彼女を一言でいうならばいつでも微笑んでいる人、だろう。



あの日、ジャッカルがいいマネージャーがみつかったとにっこり笑って僕に報告してきた時は、ほんとに驚いた。

彼は思いやりのある優しい男だ。だからこそ、我の強い女子によく面倒事を押し付けられたり、頼られたりする所があった。まあそれも、彼のたぐいまれなる優しさで文句ひとつ言わずに快諾してしまうのだから苦労人などと揶揄されるのだろう。

そんな彼が、マネージャーに薦める女子なのだから一体どれだけのお人好し、いや苦労人なんだろうか、と。



当時俺たちは二連覇に向けて俺たちを手伝ってくれる人材を探していた。
しかし、テニス部がおおっぴらに募集をするとロクに仕事をしない人が集まってしまうのを俺たちはわかっていた。
そこで蓮二の提案でレギュラーや部員自らがまともに仕事してくれそうな人を探してからしばらく全員で観察して、良さそうな人だったら本人に打診しようということになった。

そこで、最初にきたのがジャッカルだったという訳だ。


正直な話、仁王や丸井や赤也のそばにはロクな女はいないし、蓮二や真田や俺はそもそも女を遠ざけているし、ジャッカルはお人好しすぎて女子にいいようにあつかわれているしで、見つかるなら柳生からだと思っていた。
俺はさっそく部員全員にその名字名前という人物を候補にしたから各自で観察しておくように通達した。
ジャッカルはそんなことする必要はないと言い張っていたけれど。



一週間後、それぞれが名字の観察を終えた後俺たちはジャッカルの言葉を痛感した。

同じクラスの仁王と丸井は、二人一緒に接触を試みたそうだが声をかけても自分たちのことを知らず少し困惑していており、ジャッカルの友人だというと『そうだったんですか。ジャッカル君のお友達なんですね。』とにっこり笑ったのだという。

赤也は遠くから見張っていたはずが、茂みの近くでかくれていたのを彼女に見つかって、『大丈夫ですか?どこか痛いですか?』と心配されて流れのまま保健室に連れて行ってもらうという事態になったらしい。


柳生は、彼女の前でわざとハンカチを落としてみたらしい。しかし彼女が拾ったまではいいのだがなんと彼女は誰が落としたのかをみていなかったらしく近くの女子に落としていないか聞きまわっていたらしい。結局彼女が柳生に声をかけることはなくハンカチは職員室に届けられたのだという。



真田は、例にもれず服装をチェックしたらしいのだが、スカートも平均より少し長いくらいで真面目なやつだと一人だけずれたことをいっていた。


柳は得意のデータで彼女の観察をしていたらしい。少し他人に優しすぎるところはあるが全くもって普通の奴とのことらしい。



そして俺も、自分なりに彼女を注意して観察したけれど『いまどき珍しいくらいに真面目でお人好し』といった所だった。


部員達は全員彼女にマネージャーをやってもらうということですぐにまとまった。

ジャッカルは自分の言った通りの奴だっただろうとどこか得意げな様子だった。


そんなこんなで、とんとん拍子に彼女は俺たちのマネージャーに就任することになった。就任後も期待通りにしっかり働いてくれたし、俺たち部員との距離もだんだん縮まっていったと思う。

思えば彼女はいつも微笑んでいた。

就任当初お世辞にも心を開いているとはいえなかった俺たちにも、目が合えば彼女は
控えめに微笑みを向けていた。

そのうち俺たちが彼女の下心のない純粋な優しさに気付いてからは、みなが彼女を受け入れるようになった。
いきなり話しかけるようになった俺たちにいやな顔一つせずに解かすような微笑みで包んでくれたのを今でも覚えている。





何かあってもいつも柔らかく微笑むだけで他人にあまり迷惑をかけようとしない彼女が俺に相談なんて一体どうしたんだろうとは思ったが、まさかそんな内容だなんて思いもしなかった。


マネージャーを増やしてほしいなんて、一体どんな意図でそんなことをいったのか俺には分からなかった。



彼女がその言葉を言ったとき部室の空気が少し変わったのがわかった。
当の彼女も申し訳なさそうに眉間にしわを寄せているけれど、その瞳は初めてみるくらいに意志の強い瞳だった。

それを見た部員たちの反応は様々だった。


赤也は持っていた整髪剤のようなものをかつんと落として、真田はきゅっと眉を寄せて、仁王は目を瞬かせ、柳生は口をぽかんと開けて、丸井はお菓子をぽろぽろ落として、柳は目を見開いて、ジャッカルは戸惑うように彼女を見つめている。

そして僕自身も動揺しながら、それを表に出さないように、

「…どうしてだい?」

と口に出した。自分の声が少しかすれているのがわかる。

マネージャーの仕事自体は彼女一人で充分こなせている。必要以上にこき使うようなことはしてないはずだ。

なぜか俺は彼女が何を言うのか得たいのしれない恐ろしさを感じた。

「それは…、」

彼女がわずかにうつむく。わずかな沈黙が彼女をつきさす。


「…それは、私の他に誰かいたほうがもっと仕事のスピードもはやくなってはかどるだろうから、かな。」

彼女はいつもと変わらない微笑みをたたえてもっともな理由を言う。

俺は得体のしれない不安がどこかに分散していくのを感じる。筋の通った理由に体の力がぬける。そもそも、俺は何を言われると思ったのだろう。当たり前に考えて彼女の言った理由しかないじゃないか。


「そうか。名字さんがそういうなら、そうしようか。どうだいみんなは?」

俺が部員たちにそのほかの意見を求める。

「…俺は別に名字さんの仕事やし、反対はせんけど…。」

仁王はわずかに視線をゆらつかせながら言った。言い方に迷いが感じられてそれが彼の戸惑いを如実に表していた。
名字さんは仁王を申し訳なさそうにみている。元来仁王が女子をあまり好きではないのを知っているからだろう。浅い付き合いは割り切ってできるらしいから問題はないのだけれど、彼は極端に女子に自分の心を開きたがらない。
名字さんのことも最初は警戒しまくって会話すらなかった。今ではすっかりなついているからそれも彼女の雰囲気、人柄ならではなんだろう。

きっと仁王は新しいマネージャーがくるとなれば、それは少なからず彼のストレスになってしまうんだろうなと俺はぼんやり思った。


すると、ほかの部員たちも次々に肯定の意を示しだした。
テニス部一の女嫌いが認めたのだからといった所だろうか。


渋ると思われた真田も承知したとうなづいている。


「じゃあ、決定でいいかな。新しいマネージャー候補は…、名字さんいたりする?」


俺は、名字さんに意見を仰ぐ。


「うーん…。難しいな…。」

名字さんは、唇を引き結んで深く考えているようだ。
彼女の交友関係はそこまで広くないからなかなか浮かばないのだろう。どちらかといったら狭く深くな友人関係の彼女にとってテニス部のマネージャーに向いていそうな人物はそうそういないらしい。


「幸村君に一任してもいいかな?」


随分と考えた結果、俺に一任することにしたらしい。


「俺かあ、うーん…俺もあまり向いてそうな知り合いとかいないけどね。みんなも適任そうな奴がいたら俺に報告してくれないか?」


俺は周りの部員たちに協力を頼んだ。俺にはまず女子の友達というものがそういないからね。


「各自、考えてくるということでいいだろう。急ぎというわけでもない。」


蓮二がその場を軽くまとめる。
部員たちも話し合いが終わって最初の緊張した雰囲気なんてなかったかのように再び騒ぎ出した。


「いきなりお邪魔してしまってごめんね。じゃあ、また明日。」

名字さんは俺たちに一礼すると、背を向けて部室のドアに手をかけた。


その時に揺れた彼女の髪が妙に綺麗で俺はじいっと見てしまった。
彼女の顔立ちは至って普通だ。しかし、微笑みは凍った心をも解かすようにあたたかく、そして儚い。それにときたまハッとするような美しさをみせるときがある。それは外見からではなくおそらく内側からにじみ出る美しさだと思う。

俺は彼女のような人こそ幸せになるべき人なんだと漠然と思った。



「待って名字さん!…今度名字さんの家に遊びにいってもいいかな?」


気付いたら、そんなことを口走っていた。

案の定彼女は少し驚いたような表情でこちらを振り返る。



「い、いや、今のは…、」


俺は恥ずかしくなって、あわててその言葉を撤回しようとする。


「…?うん、わかった。親に聞いておくね。」


彼女は俺が撤回しようとしているのに気が付かず、ふわりと微笑むとそのまま了解した。
変な風に思われなくてよかったとひとまず胸を撫で下ろす。
どうしてそんなことを口走ったのか自分でもわからなかったけれど、純粋に彼女の家には行ってみたかったので結果オーライとでも言おうか。


「…ありがとう。」


俺は珍しく情けない苦笑いをこぼした。
























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