まずげな顔をしながらも、結局はおずおずと車に乗り込んだ。


「太一さん、おはようございます」
「あっ、おはようございます」
「昨夜は寝れましたか?」
「え、あ、はい」
「そうですか。その言葉を聞いて一安心しました。あんな何もない部屋で寝るなんてと心配しておりましたもので」

 斎藤さんがミラー越しに太一に微笑みかけ、しかし斎藤さんの言葉を聞いた亮が小さく呻きばつが悪そうにしているのが分かり、そういや昨日なんか怒られてたなこいつ。と太一は不思議そうな顔で亮を見た。

 そうすれば太一の耳に顔を寄せ、

「……近衛家の名に恥じぬよう、いついかなる時も相手を尊重し先を読みながら行動してくださいねって小さい頃から口酸っぱく言われてたんだ。だから俺が計画性もなく太一をベッドも何もない部屋に連れ込んだのが粗野すぎるって昨日怒られちゃって……」

 なんて申し訳なさそうに小声で説明し、本当にその通りすぎてなにも言えない。と項垂れつつ、ごめんね。と太一の手をぎゅっと握ってくる亮。
 その叱られた子犬のような顔が可愛らしく、しかし斎藤さんに当然のように自分達の関係が一部始終伝わっているという気恥ずかしさに顔を赤くし、あ、ぅ、と呟いた太一だったが、それでもきゅっと手を握り返した。



 それからなんとも言えない空気が漂うなか龍之介の家に着いた二人は、斎藤さんにお礼を言いながら車から降りた。

 そこにあったのはとても大きな日本家屋で、正に旧家と呼ぶに相応しいほどの外観に太一が目を見開いていれば、龍之介へと電話を掛けた亮。
 そこで短い会話をしたあとピッと電話を切り、それから程なくして頑丈な門扉が開き、まだ寝ていたのかボリボリと寝癖の付いた髪の毛を掻いてやってきた龍之介が、おぅ。と手を上げては、まぁ入ってよ。なんて言いながらまた中へと戻っていく。
 そのいつも見ているアホで呑気な龍之介が門から家へと続く神々しいアプローチを歩いているというアンバランスさに、違和感ありまくるんだけど。と未だに太一は目を見開いたまま。
 そんな太一の顔を見ては小さく笑った亮が、ほら、行こうよ。と手を引いた。


「近衛様、お久しぶりでございます」
「そちらの方は、」

 龍之介が玄関の美しく細工が施された引き戸を開ければ、使用人なのか和服を着た女の人達が二人を見ては笑みを浮かべ出迎えてくれ、その恭しさにビシッと身を固くする太一にまたしても亮が小さく笑い、お久しぶりです。と頭を下げた。
 しかし当の龍之介はというと、

「こっち太一。友達」

 だなんてへらっと笑って太一を紹介するばかりで、

「お、おじゃまします! 坂本太一です!!」

 と風を切る勢いでお辞儀をし返せば目を瞬かせたあと、坂本様でございますね。と微笑まれ、さ、さまって……、はは……。なんて太一はまたしても違いすぎる世界に呆けてしまった。



 それから未だ緊張しながら龍之介の後に続いて長い長い廊下を太一が歩いていれば、

「龍之介の家ってなんか緊張するよね」

 とこそっと耳打ちしてくる亮。
 その言葉に、お前も!? と亮の家だってかなり広く豪華なのに。と太一が驚いていれば、当たり前でしょ。こんな家滅多にないよ。と笑ったあと、

「まぁでも皆優しくて良い人たちだよ」

 なんてポンッと背中を叩き、だからいつまでも緊張しなくて良いよ。とフォローされ、いやそれお前が言う事? と太一もつられてふっと笑ってしまった。


「亮と太一来たよ〜」

 なんて言いながら自室の扉を開けた龍之介。
 それに、誰か居んの? と覗き込んだ太一の目に映る、見慣れた顔。
 龍之介の部屋に泊まっていたのか、布団が敷き詰められた部屋のなかにいるのはお馴染みの優吾と亘と明で、未だ眠いのか屍のように布団の上にくたりと沈んだままの皆の姿に、太一はぶはっと吹き出してしまった。

「はいはいどいて〜。……いや寝んなよ! どけってば」

 扉のすぐ側にいた亘がどいてと言われたにも関わらず一度顔をあげたかと思うとまたすぐに沈んだのを見て、龍之介がでかい図体を煩わしそうに爪先でげしげしと突きながら、通せって。と笑い、その攻撃に唸り声をあげながらごろごろと転がっていく亘。
 そうすれば隣にいる優吾にぶつかり、……うざいって。なんて優吾からも蹴られている亘に、太一も亮も声を出して笑った。


 それから部屋の隅に置かれていた卒業証書を受け取り、花はあげるよ。いらんし! いやいや、遠慮しなくていいから。いやまじでいらない! なんて押し問答を亮と龍之介が繰り広げているのを見ていれば、

「……うわ、すご」

 なんて起き上がったかと思うとまだ頭が回っていないままの状態で優吾が太一を見るなりそうボソッと呟いたので、太一は何が? と首を傾げ優吾を見つめた。

「……あー、いや、なんでもない」
「は? なんだよ言えって。気になんだろ」
「……じゃあ言うけど、太一のここ、すごい事になってるよ」

 そう妖しく微笑みながら、とんとん。と自身の首を指す優吾に、俺の、くび……? と一瞬怪訝な顔をした太一だったが、ハッとし慌てて掌で首を隠した。

 ……か、完全に忘れてた。
 俺昨日、何度も何度も亮に噛んでってねだったし、吸われたりしてたんだった。

 なんて昨夜の痴態をまざまざと思い出した太一が顔を赤くしながらも、あ、えっと、これは、だなんてしどろもどろになりかけていれば、

「お前教えるなよ。せっかく太一に寄ってくるかもしれない虫に向かってちゃんと番いが居るってさりげなくアピールさせてたとこだったのに」

 と亮が太一の腰を引きギュッと後ろから抱き締め、さりげなくチュッと旋毛にキスをしてくる。
 その亮の行動にボボッと顔を赤くし、お、お前なぁ……! なんて太一が亮の腕の中から抜け出そうともがいたがびくともせず、猫がじゃれてるみたい。だなんて亮はますます笑顔を浮かべるばかり。
 そんな二人を見ては、そうだった! お前らいつの間にそんな関係になってたんだよ!! と龍之介が押し付けられた花を抱えたまま説明しろと吠え、見せつけてくれんなぁ。なんて優吾は笑い、明は何やらわちゃわちゃしている気配に状況を把握しようと、眼鏡、俺の眼鏡はどこだ。何をしている。と枕元を漁っている。
 そんな三者三様の態度に目を丸くしたあと、……変わらねぇなぁこいつらは。と自分達の関係がどうなろうがこうして否定せず受け入れてくれる皆に、太一は亮の腕をきゅっと握っては、ふはっと笑った。


「あとお前! 昨日、だから俺はモテないって嫌味言ったの許してねぇかんな!」
「…許すも何も、事実じゃん」
「なっ!?」

 そう亮に食って掛かるもさらりと交わされた龍之介が声を詰まらせ、なんだと!? と目を見開いてはぐぬぬ、と言葉を漏らしたが、ようやく覚醒したらしい明に、朝からうるさいぞ。と頭をペシッと叩かれようやく尻尾を丸めるよう大人しくした。


「おはよう、……む、亮、お前な、」

 すっかりいつも通りの態度で眼鏡をくいっと上げながらおはようと小さく微笑んだ明が太一の首を彩る噛み跡や痕を見た途端、お前はもう少し配慮してやったらどうだ。なんて亮に小言を言い始め、そんな本当に普段通りの態度に太一がまたしても笑っていれば、隅の方に追いやられるよう転がっていた亘がむくりと上体を起こしたのが見えた。

 だが何を発するでもなくぼうやりと微睡んでは敷いてある布団の一点を見ている亘のその表情の乗らない真顔が珍しく、太一がどうしたんあいつ? と亮を見やれば、

「あー、太一初めて見るっけ。亘は寝起きすっごい悪いから。あと五分は何話しかけても反応ないし、あのまま固まってると思うよ」

 でも、黙ってればイケメンだからずっとあのままでもいい気するけどね。なんて笑う亮。
 その言葉に、ひでぇなお前。と太一も笑い、それから、なんかもう人の目とかそんなん気にするのバカらしくなってきた。と後ろから抱き締めている亮の体に、そっと身を預けた。


「うわ、いちゃつき始めたよこいつら」
「まぁまぁ、仕方ないよ。なんせ付き合いたてだからね。それにアルファとオメガって番いになったら通常より強い結び付き? みたいな感じになるって聞いたし」

 そう羨ましげに、しかし癪だと言いたげに呟いた龍之介の声に笑いながら優吾がフォローを入れ、本当にそんな違うもんなの? と亮に聞いてくる。

「全然違うよ。ずっとくっついてたいし、ずっと触ってたいし、とにかく太一の側にいたいって気持ちが番いになってから段違いだもん。まぁ今は仮の番いだけど」
「ふーん」
「あとは、俺達が魂の番いってのも大きいと思うんだけど」
「「「は!? 」」」

 亮が何の気なしに言った魂の番いという言葉に三人とも一斉に驚きの声を出し、二人を見てくる。
 その視線に、なに。だなんて亮が目を瞬かせたあと、それからハッとし、

「ご、ごめん! 魂の番いだって言うなって、一年の始めに言われてたの忘れてた! あーまじか俺……ごめん……」

 だなんて太一と初めて出会って喋った時の事を思い出し、しかも、許嫁だった人と母さん説得する時にも言っちゃってた。まじで約束の一つも守れないで最悪だ俺……。と項垂れ、本当にごめん。と謝ってくる亮に太一は目を丸くしては、

「いつの話してんだよ。そんなんもう全然気にしなくていいっての」

 なんてしょぼくれた亮の腕のなかで向かい合わせになるよう向きを変え、亮の髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。

 そんな二人のやり取りをポカンとした表情で見ていた三人は、言うなというやり取りがあった事から察するに太一にとっては良い出会いではなかったのだろうと見て取れ、だから出会った当初あんなにも亮を毛嫌いしていたのか。とやっと合点がいき、俺達の知らぬ所で紆余曲折あったのだろうがこうして今幸せそうに身を寄せ合っている二人を見ては、なんだか感慨深いものがあるなぁ。なんて笑った。


「魂の番いなんて、都市伝説だと思ってた」
「俺も」
「俺もだ。まさか目の当たりにするとはな」

 そう珍しげに亮と太一をしげしげと眺めてくる三人の視線をいなすよう、

「あ、そうだ。皆大学始まるまで暇だよね? だから旅行しようよ。卒業旅行」

 とドサッと後ろにあった龍之介のベッドに腰かける亮。
 そして腕を握ってきた亮に引っ張られるよう太一も隣にボスンッと腰掛けさせられ、そのままするりと腰に腕を回してくる亮のぴったりと密着する体から亮の匂いがしてふわふわと夢心地の気分に浸った太一は、もう特に何も言わず、抵抗する事なくそのままされるがままになっては笑うだけだった。


「旅行か〜! いいねぇいいねぇ! どこ行く? アメリカとか行く?」
「えー、俺は台湾がいいなぁ。本場のタピオカ飲んだことあるよって言えば女の子と会話が弾むし」
「いやちょっと待て、俺は一年前に卒業したのにお前ら何かしようって言わなかったよなそういえば。薄情すぎないか?」

 そうポンポンと話を進める三人に今度は太一がポカンとした表情を見せ、……海外旅行とか想像すらしたことなかった。なんてやはり良いとこのボンボン達だという格の違いをまざまざと見せつけられ呆気に取られていれば、隣に座る亮が、そんな遠いとこ行かないよ面倒くさい。国内国内。なんて言っては、太一はどこがいい? と満面の笑みで聞いてくる。

「えっと、……」
「うん?」
「……北海道、行きてぇ。……修学旅行いけなかった、から……」

 と、やっぱりどうしても皆で北海道に行きたかった。となんだか聞き分けのない子どもみたいで恥ずかしくなりながらも呟く太一。

 そんな太一を全員真顔で見たあと、……今なら亮の気持ちが少しだけ分かった気がする。と三人は万国共通の幼子の可愛さと似た気持ちにほっこりしてはにへらと笑い、亮は掌で顔を覆って天を仰ぎながら、神様ありがとう。と良く分からない事を言った。


「修学旅行いきたかったのか〜太一。可愛いなぁ」
「たしかに太一も居れば楽しかったのにねって話してたしね。いいじゃん。北海道行こうか」
「三月の後半でいいか?」

 ニコニコ笑う龍之介と優吾の隣で直ぐ様携帯を開き飛行機の空きを確認しているらしい明。
 あっという間に現実になりそうなその決断の早さに太一が、は? 北海道でいいんかよ。と目を瞬かせ、それから、……たぶん、発情期はもうそろそろだから、三月の後半なら大丈夫か……。とチラリと亮を見てはポッと顔を赤くする。
 そんな太一の視線に、ん? となんで照れてるんだろう。可愛いなぁ。なんて亮は呑気に見つめ返しては、ね? 言ったでしょ。絶対喜ぶって。と笑った。


 そうしてあっという間に北海道への旅行が決まり、まぁ引っ越しする必要とかなくなったし、一応貯めてたし。と太一はお金の心配はしなくても良いよな。と浮き立つようソワソワとし、しかし突然今の今までぼうっと座り会話すら聞こえていないようだった亘が小さく、

「……いま、なんじ……」

 と普段の騒がしさを潜めさせガリガリと髪の毛を掻きながらボソッと呟いたので、そのやはり見たこともない亘の態度に、……こいつ笑ってなかったら結構怖いイメージになんなー。なんて男前ゆえの真顔の強さと普段とのギャップに小さく笑った。


「やっと起きてきた。今はー……、昼の三時前」

 そう龍之介が携帯画面を見て返事をすれば、さんじ……と呟いた瞬間がばっと立ち上がり、

「三時!?」

 と一気に覚醒したのかそう叫んだ亘。


「えっ、なにこわっ。うん、三時」
「っまじか! やっべぇぇぇ! ちょ、龍之介、ふろ、風呂借りる!!」
「は? お前が? 風呂を?」
「着替えも……あー、でもさすがにそれはむしろ拗ねそうだからいいや! とりあえず風呂借りるわ!」

 そうバタバタと、勝手知ったる他人の家だと部屋から出て風呂に向かっていった亘に、残された皆はポカンとした表情をしたまま、しばし固まってしまった。


「……誰かと約束してんのかな」
「たぶん。てか風呂とか気にするタイプだったっけ」
「……いや、むしろそれが当然のことだろう。今までがおかしかっただけで、」

 そうポツポツと喋る三人の言葉に、風呂に入るって言っただけでこの言われようってなんだよ。と堪らずぷっと吹き出した太一の横で、

「あいつにも春が来たのかなぁ」

 なんてボソリと呟いた亮がするりと太一の指に自分の指を絡め、俺達もそろそろ行こっか。と耳打ちをしては立ち上がり、

「じゃあ俺達もこれから行くとこあるから帰るね。旅行の詳しい話はまた今度」

 とひらひら手を振り、二人分の置き忘れていた卒業証書を反対の手で持ったまま颯爽と部屋を出ていき、引きずられるよう、じゃ、じゃあな! と太一も慌てて手を振っては、亮に付いていった。



 そうして龍之介のお屋敷と呼ぶに相応しい家から出た二人は、ずっと待っていてくれたらしい斎藤さんの車に乗り込んだ。


「先に大きな家具類からパパーッと決めちゃって、家に運んどいて貰おうか。その間に皿とかコップとか、細々したの買おうね」

 なんて話す亮が何やら斎藤さんと話したあと、車がゆっくり発進していく。
 それに何が何やら分かっていない様子で、え、あ、あぁ、うん。だなんて呟いた太一はそれでもようやく亮と暮らすという実感が沸いてきたのか、小さく微笑んだ。






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