しばらく初めてのセックスの気持ち良さに浸りながら床で抱き合っては優しいキスを交わしていた二人だったが、はたと太一の服や自身の服が精液やらなにやらでどろどろな事に気付いた亮が、しかしこの家には着替えどころかバスタオルやティッシュすらない事を思い出し、……どうするかな。と表情を曇らせた。

 それからかろうじて持ってきていたズボンの尻ポケットの携帯を取り出し、疲れ微睡みかけている太一の横で髪の毛を優しく梳いては電話をかけた亮。


「……あっ、もしもし斎藤さん?」

 そう電話の向こうの斎藤さんに声をかけた亮に、ぱちりと目を開け、じっと見つめる太一。
 その瞳に、眠たかったら寝てて良いよ。と微笑んだ亮が、斎藤さんにお願いがあるんだけど、と話し出す。

「今マンションの方に居るんだけど、今すぐ俺の着替えと下着とバスタオルと、あ、あと俺の部屋に置いてある太一の大きなスポーツバッグと、大きめのブランケット、それからウェットティッシュと普通のティッシュを持ってきて欲しくて……」

 こんなお願いしてごめんね。と気まずそうに謝りながら二三言葉を交わしたあと、うん、お願いします。と電話を切った亮が、

「斎藤さんが今からバスタオルとか持ってきてくれるから、来たら一緒にお風呂入ろうね」

 一応電気と水道とガスは通ってるから。と微笑む。
 その言葉に、あー、うん。ありがと。と太一も頷き、それから、電話終わったんなら早くぎゅってしろ。と亮の腕を掴むので、亮はへにゃへにゃと破顔し太一を腕枕しながら、ぎゅむぎゅむと抱き締めた。


「太一、なんかすっごく甘えん坊になったよね。嬉しい」
「……なってねぇわ」
「ふはっ、うん、じゃあそういう事にしといてあげる」
「てか前から聞きたかったんだけど、斎藤さんってアルファなん?」
「え?」
「いや、ほら、何度か発情期の時に車で送ってもらったりしてるからさ、でも影響受けてなさそうだったし、番いが居るアルファなのかなぁって……」
「あぁ、ふふ、違うよ。斎藤さんはベータ。うちはオメガのフェロモンが効かない特異体質のベータしか側に置かないって決まりがあってさ」

 ほら、亘も太一のフェロモン効かないって言ってたでしょ? そういう、ベータの中でも特にフェロモンに惑わされない人を、執事とか運転手とかに採用してるの。アルファやオメガだと、何かあったら大変だから。
 そう亮が笑い、知らなかった事実に、そうなんか。と太一が目を瞬かせる。
 しかしそれと同時にぐぅぅ、とお腹の鳴る音がして、太一は数秒後堪らず顔を赤くしてしまった。

「ははっ、お腹すいたよね。俺もめちゃくちゃお腹すいてる。考えたら俺ら、昨日の夜からずっと一緒に居たからご飯食べてないもんね」
「……うぅ、」
「お風呂終わったら、デリバリー頼もっか。そんで今日はだらだらいちゃいちゃしながら、一緒に寝ようよ。物件探しは明日から頑張ろ?」

 名案でしょ。と言わんばかりに亮が微笑むなか、物件探し、というワードにぴくりと身を揺らした太一が、亮の胸から顔をあげる。

「その事なんだけど、そしたらこの部屋、どうすんの?」
「ん? 借りてても意味ないし、解約するよ」
「えっ、でもお前が四月から通う大学、ここから近いよな?」
「まぁそうだけど、全然平気だよ」
「いやいやいや、俺の母さん達の墓がある場所、めちゃくちゃ遠いから」
「え、そうなの? うーん……じゃあ俺も大学行くのやめて、来年その場所の近くの大学受けようかな」

 そうあっけらかんと笑う亮に呆けたあと、……おま、おまえ、馬鹿じゃねぇの!? と太一は目を吊り上げ、いやほんとに馬鹿か! と亮の頭を叩いた。

「そこまでしなくていいっつうの! ここがあるんなら、ここにそのまま住めばいいだろ!!」
「え、でも、俺もう太一と一ミリも離れたくないんだけど……」

 別々に住むって事……? と表情を曇らせ、まるで捨てられた子犬のようにうるうるとした瞳で見つめてくる亮。
 そのあざとさに、しかし惚れている欲目もあってかうぐっと喉を詰まらせた太一は、そ、そうじゃなくて、と首を振った。

「ここに、俺も一緒に住んじゃだめなん?」
「……えっ、」
「別に、両親の墓の近くに住むのは、その、俺たちが卒業して、頑張って……子作りして、家建てる時でいい、し……」

 そう最後の方は照れ臭そうに話す太一に、亮が感極まったよう、た、たいち、と溢せば、気恥ずかしくなったのか、

「それに、まだ本屋のバイトも続けたいって思ってるし! 店長が良いって言ってくれるならまたすぐにでも働きたいし、ならここから通う方が全然良いしさ」

 なんて誤魔化すよう笑いながら太一が言う。
 その言葉に途端に少しだけ拗ねたように眉を寄せ、太一、ほんとに店長さんの事好きだよね。なんて亮が呟いた。

「……は?」
「いや別にいいんだけど、全然いいんだけど」

 全然良い。などと言っているくせその顔は全くもって良いとは思っていない事が明白で、分かりやすくヤキモチを焼いている亮に、太一は一瞬真顔になったあと、ふはっと笑い声をあげた。


「っ、ははっ!」
「……今笑う要素一つもないんだけど」
「いや、うん、そうな、ごめん、ふふっ」

 ごめんと言いつつも尚笑っている太一に亮はあからさまに不機嫌そうにしたが、しかし、ごめんって。と太一が頬にキスをすれば瞬く間にでれでれと鼻の下を伸ばしては、へらりと笑った亮。
 その顔がいっそう可愛くて、太一は高い亮の鼻にかぷっと噛みついた。


「いった、なに」
「いや、なんとなく」
「何それ。まぁいいけど。……じゃあ明日は、家具とか食器とか、必要なもの見に行こっか」
「ん」
「……それと、今度、太一のご両親の眠ってる場所に連れて行ってくれる?」

 そうコツンと額を合わせ聞いてくる亮の綺麗な瞳が近すぎてぼやけ、それでも太一が、ん。とまたしても小さく呟き、笑う。

「俺も、お前の両親が良いって言ってくれるなら、挨拶したい」
「勿論良いって言うに決まってるし、母さんは太一に会いたがってたよ」
「……まじか。それはそれで、なんか、」
「怖い?」
「……ん」
「ははっ、全然怖くないから。歓迎してくれてるから。本当に」
「……そっか」

 亮の言葉に、ホッと安堵の表情を見せた太一。
 そんな太一に、きっと両親も太一のこと大好きになるよ。と微笑んだ亮が太一にキスをしようとしたその瞬間。
 ピンポーン。と呼び鈴が鳴り、亮は慌てて太一を抱き抱えた。

「斎藤さんだ! 奥の部屋に居といてね!」

 そう言いながら精液やら何やらでどろどろになっている太一の姿は見せられないと玄関から伸びる長い廊下を走り、そして奥のリビングとして使うに相応しい広々とした部屋に太一を慌てて避難させた亮は、とりあえず良し。と自身の格好はさして気にもせず玄関へと向かっていく。
 そんな亮の後ろ姿を呆けた顔で見ていた太一だったが、それからふっと微笑み、大きな窓から見える青空を見た。

 ……今日からここで亮と暮らすのかぁ。

 なんて目元を弛め、店長に会いに行かなきゃ。それに、大学受験のための勉強もしないと。とここ数年で初めて、とても眩しくて穏やかで幸せな未来の予定を考えながら、遠くの方で斎藤さんに何やら小言を言われ、すみません。はい、……ごめんなさい。と謝っている亮の声を聞いた太一は一人、ははっと声をあげて笑った。


 窓から入り込む陽がとても穏やかで、気持ち良かった。






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