意外な神尾君
神尾君ってさ、もうびっくりするくらい爽やかだよね。
数秒前に、なんとはなしに発したその言葉のせいで、今現在、すごく居心地が悪い。
放課後の教室、日直の用事とはいえ男子と二人きりはちょっとな、なんて思いながら日誌を書いていたら、もう一人の日直の子じゃなくて神尾君がやってきた。
神尾君だったら他の男子よりは話すしラッキー、なんて内心喜びつつ、とりとめのない話を楽しくしていたのに、私の「びっくりするくらい爽やかだよね」発言が気に入らなかったのか、神尾君は急に黙りこんでしまった。
どうしよう、謝った方がいいのかな、これ。
いや、でもなんて謝ったらいいんだ。神尾君は爽やかじゃないよ、ごめん!とか?いやいや、それだと逆にけなしてるよね。
「なあ、」
「うっ、はははい!」
この空気をなんとかしようと真剣に考えているところに、さっきまで黙りこんでいた急に神尾君が話しかけてきたから、ついびっくりして声が裏返ってしまった。
「俺って爽やか?」
「えーと、うん、どちらかと言うと爽やかよりだと、」
さっき全力で爽やかって言ったら機嫌を損ねてしまったから、今回は神尾君の表情をうかがいつつ、控えめに爽やかを主張してみた。表情をうかがう、と言っても、今の神尾君はいつもの神尾君と違って、全力表情が読めないんだけどね。
そんなに爽やかって言われたくなかったのかな。神尾君すっごく爽やかなのに。
はっ!そうか、もしかして、綺麗な人が「綺麗ですね」って言われても、そんなの言われ飽きてますってなるのと同じ原理か。そうだよね、神尾君ほどの爽やかさともなれば、爽やかだなんて言われ飽きてるよね、と一人納得した。
「神尾君、あのね、一応、爽やかって褒め言葉。」
爽やかは神尾君の美徳なんだよ、と続けると、神尾君はまた微妙な顔をした。
「まー、うん、ありがと。でもさ、爽やかって、神崎にとって、恋愛対象?」
「へ?」
恋愛対象?爽やかが?
そりゃあ爽やかじゃないのと爽やかなのとだったら、断然爽やかなのがいいけど、なんでそんなこと聞くんだろう。
もしかして、好きな人に、爽やかな人は恋愛対象外って言われた、とか?
うわあ、ありえる。きっとそうだ。
「んで?」
黙って考えこんでいたら、どーなんだよ、と神尾君に急かされた。
「えっと、爽やかが恋愛対象外だとしても、神尾君の良さは他にもあるから、大丈夫だよ!」
元気だして!と励ますと、神尾君の口元がヒクッとひきつった。うわ、なんだかさっきよりも機嫌悪そう。
神尾君は自分の頭をガシガシとかいた。
「あーもー、爽やかが褒め言葉とか言われても恋愛対象外なら意味ねーし。何?爽やかさ捨てたら俺見てくれんの?」
「なっ!爽やかさ捨てるとか、神尾君やけにならないで。もったいないよ。」
どうしたらいいのかわからなくて、日誌とシャーペンを机に置いて席を立ち、手をわたわたと振った。
前の席をくるっと後ろ向かせて座っていた神尾君も席を立った。
ガタッという、席が動く音が、なんだか大きく響いた。あれ、教室って、こんなに静かだったっけ。
神尾君がツカツカと歩み寄る足音と、自分の呼吸の音しか、音がなくなったみたいだ。
吸い寄せられるように神尾君を見ていたら、片手をとられ、神尾君の方にひきよせられた。
「別に爽やかだろーがなんだろーがかまわねーけど、神崎に見てもらえねーのはやだ。せっかく頼み込んで鈴木に日直代わってもらったってのによ。」
え、日直代わってもらったって、どういうことだ。というかなんなんだこの状況。なんで神尾君に片手を捕まれてるんだ、なんで神尾君がこんなすぐ目の前にいるんだ。
神尾君は私の手を引き寄せ、ただでさえ近かった距離をさらに縮めて、私の目を見た。綺麗な目。なんだかドキドキしてちょっとこわいのに、目がそらせない。
「なあ、俺を見ろよ。」
俺を見ろ、なんていまさら言われなくとも、さっきから私の全神経は神尾君にくぎづけだ。
「見てるよ、」
思わず、そうもらすと、神尾君の口の端が、嬉しそうに綺麗な孤を描いた。
「そ?よかった。」
ああ、もう、やっぱり神尾君は爽やかなんかじゃない。
ドキドキする胸をおさえながら、そんなことを思った。