名字家は、あたたかそうな家庭だと思った。

このやわらかな雰囲気で育ってきたからこそ、名字はこんなやわらかな人物になったのだろう。


名字の部屋に行きたいと言ったのも、本人には深層心理だなんて言ったが本当はただ単に名字のプライベートな空間に入ってみたかったからだ。


今、名字は結局全員を連れて自室に向かっている。
俺が行くと言ったら、他の奴らも耳ざとく聞きつけて自分も行きたいと主張しだしたのだ。

そういう訳で優しい名字は、ふわふわと微笑んで「狭いけど、ごめんね。」と言って移動し始めたのだった。


俺は最初に言い出したのにも関わらず、他の部員たちの勢いに押されて最後にリビングをでることになった。挨拶をしようとキッチンにいる名字のお母さんに頭を下げると、名字のお母さんは微笑んでくれた。


「柳君、よね?」

名字のお母さんは柔らかく笑ってそう言った。
まさか、自分のことを知っていたとは思わなかったので驚いてしまった。


「はい。」

俺が緊張気味に言うと、名字のお母さんはくすりと笑って俺を見る。


「一番やさしいのが、柳君って言ってたのよ。」


それは、名字が、ということだろうか。
俺は恥ずかしくなって「いや、そんなことは…、」などと口ごもった。


「すぐにわかったわよ。名前のこと、気にかけてくれてるのね。ありがとう。」


名字のお母さんは再び柔らかく微笑む。面立ちは名字と全然似ていないのに、その微笑みはなぜか驚くくらい名字に重なった。


「いえ…、気にかけてるとかじゃなくて、俺が名字さんと話したいだけなんです。」


不思議なほどに本音がするりと飛び出した。


「そうなの…。名前、柳君はやさしいって言ってたけど本当ね。あの子、たまにすごく不器用なところがあるけど仲良くしてくれてありがとうね。」


いったい名字は俺をどう思っているのだろうか。俺はそんなに優しい男ではないのに、名字がそう言ってくれたと思うと、とてもあたたかな気持ちになった。


「不器用…ですか。」

名字の不器用な姿は、あまりみたことがない。
いや、動作がにぶい姿ならたくさん見てきたのだが、きっとそういう意味ではないだろう。
自分に素直で他人にはものすごく優しい名字に、不器用という言葉は似合っていない。


「そう、不器用よ、あの子。それにすっごく頑固。」


名字のお母さんは、ふふふと笑う。
名字の意外な新しい面を聞いた俺は、いつかそんなところを俺にも見せてほしいと思った。


「そうなんですか…。名字さんのそんな面は新鮮です。」


俺は率直な気持ちを言った。


「そうかしら。あ、こんなに長く引き止めちゃってごめんなさいね。おばさんのおしゃべりに付き合ってくれてありがとう。名字が柳君のこと大好きだから一度話してみたかったのよ。」


名字の「大好き」はそんな意味じゃないはずなのに、俺はわずかに頬が熱くなった。


「いえ、こちらこそ面白いお話がきけて楽しかったです。ありがとうございました。では、また…。」


俺はそれを表情にださないようにしながら、軽く頭を下げると、微笑む名字のお母さんを背にリビングをでた。




ガヤガヤと声がする名字の部屋らしきドアをノックして、返事が聞こえたので入ってみると、部員たちは中で楽しそうにはしゃいでいた。


「さんぼーう!若き日の名字とジャッカルじゃー!」

仁王が輪の中で大声で言った。
名字の「わー、やめてー!」という声とジャッカルの「若き日ってなんだよ…。」
というぼやきも聞こえる。



部員たちの輪の中に近づくと、その中心には小さな名字のたくさんの写真。
アルバムのようだ。
俺はしゃがみこんで仁王と丸井の間に入れてもらう。


「かわいいな。」

手に取った写真の中で笑うのは今よりだいぶ幼い名字とジャッカル。
名字は清楚なワンピースを着て、ジャッカルと手を繋いでいる。
子供らしい笑顔がとてもいい写真だ。

目の前の名字は恥ずかしそうに口をへの字にして赤くなっている。
初めて見る表情だ。


「ほんとにジャッカルの幼馴染だったんだって実感するよなあ。」

丸井がアルバムをパラパラとめくりながら言った。

ジャッカルは諦めたようにため息をついて、名字をなぐさめている。


「おお!名字のスクール水着きましたー!」

丸井が叫んだ。みんながどうしたと一斉に近づく。


「これは…、女性の水着姿をぶしつけに見てはいけませんよ!」

柳生が声を上げる。俺もちらりと写真を見る。
小学校五、六年生くらいの名字だろうか。あどけない顔で笑っている。
あまり日焼けをしない子供だったのか、隣に写る少女よりはるかに色が白いのが印象的だ。


「これ、室井先輩じゃないっすか?」


赤也が名字の隣に写るよく日焼けした少女を指さして言った。
室井りょう。
たしか名字と仲のいい女子だったはずだ。写真に写る少女は少し色が黒いが似てないこともない。



「そうだよ。よくわかったね、この子はりょうちゃんだよ。」

名字があっさりと言った。

「そっすよねー!室井先輩有名っすもん。ミス立海に選ばれたけど蹴ったとかで。」

美人っすよねー、と赤也が言う。


「ああ、確かに室井の面影あるね。気の強そうな感じとか。」


幸村がポンと手を叩いて言った。
精市もたしか去年のミスター立海を辞退していたから、同じく辞退した彼女のことも少し知っているのかもしれない。


「なんか、こわそうな女子だったような気がするナリ。」

仁王がぷいっと唇をとがらせる。


「仁王君。りょうちゃんはいい人だよ。話してみたらわかるかも。あ、あと今日りょうちゃんも家に来るって言ってたな…。」

名字が思い出したかのように言った。

名字の発言に周囲はどよめきの声をあげる。


「ちょっ、えっ、まじっすか!生の室井先輩とか緊張するっす!」

赤也が天然パーマの黒髪をいじりだす。
いくらいじっても無駄だと思うのは俺だけだろうか。

「ああ、室井も来るんだな。どうせ名字が心配とか言ってんだろ?」

名字と同じクラスで室井とも仲のいいジャッカルが苦笑する。


「あはは…、」

名字は苦笑しながらも、嬉しそうにしている。
きっと名字も室井のことが大好きなんだろう。


ふと顔をあげると名字の机の上が目に入った。
机には珍しいアンティーク調のハードカバーのノートらしきものが置いてある。


「これは手帳か何かか?綺麗な装丁だな。」

俺が指さすと名字はハッとしたような顔をした。
俺はその表情が気になって、わずかに首を傾ける。


「あ…これは、日記帳なんだ。私、直すね。」

名字がそそくさと机上の本を引き出しにしまった。
あれは日記帳だったのか。
プライベートなことも書いてあるのだろうし、俺が悪かったなと思った。


丸井たちは、いまだにアルバムを見て何やら言い合っている。
幸村は本棚を見ているようだ。
真田は先ほどのスクール水着写真を見せつけられ、うろたえている。落ち着け、あれは小学生の写真だ。
名字は、そんな周りを見て微笑んでいる。

すると、突然がちゃりと音がして部屋のドアが開く。

みなが一様に振り返ると、そこには先ほどから話題の人物、室井りょう本人が立っていた。


「きたわよ、名前。」

室井は名字に美しい笑みを送った。

俺たちは一切無視かと何ともいえない空気がひろがる。

「あ、りょうちゃん!きてくれたんだね。」


名字は嬉しそうに笑った。


「当たり前でしょう?言ったじゃない、私も絶対行くって。あ、テニス部のみなさん突然おじゃましてごめんなさいね。名前の親友の室井りょうです。」


室井は俺たちに向き直るとにっこりと貼り付けたような笑顔でそう言った。
心なしか「親友」という言葉を強調されたような気がする。
奴、目が笑ってないぞ。



「ああ、室井さん、どうぞよろしく。うちのマネージャーのお友達なんだね。」


精市が絶対零度の笑顔で挨拶をした。
精市も心なしか「うちのマネージャー」という言葉を強調したような気がする。
あきらかに対抗している。

二人の間に見えない火花と戦いのゴングが鳴るのが感じられた。


嵐、襲来。と言ったところだろうか。
俺は青ざめている周りの部員たちをしり目に小さくため息をついた。




















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