「狭くて申し訳ないですが」

 だなんて言いながら、ノアを小屋へと連れ帰ったシュナが、扉を開く。
 その言葉にぶんぶんと首を振り、こちらこそすみません。と呟いたノアはそれから、小屋の中を見回した。

 木と木を蔓でしっかりと縛って作られた、小さな小屋。
 しかしそこはすきま風すら通らず、きっと雨漏りもしないだろう事が分かるほど丁寧に作られており、ノアはこじんまりとした、だがとても立派なシュナの小屋に感嘆の息を漏らしてしまった。


「ここを好きに使ってください」

 枯れ草や藁などを寄せ集めた上に布を被せ作っていた寝床にノアをゆっくりと座らせたシュナが、夜は冷えるからと、暖かな毛皮でノアの体を包む。
 そんなシュナの行動一つ一つにノアは目を見開き、それから気恥ずかしそうに俯いては、ありがとうございます。とお礼を言った。
 
「……何から何まで、すみません……」
「……いや、別に……」

 先程小鳥と呼び少しだけ打ち解けたような気がしたが、振り出しに戻ってしまったのか何故かお互いどことなくギクシャクとした空気を纏い、視線をさ迷わせる。
 それからシュナは毛皮にくるまりちょこんと座っているノアをちらりと見下ろし、もう少し良い寝床を作るべきだった。と申し訳なさと良く分からない恥ずかしさに苛まれつつ、ちょっと待っていてください。と言い残して小屋から出た。

 もう少しで日が沈みかけるのか、空は橙を青に溶かしかけている。

 それを一度見上げたシュナは手慣れた仕草ですぐに焚き火を付け、キノコのスープを作り、それをお椀によそって小屋へと戻った。


「暗くなる前に夕食にし、……しましょう」

 扉を開けすぐに、夕食にしよう。と思わずいつも通りの話し方で言葉を紡ごうとしたシュナだったが、ビクッと身を跳ねさせ見つめてきたノアの様子に慌てて、しましょう。と丁寧な言い方に直す。
 別に怒っている訳ではないが、昔から口下手で端的に話しがちなせいで怖いと言われる事が多く、それなのによりによって未だ警戒心を持っているノアに向かってそう発してしまった己を恥じ、シュナはポリポリと気まずげに首の後ろを掻いた。

「……あー、すみません。怖がらせるつもりはなかったんです」
「い、いえ……。俺も、すみません」

 やはりどことなく気まずげな空気が流れるなか、そっとノアへと近寄ったシュナが、お椀に入れたキノコスープと兎の干し肉を、ノアへと差し出す。

「……とりあえず、食べてください」
「……ありがとう、ございます……」
「……すみません」
「え?」
「……何でもないです」

 質素なキノコスープと干からびた兎の肉だけしか与えられない事にシュナがぼそりと謝ったが、しかしノアはなぜ謝るのだろうかと小首を傾げるだけで。
 その拍子にノアの乾いた部分の金色の髪の毛がふわりと揺れるのを見たシュナは、やはり何故か直視できずに、そっと視線を逸らした。

「……食べたら、そこに置いといてください」
「あっ、はい」
「疲れただろうから、もうゆっくり休んで。俺は外に出るので安心してください」
「えっ」
「ん?」
「あっ、いや、そんな……、家主を追い出して俺だけ小屋でなんて、」

 そう呟くノアが申し訳なさそうに眉をハの字にする。
 その顔が愛らしく、しかしシュナは先程ノアが放ったアルファは嫌いだと言う言葉をしっかりと覚えており、それなのでこんな狭い場所でアルファと二人きりというのはしんどいだろうと容易に想像でき、小さくかぶりを振った。

「俺の事は気にしないでください」
「で、でも……、」
「怪我を少しでも早く治したいなら、素直にここで寝るのが最善だと思う」
「うっ……、それは、そう、だと思いますけど……、」
「分かったなら気にしないで。それじゃ、何かあったら呼んでください」
「……すみません……」
「謝らなくて良い。……それじゃあ、お休み、小鳥」
「っ! ま、また馬鹿にっ!」

 萎縮しているノアは更に頼りなく幼く見え、シュナがあえて先刻と同じようおどけて見せれば、途端に息を詰まらせては優しいのか意地が悪いのか分からないと言ったよう、ノアがカッと目を見開いて口を尖らせる。
 その姿はやはり小鳥でしかなかったが、おどおどしているよりこうして怒っている方が何倍も良い。とシュナは堪らず笑って、小屋から出た。
 そしてその日、シュナはいつも通り神経を研ぎ澄ませながら、焚き火の側の木の根に腰を下ろし、夜を過ごした。


 それから三日間、シュナは朝起きれば必ずノアの傷を真っ先に確認し、極力ノアが動かぬよう注意しながら、甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼いた。
 そんなシュナの献身的な態度にやはりノアは毎度目を丸くし亡霊を見ているような顔をするばかりで、それがシュナには理解し難かったがノアは何も言わないので、あえてシュナも何も聞かなかった。




***



 ──そして、二人がそんな生活を始めてから四日が過ぎた頃。
 ノアが不意に夜に小屋から出てきては、焚き火に当たっていたシュナの隣へと座った。

 ノアの突然の行動と、少しだけ近寄れば肩が触れてしまいそうなほどの近い距離に、思わずシュナが息を飲む。

 時折フクロウの鳴く声を響かせるだけの、深く静かな森。
 その中でパチパチという焚き火の跳ねる音だけが辺りを埋めつくし、夜の寒さはそこだけ切り取ったかのように温かく、だが座ったきり何も言わないノアにシュナも何も言わず好きなようにさせただぼんやりと火の粉の音を聞いていれば、それから少し経ったあと徐にノアは小さく息を吐いては、ゆっくりと口を開いた。

「……シュナさん、ありがとうございます」
「ん?」
「……俺を救ってくれて、怪我を手当てしてくれて、そして面倒を見てくれて、……ありがとうございます」

 か細く、震えた声でお礼の言葉を述べたかと思えば、ポロリと涙を一粒落とし始めるノア。
 それにシュナは予想外だとぎょっと目を見開き、慌ててノアへと身体を向けた。

「なっ、なんで泣くんだ? ノア? あ、あれか、寝床が痛かったのか? それともキノコや兎の肉が嫌いだったのか? そ、それなら明日もっと枯れ草を増やすし、別の動物を狩ってくるし、」
「ち、ちがっ、すみませ、ん……。なんか、一気に気が弛んで……、こんなに、優しくしてもらったのは、久しぶりだったから……だから、」

 急に泣き出したノアにおろおろとしだしたシュナが慌てて環境が最悪だったのかと改善点を述べようとしたが、ノアは首を振りズビッと鼻を啜りながらそうじゃなくてと否定する。
 だがしかし言われた言葉はシュナにとっては当たり前の事をしたまでであり、むしろ何もしてやれていないと思うほどだというのに。と思わず眉間に皺を寄せてしまった。

「……優しいって、俺は当たり前の事をしてるだけだけど……、」
「いいえ。当たり前なんかじゃないです」

 シュナの困惑気味な声にはっきりとした口調で言い切ったノアが、乱暴に拳で涙を拭っている。
 それは、泣きたくなんてないのに。という意思を表しているようだったが、しかしその声は痛々しく、頼りなく、儚げで。
 そんなノアの様子にシュナは自身の心臓が痛むのを感じながらノアを見つめたが、ノアは握った自身の拳を、ただじっと見ていた。


「……俺が知っているアルファは、あなたのような優しいアルファなんて居ません。シュナさん」
「……え?」
「……俺が居た所のアルファは、誰がパックアルファになるかで常に競い合い、喧嘩をし、そしてベータとオメガを物のように扱います」
「……ノア、なに、を……、」
「縄張りを広げる事、ベータを支配する事、そしてより良いオメガと交尾する事、子を産ませる事に、常に必死です」
「っ、」

 抑えきれなかった涙をポロポロと溢し、歯を食い縛りながらノアが吐露した言葉。

 それはあまりにも受け入れ難い事実であり、シュナは衝撃に目を見開いたが、しかしそれから自分を見てアルファだと認識した時のノアがなぜあんなにも恐怖に怯え敵意に溢れていたのかを、ようやく理解した。




 

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