財前君とラブレター
好きな人に直接好きって言える人、すごいと思う。
好きな人に手紙やメールで好きって言える人も、すごいと思う。
私は、どっちもする勇気がないから。
とにかくさ、書くだけ書いてみたらええやん。書いたら渡す気ぃわいてくるかもしらんよ?と友達に背中を押してもらい、数週間前になんとか書き上げたラブレターは、今も変わらず私の手帳に挟まっている。
別にいいんだ、渡せなくたって。見てるだけでいいんだ。
手帳を開いて、今日は委員会の集まりないよね、なんて確認しながら教室を出ようとしたら、誰かにぶつかってしまって手帳を落としてしまった。
「わ、ごめんなさい、」
「ああ、すまん。」
落とした手帳を早く拾わなきゃって思ってるのに、ぶつかった人が誰かわかったとたん、体が固まってしまった。
ど、どどどうしよう、財前君だ。
財前君は固まってしまった私を一瞥してから、落としたで、と手帳を拾ってくれた。
「あ、ありがとう。」
「ん、これも落としてんで。」
「え、…う、わぁ!ああありがとう。」
財前君優しいな、なんてのんきなことを考えていた私は、財前君が新たに拾ったものを見て焦った。
手帳を落とした拍子に、挟んでいた手紙が手帳から抜け落ちてしまったみたいだ。渡す気のないラブレターを、本人に拾われるとか、なんだそれ!私のばか!
財前君から奪うように勢いよく伸ばした手は、手紙を掴むことなく空を掴んだ。
「ざ、財前君、それ、拾ってくれてありがとう。で、返して。」
財前君は、なぜか手紙を私の手が届かない高い位置に掲げ、その位置のまま封筒をしげしげと見ていた。
宛名、封筒に書いてなくてよかった!
ほっとする私とは反対に、財前君は、なんやねん、宛名ないやん、と少しつまらなさそうに言った。
「宛名、なくていいの。」
「なんで?」
「…渡す気ないから。」
「渡す気ないならなんで書いてん?」
確かにそうだ。なんで書いたんだろう。
友達に言われたから?いや、友達に言われたって、自分に書く気がなかったら書かない。
改めて、なんで書いたんだろう、と考えて、答えがわかった。
「…書きたかったの。私がどんなに好きか、どんなに元気をもらってるか、どんなに想ってるか、ただ書きたかったの。伝える勇気なんてないから、渡すなんて考えられないけど、それでも。」
渡す気がなかったから、言葉を飾ったりもしてない。ただただ私の想いが書いてあるだけの手紙。
「想いをたくさん込めたから、なんだかちょっとお守りみたいになってて、落ち込んだ時とかに、手紙読むの。そしたらまたがんばろうってなるから。」
思わずたくさん話してしまって、財前君にひかれてないだろうかとちょっと身構えるも、財前君の表情はいつもどおりで安心した。もっとも、普段から無表情だから、あんまり表情読めないんだけど。
「もったいないな。」
「何が?」
「そんな想い込めて書いたのに、渡さへんとか、もったいないやん。」
「いいの、渡さないから。」
「なんでやねん。書いたんやから渡してこいや。」
「やだ、渡さない。」
だから返して、と手を出すと、財前君はしぶしぶとだけど、やっと手紙を返してくれた。
「渡す勇気ないとかなんやねん。書く勇気あったんやったら、もうひとふんばりせぇや。」
「そのひとふんばりがすっごい高いハードルなの。ていうか、私の勝手でしょ。私が書いた手紙なんだから、渡そうが渡さなかろうが。」
なんだかちょっとイライラしてきた。
なんだよ、もう。人事だと思って簡単に、渡してこいや、とか言ってるけど、渡す相手財前君なんだからね。
「渡すんがハードル高いんなら、アホ、とか言うて投げつけてきたらええやん。」
インパクト大やで、なんて飄々と言う財前君に、なんだかたまっていたイライラとか、財前君とこんなにたくさん話してるっていうドキドキとか、全部が爆発してしまって、私は手紙を持っていた手を勢いよく振り上げ、財前君に投げつけた。
「財前君のっ、ばか!」
「わっ、いや、俺やなくて、手紙の相手に投げな意味ないやん。」
財前君は、ぶつかって床に落ちた手紙を拾い上げて、私に差し出してきたけど、私は受け取らなかった。
「ばかばか!意味なくないよ、手紙の相手、財前君だもん!投げたんだから、ちゃんと受け取ってよね!」
ああ、もうこれは玉砕だ、なんて思いながら、後にひけなくて財前君をキッと見ながら言うと、財前君は数秒間ポカンとして、俺?とつぶやいてから、ふはっ、と笑った。
「なんや、ちゃんと勇気あるやん。確かに受け取ったで。」
財前君はちょっと楽しそうに笑って、私の頭にぽんっと手を置いた。
「アホ言うて投げつけぇ言うたんは俺やけど、まさかほんまにするとはな。神崎根性あるやん。」
いや、あれは根性というか、やけっぱちのような、なんてことを考えて微妙な顔をしていたら、財前君は、なんて顔してんねん、とでこぴんをしてきた。地味に痛いよ。
「そういう根性あるやつ、わりと好きやで。」
「え、」
「ほな、またな。」
「えっと、うん、またね!」
手紙を持った手をヒラヒラ降りながら去って行く財前君の背中を見て、次は、がんばって遊びに誘ってみようって思った。