バカだと言われたらそれまでだろうと思う。



俺には、一年以上前から好きな人がいる。
彼女は、容姿はきっと普通なんだと思う。けれど俺は彼女の優しそうな雰囲気と笑顔に恋をしてしまった。


それは焦がれるような恋情だった。


彼女と話したい、触れたい、その瞳に映りたい。そんな願いだけが日に日に募っていった。そして三年生の春、同じクラスになったときはもうどうしようかと思った。


好きで好きでたまらなかった。幸い彼女は、俺とも関わらないが他の男とも関わることもなかった。

彼女を他の奴に盗られるなんて想像しただけで恐ろしかった。

俺の思いは誰にも知られないまま、少しずつ育っていった。
そしてとうとう弾けてしまった。


あの日放課後の教室に彼女と二人きりになったとき、ついにタガが外れてしまった。
気付いたら俺は彼女を呼び止めていて、振り向いた彼女に思ってもいないことを言ってしまった。
嫌いだとさえ言ってしまった。
その時の、教室を出ていった彼女の傷ついたような瞳が忘れられなくて俺は家で一人自己嫌悪した。


確実に嫌われたと思った。
俺はこんなにも好きなのに憎まれ口しか叩けなかった自分がひどく愚かだと思った。
彼女の瞳に映ったとき、俺は狂おしいくらい好きなのを彼女に見透かされたくなくて酷いことしか言えなかった。

どうして俺はこんなに拙い恋愛しかできないんだろうと胸が苦しくなった。


そして、どうせ嫌われたなら徹底的に嫌われて俺しか見えないようにしようと思った。
どんな形であれ彼女に自分を刻み付けたかった。ますます愚かしいとしか言いようがないが、そうする他ないと思った。



次の日から俺は執拗なくらい彼女に付きまとい、暴言ばかりを吐いた。
そのたびにジッと睨んでくる彼女に胸が焼け付くように痛くなったが、俺は止めなかった。


どんな形であれ、彼女が俺を意識していればいいと思った。



きっと彼女にとっては、いい迷惑で俺なんか大嫌いなんだろう。
関わりのなかった男に執拗に暴言を吐かれて、そいつを嫌いにならないはずがない。
ただの質の悪いイジメにしか感じられないだろう。


俺は心の痛みを感じながらもこの一か月それを続けた。
つくづく俺は身勝手で最低な男だと思わざるを得なかった。今でも心のどこかで彼女に好かれたいと思っていることにも、それに反して酷いことばかり言っているこの現状にも。



しかし、最近仁王によく足止めをされるようになった。もう、こんなこと止めなければならないと頭では理解していた俺にそれはてきめんだった。と同時に彼女が仁王に助けを求めているという事実にどうしようもなく嫉妬を覚えた。

全ては自分のせいだというのに。


仁王と彼女と彼女の親友の女子が三人で帰っているのを見かけると、ものすごく胸が痛んだし、どうしても仁王に嫉妬をしてしまう。
しかし、自分が嫉妬できる立場ではないこともわかっている。

いくら考えたって、悪いのは俺でしかなかった。



今日も仁王が俺の足止めに教室に来た。
ここ最近、昼休みはいつも仁王といるような気がする。


「ねえ、仁王。もう足止めとかしないでいいよ。俺、やめるから。」


俺は仁王に小さく言った。


もう、やめよう。彼女に子供じみた暴言を吐くのも。そして、好きでいることも。

もう、苦しいんだ。育ちすぎた歪な恋心は俺の手にあまるものになってしまって、彼女をたくさん傷つけた。

きっと、今すぐ彼女への恋心を消すというのは無理だろう。下手すればずっと好きでい続けてしまうかもしれない。
けれど、どちらにしても俺は彼女に関わるのを一切やめなければならない。
でなければ、俺はまた彼女を傷つけてしまう。


いつから、こんなに歪んでしまったんだろう。

俺はただ彼女がとても大事で、笑っていてほしかったのに。

ぽろっと涙が一筋頬に伝うのが感じられた。


「幸村…、」

仁王が呟いた。


「俺は…俺は、一年以上前から幸村が恋しとったんをしっとった。」

仁王が吐き出すように言い切った。

俺は、仁王の急な独白に息をのむ。

「…え?」

俺は彼女を好きであることを誰にも言わなかった。
なのになぜ、という言葉が頭を占める。


「幸村は、二年の春頃からよう笑うようになった。なんちゅーか活き活きしとって、たまにすごい優しい顔するようになった。最初はなんじゃろうて思っとったが、すぐ分かってしもうた。ああ、これは恋なんじゃって。幸村は恋をしとるんじゃっての。」


仁王は淡々と言った。


「幸村、おんしの好きなやつ名字じゃろう?」

仁王が切なげに笑う。

知っていた。
俺は仁王にばれていたという事実に軽く目を見開く。


「…ははっ、どうして名字さんだってわかったの?俺彼女には嫌がらせしかしてないのに。」


俺は自嘲めいた笑みをこぼす。


「俺は幸村に好いとう人がおったのはしっとったけど、誰かまでは知らんかったよ。そんで、幸村に嫌がらせされとるっちゅう子と幼馴染通して知りおうてのう。幸村が誰かに嫌がらせするっちゅう柄の男じゃないのはしっとったから、おかしい思ったんじゃ。」


仁王が一旦息をついて、俺の瞳をジッと見つめる。


「仁王は俺が嫌がらせをしてるからその子だってわかったの?」

俺は思ったことをそのまま仁王に尋ねた。


「いいや。それだけじゃまだわからんかった。けど、幸村に直接足止めするようになってからじゃのう、確信したんは。」


仁王がふっと笑う。

「俺の態度はお世辞にも好きな人に対するものじゃなかったけど。」

俺は自分で言って、ひどく虚しくなった。


「本人にはわからんもんなんかのう。幸村、おんしの目は彼女が好きじゃって言っとる
ようなもんじゃったよ。嫌われるのが本当は辛いっちゅう目やった。」


仁王が視線をおとしてわずかに微笑んだ。


「目、か。さすが仁王だね。俺、こんなことになってさ、ほんとバカだろう?」


ほんとに、バカだ。自分の愚かさに笑いたくなる。


「ばか、じゃの。ほんにバカじゃ。」


俺は仁王に返す言葉もなかった。


「なんで、好きっていわんのか。好きなんじゃろう?」


仁王が大真面目に言い放った。


「…は、俺はもう嫌われてるんだ。」


俺は冷静に言った。
あれで嫌われてない方がおかしい。


「嫌われとるからってなんじゃ。じゃあ幸村は嫌われたままでいいんか。」


がつんと頭を殴られたかのような衝撃が走った。

嫌われたまま、誤解されたままこの恋に蓋をしていいのか。

嫌だ。

どうせ関わらないようにするのだから、その前に、最後に、思いを伝えておきたい。
そして、酷いことばかり言ってごめんと謝りたい。

嫌われているから、諦めて逃げていたのが情けなく思えた。



「仁王、ありがとう。…俺はほんとにバカだった。」












放課後、俺は仁王に協力してもらって彼女と二人きりにしてもらった。


まるで彼女に初めて話しかけたあの日のようで、心臓は嫌な意味で鼓動が早くなる。

あの日俺は彼女に話しかけたくて、でも自分が好いているのを悟られたくなくて衝動的に酷い言葉を吐いた。

あの日とは違うんだ、と自分を奮いたたせる。


彼女を見ると、彼女もあの日のことを思い出しているようで心なしか顔色が悪く唇を強く噛んでいる。
きっと、どうしてここに俺がいるんだと思っているだろう。仁王の足止めはどうしたのかと。


久しぶりに間近で見る彼女に、こんな表情をさせてしまっているのは俺なんだと思うとやっぱり少し心が痛い。
同時にどうしようもない彼女への愛しさで胸が高鳴ってしまう。



「あの、」


俺がそう言うと、彼女はビクッとさせてこちらを強く睨んだ。


「今まで、本当にごめん。名字さんを傷つけることばかり言って本当にすまなかった。」


俺が頭を下げると彼女は驚いたかのように目を瞬かせる。


「名字さんが嫌いでそんなことしてた訳じゃなかったんだ。」

彼女は理解できないといった顔をしている。


「…幸村くんは、私が気に入らないんじゃないの?」


彼女が確かめるようにゆっくりと言った。


「違う。」


俺はどうにかわかってもらおうと彼女の瞳を見つめて言った。

その瞬間、彼女の瞳が動揺に揺れる。


「俺は、君が、好きなんだ。」


決心のゆらがないうちに言い切った。

案の定、彼女は訳がわからないと言った感じだ。


「嘘でしょう?」

彼女が、落とすように言った。


「本当だ。俺は君が好きだ。好きなんだ。」

一度言ってしまえば、言葉は滝のように流れ出る。俺はずっと隠していた思いをすべて吐き出すかのように何度も好きだと言った。


彼女の方もようやく理解したようで、「わかったから!」と俺を止めた。



「…名字さんが好きで、好きすぎて、あの日俺は思ってもない酷いことを言ってしまった。そしてもう嫌われてしまったなら、とことん嫌われて君に俺を刻みつけたいと思った。ごめん、本当にごめん。もう俺は二度と名字さんに近づかない。それだけのことをしてしまったと思ってる。けどよかったら、俺が君を好きだってことを知っていてほしい。」


俺は言いたいことを全部言い切った。
彼女が手に入る訳がない告白は、こんなにも切ないのかと思った。

俺は、そのまま黙って教室を出ていこうとする。
彼女はきっと、突然こんなことを言われたのだから驚いただろうと思う。



「待って、幸村くん!」

彼女が俺のことを呼んだ。

一体どうしたんだろう。何を言われるのかと思うと緊張して、俺はゆっくり振り向いた。さすがに彼女の口から嫌いだと言われるのはキツイ。

その反面、初めて呼ばれた自分の名前にどこか甘い疼きが走ってしまうのも事実だった。


「私、幸村くんのこと誤解してた!やっと理解できたのに、二度と近づかないとかなんなの?私、これからは幸村くんと仲良くしたい。そ、そりゃ、幸村くんのことす、好きとかよくわからないけど、好きって言われて嬉しかったよ。とにかく、私はこれから友達として仲良くしたい。」


彼女はしどろもどろになりながらそう言った。


俺はこんなこと言われるなんて思ってもなくて、ただ驚いた。たぶん相当間抜けな顔をしていただろう。
そして、彼女の言葉を理解したとき俺の中を途方もない嬉しさが駆け巡る。


友人としてでも彼女と一緒にいれるなんて。
一度完全なる離別を覚悟していただけに、嬉しさはひとしおだった。


「大好きだ、ずっと前から本当に好きだったんだ。」


俺は、赤くなっている彼女を思わず抱きしめてそんなことを言ってしまった。


いつか、今度は絶対に傷つけたりしないから、君の恋人になりたい。
俺は、心でひそかに誓った。








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