リズムにのりすぎな神尾君
教室の大きなごみ箱って、ずっと持ってると意外と重いんだよね。
まあ、じゃんけんで負けたんだからしかたないや、なんて思って、たまにズルズルと引きずりつつごみ捨て場にごみを捨てに行った。
教室にたどり着いて、もう誰もいないだろうな、なんて思って鼻歌を歌いながら教室の扉を開けると、私の席の近くに伊武君が静かに立っていた。
「…やほ。」
「別に鼻歌とか聞いてないし、一人で歌ってて恥ずかしくないのかよ神崎とか思ってないから。」
「思ってるじゃん!それ確実に思ってるよね。てか中途半端なフォローいれるくらいなら流してよ。」
静かに言う伊武君に若干つめよりながら言うと、伊武君は嫌そうに眉をしかめた。
「うるさいな。部活始まるから早く帰る用意してくれる?」
とっさに、え、ごめんと謝ってから、いや伊武君の部活と私の帰る用意は関係ないよねと不思議に思って聞くと、いいから早くして、と理由もなく急かされ、急いで伊武君と共に教室を出た。
「伊武君、どこ行くの?」
「こっち。」
「うん、方向じゃなくて、聞いてるの、場所ね。」
「いいから、こっち。」
伊武君はたまに振り返って私が着いて来ているか確認しつつ、こっち、とだけ言ってスタスタと歩いた。
まあ、別に私は急いでるわけでもないしいっか、と思って着いて行くと、テニスコート近くまで来てしまった。
「何?テニス?」
「うん。」
せっかくだしちょっと練習見て行こうかな、なんて思ってたら、誰かが走り寄ってきた。
「深司!」
「あ、神尾。はい、パス。」
伊武君は走り寄ってきた神尾君に、パス、と言って私を渡すと、涼しい顔でテニスコートに入って行った。
どうしよう、これ。帰っていいかな。
神尾君、よく伊武君に会いにうちのクラス来るからたまに話しはするけど、その程度の仲だから二人だとちょっと気まずいよ。なんで神尾君にパスしたんだ、伊武君!
「えっと、じゃあ、」
帰るね、と言いかけたけど、神尾君に遮られて最後まで言えなかった。
「リ、リッズムにHigh!」
「…え?」
伊武君に、パス、と私を渡されてからずっと固まっていた神尾君はいきなりなにかを叫んだ。
「落ち着くんだ、いや落ち着くな俺!リズムにのるぜ!見ててくれよ、神崎!」
「えっと、はい。」
どうしよう、このノリどうついていったらいいのかわからない。
神尾君は最後にもう一度、リズムをあげるぜ!と言ってから、テニスコートに入って行った。
なんだったんだ、と少し呆然としていると、ジャージに着替えた伊武君が近づいてきた。
「神尾、なんて?」
「よくわかんないけど、リズムあげるって。」
「ふーん。リズムをあげるっていうより、リズム狂ってそうだけどね。」
いつもああなの?と聞くと、伊武君は首を横に振った。
「いつももうるさいけど、あそこまでじゃない。神崎がいるからじゃない?」
「え、私そんなに邪魔?」
「邪魔とかじゃなくて、…いやまあ、邪魔じゃなくもないけど。」
やっぱり邪魔なんじゃん、と言うと、伊武君は小さくため息をついた。
「まあ、誰でも好きな相手の前ではリズムが狂うんじゃない?」
「…え、伊武君、私のこと好きだったの?」
私がびっくりして聞くと、呆れた顔をした伊武君は、さっきよりも盛大にため息をついた。
「とりあえず、まあ、テニス見ていきなよ。楽しいかもしれないし。」
「うん、そうする。」
テニスを見るのは初めてだったけど、なんだか思っていたよりずっと楽しかった。
みんながんばっててすごかったけど、一番驚いたのは神尾君のスピードだった。
リズムをあげる、なんて言ってたからちょっとびっくりしたけど、なんだ、凄いじゃん、神尾君。
今度クラスに来た時に、神尾君ってすっごく速いんだね、かっこよかったよ、とか言おうかな、なんて思いながら、飛び交うボールを目で追った。