なんだか気になる神尾君
「なあなあ杏ちゃん、これもう食べた?売店の新商品だって。」
「何それ?パン?パイ?」
「ヨーグルトとベリーのデニッシュ。」
つい2個買っちまったから、杏ちゃんよかったら食べてよ、と渡すと、いいの?ありがとう、と満面の笑みで受けとってくれた。杏ちゃんの笑顔まじ天使。買ってきてよかったぜ!
よっし、と内心ガッツポーズをして、ふと何か違和感を感じた。
その違和感が何かわからないままあたりをキョロキョロしていると、杏ちゃんがこっちを見た。
「伊織なら今さっき売店に行くって出てったわよ。入れ違いで会わなかったみたいね。」
「あー、そうなんだ。」
そっか、それで神崎いなかったんだ、納得。
って、なんで俺神崎がいないことに違和感感じてんだよ。わーい、杏ちゃんと二人だって喜ぶとこだろここは。いやいや、いつも杏ちゃんの隣にいるのにいないからちょっと不思議に思っただけだし、うん、そうそう。
「気になるなら迎えに行ったら?」
「はっ、な、なんで迎えになんて!別に気になってなんか、」
杏ちゃんは、なんでか焦る俺をさえぎってニヤッと笑った。
「いいのー?伊織売店慣れてないから、今頃つぶされちゃってるかも。そういえば、伊織、帰ってくるの遅いなー。」
人の波につぶされている神崎が脳裏に浮かんで慌てて、行ってくる!と一言言って教室を出ようとしたら、ただいまー、あ、神尾君も来てたんだー、と気のぬける声が後ろから聞こえた。
「おっかえりー、伊織!」
「遅くてごめんね、おなかすいたでしょ?早く食べよー。」
杏ちゃんは、もう少しゆっくりしてたら、おもしろいものが見れそうだったのにねー、と俺を見ていたずらを企むように笑った。
なんていうか、さっきの神崎が潰されるかもとか冗談だったのか。うわ、俺はずかし。
「伊織、何買って来たの?パン?」
「うん、サンドイッチとカレーパン。本当はね、新商品のヨーグルトとベリーのデニッシュを買いたかったんだけど、人に流されてるうちに気づいたら売り切れちゃってたみたい。」
神崎は、また明日挑戦するんだー!と楽しそうに笑った。
「ん。」
「ん?なに?」
不思議そうに見てくる神崎から目をそらしつつ、例のデニッシュが入った紙袋を神崎の方に突き出した。
「これ、やるよ。ヨーグルトとベリーのデニッシュ。」
どう反応すべきか迷っているような神崎の手をとって、その上に、はい、と半ば押し付けるように紙袋を置いた。
「えっと、いいの?」
「別に、そんなにすっごく食べたかったわけじゃねーし。神崎の方が食べたそうだったからやるよ。」
俺がそう言うと伊織は、え、私そんなに食い意地はってるように見えた?と複雑そうな顔で手元の紙袋と俺とを交互に見た。
俺が、本当気にしなくていいから、と笑うと、神崎はきゅっと紙袋のはしを握りしめた。
「うん、ありがとう、神尾君!」
「いいって。」
わーい、美味しそう、と嬉しそうな笑顔で言う神崎を見て、ああ、2個買っといてよかった、と思った。
ん?2個?
あれ、1個は杏ちゃんにあげて、もう1個も神崎にあげちゃったから俺のぶんねーじゃん。
パンの1個や2個くらい別にかまわねーけど、なんで俺、2個目の俺の分を神崎にあげちゃったんだろ。なんか変なことしたなー、と不思議に思っていると、吹き出すのをこらえている杏ちゃんと目があった。
「え、杏ちゃん何かあったの?」
「わっ、本当だ、杏どうしたの?」
「くっ、ふふ、いや、…無自覚×天然って見ていて美味しいなーって。」
「ふふっ、なにそれ?食べ物?小説?」
神崎が楽しそうに聞くと、杏ちゃんは若干笑いをこらえつつ、んー、恋愛小説、かな?と言った。
恋愛小説?思い出し笑いかな?
ふと教室の時計を見ると昼休みは半分くらい終わっていた。
やばっ、パン2つあげちゃったから俺昼飯足りねーや。
「じゃあ、また!」
今から売店行ってもなんもねーだろーな、なんて思いながら杏ちゃんたちのもとを去ろうとしたら、神崎に、待って、と引き止められた。
「はい、カレーパン。デニッシュもらっちゃったし、よかったら食べて。」
「え、いいの?」
「うん!デニッシュありがとうね、神尾君。」
神崎が笑顔で差し出してくれたカレーパンは、今まで食べた中で一番美味しかった。
腹減ってる時に食べるもんは一番美味しいって言うし、俺、そんなに腹減ってたんだな。
放課後、深司にそう言ったら盛大にため息をつかれたけど、まあ気にしない気にしない。