人は誰もが主役で脇役なんかいないという言葉があったけれど、それはやっぱり嘘なんじゃないかと思う。


「主役」なんていうのはきっと一握りの人たちのことで、例えば我が校でいうテニス部の方々とかのことをそう言うのであろう。
おそらく彼らほど「主役」という言葉が似合う人達もなかなかいないだろう。

そしてきっと私のような普通の人間を、まごうことなき「脇役」と呼ぶのだろう。

だからと言って「主役」になりたいという訳でもない。
「脇役」には「脇役」なりの幸せな生活があって「主役」とはけして交わらないところで「脇役」なりの物語を紡いでいくんだと思う。

否。思っていた。



どうしたのかしらないが、今まで全く関係なかったはずのいわゆる「主役」の人間である「幸村精市」が最近やたらと私に絡んでくるのだ。最初のうちこそ、何かの気まぐれだろうと思っていたのだが、一週間、二週間、さらには一か月を過ぎてもそのしつこいくらいの絡みは減らないのでそうも言えなくなってきたという次第である。

最早、脇役がなんだ主役がなんだなんていう線引きができなくなってきた。

それに、私は関わる前の印象として「幸村精市」は、テニスが最強クラスに上手くその上甘いマスクで尋常でなく女子にモテるという完璧に近い人間だと認識していた。


しかし、その印象も今やきれいさっぱり過去のものとなっていた。


なぜなら、彼は超がつくほど性格の悪い人間だと言うことがこの一か月で嫌というほどわかったからだ。


だいたい、出会いからおかしかったのだ。



一か月ほど前の放課後、帰宅部の私はいつものように鞄に荷物をつめて帰りじたくをしていた。
すると、やけにいい笑顔をした幸村に、

「名字さん。」

と呼び止められたのだ。
私は同じクラスとはいえ、全くと言っていいほど交流がない彼が一体どうしたんだろうかと思ったが、おそらくクラスの仕事関係だと考えて納得した。


「あ、はい。ごめんね、先生からの伝言かな?」


今考えても別におかしなことは言ってないと思う。
しかし、幸村はそう返した私に、


「名字さんってバカだよね。そういうところ直そうとか思わないの?」


すばらしいくらいの笑顔でそう言い放ったのだった。
頭の中が真っ白になるとは、おそらくこういうことなのだろう。
私は「あの」幸村精市がこんなことを言うなんて信じられなかった。

幸村精市といえば、クラスでは誰にでも人当たりよく接していて、先生の信頼もあって、まさかこんな理不尽な悪口を本人の前で言うなんてこと私の頭では処理しきれなかった。


「え、どういう意味?」

私は確認の意味も込めてそう言った。


彼はさっきまでの暴言らしき発言がまぼろしだったかのように優しく微笑んだ。

「二回も言わなきゃわからないなんてやっぱりバカなの?俺、そういう奴嫌いなんだよね。」


幸村は再び私に毒を吐いたのだった。


やっぱり処理しきれなかった私は「ああ、うん、じゃあ、」とか訳のわからないことを言って鞄をひっつかみ教室をでていった。正直、あの日どうやって家まで帰ったのか今でも記憶にない。


家に帰って冷静になると、ふつふつと怒りが湧いてきてそしてものすごく悲しい気持ちになった。
どうして何もしてない私がこんなこと言われなければならないのだろうかと思った。

そして誓ったのだ。幸村精市には二度とかかわらない。今日のことは野良犬に吠えられたとでも思って忘れようと。



翌日、私が教室に入って幸村を探すと、奴は教室の中心でさわやかに微笑みながら男子生徒と話していた。

幸村も昨日のことはなかったことにしてるみたいだし私もさっさと忘れて今日からまた平和な日々を過ごそうと思った。



だがそれは大きな誤算だった。

むしろ幸村はこの日から始動したと言っても過言ではなかったのだ。



隙をみつけては、待ち伏せをされて。


そして二人きりになれば即暴言。しかも毎回すばらしいくらいの笑顔付きで。


「先生が呼んでた」なんて口実で公衆の面前から呼び出されるのも日常茶飯事。




何なの、この人暇なの?


それが私のこの一か月である。
暴言を吐かれるたびに睨んではいるのだが全く効き目はない。
もう本当に限界だ。無理すぎる。
もう私、関わるようになる前から幸村精市のこと大嫌いだったんだと錯覚すらしている。


親友ともいえる友達に相談もした。しかし、せっかく信じてくれた彼女にも幸村は止められなかった。
奴は頭がよく、いくら予防線を張ってもうまくこちらの隙をついては精神攻撃をしかけてくるのだ。


親友、基、玲子ちゃんいわく幸村には私たち二人では太刀打ちできないらしい。
もうなんなの、あいつ。
ほんとに何を考えてるのかわからない。私の知らないところで、私が何か奴の気に障ることでもしてしまったのだろうか。

そして、私達は玲子ちゃんの幼馴染である仁王くんに協力を求めることになった。
もう一人、第三者でなおかつ男が必要だという玲子ちゃんの判断である。


私は最初、仁王くんといえばテニス部レギュラーでどちらかといえば奴の手下にあたるのではないかと危惧していたのだが、ちょっと不思議なところはあれど玲子ちゃんの幼馴染だけあって本当にいい人だった。何より、幸村対策に大いに役にたってくれる。

ここ数日、仁王くんの足止めのおかげで全く幸村に会っていない。

それに放課後は仁王くんの提案で、玲子ちゃんと仁王くんと私の三人で帰るようにしている。


どれもそれも、仁王くんの協力のおかげだ。


「ほんっと、仁王くんありがとね。やっと平和がもどってきたよ。」


私は帰り道、となりを歩く仁王くんに心からの感謝を言った。


「気にしなさんな。あれは幸村が完全に悪いんじゃ。」


仁王くんが苦笑しながら私を見る。



「それにしてもなんで幸村くんは名前にそんなことするんだろうね…。」


玲子ちゃんがため息をついて言った。

それは私も常々思っていたことだったので、同じようにため息をついて空を見上げる。


「よっぽど何かやらかしたんだろうけど、心当たりが全くないんだよねえ…。」


空に向かって吐き出すと少し気持ちが楽になった。


「俺はここ何日か幸村を足止めして何となく気付いたぜよ。まあ、間違っとるかもしれんがの。もしそれが本当なら幸村はとんでもなく不器用な奴じゃの。」


仁王くんは肩をすくめて、そう言った。背が高すぎて彼の表情まではわからない。



「えっ、不器用ってまさかやっぱり私がなんかしたのかな。」



考えてみるけれど、やっぱりわからない。
奴がなにを考えているのかもわからない。

そもそも私のことがそんなに嫌いなら一発殴ったりするだろうに、奴は徹底して口だけの攻撃をする。
いや、女子殴ったとしたらもう最低としかいいようがないんだけどね。


とにかく、こうして仁王くんに協力してもらってほとぼりが冷めるのを待つしかないのかなと思う。




「おまんは悪くなか。ただ、あいつがガキなんじゃ。」


そう言った仁王くんは全てがわかってるように見えて、なんだか不思議だった。







「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -