*オリキャラでます












「れんちゃん、試合お疲れさま。」

にっと笑って俺にスポーツドリンクを渡してくれる。
俺の唯一の人。美しい人。


俺たちはいわゆる幼馴染というやつで、幼い頃から一緒にいた。
俺と同い年の彼女はちょっと抜けているところがあるから俺が守ってやらないといけないと幼心に思っていた。
それが恋に変わったのはいつからだっただろう?
初恋を一途に思い続けて十数年なんて、ちょっと笑えない。


本人は全く気付いていないみたいだが、テニス部レギュラーは中学の頃から俺の思いを知っている。
まあ、それも計算のうちだ。あいつらに手をだされたら困るからな。

部員達によると、彼女はいいやつだが容姿だけでいえばそこらへんにいるような普通の女子らしい。彼女の良さは俺だけがわかっていれば問題はない。

あの、きれいな黒髪やかわいいつぶらな瞳が目に入らないのだろうか…。
つくづく俺も盲目なのかもしれないなと思いつつも、俺は彼女を天使のようだと思う。

部員達に言うと、なんだかかわいそうなものを見るような目を向けられたので少し腹が立った。

赤也なんか「ちょww柳先輩www」と完璧に語尾に草のようなものが生えていた。

しかし、俺には天使に見えるのだから仕方ないだろう。



「ありがとう。せっかくだから近くにきてみないか?」


俺は彼女からスマートにドリンクを受け取り、さりげなく誘う。


「邪魔になるだろうから私はこの辺でみてるよ。」


彼女は遠慮がちに微笑む。ああ、まさしく天使がここにいる。
俺はニヤニヤしたいのを表情には全く出さずに、

「そんなことはない。精市たちも久しぶりに会いたがっていたからな。」

と理由をつけて有無を言わさず彼女の手を引く。
ええ、と言いながら足をもたつかせて着いてくる彼女はかわいい。

昔は二人で並んでいると女の子同士にみえたそうだが、今はどうだろう。俺の身長はありがたいことに平均以上に伸びたし、体だってがっしりしてきたと思う。切らないでほしいと渋る彼女を説得して切った髪だって男子らしく短い。
これはもう、並ぶと恋人にしか見えまい。
俺は口端が吊り上りそうになるのを抑え込む。


「名前が俺に差し入れを持ってきたので連れてきた。」

俺は引っ張ってきた彼女をみせながら言った。
精市は楽しそうににこにこしている。

「ほんと…邪魔をしてしまって申し訳ありません。お久しぶりです、柳蓮二の幼馴染の名字名前です。ほんと、すぐ出ていきますんで…!」

彼女はなぜかあたふたしながら一礼する。言葉通りすぐに出ていこうとする名前の手首を俺はがっちりとつかむ。

「なんでつかむの!」

彼女は小声で俺に抗議する。

「つかんでなければすぐに出ていくだろう?」

俺は至って普通の音量で彼女に言った。
大声だすなといいたいのか彼女は俺を見上げてきっと睨む。

言わないがそれは逆効果だ。かわいい。

しばらく無言のにらみ合いが始まったが、彼女はすぐに折れた。

「れんちゃんたちの邪魔にならないように、少しだけね。」

ため息を吐きながらも、俺に従ってくれる彼女はやっぱり俺に少し甘い。
俺の方が彼女に対して甘いとおもうけれど。


「ありがとう。」

俺はするりと彼女の頭を撫でる。
いつまでも撫でていたくなりそうだ。


「名前ちゃんは向こうで彼氏とかいないの?」

精市は人畜無害そうな笑顔を浮かべて彼女に問う。

俺は彼女に見られないように精市を睨む。


そうだ。残念ながらお隣さんでありながら彼女は立海高等部ではなく少し遠めの女子高に通っている。女子高とはいっても近くに男子校があるのでそれぞれの高校同士で恋人になるケースが非常に多いようだ。

俺は受験前は女子高と聞いて安心していたがその情報を耳にしてからはなんとかして立海にこさせればよかったと毎日後悔しているのである。

精市は至極楽しそうに俺を見ている。


「えー…と、彼氏はいない、よ?」


名前は頬をわずかに染めてそんなことを言った。

ちょっと待て、なぜ頬を染めている!


精市はちょっと驚いたような顔だ。

「彼氏『は』いないってことは、好きな人はいるのかな?」


精市がきょとんとしたような顔で言った。
周りの部員たちは冷や汗のようなものをかいている。彼女に俺以外の好きな人がいるとなったら俺が荒れるのがわかるからだろう。

正直俺は今、いまだかつてないくらいに動揺しているようだ。持っていたペットボトルが握りしめすぎてひしゃげている。


「えっ!好きな人っていうか…、いないいない!そんな人いないよ!」


名前は、顔を真っ赤にして体の前で大きく腕を振って否定する。
おそらくこの場にいた全員が好きな人がいることを悟ったに違いない。


ああ、俺は今どんな顔をしているんだろう。
周りの奴らが気遣わしげな顔でみていることから、そうとうひどいことがわかる。


「ふふふ、隠さなくたっていいじゃないか。一体誰なの?」


精市がにっこりと笑いながら追い打ちをかける。


「ほら、僕たちに言ってもわかるわけないし、ね?」


名前はしばし迷ったような顔をすると、


「それもそうだね。」

と困ったように、しかし嬉しそうに笑った。

ああ、お前にそんな顔をさせる男はどこのどいつなんだ。胸の中に黒いものがうずまくのが分かった。


「あのね、」


名前が口を開く。

知りたい。

知りたくない。


自分の感情が分からない。


「うーん、ちょっと恥ずかしいけど…吉田くんって人なの。」


名前はそれはそれは綺麗な笑顔でふわりと笑った。


「そうなんだ。その吉田君は隣の男子校の奴なの?できれば下の名前も教えてほしいな。」


精市が純粋そうな笑顔を作って聞いた。
末恐ろしい奴だ。

「あ、そうだよ。すごいやさしい人でね、吉田遥君って名前だよ。」


俺は冷静さを取り戻し始めていた。
吉田遥、名前の学校の近くの男子校に通っている。
データは集まった。


「へえ、ありがとう。じゃあ名前ちゃんも恋がかなうように頑張らないとね。」

精市はキラキラした笑顔で言った。
名前は恋という言葉にわずかに赤くなるも、首を横に振った。


「うーん…、叶うように、とか、そんなことは考えてないの。遠くからみてるだけで精いっぱいっていうか、幸せだから、それでいいの。あの人に彼女ができたとしても、それでいいの。」

名前は目を細めて柔らかく笑った。
あまりの消極的な姿勢に全員驚いたようだ。

俺は少しだけわかった。
幼い頃から名前が好きだった俺は、けして名前に気持ちを伝えられなかった。
隣にいるだけで幸せだったし、精いっぱいだったから。
だけど、俺は名前のように無垢でも素直でもなかったから、それで満足はできなかった。だから、俺は名前が俺以外の他の奴に恋をしないように巧妙に計ってきた。いつか彼女が恋をして、彼氏をつくるならそれが必ず俺であるようにと。結局、ずるい男だったのだ。
けして自分の思いは伝えずに、相手の思いだけを縛るような真似をして。

俺はハッとした。

思いを伝える気がなかったら、相手が誰を好きになろうとそれを受け入れなければならないのだ。


俺は自分の勝手さと臆病さが酷く矮小に思えた。



「名前ちゃんは、本当にそれでいいの?悲しく、ないの?」


精市が深い瞳の色を彼女に向けて言った。


「それは、彼女ができたら悲しいかもしれないけど、思いを伝えない私にそれをどうこう思う権利はないし、それをもって有り余るくらいの幸せをもらったからそれでいいの。」


微笑んだ彼女はとても潔く、美しかった。



「だってよ、蓮二。」



精市はくるりと目を俺に向けて、そう言った。



「ああ、……わかったよ、精市。」


俺は穏やかに言った。



俺は君のように無垢じゃないから君の全てをほしいと思う。
そして俺の全てを君にあげたいんだ。


だからもう、不参加の恋愛をしていたらだめだよな。
怖くても、傷ついても、俺は黙って君を誰かにやりたくないし、姑息な手を使って君の眼を塞ぎたい訳でもないんだ。


ただ、聞いてほしい。そして俺のことでたくさん悩んで、意識してくれ。
俺はもともと性格はよくないんだ。



「名前、好きだ。」


君が、目を見開く一秒前。







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