みんなは黄色い小さな球を必死で追っている。 私は彼らのこの真剣で一生懸命な顔が好きだ。 「タオルとドリンクをおいておきますね。」 少し暖かいくらいの初夏の土曜日も、彼らにとっては蒸し暑いみたいでわずかに汗が滲んでいる。 私は練習をさえぎらないように大き目の声でお知らせして各自のタイミングでとりにきてくれればいいことを伝える。 少し時間が余ってしまった。そういえば倉庫が少し汚れていたかもしれない。整理でもしてこようとコートに背を向けて早足で歩きだす。倉庫はかなりぐしゃぐしゃしていると常々思っていたので、自然と気合が入る。 私が腕まくりをしようとすると、後ろから肩に手をかけられる。 「おどろかせたか?」 女子の平均より少し高いくらいの私が、少し見上げてしまうほどの長身の彼、柳蓮二君だ。 普段から彼の表情はあまり変わらない。俗にいうポーカーフェイスな人だ。 しかし、今は小さくやわらかな微笑みを浮かべているような気がする。 彼のそんな笑みをみるようになったのは、いつからだっただろう。彼のその笑みをみるとマネージャーとして私に心を開いてくれているような気がしてとてもあたたかな気持ちになるのだ。 そんなことを考えながら私も微笑みを浮かべて、 「大丈夫だよ。びっくりはしたけど、嬉しいびっくりだから。」 と彼の目を見てかえした。 「そうか…。今日ドリンクの味が少し変わっていたから、うまかったといっておきたくてな。」 柳君はいつもの冷静な表情で、ありがとうと述べる。 柳君の微笑みはいつも一瞬だ。 次の瞬間には、こうやっていつもの表情になってしまう。でも、彼がこうしてわざわざお礼を言いにきてくれるような優しい人だと知っているから。だから、私は彼が笑っていなくとも彼の眼が優しいことに気付ける。 こんなとき、私は無性にマネージャーという仕事をやっていてよかったなあと思うのだ。 「たいしたことないよ。こちらこそわざわざありがとう。」 私はドリンクの味が少し変わったことにすぐ気付く彼の観察眼に脱帽しながら、こちらこそとお礼を言った。 「いやこちらこそ…、と言い合えば日が暮れる確率100%だからやめておこうか。では時間をとらせてすまなかったな。ではまたな。」 彼は私の返事を確認すると、くるりときびすを返して姿勢正しくコートに帰って行った。 私は、柳君の優しさに触れて自然と唇が弧を描いているのに気付いた。 きっと、こんな日々がずっと続いていけばいいのになんて思う私は前よりずっと贅沢になっているに違いない。 「幸村君。ちょっと時間いいかな?」 部活が終わって、みんなが部室で和気あいあいと楽しそうにしているなか、私は部室のドアを少し開けて幸村君をよんだ。 「おう、名字お疲れさま。」 ジャッカル君がこちらを向いてにっこり笑ってくれた。 彼は昔から本当に優しい。 「ジャッカル君たちもお疲れさま。」 私も笑ってジャッカル君とその場にいた他の人達に小さく頭を下げた。 すると、口々にお疲れと返ってくる。 「名字さんもお疲れさま。突然どうしたの?珍しいね。」 幸村君が制服のボタンを留めながらこちらに近づいてきた。 何を言われるのかわからないといったきょとんとした表情で、小首を傾げている。 「突然ごめんね。あの、ちょっと相談があって。今いいかな?」 私は少し緊張気味に言い切った。 「…そうか。うん大丈夫、了解。場所移した方がいいかな?」 幸村君は一瞬目を見開いて、穏やかな笑みでそう言った。 それもそうかもしれない。私はマネージャーになってから一度も相談をもちかけたことがなかったから。 まあ、それはテニス部のみなさんがいい人だったから抱えるような悩みもなかっただけなのだけれど。 「いや、ここで大丈夫だよ。」 私は両手でひらひらと否定の意を示した。 「そっか。じゃあ、中においでよ。」 幸村君が手招きして部室に入るようにうながす。 「あっ、うん。おじゃまします。」 切原君が「座ってくださいっす!」と丸椅子をよこしてくれたので私はお礼を言ってそこに遠慮がちに座らせてもらった。 「で、どうしたんだい?」 幸村君が藍色っぽい黒髪を耳にかけながら、私に尋ねる。 「あの…マネージャーをもう一人増やすことってできるかな?」 私がいなくなっても、彼らには迷惑をかけたくない。 [mokuji] [しおりを挟む] |