泣いている太一の腰を自身に引き寄せながら、こてんと頭を太一の頭に乗せる亮。
 その重みも、その温かさも、全部全部抱えて生きていく。と決意を新たにした太一はずびっと鼻を啜りながらも笑い、

「っし、学校、行くか」

 と亮の喉仏にすりすりと甘えるよう一度頭を擦り付け、それから亮を見上げては、にかっと笑う。
 そんな太一に亮は心のなかで、なに今の、なに今の。え、めちゃくちゃ可愛かったんだけど。と喚きつつ、しかし太一を怖がらせぬよう表情にはおくびにも出さず、にっこりと微笑み返した。


 それから、太一は鞄の中に畳んで制服を持ってきていたが当たり前に亮は私服なので一旦亮の家に向かう事にし、二人は展望台をあとにした。


 未だ早朝のため辺りは誰も居らず、朝露に濡れ光るアスファルトの上を二人きりで歩く亮と太一。
 そんな朝のなかを手を繋いで歩いていたがふと二十四時間やっている薬局を見つけたのか、ちょっと寄っていい? だなんて聞いてくる亮に太一は、いいけど、何買うんだ? と首を傾げた。


 ウィン、と自動ドアが開き、中からやる気の無さそうな店員のいらっしゃいませという声が静かな店内に響く。

 店内はそこそこに広く、所狭しと商品が並び、しかし亮は通路上の案内パネルを見ては迷うことなく歩いていて、引きずられるよう太一も後を追っていたが、亮が、あった。と足を止めたその場所にびくんと体を揺らしてしまった。


「えっと、アルファ用のは……あった。あーでもXLはこれだけかぁ。太一、ラテックスアレルギーだったりしない? 大丈夫?」

 そう何でもないような口ぶりで話しかけ手にしているモノを見ながら、ポリウレタンは置いてないのかぁ。だなんてぶつくさ言っている亮に、太一は顔を真っ赤にしながら、こいつなんでそんな平然とした顔で聞いてくんの!? と目を丸くした。

 亮が手にしている、モノ。

 それは紛れもなく性行為で使う為のスキン商品、コンドームで。
 オメガであるが見たこともなく、むしろそういう類いのものを避けてきた太一が初めてまじまじと見るその箱の生々しさに口ごもっていれば、そんな太一を見つめた亮が小さく眉を下げながら、

「太一とこうして一緒にいれる未来なんて全然想像してなかったから、俺コンドームとか今持ってなくて。だから一応買っとこうと思ったんだけど、びっくりさせちゃったね。ごめん」

 ……ずっと前に女の子と使ってたのは太一を好きだと自覚した時に全部捨てちゃったし。とは言わず心のなかで留めつつ、

「……なんて、一応とか、嘘。ごめん。ほんとは今すぐにでも太一に触れたい。あ、でも勿論ちゃんと太一の心の準備が出来るまで待つつもりだから! そこは心配しないでね!」

 と最後はあわあわとしながら、襲ったりしないから! まじで! 理性フル稼働させるから! と詰め寄る亮。
 そんな亮に一歩後ずさった太一だったが、しかし自分だとて亮とそういう事をする妄想をしたことがなかった訳ではない。と足を踏ん張り、

「……わ、分かってるから、分かってる。うん」

 なんて亮の気持ちを汲みつつ、と、とりあえずさっさと買って行こうぜ。と促した。

 そのまま二人は足早に会計を済ませ、店員に、あーこいつら今からヤるのかー、てか何その甘酸っぱい空気感。付き合いたてかよ、リア充爆ぜろ。などと思われている事など知らず、店を出た。

 出てみればもう大分陽が高くなっていて、朝の散歩をしている人達がちらほらといる。
 そんな中をお互い何故か気まずい空気で黙ったままそれでも手を繋ぎ、亮の家を目指す二人。

 黙々と言葉も交わさず歩く二人に反して、亮の反対の手に握られているコンドームが入った袋が、ガサガサとやけに音を立てている気がした。




 ◇◆◇◆◇◆



 あれから亮の家でお互いもう着ることのない制服に着替え学校へと向かった二人は、じゃあ、またあとで。なんて名残惜しげに学校へと向かう道もずっと繋いでいた手を離し、互いのクラスへと入った。

 なんだか未だに亮との事が夢だったのでは。とドキドキと胸を高鳴らせたまま太一が教室に入れば、机の上に卒業生である証の胸ポケットに挿す造花が置いてあり、いや、全然いいけど机の上に花ってなんか、駄目だろ。と吹き出しつつ、その花を胸ポケットに挿した太一。


 開け放たれた窓から風がふわりと吹き、白いカーテンを揺らしている。
 黒板には、卒業おめでとう。と書かれた文字。

 それを眺めながら太一は、鳴りを潜めた、けれど穏やかにとくんとくんと鳴る心臓のまま、本当に卒業すんだなぁ。なんて目を細めた。


 窓の外には卒業生の保護者や来賓客で校庭は賑わっていて、先ほど亮と一緒に、なんか変な感じだね。と言いながら潜った校門の横、卒業式と書かれたプレートに列をなして写真を撮っている人達を見つめる。
 亮の両親は海外出張真っ只中で見に行けないからとビデオメッセージを朝一送ってきてくれたらしく、それを学校へと向かう途中聞いた時の亮の照れ臭そうな顔を思い出した太一が、関係が良い方に変わってるようでなんだか俺も嬉しい。と微笑んでいたその時。
 教室の外が騒がしくなり、そしてその喧しい声の持ち主が誰かなんてもう分かりきっている太一は、ぶっと吹き出してしまった。


「でさ、それがもうめちゃくちゃ、って、おお、太一! おはよー! なんかめちゃくちゃ久しぶりな気ぃすんね!」
「太一、おはよ」

 ガラッと教室に入ってきたのはやはり龍之介と優吾で、おー、と太一も手をあげて挨拶をする。

「冬休み、何してた?」
「バイト」
「まじか」
「受験どうだったん?」
「聞かないで」

 そう軽やかに会話を交わし、まるで三ヶ月会っていなかった事など微塵も感じさせず三人が話していれば、教室に担任が入ってきた。


「おいうるせーぞ佐伯。廊下まで声聞こえてんだっつうの。最後の最後まで注意させんな。はいお前らもさっさと席に着け。って、あれ、坂本お前たしか休むって、」
「あー……、まだ大丈夫だったんで来ました」
「そうか。そりゃあ良かったな」

 そう興味なげに、しかし良かったなとさらりと言ってくるこの担任は今までのどの先生よりも太一がオメガだという事に対して何の感情も抱いてはいないようで、普通の生徒と何ら変わらず接してくれる事が、太一にはとても嬉かった。
 それから軽く担任の話があり、体育館に移動する道すがら、そういや俺入学式出てねぇんだった。と思い出した太一は、あとであの桜の木を見に行ってみよう。なんて小さく笑みを浮かべた。


 ぎゅうぎゅうと人が押し込められた体育館。
 その一人一人に自分の人生があると思うとなんだか感慨深く、自分の椅子に座りながらぼうやりと体育館の天井を見上げていれば式は滞りなく進んでいき、校長やら何やらの言葉を聞き流していた太一だったが卒業生代表挨拶にて、小山亘君お願いします。というアナウンスが流れた瞬間ガタッと椅子を揺らし目を見開いてしまった。

 は? と驚きながら壇上を見れば間違いなく亘で、頭が良いとは知っていたがそこまでとは思ってもいなかった太一が龍之介の方をバッと向き、まじで!? と小声で問いただす。
 そうすれば、まじだよウケるよな。なんて龍之介もぷぷぷと笑っていて、いやあいつに挨拶なんて無理だろ。と太一はハラハラしながら亘を見た。

 しかし意外にもすらすらと当たり障りのない事を述べながら呆気なく答辞を終えた亘が頭を下げ壇上を降りていき、ホッと胸を撫で下ろしつつどこか拍子抜けした気分のままでいれば、その答辞を聞いて感動したのか生活指導も担っている体育教官のゴリ(後藤まさのりという名に加え見た目もゴリラみたいなので生徒の間ではひっそりとゴリと呼ばれている)が、こ、こやまぁぁ! 成長したなぁぁ!! なんて咽び泣いていて、それを見て太一は、ははっ!! と声をあげて笑ってしまった。




 そうして在校生の花道をくぐり、無事に卒業式を終えた太一は足早に祝福の声が上がる輪から離れ、あの桜の木へと向かった。


 じゃり、と靴底で砂利が鳴る。
 未だ花をつけずじっと蕾のまま咲くのを今か今かと待っている、桜。
 そのさわさわと風に揺られる木を眺めては、三年前の入学式と同じよう、そっと桜の幹に頭を付けた太一。


 さわさわと髪を撫でていく、穏やかな風。
 鼻を擽る、木々の匂い。
 遠くから聞こえる、雑踏。

 それら全てに浸っていればふいに背後でじゃりっと音がし、太一は顔をあげ、それから表情を弛めた。


「……来ると思ってた」

 そう呟いた太一が見つめる視線の先。

 そこには息を乱しながらも太一を見て笑う亮がいて、しかし出会った時よりも随分と精悍さが増した亮の、在校生やら卒業生やらに囲まれもみくちゃにされたのであろう姿に、太一はふはっと笑い声をあげた。


「髪の毛すごい事になってるし、おせぇよ」
「……はは、これでもめちゃくちゃ急いで掻き分けてきたんだけど」

 そう亮が困ったように笑いながら、太一に近付いていく。
 そんな亮をじっと見つめながら、ぎゅっと抱き締めてくる亮の腰に腕を回し抱き締め返した太一は、すりっと顔を胸元に押し付けた。

 頭上では、桜の葉がわさわさと静かに揺れていた。


「卒業、しちゃったね」
「……だな」
「そういえば太一、見た? 亘の答辞のあとゴリめちゃくちゃ泣いてたよ」
「ぶっ、見た見た。ていうかなんで亘が代表挨拶してたんだよ。そっちもびびったんだけど」
「え、でも入学式の挨拶も亘だったじゃん。まぁ糞みたいな挨拶してその時からゴリに怒鳴られてたけど」
「えっまじか。知らんかった。俺入学式出てねぇし」
「えっなんで」
「なんでって、お前に会ったからじゃん。めちゃくちゃ逃げたの、忘れたのかよ」
「あ、そうだった」

 そう笑う亮の声の振動が体を伝い、ふわりと香る亮の匂いに太一がすりっとまたしても顔を寄せ、すぅ、と深呼吸をする。
 そんな太一の髪の毛を撫ぜながら、好きだよ太一。だなんて亮が優しく言うので、太一は擽ったさに小さく笑い、亮の名を呼んだ。

 ん? と顔をあげる太一を見下ろす、亮。
 その琥珀色の美しい瞳に自分が映っているのが見え、亮の纏う空気がひどく優しくて甘いのをひしひしと感じながら太一はきゅっと唇を噛み締め、そのあとゆっくりと口を開いた。

「亮、」
「ん?」

「俺のうなじ、噛んで」

 そう静かに、しかし決意を滲ませた声で太一が言えば、目を見開いた亮がヒュッと息を飲んだのが分かる。
 そして途端ぶわりと顔を赤らめたかと思うと、え、えっ? なんて戸惑い始める亮に、太一は尚も、

「……今噛まれてもちゃんとした番いにはなれないって分かってるけど、今、噛んでほしい」

 と追撃するかのよう、言葉を続けた。

 発情期の時に性行為をしながらでないと例えアルファがオメガのうなじを噛んでも正式な番い関係は結べず、それを太一は勿論重々承知していながら、それでも、仮番いにはなれるだろ。と微笑む。
 そんな太一に、……ほんとにいいの? と困惑の表情を浮かべた亮。

「ん。お前が嫌じゃなきゃ、噛んでほしい」

 そう言いながらゆるりと制服のボタンを外し、噛みやすいよう太一は首を傾けた。


 母が死んで世界に絶望して、それでも亮と出会った。
 オメガの性を恨んで、それでもそのお陰で亮の優しさを知った。
 魂の番いなんてと否定したけれど、その縁が自分達を繋いでくれた。

 悲しい事、どうしようもない事、苦しい事、怖さ。絶望。

 今までのその全てが今日のためにあるのなら、亮と出逢うために必然だったのなら、その人生すべてを受け入れるから、お前を俺に刻んでくれ。

 そう目を細め、亮。ともう一度亮の名を呼んだ太一。

 さわさわと二人の髪を揺らす風は穏やかで爽やかで、けれどもその晴れた空の下晒された太一の白いうなじが、細い首元がとても扇情的で、ごくり。と亮は唾を飲み込んだ。

「……ほんとに、いいの?」
「いいって。ていうか首いてぇから早くしてほしいんだけど」

 なんてこの期に及んでも可愛くない言い草で、けれどもとても可愛らしい表情で、太一が笑う。
 そんな太一に眉を下げながらふっと笑った亮は、そっと屈んで太一の首筋に顔を埋めた。

 ふわりと太一の甘い匂いが鼻を満たし、どうしようもない欲が身の内で沸くのを感じながら、冷静に、冷静に。と心のなかで必死に唱え、ちゅ、と唇を寄せた亮。

「んっ、」

 唇が触れる感触に小さく声を漏らした太一がびくんと体を震わせ、ぎゅっと目を瞑る。
 ふるふると震え、はぁ、と吐息を溢した太一の様子を伺いながら、ちろ、と舌で首筋を舐める亮に、太一はぞくぞくと背筋を走る刺激に背を反らした。

「ん、ふ、……」

 ぎゅっと唇を噛み締めたが漏れる声は隠せず、はふ、と口元を手で押さえた太一が、

「んん、や、舐めるんじゃなく、て、噛めっ、てぇ……」

 なんてぬるぬるとぬるつく亮の舌先の感触にひくんと身を捩らせながら、抗議する。
 それでも亮はぴちゃりと水音を立たせながら筋をなぞるよう舐めてくるばかりで、ずくんと腰が重くなる感覚に、ひぅ、と声を乱した太一が、それも気持ち良いけど、欲しいのはそれじゃないんだ。と瞳を潤ませ、


「……も、おねがいだから、かんで……」


 と哀願するよう声を震わせた、その時。


 ガリッ。と首筋に歯が当たり、太一は悲鳴のような声をあげ、びくびくと体を震わせた。

「あぁぁっ」

 必死に声を出さぬようとしていたのに抗えぬほどの衝撃が全身を巡り、はっ、と息を乱した太一。

 噛まれた場所がじんじんと熱を持ち、痛いのにそれがとても気持ち良くて、あ、……ん、と堪らず喘ぎ声を散らした太一の後ろ頭を抱き込んだまま亮が赤く血が浮き出た太一の首筋に吸い付き、ちゅ、ちゅ、と唇が触れるたび得も言えぬ快感がぞくぞくと身体中を駆け抜け、目の前がチカチカと瞬いていく。

 ……ただうなじを噛まれただけ。

 ただそれだけなのに暴力的なまでの快楽に溺れそうで、太一が生理的な涙を滲ませながら亮の首にぎゅっと腕を回せば、

「……たいち、」

 と艶っぽい声で、欲情を滲ませた瞳で見つめてくる亮が首筋から顔を離し、そのまま太一へとキスをした。


 ちゅ、と触れ合った唇からも灯るような気持ち良さが駆け抜け、ん、ふ、と隙間から太一は吐息を溢しながらも、もっと、もっと。と亮の体を引き寄せる。

「ん、んむ、りょ、りょう、ふぁ、」
「たいち、ん、たいち」

 お互い必死に抱き合いながら名を呼びあい、離れている体の部分がもどかしい。ときつく抱き締める。
 舌を絡ませているわけでもないのにもう全身はびくびくと震え、とろり。とお尻の奥から愛液が溢れてくるのが分かった太一は、これがアルファとオメガの抗えなさなのか。と思い知らされながらも、それでもその相手が亮なら、なんだっていい。と亮を抱き締めた。


 いつの間にか桜の木に背中を預けさせられ、覆い被さるよう抱き込まれ、逃げ場のない体勢になっている太一だったが拒む事なく自らも亮の首を引き寄せ、小さな喘ぎ声を散らしていく。
 太一の足の間に己の足を捩じ込み、太一の体を持ち上げるよう少しだけ浮かしながら口付ける亮がゆさっと太股を揺らせば、んあっ、と太一が体を跳ねさせ、その開いた唇の隙間に亮は舌を忍ばせた。

 太一の甘い匂いとアルファの特性のせいでぐらぐらと理性が揺れ、こんな誰が来るかも分からない場所で貪るよう太一に覆い被さっている自分が情けないと思いながらも、太一のぬるつく熱い咥内と甘い唾液に、止まらない。と牙を剥くよう舌を絡ませる亮。

「んぁ、ふっ、」

 漏れる太一の甘い声と、舌が絡まる水音。

 好き勝手咥内をなぶり、歯列をなぞっては上顎を舐めあげ、舌先を吸う亮の容赦のない愛撫に太一の口の端からたらりと涎が垂れ、糸を引きながら顎先から地面へと落ちていく。
 飲み込みきれない唾液と初めてのキスに息もままならない。と太一が酸欠に陥っていれば、それを察したのか名残惜しげにしつつも、ちゅ、と口を離した亮。

 もうすっかり蕩けた顔をして亮を焦点の定まらない目で見てくる太一に、

「……太一、可愛い。……ごめん、ごめんね、でも、とまんない」

 と熱い息を溢しながらごめんと謝る亮に、……いい、いいから。と太一が息を乱しながらも涙目で亮を見つめ、もっと。とねだる。
 そんな可愛らしい顔で健気な事を言われてしまえばやはり止まれず、自身の完全に怒張した陰茎を太一のものと擦り合わせるようぐりっと腰を押し付ければ、またしても太一が甘い声を散らした。

 布越しに、ゴリッと擦れる陰茎。
 その熱さと硬い陰茎にごりごりと擦られる感覚に、びくびくと震えながらぽろりと涙を落とした太一。
 きゅん、とお腹の奥が疼き、じわっ……と下着の前も後ろも濡れていくのが分かって、うぅ、と恥ずかしさと気持ち良さに太一が唸ったその時。

「……さっき待つって言ったばかりで情けないけど、ほんとはやっぱり今すぐにでも……抱きたい」

 だなんて耳元で囁いた亮に目を見開き、この熱いものを、と想像した瞬間ビリビリと脳まで痺れる感覚がして、触れてもいないというのに、

「あっ、あぁぁっ、」

 とか細い声をあげて太一は下着の中で吐精してしまい、ビクビクンッと身を震わせた。



「あ、は、っ、ふぁ……、ぁ、」

 溶かすように快楽が脳を占め、息が苦しい。と滲む汗で髪の毛を額に張り付けながら頬を朱に染め荒い息を溢し、とろりと蕩けた表情をしてはふるふると睫毛の先を震わせている太一に、

「……太一、もしかして、イッた……?」

 と亮がなんとか理性を繋ぎ止め問いかければ、ふ、と息を吐きながら小さく恥ずかしそうに頷いた太一。
 それがとても可愛くて、亮は鳩尾にくるような衝動にンンッと喉を鳴らしては、

「か、かわいい、かわいい、かわいい」

 と語彙力全て無くしたかのように太一をぎゅううぅ、と抱き締め、すりすりと頬擦りをする。

「本当に可愛い。大好き。愛してる。本当に好き。……ねぇ、抱きたい。お願い太一、今から俺の家来て」

 なんて懇願し、

「実はこの近くに大学入って一人暮らしするために借りてる部屋があるんだ。まだ何もないけど……」

 と眉を下げながら、……一旦そこに連れ込んでもいい? と太一の掌をとって、チュッと口付けをした亮。
 その言葉と亮の見つめてくる綺麗な琥珀色の瞳にドクドクと心臓を鳴らしては、まだ俺だって全然足りない。と蕾がひくつくのを感じつつ、こくこくと太一が頷いた。


「……ん。連れてって」

 思わず漏れた声は耳を覆いたくなるような甘ったるい声で、それが女みたいで情けない。と太一が恥ずかしさに顔を俯かせていれば、ありがとう。と耳元で囁いた亮がぐっと太一の体を抱き上げ、

「……下着、ぐちゃぐちゃだろうし抱っこするね」

 と言っては突然の浮遊感に驚き目を見開いている太一にちゅっと口付けて、微笑む。
 その顔があんまりにもだらしなくて、それでも愛しくて、子どものように抱っこされている自分にくっそダサいしはずい……。と太一は顔を真っ赤にしながらも亮にしがみつき、……ん。と呟いたのだった。



 そうして亮に抱き抱えられたまま校庭の方へ向かえば喧騒が耳に入り、それに漸く現実に戻った思考で、……あ、あんな場所でなんて事を。と太一がまたしても顔を赤くしていれば、

「あ、亮!もーお前どこ居たの!?ほら見てよこれ! お前にってめちゃくちゃ俺花とか押し付けられてんだけど! もう花に埋もれて圧死するとこだっ、って、え、なんで太一のこと抱っこしてんの!?」

 だなんて首に花輪を沢山付け、両手にも大量の花を抱えていた龍之介が人一倍身長が高い亮を見つけ声を掛けたが、太一を抱えているのを見て、目を見開いた。
 その横には同じように優吾と、来ていたのか明が二人を見て目を丸くしたあとすぐに察したのか含み笑いをし、その三人の表情に太一は、は、恥ずか死ぬ……! と、もう誰に見られようが誰に後ろ指さされようが平気だと思ってたけど友人である奴らにはこんな姿見られたくなかった。と顔を真っ赤にしたが、下着はぐちゃぐちゃできっとそろそろズボンにも染みを作ってしまうだろうと分かっているので降りるに降りれず、

「あ、もしかして太一、具合悪い、」

 と心配しかけた龍之介に、違うから! と慌てて否定したが、じゃあ何故。と見つめられてしまい、……まじでお前がどうにかしろ。と亮の肩に顔を埋め丸投げすれば、

「今ちょっとお前らと喋ってる暇もないからごめん」

 と雑踏を裂くよう、歩きだした亮。
 そんな亮に龍之介だけ、へっ? と呆け、ちょ、待っ、と声を掛けようとしたその瞬間。

 突然校舎の屋上の方から野太い、

「いっ、けぇぇぇぇ!!!!!」

 という掛け声が聞こえ、その場に居た全員はびくっと体を震わせながら、上を見上げた。



 漏れず顔を上げた太一の瞳に、映ったもの。

 それは大量の紙吹雪で、ぎょっと目を見開くその視界の先には屋上に立ち満足げに笑っている亘の姿があって、太一は更に目を瞬かせた。

 ひらりひらりと視界を埋め尽くしていく淡いピンク色の紙吹雪。

 それが舞い踊る桜の花弁のようで、一瞬の静寂のあと、わぁぁと歓声が渦のように校庭に響く。
 その声を独り占めしながら、にししっと歯を見せて笑った亘が、

「卒業おめでとう俺!! アンドその他の卒業生!!」

 だなんて声を張り上げている。

 そんな亘の突然の行動と馬鹿さに呆けていた太一だったが、……ぷっ、と吹き出し、なんだこれ。ともうおかしくておかしくて、声をあげて笑った。



 目の前には、顔をあげ笑っている人々。

 それがまるで美しい幸せな映画のワンシーンのようで、その光景に太一が目を細めていればそんななか龍之介だけがハッとしたように、

「って違う違う、だからなんでお前太一を抱っこしてんの? 遊んでんの? てかこのあとどこ行く?」

 だなんて間抜けな顔で聞いてくる声がし、それに口ごもる太一を他所に、

「あーもううるさいなぁ! どこも行かないしこの状況見ろばか! 俺と太一は今からセックスすんの! 察しろ! だからお前はモテねぇんだよばか!!」

 と亮が口悪く龍之介に噛みつくよう言い返しては、それでも、駄目だ笑っちゃう。と笑った亮が、いやここに居たらもう駄目だ。と、

「太一、走るからしっかり掴まっててね!」

 だなんて言っては走り出す。


 途端、ぐんっ、と動く視界のなかで見たのは呆けたままの龍之介と、腹を抱えて笑っている優吾、そして、公衆の面前だぞもっとオブラートに包め馬鹿者! と眼鏡をクイッとあげながら亮の態度に口を出した明で、堪らず太一はまたしても笑い声をあげた。


 そうこうしている間にもう校門は目前で、遠くの方でゴリが亘の名を叫んでいるのが聞こえる。

 それがもうおかしくてはちゃめちゃで、そして自分だって下着をぐちゃぐちゃにしながら亮に抱っこされているという今が物凄く滑稽だと、三年前の自分では想像すらしていなかった現実に、……あーもう、人生ってほんと何があるかわかんねぇなぁ。なんて太一はずっと笑い続けた。

 それは本当に弾けるような心からの笑顔で、そんな太一を見て感極まったのか、ぎゅっと太一を抱き締めた亮が、

「……太一、大好きだよ!」

 だなんて走りながら叫ぶよう言ったので、太一もぎゅっとしがみついては、

「俺も、……俺も、世界一お前が大好きだ!」

 と叫び返し、泣いてしまいそうで空を見上げた。

 太一の瞳に映った青空には未だ紙吹雪が舞い上がっていて、それがとてもとても綺麗で、きっと今世界で一番俺が幸せだ。と太一は堪らずぽろりと涙を溢しながらも、父と母が見てくれているだろう空を満面の笑顔のまま見つめ続ける。


 目に焼き付くような青空。
 遠くで笑い声が聞こえる。
 頬を撫でる風は優しく、抱き締めてくれている腕は温かい。

 それら全てを、今日という日を、きっとずっと一生忘れない。と太一は、亮をきつくきつく抱き締めた。

 もう何も怖くないと思った、そんな晴れやかなとても美しい、朝だった。



(完)






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