斎藤さんに送ってもらい、へろへろな体をなんとか動かしやっと物置小屋の薄い煎餅布団に倒れ込んだ太一は、もう完全に発情期になってしまった体を必死に抑え込みながら、……ほんとに、何一つ思い出作れねぇなぁ。なんて朦朧とする意識のなかそう唸ったが、いや、体育祭はあったか。と壁に掛けてある亮から貰ったメダルを眺めた。
 それがやけに眩しくて目を逸らしつつ、

 ……それでも高校を卒業する前に亮との思い出を、少しでも作りたかったのに。

 だなんてぐだぐだ悔やんでも意味のない事を考えては奥歯を噛み締めた太一だったが、体はもう熱くて熱くて、じくじくと疼く下半身に足を必死に閉じては極力何も考えないようにしないと。と深呼吸をし、けれどもちらつく亮の顔や先ほど触れた体温を反芻してしまい、……くそっ、と呟き枕に顔を埋めた。

 このおぞましい熱をどうにかしたくて一瞬薬が入っているポーチに手を伸ばしかけたが、当分発情期の時も薬を飲むのは禁止だと医者に言われており、そして何より亮のあの泣きそうな顔を思い出して歯を食い縛りながら耐える太一は、それでもなぜ最近症状が悪化したのかも、そしてなぜ早く発情期が来たのかの理由も分かっていて、どうしようもないほど諦め悪く燻らせている恋心がコントロールを失わせている。と熱い息を吐きながら、くそっ、くそっ。と心のなかで悪態を吐いた。


 ……人を、亮を好きになっただけ。


 それだけでこんなにも苦しく馬鹿みたいに呆気なく自分の意思に反して火照る体が浅ましく気持ち悪くて、必死に保っていた心が砕けそうだ。と太一は熱に犯されながら何度も何度も、このどうしようもない状況に血が垂れるほど唇を噛み締め、やはり罪悪感と良く分からない感情に苛まれながら眠れぬ夜を過ごした。





 それから日は経ち、五日目の朝。
 ……ピチチ。と窓の外から聞こえる鳥の声に目を覚ました太一は、気を失うよう眠っていたらしい。とガンガン痛む頭のままむくりと上体を起こし、それからようやくなんとか落ち着いてきた体にほっと胸を撫で下ろした。

 窓から差し込む朝日が眩しくて綺麗で、木漏れ日が枕元まで差し込んできては埃をキラキラと硝子のように浮かび上がらせているその美しい光景を見つめた太一が、目を細める。
 しかしそれに反するようどこもかしこも精液や汗でどろどろになっている自分の体がひどく汚くて、噛み締めすぎてボロボロになっている唇をもう一度噛み締め、それからこれまた握り締め過ぎて爪が食い込み血が滲む掌を握った太一。
 どちらもじくじくと痛んだが性欲が薄れる事の方がありがたく、暫く何も考えたくない。と太一はただただぼうやりと窓の景色を眺めていた。



 しかしそれから暫くして、……鞄学校に置き忘れてきたままだ。やら、どっちのバイト先にも電話すらしてねぇな。と思い出し、本屋はなんとか大丈夫かもしれないけれどもう新聞配達の方はクビかな。と自嘲気味に笑った太一は、やっぱり俺の人生なんてこんな風に願った事すらも現実にぶっ飛ばされながら終わるんだろうなぁ。なんて思いながら諦めたよう目を伏せ、……とりあえず風呂に入ろう。と物置小屋から抜け出した。


 外はもうすっかり明るく、けれども肌を刺す冷たい風が吹いていて、わさわさと枯れ木を揺らしている。
 それを眺め、……もうあっという間に新年になるな。と足元の砂利道へと視線を落とした太一は母屋へと続く勝手口を開き、バレないよう慎重に家のなかを歩き風呂へと向かった。



 もくもくと曇る浴室に、ザァァとシャワーの音が響いている。
 温かなお湯を頭からかぶり、表面だけでも綺麗になってゆく体に安堵の息を吐いた太一は髪の毛や体を洗い、排水溝に渦を巻きながら流れてゆく泡を訳もなく眺めていた。



 そしてようやく少しさっぱりしたと髪の毛をガシガシ拭いながらそっと母屋から出て物置小屋へと戻ったが、ガラリと扉を開けた瞬間太一はヒュッと息を飲んだ。

 一気に汗がぶわりと背中に浮き、な、なんでこいつがここに。と脳が処理しきれず呆けたまま見つめる太一の瞳に映るのはこちらに背を向け部屋のなかで立っている淳の姿で、その背がなぜかひどく怖く思わず後ずさった太一に気付いたのか、くるりと淳が振り向いた。


 その瞳は相変わらず太一を侮蔑するように揺らいでいたが、それでも欲に濡れた気持ち悪い色を灯していて、ヒッと体を強張らせた太一。
 しかしすぐさまハッとしとりあえずなんかヤバい。と逃げるため踵を返したがそれよりも速く後ろから伸びてきた淳の手が太一の腕を掴み、思い切り後ろへと引かれ、太一は呆気なく乱暴に床へと押し倒されてしまった。


 ガタガタッ! と激しく鳴る床音。
 荒い息が部屋に響いている。

 にやけ見下ろす瞳が気持ち悪く、

「なに、すんだ!! やめろ! はなせよ!!」

 と必死に抵抗し声を荒げた太一だったが、どれだけもがこうと体格差は歴然で、しかもマウントを取られているせいで上手く抵抗出来ずに、ガツンッ。と振り上げられた拳で顔面を殴られ思わず痛さに顔を歪めてしまった。


 ぼわん、と熱くなる頬。
 唇の端も切れてしまったのか、血の味がする。


「暴れんなよ糞ガキ! やっと部屋の鍵閉め忘れたなぁ!」

 酷く興奮した様子でそう笑う淳の瞳は完全に狂っていて、

「それに今はうるせぇ糞ババァも出掛けてていねぇし好都合だったわ。ガキの頃からメスの匂いプンプンさせやがって。セックスするくらいしか意味ねぇ劣等の癖にそのくせ一丁前に反抗的な目ぇしやがってよぉ! いつかぜってぇブチ犯してやろうと思ってたんだよ!!」

 なんてギャハハと淳が下品な声で笑う。
 その言葉に、ふざけんな。と唇を噛み締めた太一だったが、劣等という言葉がやけに胸に沈み、殴られた頬よりもズキズキと痛み出した気がして、目を伏せた。


「お前だって部屋中こんなメス臭い匂いプンプンさせてんだからまだ溜まってんだろ? なぁ? オメガなんて誰でもいいからチンポぶちこんで欲しくてたまんねぇアバズレのくせに、お高くとまってんじゃねぇぞ」

 そう言いながら、太一の頭をガッと掴み床に押し付け、

「言っとくけど抵抗したりババァ達にチクったりしたら即この家から追い出すからな。高校にだってお前のあることないこと噂流して居られなくさせてやる。まぁでも俺だって抵抗さえされなければそんな事はしたくねぇよ。お前だって高校くらい無事に卒業してぇだろうしな。だから何がお互い一番良いか、もう低俗で猿みてぇなオメガにだって分かってるよな?」

 なんて蔑み笑う淳。
 その言葉に太一は目の前が暗くなっていく気がし、そしてどこか現実味がなく、ふっと力を抜いた。



 ……なんだこれ。
 ……ああ、目眩がする。
 俺がお前にそこまで言われるような何かをしたかよ。

 ……いや、もういいか。

 なんか、考える事すら、もう、疲れた……。


 そう呆然と今まで張り詰めさせていた糸が切れるようくたりと沈んだ太一は、必死に真っ当に生きようと足掻いてみてもどうせきっとこの先も自分の人生はこうなんだろう。と目を閉じた。

 それにここでヤられようが何されようが、死ぬわけじゃない。
 ベータのこいつにヤられようが、別に何が変わる訳でもない。
 ましてや俺は女でもねぇし、ただ数時間ひたすら我慢して終わるなら、無駄な抵抗するより良いかもな……。

 なんて諦めたよう項垂れた太一がもう抵抗しないと踏んだのかニヤリと笑った淳は太一の顔を股で挟むよう馬乗りになりガチャガチャとベルトを外して既に勃起している自身を取り出しては、

「その生意気な顔にかけてやる」

 と言ったかと思うと、目の前で扱き始めた。


 ぐちぐち。と響くぬるついた音。
 耳にこびりつく気持ち悪い吐息。
 自分を見下ろす侮蔑を含んだ瞳。


 そんな生々しすぎる姿に、もう何をされてもいいと自暴自棄になっていた太一だったが、初めて見る他人の性器の気持ち悪さに堪らず吐きそうになり口元を抑え、ヒュッと喉を鳴らした。

 自分を馬鹿にしたよう見下ろす淳の瞳にそれでもありありと欲情が浮かんでいるのが分かり、汚ならしいと蔑みながらも興奮している淳のその思考がきっと世の中がオメガに対する評価そのものなのだとやはり思い知らされた太一が、気持ち悪さにカタカタと体を震わせる。

 ……狂ってる。

 オメガには何をしても、何をやっても許されると傷付けて楽しんで、それでも人権を踏みにじる事すらオメガだというだけで正当化される事が、当たり前なのか。

 そう絶望し吐きそうになっている太一の姿にすら興奮するのか、ハァハァと息を乱した淳は馬乗りになっていた太一の顔面から性急に立ち上がり、太一の顔目掛け数回扱いただけで呆気なく陰茎から精液を吐き出した。


 ぱたた。と太一の顔や髪の毛に垂れ落ちる白濁。

 独特なイカ臭さが辺りに充満していて、自分を見下す淳の狂った顔や、その部屋の異様な空気にとうとう我慢出来ず、

「……ヴッ、ゲボッ、ウェェッ、げほげほっ、」

 と吐いてしまった太一がヒュッヒュッと喉を鳴らし、過呼吸になりかける。
 しかしそんな太一が面白いのか、

「うわっ、吐きやがった! まじで汚ねぇなこのゴミクズが!! お前みたいなオメガ、生きてる意味ねぇよ!! 死ね!!」

 なんて太一の顔を足で踏み潰す淳。

 ガスッガスッと顔を踏み潰され、それでもなんだか痛みはもう感じず、……これが死にたいって気分なんだろうな。と太一はどこか他人事のように感じていた。

 精液とゲロにまみれ虚ろな目をしたまま蹴られ続ける太一はふと、……どこか、ここじゃないどこか遠くへ行けたら。なんてこの人生から逃げられるわけもない事をぼうやり考えたが、無抵抗なままの太一がやはり大層おかしいのか、淳はヒャハハッと興奮した様子で笑っているだけだった。


 罵声を浴びせ、狂ったよう笑う淳がもう一度太一の顔を踏み潰そうと足を下ろした、その瞬間。


「お前が死ねよ」

 そう後ろから声が聞こえ、は? と淳が振り向くよりも早く後ろからガッと伸びてきた大きな掌が淳の顔を鷲掴み、物凄い力でぐっと引っ張った。



 ドンッ! とその場に居る太一に衝撃が走るほど床に叩きつけられた淳が、呻き声をあげる。
 そんな淳をまるで子どものようになぎ倒したのは、入り口に立ったまま無表情で淳をまるで虫けらを見るような瞳で見つめている亮で、呆気に取られる太一を他所に亮は淳に近付いていく。
 そしてそのまま淳の腕を取り少し体を浮かせたあと一発腹に蹴りをぶちこみ、顔を両手で掴んではまたしても膝蹴りを入れた亮。
 骨が折れる嫌な音が響き、それから断末魔のような叫びを上げながら踞った淳の顔面からはボタボタと血が滴り、その血と共に前歯が二本ぼとりと床に落ちていった。

 しかし亮はそれでもやめることなくそのまま踞った淳の腹に足をくぐらせ蹴り上げていて、突然の出来事に未だ呆けケホケホと咳き込む太一が、なぜ、亮がここに。と眉間に皺を寄せたが、痛みに悶絶する淳を無表情で見下ろす亮の普段とはまるで違う姿に身をゾクッと震わせた瞬間、

「誰だよお前。何してんの」

 と吐き捨てた亮が、突然不意打ちを食らい殴られ、しかし圧倒的な力の差に鼻血やら口からの血やらで血まみれになりながら恐怖で泣きじゃくっている淳の目の前に腰を下ろす。
 だが淳はやはり突然の攻撃ときっと人生で初めてだろう痛みに呻くだけで、そんな淳にチッと舌打ちしたかと思うと、

「質問に答えろって」

 と髪の毛をガシッと掴み顔を上にあげさせ、亮は顔面に一発拳を入れた。
 ゴリッと拳が頬骨に当たる嫌な音が辺りに響き、淳が悲鳴をあげ、その口からまたしても血がぼたぼたと床へ落ちていく。

「なぁ、聞いてる?」

 それでも亮は容赦なく質問に答えろともう一度拳を顔面に撃ち込むばかりで、淳はヒィッと怯えながら、

「ずみ、ずみまぜ!!ずみまぜん!!ずみまぜん!! ヒュッヒュッ、ころ、ころざないでくだざい!! ずみまぜん!!」

 と恐怖と痛みで呂律が回らない口を必死に動かし、初めて会った亮にそれでも情けなく命乞いをした。

 しかしそんな言葉が聞きたいんじゃないんだよ。ともう一度亮が拳を振り上げたのが見えて、その姿に突然目の前に広がった地獄絵図かのような景色に呆けていた太一がようやくハッとし、慌てて亮の腕へと飛び付いた。


「っ、なに、やってんだよ、りょう!! これ以上したらこいつ死ぬだろうが!!」

 そう必死に亮の腕をギュッと握り太一が声を裏返させながらも叫べば、ピタリと動きを止めつつ、

「なんで庇うの? 死んだ方がいいよ、こんな奴」

 だなんて真顔で返され、太一はその亮の底知れぬ闇にビクッと身を震わせたが、

「……こいつなんかのせいでお前を殺人犯にはしたくないからだよばか!!」

 と亮の顔をビタンッと両手で挟み叩けば、一度ぱちくりと瞬きをしたあと、それから普段の顔でふにゃりと亮が笑った。


「大丈夫大丈夫。こんくらいで人は死なないから」

 そう言いながら立ち上がり、太一の手を取った亮。
 それに釣られるよう立ち上がった太一を見ては心配そうに頬に手を伸ばし、太一の髪の毛や顔に付いたゲロや精液を制服の袖が汚れるのもお構いなしに拭った亮は踞っている淳をちらりと見たあとガッと肩を足で蹴り仰向けにさせ、

「また太一に手を出そうとしたり、太一に危害を加えようとしたら今度は本当に殺す。あと別に俺に暴行されたって警察に言ってもいいけど社会的に死ぬのはお前だと思うよ」

 なんて吐き捨て、もう眼中にないとばかりに踞り痛い痛いと泣く淳を無視し太一の腕を取って外へと出た。



 それから亮は、学校に行く時の通り道だしもう多分発情期終わってる頃だろうから少しだけ近付いても大丈夫だろう。だなんて思いで持ってきた太一の鞄が先ほど自分が放り投げたまま玄関の隅にあるのを目の端で捉えつつ、少しだけ様子を見ようと家の側に寄っていて良かった。物音に心配して物置小屋まで見に来てみてほんとに良かった。と胸を撫で下ろし、いや全然良くないけど。と、発情期で苦しんでいるのかと思いきや襲われている場面に出くわすとは。なんて深い息を吐き、

「……大丈夫、じゃ、ないよね」

 と太一と視線を合わせ心配げに顔を覗き込んだが、心ここに在らず。といった表情のまま、それでも、

「へ? あ、あぁ、大丈夫だっつうの。あんなんかすり傷みたいなもんだし。てかなんでお前いんの、びっくりした。でもありがとな。あ、あいつ、あの家の息子で淳っていうんだけど、」

 だなんて笑いごしごし自分の顔を服の袖口で拭った太一がそれどころか、ていうかなんかむしろ変なとこ見せてごめん。なんて謝ってくるので、亮はそんな痛々しい姿の太一を見下ろし、……くそっ、俺が泣きそう。と目を伏せたあと、

「無理して喋らなくていい。斎藤さん呼ぶより歩く方が早いから、歩くね。とりあえず俺の家に行こう」

 と太一の手を取り、ぎゅっと力強く握っては歩きだした。



 季節はもう真冬で、真っ青な美しい空の下冷たい風が吹いている。

 そんな朝の澄んだ空気のなか精液やらなんやらでひどく汚れている自分と手を繋ぎ歩き出す亮に、い、いや、俺ほんとに別に平気だし、ていうか誰かに見られたらお前の評判が、と慌てて太一が腕を引いたが亮は頑として離してくれず、……現金すぎんだろ俺。なんて太一は亮と手を繋いでいるという現実に一瞬ドキドキと胸をときめかせたが、それでもすぐボロ雑巾みたいになっているだろう自分が恥ずかしくて情けなくて、……俺みたいな奴が亮を好きになる事自体おこがましいよな……と目を伏せたまま、しかし自分から手を離す事がとうとう出来ず、大人しく亮の後をついていった。






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