太一が亮から知らぬ間にカーディガンを借りてから、約一週間後。

 テスト期間が始まってしまい午前中で授業が終わるため昼休みで顔を合わすこともなく、返そう返そうと思っているものの教室の前を通れば相変わらず手を振ってくるだけの亮に何も言えず、太一は俯いて足早に去る事しか出来なかった。
 そして帰りもバイトを入れているため急いでいて、というよりなんと声を掛けていいのか分からず、太一は、どうしたもんか……。とぼうやり考えながら、学校終わりの本屋の狭いロッカールームのなかでエプロンの紐を後ろ手できゅっと結んだ。

 働き始めて、一ヶ月半。

 ようやく仕事に慣れ始め、本棚の位置も覚えることができた太一は店長に今日も宜しくお願いします。と来た時も声を掛けたがもう一度言いながら売り場に入り、しかし在庫の確認をしていてもあの日の亮のカーディガンと文字の事を考えてしまっていて、いやいやいや、今はとりあえず仕事に専念しねぇと。と首を振って気を引き締めた。

 本屋の仕事は店長から言われた通り体力が要る仕事で、狭いロッカールームの上に重ねられている重たい段ボール三箱を下におろし、やっとこさカートに乗せた太一は売り場へと戻り補充をし始める。
 季節はもう六月に入り梅雨が迫っているのかじめじめとしていて、うっすらと額に汗を浮かせた太一が黙々と作業をしていれば、自動ドアが開く音がした。


「いらっしゃいませ〜」

 出入口付近のカウンターに居る店長の声が聞こえ、店の奥の専門書のコーナーに居る太一もそれに合わせていらっしゃいませと掛け声をし、それからまた作業に戻る。
 そして本を並び終えはたきでパタパタと棚を拭いていれば、

「え、太一じゃん」

 と後ろから声を掛けられた太一は、びくっと体を震わせた。

 もはや反射のようにそうなってしまう事に自分自身若干恥ずかしく、ギギギ、と首を回せば案の定立っていたのは亮で、太一は、なんで居んの? ともはやお決まりのように眉間に皺を寄せてしまった。

「バイトしてるってのは聞いてたけど、ここだったんだ」
「……」

 突然の事に何と返していいのか分からず固まっている太一を見て、それでも苦笑まじりに微笑み、参考書探してるんだ。案内してくれる? と言ってくる亮に、この間の件もあり気まずいまま、太一は、ああ、それならこっち。と案内をした。


「……ここが大体参考書のコーナー」
「ありがとう」

 そう優しく話しかけてくる亮に視線を逸らし、じゃあ、と元の場所に戻ろうとした太一。
 だがその腕を掴み、

「終わるの何時?」

 と聞いてくる亮のその力強さにびくっと震え、咄嗟にまたしても腕を振り払ってしまった太一がハッとした表情をしたあとそれでも口を閉ざしたままでいれば、

「……俺別に無理やり襲ったりなんかしないよ」

 なんて真顔で返され、太一はひゅっと息を飲んだ。
 笑っていない亮の顔を見る事などあまりなく、凄みさえ感じるその表情に太一が思わず後退されば、

「……色々話したいことあるから、終わったら商店街出たとこの喫茶店に来て」

 と言い残し帰っていく亮。
 まるで決定事項だと言い切り去っていく亮のその言葉に、……勝手に決めんな。と若干腹立たしくなったが、それでも明らかに自分の方が悪いと分かっていて、太一は唇を噛みながら俯き、とりあえず今は仕事だ仕事。と震えそうな足をなんとか動かした。




 ◇◆◇◆◇◆



「お先に失礼します」
「あぁ、お疲れ様。今日もありがとね。暗いから気を付けてね」
「はい。お疲れ様です」

 カウンターに居る店長にそう声を掛け、優しく見送られ店を出た太一は、はぁ。と溜め息を吐きながら、どうしよ……。としばらく立ち尽くしていた。

 行きたくはないが、この間のカーディガンの件もあるし今までの態度を振り返れば謝りに行くしか選択肢はなく、とぼとぼと重い足取りで商店街を出た太一は、九時を過ぎてもやっている喫茶店の店の前で一度パンッと顔を叩いてから扉を開けた。

 カランカラン。と鈴の音が響き、珈琲の良い香りが漂う落ち着いた雰囲気の店内をそれでもそんな事を感じている余裕などない太一がキョロキョロと見回す。
 そんな太一に気付いたのか、奥の席に座っていた亮がこっち。と立ち上がり手を上げたので、いよいよ一対一でちゃんと話さなければならない場面に直面し、うぅっ……。と身を固まらせながらも近付き二人掛けテーブルの向かいに座った太一。


「来てくれてありがとう。なんか飲む?」

 そう先程の顔とは違う、柔らかな表情を見せる亮のそのいつも通りの様子に拍子抜け、そしてなぜかほっと胸を撫で下ろした太一が、いや、いらねぇ。と断り、このあいだ、と話しかけようとしたが、

「さっきは考えなしに酷い言い方しちゃったなって反省してたんだ。ごめんね、嫌な言い方して」

 なんて亮が頭を下げたので、太一は目を瞬かせた。


 ……酷い言い方って、そんなん言うなら俺の方だろ。ていうか、……アルファがオメガに謝る事なんてあんだ。
 そう心底驚きつつ、真摯に頭を下げる亮の態度と、今までむしろ優しく接してもらってばかりいると分かっている太一が、いや、ちょ、と慌て、顔あげろよ。と亮に促す。
 そうすれば顔をあげた亮が先程とはまた少し違う真剣な顔で太一を見た。

「……あのさ、わざわざ呼び出してまでなんだよって思うかもしれないんだけど、俺達、一旦オメガとかアルファとか、魂の番いとか忘れて、友達にならない……? いや、本当に忘れられる訳はないし何言ってんだって感じだろうけど、ほら、龍之介たちの前でこうあからさまに避けられると不審がられるし」

 なんて言ったかと思うと、少し間を開け、

「……ていうかまぁ単に俺が避けられ続けると悲しいってだけなんだけど……」

 と目を伏せ笑う亮に、太一はハッとした。


 ……そうだよ。普通に考えて、こんな態度取られ続けてたら怒ったり嫌ったりするよりまず悲しいよな……。それに、アルファだからって、魂の番いだからってあからさまに態度変えて……そんなん、おれ、あいつらとおんなじこと……。
 と掌を返して苛めてくるようになった小学生の時の奴らと今の自分の亮に対する態度が全く変わらないと自覚した太一は、

「……っ、ごめん!」

 と頭を下げた。

 最低だ、俺。と自分の馬鹿さに拳をきつく握り締め頭を下げる太一の突然の謝罪に、まさか太一がそんな事を言ってくるとは思ってもいなかった亮が今度は目を丸くし呆けている。

「ほんと、ごめん……。俺、近衛の事なにも知らないのに、アルファだからって避けて……、魂の番いのせいで変に意識しすぎて、むしろ優しくしてもらってばっかだったのに、嫌な態度とって、ごめん……」

 そう言いながら、それでも何度も何度も見限ることなく接してくれた亮の気持ちを考えれば泣いてしまいそうで、ふーっと息を吐いた太一は顔をあげた。


「ほんとにごめん。……それなのに、今日もこうして話ししてくれて、ありがと……。近衛がいいなら、友達に、なりたい。近衛のこと、ちゃんと知りたい」

 いつも見ていた拒絶するような瞳ではなく、真っ直ぐちゃんと亮自身を見てくれているような太一の澄んだ瞳と真っ直ぐな言葉にひゅっと亮が息を飲み、初めて会った時の仄暗さが嘘のような美しい瞳に堪らず、ゴンッと頭を机にぶつけた。

 そうでもしなければ、吸い寄せられるがまま、手を伸ばしてしまいそうだった。

 そんな自分でも危ないと思うほど呆気なくぐらりと揺らぐ理性に、これが魂の番いの抗えなさなのか……。と改めて知る亮と、しかしそんな事など知らない太一は亮の突然の行動に驚き、だ、だいじょうぶか……? と声を掛け、それに亮は顔をあげ微笑みなんとか体裁を取り繕った。


「ごめん、気にしないで。……でも嬉しいな。俺も、太一のことちゃんと知りたいと思ってたからさ」
「近衛……」
「……ていうか、良く考えたらお互い友達になろうって言い合ってるの変だよね絶対」
「……っふ、確かに」

 亮の一言によって緊張感が漂っていた空気が消え、くしゃりと笑った太一。
 そんな顔を自分に向けてくれたのは初めてで、うんやっぱり笑ってる方が可愛いね。なんて思わず口から出てしまいそうになった亮は慌てて口をつぐみ、それから手を差し出した。


「じゃあ、改めて宜しく」
「……宜しく」

 少しだけまた緊張した面持ちで太一が呟き、亮の手に自分の手を恐る恐る重ねる。
 そうすればやはりビリッと走る電流に身を震わせた太一が一気に体温があがってゆくのを感じ顔を真っ赤にしながら、

「……さ、触るのはまだ耐性付いてねぇかも」

 と小さく呟くので、魂の番いのせいでより可愛く見えているのかもしれないとはいえそんな顔をされてしまったら堪ったものじゃない。と亮も顔を赤くし、

「……うん、俺も。……少しずつ慣れていこっか」

 なんて呟いたのだった。



 穏やかな雰囲気の喫茶店。
 耳障りの良いジャズが緩やかに流れるそのなかで男子高校生二人が向かい合い顔を赤くしながら手を握りあっているというなかなかに間抜けでインパクト大な光景が広がっていて、しかし今は他人の視線など考えていられない。とお互い魂の番いのせいでドキドキとしてしまっていると思い込みながらも、ぎこちなく笑う二人。


「あ、そうだ、ずっと言えなくてごめん。……カーディガン、ありがと」

 そうぽつりと呟いた太一が、でも今持ってねぇ。と申し訳なさそうにすれば、あぁ。と思い出した亮が気にしなくていーよ。と笑う。
 あの日すやすやと寝ている太一があんまりにも無防備だったものだから、風邪引いたら大変だし自分が根回ししたとはいえ太一がオメガだと気付きふらふらと無意識に惹かれてしまう生徒が居るかもしれない。と応急処置でアルファの自分であるカーディガンを掛けたのだ。
 そうすれば少しは予防というか牽制になると思ったからなんて口が裂けても言えず、亮はにっこりと笑ったまま、

「そうだ、もういっそそのまま太一が俺のカーディガン使ってよ。俺に慣れるためのステップだと思って」

 なんて軽い冗談のつもりで言ったのだが、一瞬眉を潜めたあと考える素振りをして、

「……ん、そう、だな。お前と喋ったり触ったりするたんびに変にドキドキすんの嫌だし。匂いに慣れたらだんだん平気になるかもしれないもんな。お前がいいなら借りたい」

 と太一が未だ握ったままの手をぎゅっと握り返してくるので、亮は思わず真顔になってしまった。
 それからングッと声を詰まらせまたしても机に頭をぶつけたくなりながらも、もう片方の手で顔を覆い、まじか……。と項垂れた亮。

「……太一って、そういうキャラなんだ」
「は? なにが?」
「いや、ううん、なんでもない」

 じっと見つめてくる太一の瞳に、たぶん良くも悪くも自分に正直なんだろうなと思った亮は、だからこそあんな痛烈に拒絶したり、今はちゃんと知りたいと向き合ってくれているのだと理解し、あー、これヤバいかも……。と思いつつもやっと猫が懐いてくれた時の高揚感に、ははっと小さく笑った。


「あのカーディガンあげるよ」
「は? いや、さすがに、」
「いいからいいから。サイズ小さめだったし」

 そう笑えば困ったように眉をさげ、俺あんまお金ないんだけど。なんて言い出したので亮は慌てて、お金とか要らないから! あげるって! と拒否し、いやでも、と渋る太一の気をそらすよう、

「あ、もう時間やばい」

 なんて自身の腕時計を見て立ち上がった。
 その時ようやくお互い手を離したのだが、それがなんだかとても名残惜しく感じてしまって、いや普通にずっと繋いでた事の方がおかしいからね。と思い直した亮は、きっとこれも魂の番いのせいだと考えながら素早く会計を済ませた。


「遅くまで付き合わせちゃってごめん」
「いや、むしろちゃんと話せて良かったわ。ありがとな」

 そう小さく笑う太一のすっかり影を潜めた刺々しさに亮も笑いながら、お店の扉を開ける。
 カランカラン、と鳴る鈴の音。
 後ろから、ありがとうございました。と店員の声がするなか、先に店先へと出た亮は途端に表情を曇らせた。


「うわ、雨……」

 いつ頃から降りだしていたのか知らぬ雨が夜の空から落ちてきていて、亮の声に反応するよう隣に並んだ太一が空を見上げる。

「けっこう降ってるなぁ……」

 そう溢した亮の、でも軒下がある店で良かったね。と続く筈だった言葉は、店先の柔らかな橙色の灯りに照らされた太一の長い睫毛に奪われてしまい、亮はその綺麗に伸びている睫毛を斜め上から眺めては、うーん……。と口元を手で覆った。

「……今車呼ぶから待ってて。家まで送るから」

 携帯電話をポケットから取り出し、迎えを呼ぼうとした亮の言葉に太一は一瞬ぽかんとした表情をしたあと、やっと言われた事を理解したのか首を振り、いや、いい。俺走って帰るから。じゃあ。と雨のなかに飛び出して行こうとするので、亮は慌ててその腕を取った。

 その瞬間、びくりっ。と体を跳ねさせる太一。
 やはり意識していれば手を握る事は出来ても不意打ちには慣れないのか、その反射的な反応に亮が慌ててパッと腕を離し、ごめん。と呟く。
 それに自分の腕を擦りつつ、いや、大丈夫。と小さく返した太一が気まずそうに視線を逸らし、ザァザァと柔らかな音を立て地面の上で踊る雨粒を見た。


「……家、近いの?」
「……ん」
「そっか……。でもけっこう降ってるよ?」
「……大丈夫」

 なんだか面映ゆい空気が流れるなか、お互い視線を合わさずにぽつりぽつりと話す声が雨音に混じってゆく。
 そんな空気を破るよう、亮が鞄の中から折り畳み傘を取り出し、

「じゃあ、俺も歩いて帰ろっかな」

 なんて言ったかと思うと、

「……この傘まぁまぁ大きいし、一緒に帰ろうよ」

 と笑い、その言葉にまたも一瞬ぽかんとした表情をしたあと、は? と顔を真っ赤にし口元を腕で隠して後ずさる太一に、なにその反応ウブすぎ。と亮が声をあげて笑った。


「ほら、もう遅いしそろそろ帰らないとまじで補導されるから」

 有無を言わさぬ態度で傘を開き軒下から一歩出ては、ほら太一も入って。と合図する亮。
 太一はそんな亮の言葉にうぐっと唸り、確かに時間やばいし濡れて帰ったらブレザー乾かねぇかも。と考えた結果、眉を下げながら一歩を踏み出した。

 パシャリ、と跳ねる足元の水。
 触れてしまいそうなほど近い、肩。

 そうして身を寄せ合い、傘が雨を弾くポツポツという音だけが耳に響くなか夜の静まり返った道を歩く二人。
 そんな二人を、閑静な住宅街に連なる街灯が優しく照らしている。
 なんだかそれがとても気恥ずかしくて黙ったままの二人だったが、そのなんともいえない沈黙を破ったのは、またも亮だった。


「家、どこら辺?」
「あー……、香南新聞社の近く」
「え、まじ? 香南新聞社って俺の家からも近いんだけど」
「え、そうなん? あ、じゃあもしかして、」

 そう何かを言いかけた太一がパッと顔をあげて亮を見上げれば亮も太一を見つめていて、思ったよりも顔が近い事に一瞬ピキンと体を固まらせた二人は慌てて首をグリンッと動かした。


「ご、ごめん。で、なに?」
「あ、いや、なんでもねぇ……」

 なんて呟き、ドキドキ、ドキドキ。と高鳴る心臓を抱えお互い変にドキマギとしたまま、道を歩いてゆく。
 肩が触れそうなほどに近い距離だとより濃く太一の甘い匂いがふわりふわりと鼻を擽ってくる事に、……あー、ヤバいなぁ。平常心平常心。と亮が心のなかで繰り返しながら歩いてゆく。
 そんな亮を見ることなく、それでも太一も傘を握る亮の手をじっと見つめていた。


 そうしてたまにぽつりぽつり会話をしながら道の角を曲がり、路地に入ってすぐの二階建て一軒家の前で、

「……あ、俺ここだから」

 と指を差した太一。
 それに、ああそうなんだ。と何の気なしに家を見た亮だったが、門の横にある表札の名字が坂本でない事に気付き、その亮の視線の先に太一も気付いたのか、

「俺親いないから。ここ親戚の家」

 と言えば、なかなかの衝撃的事実だろうに、

「そうなんだ。あ、俺の家もすぐそこなんだよ」

 なんてさらりと返され、太一は一度ぱちくりと瞬きをしたあと俯いては、へぇそうなんだ。と小さく笑った。


「じゃあ、おやすみ。また明日ね」
「……ん、またな」

 微笑む亮にぎこちないながらも微笑み返した太一だったが、けれどもそれからまだ動こうとしない亮に、ん? と首を傾げた。

 じっと見つめてくる亮のその瞳を見つめ返した太一が、

「……りょう?」

 どうした? と声をかければ、パアッと顔を明るくさせ、

「やっと名前呼んでくれた〜」

 なんて嬉しそうに言う。
 その少年のような無垢な表情に、へ? と間抜けな顔をした太一だったが、いや初めてじゃん。なんて嬉しそうにしている亮に、

「何言ってんのお前」

 と堪らず吹き出してしまった。


「もういいから早く帰れよ」
「えー塩対応すぎる」
「なんだよそれ」
「まぁいいや、帰るよ。じゃあね」
「ん、じゃあな。……今日は色々ありがとな」
「こちらこそ」
「……」
「……」
「いやだから早く帰れって!」

 あははっ、なんなのお前。と笑った太一に、いや、家に入るまで待とうかと思ったんだけど。とはなんだかもう言えず、じゃあね、と何度目かのじゃあねを言ったあと、亮が街を駆けてゆく。

 白く見える雨の線のなか、遠ざかってゆく大きな背を太一は門の前で濡れるのもお構いなしに眺め、その背が見えなくなった頃にようやく門をくぐり横の砂利道を慌てて走りながら物置小屋へと入った。


 ガラガラッと扉を閉め、それからずっと緊張しっぱなしだったのかへなへなと座り込んでは、はぁ〜と息を吐いた太一。
 体育座りで膝を抱え、今日の朝までは一生仲良くならないだろうと思っていた亮とまさかの友達になれた事に、ほんとなにがあるかわかんねぇと思いつつも、そのきっかけを作ってくれた亮に心のなかで感謝をし、こてんと腕に顔を乗せた。
 じっとりと濡れたブレザーに、結局濡れてる。なんて小さく笑い、それにしても、親がいないと言えば大抵の奴は気まずそうにするか大変だね。と声をかけてくるのに。と変に気を使ったりしない亮にますますおかしくなってしまった太一は、一人きりの暗く狭い部屋のなかでしばらくずっと笑ってしまい、けれどもその表情はとても柔らかかった。


 物置小屋の天井を叩く雨の音が、なんだかひどく優しく聞こえた夜だった。



 to be continued……






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