意地悪な一氏君
「一氏君が好き。鋭い目つきが好き、小春さんにだけふにゃって笑うとこが好き、笑いながら真剣にテニスするとこが好き、自分が笑うだけじゃなくて周りも笑わせてくれるとこが好き、手先が器用なとこが好き、周りをよく見てるから自分でも気づいてなかったスカートのすそのほつれを気づいてくれて、サラッと繕ってくれるとこが好き、ありがとうとか言ってもこんくらい自分で気づけやって笑いもせずに言う厳しいとこが好き、でも転びそうになったら支えてくれる優しいとことかも好き、とにかく私は一氏君が好き。」
ノンブレスで言い切った。
まあ、言い切った相手は、一氏君じゃなくて、謙也だけど。
謙也は私の告白のようなものを聞いて、少し頬をひきつらせた。
「へ、へえ。」
「ひかないでよ。謙也が、なあ、伊織ってユウジ好きなん、って聞いてきたから答えただけなのに。」
ちょっとムスッとしてそう言うと謙也は、すまんすまん、と笑った。
「あー、せやけど、やっぱユウジやってんな。好きなやつ。」
「そうだよ、謙也のばか。謙也が私の隣の席じゃなかったらこんな報われない恋することなかったんだからね。」
クラスだって委員会だって一回も同じになったことなくて、接点なんて何回か廊下ですれ違ったことがあるくらいだったのに、謙也と同じクラスになってからその関係は徐々に崩れていった。
初めて一氏君と話したのは、一氏君が謙也に古典の教科書を借りに来た時だった。俺も古典忘れたから、伊織貸したって、なんて気軽に言われ、あ、廊下でたまに髪色綺麗だなって思って見てた人だ、なんて思いながら貸したんだ。
その次に話したのは教科書を返しに来た時。そっけなく、助かったわ、おおきにって言われて、あんまり笑わない人なのかなって思った。
それから廊下で前よりあの緑色を探すようになって気づいたことは、実はよく笑う人だってこと。
その次に気づいたことは、小春って呼ばれてる人にだけ、ふにゃって笑うってこと。
なんとなく、完敗、撃沈だって思って、気づいた。
そっか、私、一氏君が好きだったのか。
「まあ、んな、落ち込むなや。」
「大丈夫、もう落ち込む段階はとっくに過ぎたから。今は結構ポジティブにこの状況を楽しむようになったよ。」
疑わしげな目を向けてくる謙也に、本当だって、と続けた。
「こないだだって、雨降ってたら傘貸してくれて嬉しかったんだ。一氏君優しいよね。そのすぐ後に、小春ー、俺傘忘れてーん、入れてーってハートたくさん飛ばしながら小春さんに向かってった一氏君、とっても可愛かった。ほら前だったら、小春さんと相合い傘するために傘貸してくれたのかとか落ち込みそうだけど、今はポジティブでしょ。」
「ポジティブ、うーん、ポジティブなん、かなー?」
謙也は微妙な顔でうなっていた。
「うーん。(あれオサムちゃんに言われてやっとる修業のせいっちゅーのもあんねんけど、伊織知らんのやろな。)」
「どうしたの、そんなうなって。」
「せやせや、んなうなってどないしたんや。はよトイレ行ってき。」
「うっわ、ユウジ!」
「あ、本当だ一氏君。」
いつの間にか教室に入ってきていた一氏君にちょっと驚きつつも、わーい、今日も一氏君に会えたと小さく笑った。
「なにニヤニヤしてんねん、神崎。謙也が腹壊しとんのがおもろいんか。そんな性格悪いやつにはこれや。口開けぇ。」
「ん?あーん、…辛っ!」
なんだろうと思いながら口を開けると、ほいっと飴をほうり込まれた。一氏君に飴貰っちゃった、と思いながら口を閉じると、その飴はびっくりするくらい辛かった。
「なにこれ、辛っ、むしろ辛すぎて痛い!」
「くっ、はは!神崎顔おもろ。写メってええか?」
「携帯の待ち受けにしてくれるなら構わないよ!…喋ると余計に辛っ。」
「おう、待ち受けにしたるわ。携帯開けるたんびに笑って腹痛もんやで。」
辛くて痛いけど、一氏君の待ち受けになれた、と喜んでいると、微妙な顔をした謙也と目があった。
「なに?本当にお腹痛いの?トイレあっちだよ。」
「アホ、痛ないわ!」
べしっと頭をたたかれ、飴を噛んでしまった。
「わー、謙也のばか!飴噛んじゃったじゃん。」
せっかく一氏君にもらった飴なのに。まあ、罰ゲーム並に辛いけど。
「ほんまや、謙也、なに神崎の頭叩いてんねん。」
一氏君はそう言いながら、私の頭を撫でてくれた。
固まる私をよそに、一氏君は真顔で続けた。
「ただでさえ残念な頭がさらに残念になったらどないすんねん。」
「わーん、そんなことだと分かってたよ、通常運転だね一氏君!」
一氏君は意地悪く笑って、頭をぐしゃぐしゃっと撫でまわした。
「髪!くずれる!もう鏡見て直してくる。」
教室を出て、トイレの鏡を見ると、ぐしゃぐしゃ頭で顔を真っ赤にした私がうつった。恥ずかしい。
でも、今日も一氏君とたくさん話せて嬉しかったな、と髪を直しながらちょっと幸せな気持ちになった。
「次はこの飴にしよ。これめっちゃ酸っぱいねん。これ食べた後やったら梅干しとかもうただの甘い果物やで。」
笑いながら次に伊織に食べさせる飴を選んでるユウジを見て、相変わらず楽しそうやなー、と思った。
「なんつーか、仲ええよな、自分ら。」
「ん?やってなんか神崎見とるとつつきたくなるやん。」
「んー、そうか?」
まあ、ユウジ見て顔真っ赤にしとるとこはおもろいけど、と思いながら相槌をうった。
ユウジのこれが、伊織がユウジに抱いとる気持ちと同じなんかは、俺には分からんけど、
「ただいま。髪型、復活!」
「おう、時間かけたわりにはあんま変わってへんな。」
「…もう一回行ってくる!」
「まあ、待てや。俺がやってやるから。せや神崎、飴ちゃんあげよ。」
「…また辛いんでしょ?」
「いや、これは辛ないで。」
「本当?ありがとう…すっぱ!喉と鼻にくるんだけど!すっ、酸っぱ!」
「くっ、ははは!」
まあ、なんだかんだ二人とも楽しそうやから、ええかー、と思った。
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