ヒート話 1
ノアとシュナが晴れて番いになってから、約一ヶ月後。
番いになったのはつい最近の事だが、しかしシュナがノアを助けたあの日からもうほぼ離れる事なく一緒に暮らしてきた二人は、今日もまた秘密の花畑に来ては幸せそうに寝転んでいた。
今はただの草原のような、花畑。
だがその柔らかな芝生めいた気持ち良さに、ほぅ。とノアが深い息を吐く。
さわさわとそよぐ風はどことなく優しく、もうじき春が来ることを告げていて、ここがあと少しすれば一面の花畑になる事を頭の中で描いたノアは幸せそうに微笑んだまま、隣で同じように寝転び目を瞑っているシュナを見た。
優しい風に揺れる、黒髪。
狩りをしているからか、綺麗に焼けた褐色の肌。
すっと伸びた、綺麗で高い鼻先。
それから少しだけ開かれた美しい唇を見たノアは、うっとりと瞳を蕩けさせてはのそりと身を動かして、触れるだけのキスをした。
ちゅっ。と唇を離せば、ノアの不意打ちのキスに目を開き、それから柔らかく笑ったシュナ。
その表情はとても愛らしく、伸びてきた大きな掌がノアの後ろ髪に絡まり引き寄せてくるので、ノアも同じよう笑っては抱き寄せられるがまま、シュナの胸元に顔を埋めた。
……トクントクン、と耳元で響くシュナの心音。
それはひどく穏やかで柔らかく、こんなにも幸せで良いのだろうか。とノアは睫毛の先を震わせながらも、やはり幸せそうにはにかんだ。
「愛してます。シュナさん」
「ん、俺も愛してる。ノア」
ぽつりとノアが愛を呟けば、同じよう返される言葉。
その囁かれた甘い言葉と共に髪の毛を優しく撫でられる感触がし、ノアがうっとりと目を閉じながら自分の匂いが混じった強くて優しくて穏やかなシュナの匂いを、肺一杯に吸い込む。
それはノアにとって安らぎであり、ときめきであり、はぁ……。と感嘆の息を吐いたノアはしかし、どこかぼんやりと意識が霞みじわじわと体の熱が高まってくるのを感じた。
「……ノア?」
ノアの微かな異変を素早く察知したのか、ノアの体を抱きながら上体を起こしたシュナがどうしたのだと声を掛けたが、それからパチッと瞬きをしたあと、ほんのりと頬を染めた。
ノアから漂う、甘い桃の香り。
しかしそれは普段よりも濃く、甘ったるく、蜜を滴らせているかのように芳醇で、シュナはそういえばと頭のなかで素早く逆算しては、ごくりと喉を鳴らした。
「……ノア、戻るぞ」
「……へ?」
ぽやんとした顔で見つめてくるノアのその赤らんだ頬を見つめながら、シュナがゆっくりと口を開く。
「お前今、ヒートになりかけてる」
そう言いながら、ノアの体をしっかりと抱き立ち上がったシュナ。
その突然の浮遊感にノアは小さく驚きの声を上げたが、今しがたシュナから言われた言葉を理解したのか、……確かにもうそろそろだ。と顔を真っ赤にした。
オメガになったばかりのノアには馴染みがなく失念していたが、三ヶ月に一度ヒートという発情期がやって来るのが正常である。
それに気付いたノアが、だからこんなにも体が急激に熱くなったのか。と自覚した途端更にぽかぽかとした気分になってしまい、堪らず熱い息を吐きながら、シュナにしがみついては首元にすりすりと顔を擦り付けた。
「……シュナさ、ん、シュナさん……」
ぽつりと呟いた声はもう熱が籠りくぐもっていて、ノアがくたりと瞳を潤ませる。
そのノアの吐息が肌を焼き、ピクッと身を揺らしたシュナもヒートになりかけているノアに興奮し始めているのか、ハッと荒い息を吐いては喉奥をグルグルと鳴らしていて、それは狼の本能に近く、ノアはシュナの首筋に顔を埋めゾクゾクと背筋を震わせながらも、ぎゅっとシュナにしがみついた。
そんなノアを今一度しっかり抱きしめながら、シュナは小屋へと戻るため、素早く駆け出した。
***
──ノアを抱き抱えたまま急いで小屋へと戻ったシュナがノアをベッドへと優しく下ろせば、ノアはもう本当にヒートが近いのか、瞳を潤ませては熱い吐息を溢しただけだった。
「シュナさん……」
ただひたすらシュナの名前だけを呼び、苦しい。と喘ぐノアがシュナを欲しがるよう手を伸ばしては抱きつく。
もう全身が燃えるように熱く、未だヒートに慣れていないノアが怖いと泣きそうになりながら、助けて。と言うようにシュナを見つめ、そんなノアにシュナは安心させるよう、額に柔らかなキスをした。
「ノア、大丈夫だ。俺が居る」
ノアの顔に柔らかくキスを落としながら囁くシュナのその言葉は、初めてノアがオメガになりヒートが来た時に側に居れなかった事を悔やみつつも、今度はちゃんと俺が側に居るから。と労っているようで、ノアは熱に犯され始め滲む視界と共に安堵を含ませながら、ポロリと一粒涙を落とした。
「シュナさん、シュナさ、……からだ、あつい……たすけて……」
シュナの首筋に鼻を埋め、クンクンと子犬のように泣きながらも、腰を揺らめかすノア。
その健気さと淫らさにシュナがごくりと唾を飲み込んだのを聞き、ノアはふるりと体を震わせた。
全身の血が沸き立ち、熱く、目の前のシュナが欲しくて欲しくて堪らないノアが熱い吐息を溢しながらシュナをベッドに引きずり込もうとしたが、しかしシュナは労るようノアの背を一度撫で、離れてしまった。
「ぅ、や、シュナさん、ぎゅってして、触って」
「ノア、」
「やだ、なんで……シュナさん、はやく、」
もう理性など弾き飛ばされ、その圧倒的なヒートの本能にノアが少しでも離れたら狂ってしまう。と言いたげに泣き始めれば、そんなノアの背をまたしても優しく撫でたシュナが一度ノアの柔らかな頬にキスをし、困ったような顔をした。
「ノア、ごめん。ヒートの時に備えての準備をしてなかった。今すぐ一週間過ごせるだけの簡単な食べ物や水を取ってくるから、ちょっとだけ待ってろ」
「っ、やだ……シュナさん、行っちゃやだ」
シュナに触ってもらいたいと浅ましく泣く肢体はもう後ろをじわりと濡らしていて、つぅ。と愛液が垂れてゆく感覚にすらひくひくと震えるノアが泣き言を溢しながらぐずつく。
そんなノアの限界さを分かっているシュナはもう一度ごめんと謝りながらも、ノアから手を離した。
「ノア、ノア、良い子で待ってろ。すぐ戻ってくるから」
「ひ、ぅ……うぅ……」
唇をひしゃげ、ポロポロと涙を流したノアがそれでもなんとか首をゆっくりと縦に振る。
そうすれば安堵の息を吐いたシュナはまたしても労るようノアの額にキスをひとつだけ残して、素早く小屋を出ていった。
残されたノアはシュナの匂いでいっぱいの小屋のなか、早く、はやく、はやく戻ってきて。とだけ心のなかで何度も何度も繰り返し、シーツを握り締めていて。
今やどこを触られてもきっとすぐに達してしまうだろう急速な体の昂りにノアはもじもじと身をくねらせ、シュナの武骨な指や硬く熱い陰茎を思い出し、んっ……と短い喘ぎを溢しては、シュナが側に居ない渇きと飢えに喘ぎ、それから涙が浮く瞳で小屋のなかを見回した。
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