ライヴに誘う神尾君
昼休み、購買でパン買ってくる、と出かけた友達を教室で待っていたら、神尾が、なあなあ、と話しかけてきた。
「なに?お弁当ならあげないよ。まあ、卵焼き一つでいいならあげてもいいけど。」
今日の卵焼きは特に自信作だよ、ふふん!と得意げに言うと、いらねーし、てかその顔腹立つーと笑われた。
なんだよ。せっかく自信作なのに。このあいだ弁当忘れた時は、他の子からは唐揚げやらウインナー、喜んでもらってたのに。
肉がよかったのか、肉が。
ちょっとふて腐れつつ、あっそ、と答えると、神尾は何かのチケットらしき紙を二枚差し出してきた。
「ライヴのチケット余っちまってさ。今度の日曜のやつ。神崎、どうせ暇だろ?しょーがねーから誘ってやるよ。」
ちらっとチケットを見ると、私の大好きなバンドだった。日曜に予定も特別ない。
でも、チケット余ったからとか、しょーがねーからとかで誘われていることになんだかちょっと腹が立って、ぷいっとそっぽを向いた。
「行かない。」
「へ?…はっ?や、神崎好きじゃん、このバンド。」
「好きじゃないし、日曜暇じゃない。」
本当はこのバンド大好きだし、日曜も暇だけど。
「え、いや、……え?」
「他の子と行けばいいじゃん。そんな、しょーがないから、とかで誘われたくないしー。」
ぷいっとそっぽを向いたまま言うと、さっきまで余裕釈釈な笑みを浮かべていた神尾が、だんだんとうろたえだして、ちょっと笑ってしまいそうになった。
次第にうまく言葉が出てこなくなった神尾を見て、ちょっと言いすぎたかなと反省して、ごめんごめん、本当は暇だから一緒行こうよ、と言おうとすると、それよりも一呼吸早く神尾が口を開いた。
「しょーがねーから、じゃねー、」
どういう意味だろう、と首をかしげていると、神尾は拗ねてるのか照れてるのか微妙な表情をしながら続けた。
「この日、誕生日だから、神崎と一緒にいれたらいいなって。このバンド神崎好きだから、このライヴあるって言ったら一緒にいてくれるかなーって。だから、チケット余ったからでもねーし、しょーがねーからでもねーよ。」
神尾はそう言うと、若干赤くなった顔をぷいっとそむけた。
なんだこれ、なんでかわかんないけど、ちょっとだけ、不覚にも神尾にときめいてしまった。
そっか、夏生まれっていうのは覚えてたんだけど、8月だったか、誕生日。
「ん。」
「ん?」
不思議そうな顔をする神尾に向かって、私は手を差し出した。
「ライヴ、行く。」
「え、まじ?」
「まじまじ。で、めっちゃ祝う。」
「ははっ、めっちゃ祝うってなんだよ。」
ようやくいつもどおり楽しそうに笑う神尾にちょっとほっとした。照れる神尾とか、なんだか調子狂う。私までなんだかつられて照れてしまいそうになるよ、もう。
「テニスボールだったらどんだけあっても困らないよね?誕プレそれにしようかな。」
この近くスポーツショップどこあったっけ、なんて考えながら言うと、神尾が、誕プレかー、と呟いた。
「なによ。テニスボール不満?」
「いや、そうじゃなくて、よ。」
神尾は、一呼吸おいて、照れたように笑った。
「神崎が誕生日一緒にいてくれんなら、それが誕プレだな、なんてさ。」
なんだその笑顔、なんだその台詞。
自分の顔がだんだん熱をおびてくるのを感じて、それを隠すように机に突っ伏した。
「もう、神尾、ときめき台詞禁止。」
机に突っ伏したままボソッと言ったのが聞こえたらしく、神尾は、え、なに、ときめいた?と楽しそうに聞いてきた。
私だけ照れてなんか腹立つと思いながら、ちらっと目線だけあげて神尾を見ると、顔を真っ赤にしたまま笑っている神尾と目があって、つられて笑ってしまった。