太一と亮が互いの事を少しだけ語り、それからクラス替えの表を見に行ってなんともまぁ凄い確率だとは思ったが全員が同じクラスになっていたと知り盛大に笑った日から、季節は早いもので、もう六月になっていた。

 中間テストの結果が散々だった龍之介と優吾は放課後補習があると教師に別教室に連れていかれ、亘はなぜか部員でもないのに生物部の奴らのなかに混じって中庭の木を観察するからと一人消えていってしまい、放課後珍しく亮と二人になった太一は、今日はバイトない日でしょ? だったら一緒にどっか遊びに行こうよ。と亮に誘われるがまま、ゲームセンターへと来ていた。


 ガヤガヤとやかましい店内に眉間に皺を寄せつつ、キョロキョロと辺りを見回した太一が、

「俺、ゲームセンター初めて来た」

 と亮に言ったが、隣に居ても煩い店内のせいで上手く声が聞こえなかったのか、身を屈めて太一に何? と耳を寄せる亮。
 その亮の耳に聞こえるよう、悔しくも伸びをして手でより聞こえるようにと口を囲いながら、

「初めて来たって言ったの!」

 と太一が叫べば、いや鼓膜いった! と亮がビクンッと体を震わせ、それに太一がゲラゲラと笑い、もー、なに。なんて亮も笑った。


 それから初めてのカーレースゲームをしてボロクソに負けたり、リズムゲームでは初めてだというのに意外にもあったらしい音感力で圧倒的に勝ったりとはしゃいだ太一は、クレーンゲームしよう。と亮に腕を引かれ、大きなガラスケースの中に並ぶ黒猫のぬいぐるみの前へと連れていかれた。

 チャリン。とお金を入れ、真剣な眼差しで操作をしている亮の横顔とそのぬいぐるみとを見ながら、太一も食い入るようにクレーンを見る。
 ゆらゆらと揺れながら動くクレーンが絶妙な位置で止まり、それから下がってはぬいぐるみを挟み持ち上げたのを見て、太一は自分の事のように、おおぉ! と声をあげた。

 ポスン、と綺麗に取り出し口に落ちた猫のぬいぐるみを取り出した亮に、

「すげーな、お前なんでもできるやん」

 なんて太一が笑えば、さっきリズムゲームでボロクソに俺を打ち負かしたくせに何いってんの。てか何も出来ないよ俺。と笑いつつ、

「はい。あげる」

 なんて太一にその猫のぬいぐるみを差し出してきた亮。


「え?」
「これ、太一みたいじゃない?」

 無理やり太一の手にぬいぐるみを押し付け、一回持ってみて。なんて笑う亮に困惑しながら、似てねぇだろ。なんて思いつつ胸元でぎゅっとふわふわのぬいぐるみを抱き締める太一。
 そんな、満更でもない。というような太一の小さい子めいた仕草に、ははっ。似合う似合う。可愛い。なんて亮が口を開け笑い、太一はそのありがたく貰ったぬいぐるみで、バカにしてんだろ。とぶん殴った。


 それからうろうろと店内を見て回る亮の後ろを、未だにぎゅうっとぬいぐるみを抱えたままついていきながら、……なにかしらいっつも貰ってんなぁ……。なんて思った太一は、ふわふわの猫の頭に顔を押し付けつつ、うーん。と唸った。


 そうして、そろそろご飯食べよっか。と夜ご飯を食べていた時に、何の気なしにという体を装って、

「亮さ、なんか欲しいもんとかある?」

 と太一が聞けば、フォークとスプーンを器用に使いパスタをくるくると巻いていた亮が、欲しいもの? と首を傾げた。

「いきなりどうしたの?」
「いや、べつに」
「……ふーん。欲しいものかぁ……」
「あっ、たっけぇやつは無理な。千円以内ぐらいのやつで」
「……うーん、なんだろう……」
「消しゴムとか、シャーペンとか、ノートとか、あんだろいろいろ」

 そう実に学生らしいアイテムを並べる太一に、普段色んな人から高価な物を貰う亮は、それでも全然そっちの方が嬉しいな。と表情を弛める。
 それからずずい、と顔を前に出し向かいに座っている太一に近付いては、

「じゃあ、物は要らないからさ、今度の日曜日たまには皆でじゃなくて二人でどっかに遊びに行こうよ」

 なんて満面の笑みを見せた。


「はぁ? いや、別にそれはいいけど、じゃなくて物だよ物。物聞いてんの俺は」
「……え?」
「千円以内な」
「……あれ、ちょっと待って、もしかして俺勘違いしてた?」
「は? なにを?」

 そう太一が首を傾げつつハンバーグをがぶりと食べていれば、珍しく本当に照れた様子で顔を掌で隠した亮が、

「……俺の誕生日祝ってくれるもんだとてっきり……、待って、めちゃくちゃハズい勘違いした……」

 なんて呟いたので、太一は目を見開き、は? と開いた口からぼとっとハンバーグを落としてしまった。


「え、りょ、りょうお前、」
「っ、ごめん、なんも言わないで今。めちゃくちゃ恥ずかしい」
「いや、じゃなくて、もしかして誕生日近いのか?」
「うわ、誕生日自体知られてなかった……」
「あ、ごめん……。で、誕生日いつ」
「……いやいい、忘れて……」

 未だハズいハズいと呟いては顔を覆っている亮に太一が身をのりだし、その手をがばりと掴みながら、

「いつ」

 と凄む。
 そんな太一から視線を逸らし、……日曜日。と呟いた亮。

「え、日曜って……」
「……うん。物聞いてくるから太一が祝ってくれようとしてるのかなと思って、だから物よりも一緒に遊んでくれる方が嬉しいなぁと思ったんだけど、ってヤバい、言っててめちゃくちゃハズ過ぎる……」

 そう言いながら照れている亮に、太一はすとん、と自分の席に座り、そ、それで日曜日遊ぼうなんて言ったんか……。と顔を赤くさせた。


「……い、言えよ、そういうことは、先に……」
「自分から誕生日だから祝ってよって言う訳ないじゃん。ていうか誕生日知らないんだったらなんで欲しいものとか聞いてきたの」
「……別に、」
「うん?」
「……いや、ほんと意味はなかったんだけど、ただ、いつものお礼に、なんか俺からもあげたくなっただけっていうか……」

 ぽつりと呟いて今度は太一が顔を逸らし、口を尖らせる。
 そんな耳まで赤くなっている太一に、え、と声を漏らした亮は、それからにやけてしまいそうな口元を隠しながら、お礼とかいいのに。ただ俺が勝手にしたくてやってるんだから。なんて笑った。


「じゃあやっぱり、日曜日付き合ってよ」
「……だから、それはいいけど、そんなんでいいのかよ」
「うん。それが嬉しい」
「……ん、じゃ、じゃあ、日曜日な」
「え、ほんと? やったー!」

 くしゃりと顔を破顔させ、今度こそ素直に喜ぶ亮の無邪気な笑顔に太一もふっと笑い、それから、誕生日なんだからやっぱなんかあげたいよな……。なんて考えては、落としたハンバーグをもう一度口に突っ込んだ。

 その帰り道、いつかのあの日のように外に出ればいつの間にか雨が降りだしていて、太一と亮はあの日のように亮の傘で一緒に家路を歩き、亮はあげた猫のぬいぐるみを濡れないようにと胸に抱き抱えている太一を見ては、やっぱそっくり。と微笑んだのだった。





 そうして迎えた、日曜日。

 けれども太一は薄い煎餅布団の上でハァハァと息を乱し、嘘だろ……。と熱に浮かされ火照る体のまま、唇を噛み締めていた。

 なんでこんな時に……。そう思っても発情期になってしまってはもうどうすることもできないので、太一は水を口から溢しながらも薬を飲み、震える指で携帯を握っては、どうしようもない熱に脳まで犯されぐちゃぐちゃになりそうな思考を叱咤し、
【ごめん、発情期になった】
 とだけを書いたメールを送って、布団の上にくたりと沈んだ。
 視界は生理的に流れる涙でじわりと滲み、歪んでゆく。
 それでもとても楽しそうに笑っていた亮の顔を瞼の裏で思い出しては、小さく、くそっ……と呟き、ぎゅっと縮こまるよう体を抱いた太一。
 そうしてくらくらとする意識のなか、ピロン。と携帯が鳴り、
【分かった。気にしないでね】
 という返事を見た太一は携帯をぎゅっと握り締めた。

 その瞬間突然物置小屋の屋根を激しく打ち付ける雨の音が聞こえ、まるで俺の心みたいだ。なんて馬鹿らしい事を考えながら、

「……ごめんっ、りょう……」

 と一人きりの部屋のなか呟いた。

 雨は、その日一日中降り続いていた。




 ◇◆◇◆◇◆



 亮の誕生日にドタキャンし、それから一週間物置小屋に籠っていた太一は、発情期が終わりようやく学校へ行ける。と逸る気持ちを抱えながら学校へと向かった。
 ガラッと扉を開ければ教室にはまだまだ時間があるというのにもう亮が居て、おはよう太一。なんていつものように笑う亮に、なんでこんな早いんだよお前。と思いつつも太一はぐしゃりと唇の端を歪めながら、開口一番、……ごめん、と謝った。
 そんな太一に、ん? と一瞬首を傾げ、それから、ああ、という顔をしたあと、

「謝る事じゃないよ。それより体、大丈夫?」

 なんて席を立ち入り口に突っ立ったままの太一に近付いては顔を覗き込む亮。
 その瞳がひどく優しくて、太一は下唇を噛み締めながら、ん。と呟き、それから慌てて鞄の中から綺麗に包装された細長い物を取り出しては、

「これ……。遅くなったけど、誕生日おめでと。それと、いつもほんとありがとな」

 なんて眉を下げ笑った。
 その笑顔にヒュッと息を飲み、それから、

「ありがとう……」

 なんて嬉しそうに、本当に嬉しそうに、亮が笑う。
 その後ろでは教室のカーテンが風で揺れ、その瞬間朝の空を切り取ったかのようにふわりと浮かぶその美しい景色を背に、開けて良い? なんて言ってはさっそく袋から取り出し目を伏せ太一からのプレゼントを嬉しそうに見ている亮に太一はなぜかドキドキと胸をときめかせ、それを誤魔化すよう、

「こ、これ、バイトしてる本屋で売ってるタコが出来ないシャーペン。まぁ、そんな高いやつじゃねぇけど……」

 なんて呟けば、

「凄く嬉しい。ほんとに嬉しい。ありがとう」

 と未だ穏やかに亮が微笑むので、なんだか慈しむような優しさが滲むその瞳に太一はやはり胸をドギマギとさせてしまった。

 けれどもにこにことシャーペンをかざしたり握ったりしては、おぉ〜。なんて感動している亮に、いや、初めて玩具をもらった子どもかよ。と吹き出した太一が、

「それと、この間の事なんだけど」

 なんてドタキャンしてしまった遊びの件について話そうとしたが、


「おはよ〜。なに二人して入り口に突っ立ってんの? ていうか太一風邪もう大丈夫?」

 と後ろからやってきた優吾が声を掛けてきたので、うん、もう大丈夫。だなんて太一は返事をし、それからまた亮へと向き直ったのだが、亮はシーッと優吾に気付かれないよう唇に手を当てては、

「なんでもないよ。教室入ろう」

 なんて話しは終わりだと教室のなかへと入っていってしまい、太一は、ん? と首を傾げながらも、まぁ後ででいいか。なんて自分の席へと向かい、教科書を鞄から出していった。
 そんな時ブブッとポケットに入れていた携帯が震え、メール一件。と記された携帯を開いてみればそれは亮からで、は? と自分よりも斜め前の席の亮を見たが前を向いていてどういうつもりか分からず、太一は訝しげにそのメールを開いた。

【 今度、二人で出掛けようね。土曜日か日曜日に休みがあったら教えて 】

 そう書かれたメールに、いやこの距離だし直接口で言えばいいやん。なんて思いつつもなぜだか気恥ずかしく、ガヤガヤと煩くなりだした教室のその喧騒を聞きながら文面をそっと見下ろした太一は一度すりっと文字を指で撫で、

【 分かった。 】

 とだけ、返事をした。






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