「おはよー!」

 朝っぱらからそう声高々に挨拶をしてくる龍之介に、おはよ。と返事をした太一が席に付けば、すん、と鼻を鳴らした龍之介が、

「あれ、なんか亮の匂いする」

 などと言ったので、太一はギクッと身を揺らした。



 亮と和解(?)した昨夜、案の定ブレザーは乾かず、昨日の今日で虫が良すぎるかな。と思いつつも亮のカーディガンを着てきた太一は、自分自身慣れない亮の匂いに登校している時から妙にドキマギとしてしまい、そして更に龍之介に指摘され顔を赤くしてしまった。

「……亮から借りた」

 そうボソッと呟き、しかしもうこれ以上深く突っ込まないでくれと言わんばかりに鞄から教科書を取り出していく太一に、

「え、いつの間に仲良くなったんだよ!?」

 なんてまるきり通用しない龍之介が目を見開き問いかけてくる。

「いや、仲良くっていうか、」
「いやいやいや、亮のカーディガン着といて仲良くなってないはないでしょどう考えても」

 馬鹿のくせにこういう返しだけは速い龍之介に笑われてしまい、太一が気恥ずかしさに唇を噛み締めた頃。
 ようやくホームルームの鐘が鳴り、太一は助かった! と表情を明るくさせ、自分の席へ戻れと強引に龍之介の腕を引いた。

 それからぶーぶーと文句を垂れる龍之介を席に座らせ自身の席へと戻った太一は、先ほど龍之介を掴んだ自分の掌をぼうやりと見つめた。

 ……やっぱり、龍之介に触ってもなんともねぇなぁ。

 なんて心のなかで呟いた太一は、アルファである龍之介に触れてもドキドキも反応もしない事に、やはり魂の番いというものの強さを改めて再認識し、……魂の番いじゃなかったらもっと早く亮と友達になれたのかもしれねぇのに。なんて勿体なく思いながら、机の上で腕を組み突っ伏した。
 そうすればカーディガンから香る亮の匂いが一気に鼻腔に広がり、爽やかで、でもどこか色気のある亮の匂いにドキドキと胸が高鳴ってしまって、匂いだけでこんな……。とギュッと目を閉じた太一はくらりと目眩がしてしまいそうになりながらも、早く慣れますように。と誰に言うでも、誰に願うでもなく心のなかで呟いたのだった。



 そうして慣れない亮の匂いにドキマギしたまま午前の授業が終わり、よっしゃ昼飯じゃんけんだ! と集まった龍之介と優吾に太一もしばし普通に戻り、皆が購買に向かっているのを見ては焦りつつ今日も今日とてじゃんけんで昼飯調達担当を決めていたのだが、

「なんのじゃんけんしてんの?」

 なんてふらっとやってきた亮が声を掛けてきたので太一は反射的にびくっと体を揺らしながら亮を見た。

 ガヤガヤと煩い教室内が亮が来たことによって更に色めき立ち、それでもその音すら遠退いてしまいそうなほど未だに緊張しながら、でもちゃんと向き合うって決めただろ。と自身を奮い立たせる太一。
 そんな太一の頑張りをちゃんと分かってるよと言わんばかりに亮が微笑むので、太一もぎこちない顔で微笑み返した。


「おー、亮」
「今ね、昼飯じゃんけんしてんの」

 龍之介と優吾が質問に答えれば、昼飯じゃんけん? と首を傾げたあと、お前らいつもそんな事してたの。と亮が笑う。

「ちょうどいいところに来たな亮! 乗り掛かった船という事でお前も強制参加な!」
「はぁ? なんで俺も、」
「うるさーい! さいしょはグーー!じゃんけんポイ!!」

 龍之介の独断によって急遽始まった亮を含めたじゃんけん大会が開催され、亮もさすが龍之介の友人と言うべきか瞬時に拳を前に出して、じゃんけんに参加する。


 一瞬の沈黙。

 そして、

「よっしゃぁぁぁ!!!!」
「うおおぉぉぉ!!!」

 と手を振り上げたのはグーのポーズのまま喜ぶ龍之介と優吾で、太一と亮はチョキを出したまま黙り込んだ。

「じゃあ太一と亮が買い出しで! ウェーイ宜しくうぅ!」
「あざーすあざーす!!」

 綺麗に二分した事でノリノリでウェイウェイする龍之介と優吾に、ウザすぎる!! と亮が珍しく声を荒げる。

「まぁまぁまぁ、お前らもう仲良しになったんだろ? じゃあいいじゃん。激しいパン争奪戦でより親睦深めてきちゃえばいいじゃん」

 そうニヤニヤと楽しげに笑う龍之介に、今まで太一が亮のカーディガンを着ていた事に気付いていなかった優吾が、あ、そうなの? とすっとんきょうな声をあげ、そんな優吾に、じゃなかったら亮も参加せぇなんて言わんわ。まぁ仲悪い二人に行かすってのもおもろいけど。と龍之介が何気に二人の仲を気にかけ配慮していた発言をし、それに改めて気を遣わせていたと知った太一が申し訳なさにごめんと言いかけたその時、

「はいはい、行けばいいんでしょ行けば」

 なんて亮が、何買ってくんの? と話題を変えた。


「俺焼きそばパンとカツサンドとハンバーガー二個と〜、」
「俺はピザパンとカレーパンとカツサンドとチョココロネと、」
「待って、一気に言わないで? しかも多すぎ」

 馬鹿食うじゃん。なんて笑う亮に、育ち盛りナメんな!ナメんな! と何故かオラオラなヤンキーのように顎をしゃくらせ威嚇している龍之介と優吾。
 そんな馬鹿みたいなやり取りに太一がつられて笑えば、それを横目で見た亮もふっと笑った。



 そうして買い出しにと廊下を歩きながら、二人いんだから飲み物も買ってきてちょ。なんて調子に乗った二人にパンと飲み物代を渡され、文句を垂れつつも俺がパンで亮は飲み物を買ってくる作戦で行こう。と提案した太一だったが、いや、パン競争は熾烈だからパンは一緒に行こう。と言われ、た、確かに。と悲惨さを知っていた為太一もその意見に賛同した。

 ーーのだが、行ってみればなんともまぁモーセの十戒のように人が割れ、ひょいひょいと頼まれていたパンを取ってゆく亮に太一はさすがアルファというべき格差を見せつけられ、唖然としたのだった。

 いやでも龍之介と買い出しに行ってもこうはならねぇな。と思いながらも、

「太一は? どのパン?」

 なんて笑う亮のその顔に、いや、ていうかだったら俺いらなかったじゃん。俺が飲み物買いに行けば良かったんじゃねぇの。なんて思い、その嘘みたいな爽やかな顔に世知辛ぇ〜なんて口を尖らせつつ、

「……ジャンボハムカツ」

 と呟く。

「ジャンボハムカツと?」
「それだけでいい」

 そう何の気なしに答えれば、は? という顔をされ、太一も、は? という顔をした。

「え、一個?」
「え、うん」
「いやパン一個とかありえないでしょ」

 ズバッと切られ、いつもの、俺少食だから。という決まり文句を返す太一。
 それでも亮は、嘘でしょ。と顔に出していて、案外色んな表情すんだなぁ。なんて今までろくに見もしなかった亮の意外な一面を知り、太一はなぜかぷっと吹き出してしまった。

「いや俺の事はもういいから早く買っちまおうぜ。後ろ詰まってる」

 十戒の如く割れているけれど明らかに早くしろというオーラをひしひしと感じた太一がそう促し、とりあえず自身のパンを選びつつ腑に落ちないといった様子で全員分の会計を済ませている亮を無視してさっとパンを受け取ろうとすれば、横からひょいと伸びてきた亮の手がその袋を受け取った。
 あ。と思う太一を他所に大量のパンを持った亮が先に歩きだし、なんだか手持ち無沙汰のまま太一も後を追おうとしたが、一気に人が雪崩れ込みバンッと肩をぶつけられよろけてしまった。


「うおっ」
「いってぇな! どけよ!」

 圧倒的オーラのアルファである亮が居なくなればそこはいつもと同じく戦場と化し、まさに社会の縮図。なんて思いながら太一が腕を擦っていれば、

「ねぇ、ぶつかったのはそっちだよね」

 なんて声に反応したのか振り向いた亮が太一の腕を引き、自身に引き寄せながらぶつかってきた男に声を掛け、凄む。
 その顔にぶつかってきた男がびくっと震え、す、すんません! と言いながら雑踏に紛れてしまい、

「あっ、俺じゃなくて太一に謝れよ!」

 と亮が後を追おうとしたが、慌てて太一がそれを阻止した。


「ちょ、まてまてまて、いいから! ちょっとぶつかっただけだから!」
「いやでも、」
「ほんとにいいから」
「……なんだかなぁ」

 未だ納得いきません。と言う顔をする亮に、太一はまたしてもぷっと吹き出し、

「あははっ、お前案外喧嘩っ早いのな。うける」

 とくつくつ笑えば、ようやく亮もふにゃりと表情を和らげ笑う。

「えー、そう? そんな事初めて言われたんだけど」
「嘘こけ」

 そう言い合いながら、けれどこれ以上遅れるとあいつらにどやされるから行くか。と二人は中庭の自販機へと向かった。




「もーまじで人使い荒すぎ」

 そうぼやく亮が自販機にお金を入れてゆき、文句を垂れつつしっかりピッと龍之介が頼んだミルクティーのボタンを押す。
 ガゴンッ。と盛大に落ちる音が響くなか、持ってて。と言われて四人分のパンを抱えた太一はそれから、太一は何飲むの? と聞かれ、じゃあ水で。と頼み、財布からお金を取り出そうとしたが、いいよ。と微笑まれてしまった。


「ていうかほんとにパン一個で足りるの?」

 未だに疑う亮の真意を探るような瞳に、まぁこいつにはもうオメガってバレてるし、いいか。と太一は小さく溜め息を吐く。

「……薬代高いから食費にまでお金かけらんねぇの」

 そう呟いた太一に、薬代? と亮が首を傾げ、ミネラルウォーターのボタンを押す。

「……発情期抑える薬」
「……あぁ、なるほど。だからバイトしてるんだ?」
「……ん」

 小さく頷き俯いた太一に、バイトもしているのに昼飯代を切り詰めないといけないほど高いらしいその薬代を親戚に援助してもらえないのかと言いそうになったが、多分太一自身が嫌なんだろうなと思い直し、亮はにっこりと微笑んだ。

「頑張ってんね」
「まぁな」
「でも成長盛りに食べないのは駄目だって」

 なんて笑顔でまたしてもばっさり切られ、それに、うっ……と太一が顔を曇らせたが、パン、多めに買っといて良かった〜。なんて言いながら行こうか。と歩きだした亮に、へ、と間抜けな顔をしながら太一も後を追った。

「多く買いすぎたから、俺のパン貰ってね」

 そうにっこりと笑う亮に、は? と眉間に皺を寄せ、それから、

「……あのさぁ、もしかして俺のために言ってくれてるのかもしれんけど、そういうの迷惑だから」

 と、貧乏人だからって同情されて施されるのとかまっぴらなんだけど。と牙を剥く太一。
 そんな太一に、うん。別に同情で言ってる訳じゃないよ。なんて笑ったあと、

「でもご飯食べないのは駄目。絶対駄目。人間は体が資本だから」

 なんて諭すよう言い切った亮。
 その言葉に太一はやはり何も言い返せず、うぐっと押し黙ってしまった。


「朝と夜は?」
「え?」
「朝と夜。ちゃんと食べてる?」
「うん」
「本当に?」

 じっと見つめてくる亮の瞳になぜだか嘘はつけなくて。

「……朝はまぁ大丈夫だけど、夜は最近食べてねぇ。バイト遅いし、そんまま寝ちまう。………まぁその方がお金も浮くし」
「……まじで言ってんの? それなのに昼も少ししか食べないとか有り得ないよ」
「……」

「……ねぇ太一。持つべきものは金持ちの友達だと思わない?」

 そう笑い、お説教モードからいきなりおちゃらけた亮に、何言ってんだ。と呆けた太一を見つめ、

「だからさ、出世払いってことで今日からちゃんと昼も夜も、ご飯食べること!」

 なんて言ったかと思うと、

「昼は今まで通り皆で食べるからいいとして、夜も出来るだけ一緒に食べようよ。実は俺ん家両親とも忙しくてだいたい家に居ないからさ、今までずっと一人で夜ご飯食べてたんだよね。だから太一が一緒に食べてくれたら嬉しいなって」

 と笑う亮。
 奢るとも金を貸すとも言わず、一緒に居るときは俺が出すから大人になったら返して。と言う亮の、一緒に食べてくれたら嬉しいだなんて言い方がなんだかスマートすぎて、こいつ本当に同い年かよ。と思いつつ、他人に頼りたくないとずっと思っていたが正直食事抜きの生活はキツくて、太一は悔し紛れに亮の肩に一度パンチを入れ、……じゃあ出世払いで。ぜってー返す。と言ったあと、

「……ありがとな」

 と呟いた。

「いった、はは、うん」
「……なんか昨日からめちゃくちゃお前に振り回されてる気がする」
「えー? そう?」

 なんて言いながら両手に抱えたペットボトルやら缶ジュースやらを落とさぬよう歩きだす亮に、ていうか昨日の今日で何色々話してんだって感じだし何頼ってんだよ俺……と俯いた太一だったが、でもなぜだか亮には嘘を突き通せず、しかもその言葉になんだかんだ救われっぱなしで、……良い奴なんだなぁ。なんて目元を弛めた太一は、気恥ずかしくて口元を隠すよう手を持っていった。

 余るカーディガンの裾からふわりと香る亮の匂い。

 その匂いにぽわんと目尻を染める太一を横目で見下ろした亮は、自分のカーディガンを着ている太一のぶかぶか具合に思わず可愛いなんて思ってしまって、巷で流行っているらしい萌え袖を今の今まで理解出来なかったのに。と自身の心境の変化に驚きつつふっと表情を和らげた。





「りゅうのすけー!!」

 屋上に入るなり龍之介の名を呼んだ亮がミルクティーを取れるか取れないかの距離めがけてぶん投げ、それに慌ててスライディングしながら受け止めた龍之介がやった! とった! だなんて叫び、そこに来ていた皆の笑い声が渦を巻くよう屋上に響いた。


「あははっ、ナイスキャッチ」
「いやナイスキャッチ! じゃねぇよ! なにやってんのもー!」
「ていうかお前らおっそ!」
「ほんとだよ!」

 口々に話す皆に太一も笑い、よっこいせと明の隣に腰を下ろせば、

「あれ、太一それ亮の、」

 だなんてすぐさまカーディガンを指摘され、……あ、ああ、借りた。なんて目を伏せた。

 そんな太一の仕草と、亘の隣で太一をニコニコと見ている向かいの亮をちらりと一瞥した明は、んん? と少しだけ顔を綻ばせたのだった。






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